虚無の曜日の翌朝、ルイズはサイトをつれて朝食にきた。あいかわらず、サイトは床で食べさせられるようだが、こちらへ向かっている様子を見る限り、身体に強い痛みはなさそうだな。そうして近づいてきた二人は、ルイズが先に椅子に座る前に、俺の斜め後方から声をかけてきた。
「シモン。サイトがお礼をしたいって」
「えっ?」
ふりかえってみたが治癒をかけるだけでは、秘薬を使わなければそれほどの効果がないことを、ルイズなら知っているだろうに話していないのか? いや、ルイズがサイトに貴族への接し方を、覚えさせようとしているのか。
「……うーん。たいしたことはしていないんだけどな」
「それでもよ。ほれ、サイト、きちんとお礼をしなさい」
「うん。その、怪我を治してくれたようで、ありがとう」
「ああ、その気持ちだけは、うけとっておくよ」
怪我をしたとはいえ、サイトがギーシュに決闘で勝ったというのは、まだ噂話ででてくるくらいだ。あまり食堂で長話もしたくないので、簡単に話をとどめてテーブルに向き直った。そのままルイズは、サイトに椅子をひかせてそれに座ったところをみると、こんなものでよかったのだろう。サイトは床で食べさせているのは、あいかわらずだけどな。
教室ではサイトのそばに、サラマンダーが頻繁に近寄って、観察をしてるように見える。サラマンダーはキュルケの使い魔のフレイムだろう。キュルケはサイトに興味を示しだしているようだな。俺は、サラマンダーがそばにいながらも近くに人がいない時、サイトとルイズに声をかけた。
「そういえば、サイトって、ルーンの力で剣をつかえるようだが、折角だから剣でも買ってやらないのか? ルイズ」
「うーん。そうね……剣を買ってあげるわ」
「俺に剣を買ってくれるの?」
「なんで、疑問形なのよ!」
教室内で大声にならないように、俺は口をはさんだ。
「今、街では盗賊フーケのせいか、剣の値段が上がっている。ふっかけられないようにしろよ」
「何よ、それぇ……」
「ナイフの相場をみるついでに、剣の方も見聞きしてな。ルイズ、もしかして物を買うときに、いつも業者の言いなりの値段で買っていないか?」
「……」
「公爵家の令嬢なら、それでいいのかもしれないけどな。剣を買うなら、一緒に店にいって見立ててやろうか? 俺はほぼ毎週、王都にでかけているからな」
「……お願いするわ」
「それじゃ、細かい話は後でな」
昨日はピエモンの秘薬屋の近くの武器屋に、インテリジェンス・ソードがあるのは把握してきた。インテリジェンス・ソードなんてまずおめにかからないし、あの口の悪さはデルフリンガーで間違いないだろう。興味を持っているって、店の主人に気が付かれたくなかったから、直接みてないのがちょっと残念だけど。ナイフの方は、趣味で数か所の店や、自領への売り込みにきていた業者から買っているから、相場はだいたい知っている。
さて、キュルケはどう行動にでるかだな。
ギーシュとの決闘の後の平日は、サイトの行動でルイズの顔に落書きをしたのが目立ったな。ルイズは朝食を抜くこともよくあるから、授業開始のぎりぎりにきたもんな。こういうおかげで、サイトの異常な強さよりも、東方からきた変わった平民との認識が教室内に広まっている。
虚無の曜日の前日になっても、キュルケの使い魔であるフレイムが、サイトのそばに多くいること以外には、キュルケ自身の目立った行動は見当たらないので、俺は王都に向かった。翌日、俺がオーナーをしている風石の店で、ルイズやサイトとの待ち合わせの約束をして。
今週はジャン・ジャック兄さんたち正規の騎士は、王都の警備にでかけているので、また先週のように、騎士見習いと訓練を一緒に行うが、新入りがいなかったので、最後は騎士見習いが一番長いアベルと実戦形式で行う。アベルとは、少しばかり俺の方の分が良い。だからこそ騎士にあがれないのかもしれないが、こちらの2つの杖を使うのに対して、正統な魔法衛士隊の剣だから、次の動きが読めてしまう。まあ、素直すぎるといったところなのだが、俺にほとんど勝てない者でも正規の騎士になるのはいるので、本来なら騎士になっても不思議ではないとはずなんだよな。人事もつかさどっているジャン・ジャック兄さんは何を考えているんだ?
今日はアベルに負けので、
「今日は負けたよ。アベル」
「いや、調子がわるいんじゃないのか? ただでさえ杖を2本使うなんて器用さが必要なのに、集中力を欠いていなかったか?」
「そうかな? まあ、そういっても俺の負けだから、また今度、機会があったらよろしく頼むな」
「ああ。こちらこそ、身体が空いていれば、お願いしたいくらいだ」
そしていつもの通り食後に、自分がオーナーをしているワルド子爵領の風石管理の店へ行った。いつもの通りに、取引情報とかの確認をしていく。今後の採掘のための研究費を5%差し引いて、純利益が3%はあるから、まあよかろう。
研究費は地下の研究室での、実験用器材の購入にほとんどがあてられているが、将来のための投資も含んでいるから、近未来用の実用研究と、少し先用の基礎研究の2種類に研究費と実際の研究をわけている。
ルイズたちと待ち合わせをしているのは、この風石管理の店だ。この地下の研究室にある、濁った空気を清浄化する魔法装置をわたせば、ミスタ・コルベールはよろこぶかなと思いつつも、ルイズたちが来るまでアイデアが実用的かどうかを試していた。
しばらく地下の研究室にこもっていると、店の従業員からの呼び鈴が鳴った。時計をみると3時近くか。ルイズたちだろうと思うとやはりそうだった。ルイズは虚無の曜日はどちらかというと遅くまで寝ていて、魔法学院で昼食を早めにとってから、王都にやってくるからな。
ルイズとサイトとともに、ピエモンの秘薬屋の近くの武器屋へ向かうが、ルイズの持ち金が90エキューと少々ということで、頭が痛くなってきた。多分、俺がルイズの部屋へ行った時に、たまにお菓子がでたり、王都で食事を一緒にすることもあったりしたから、魔法学院入学からの積み重ねがあって、今日もっているお小遣いは100エキューにたっしていないのだろう。計算違いもはなはだしい。
とりあえずは、ルイズに「交渉は任せろ」っと言ってあるが、途中で口をださないだろうな。
そして、ピエモンの秘薬屋の近くの武器屋に3人で入ったところで、店の店主である親父が出迎えた。
「シモン様。今日はおひとりじゃなくて?」
「ああ。令嬢の使いにつかえそうな剣を調達にな」
「へえ。シモン様」
レアを頭に乗せながら会話を続けている。先週もそうだったが、仕事にそういうことはもちこまないタイプだな。
「それで、1.5メイルぐらいの剣をさがしているのだが、ここの店の最上級品と、実用的なものの中で上等なものと、この店で一番流通しているぐらいな剣で、それぞれ代表的なのを1本ずつぐらい見せてやってくれ」
「へぇ、わかりやした」
その間にサイトは店にかざってある、さまざまな剣に見入っていた。
店主がまずは、店の奥から1本の宝石がちりばめられた両刃の大剣をもってきたら、サイトは一目で気に入ったらしく、
「すげえ。この剣すげえ」
店の主人は自慢げだが、俺の顔付きが次と催促しているのを感じてくれたのか、店にかざってあった1本の剣を並べ、さらに乱雑に積み上げられた剣のなかから適当そうに1.5メイルぐらいの大剣をもってきて並べたが、やはり最初の剣は見栄えがいいよな。
「それで、それぞれの価格は? もちろん、適正な価格でな」
「高額な方から、1680エキュー、700エキュー、200エキューでさ」
ルイズの頬がわずかにひきつっている。ラ・ヴァリエール公爵領なら、一番高い剣は庭付きの家一軒分だもんな。
「悪いが、そっちの積み上げた剣の中から探さしてもらうわ」
主人が、残念そうにしながら
「へぇ」
「これ、無理なの?」
サイトは気軽に言っている。
サイトはこちらの金銭感覚がわかっていないだろうが、家一軒分の価値があると聞いたらどう反応するんだろうな。店主がならべていたのは、いずれも両刃の剣だったから最近の主流はそうなのだろう。そうしたらその乱雑な剣の中から、低い男の声がした。
「生意気言うんじゃねぇ。坊主」
ルイズとサイトが声の方を向き、店主は頭を抱え込んでいる。その間に俺は、店主に近寄り小声で聞く。
「先週も来たが、あの声って、先週の口の悪いインテリジェンス・ソードだろう? あれは、相場より安いんじゃないのか?」
「へぇ。確かにそうです。旦那は見ていなかったようですが、錆びているので安くして100エキューってところですか」
「わかったが、名前はあるのか?」
「へぇ。デルフリンガーといいますが、普段はデル公と」
「まあ、いいか。ところで、先週あったダガーナイフはまだあるか?」
「ありますけど?」
「じゃあ、それにプラス10エキューで購入するから、あっちのインテリジェンス・ソードを10エキュー分マイナスしてやれ。絶対、彼女に気づかれるなよ」
「わかりました」
商談は成立だ。
ナイフでもダガーは滅多に買わないが、この際はしかたがないだろう。
サイトがデルフリンガーを握って「しゃべる剣なんておもしろいじゃないか」っと、それなりに気に入っているようだ。ルイズは不満げだが、念のために俺もその剣をさわらずにみてみる。
錆びているようにみえるが刃はしっかりしている。ギーシュの青銅の剣よりよっぽどというか、下手に普通の剣できられるより、これでガンダールブの馬鹿力……だと思うが、錆びたところが切れなかったら、たたかれた方が大変かもしれなさそうだ。
「くっちゃべるのは少々気になるが、話をとめる方法は?」
「それなら鞘に入れるとおとなしくしますさ」
「じゃあ俺には先ほど話したダガーと、そっちの剣は90エキューということで、剣についてはその令嬢から受け取ってくれ」
俺は、少々予算オーバーだったなと思ったが、デルフリンガーを手にいれてもらわないと仕方がないとあきらめた。
ルイズは、ルイズであまり釈然としてなかったが、積み増している剣のかたまりでさえ、今もっている手持ち資金ではたりないなんて、剣の相場をみくびっていた自分に少々腹をたてていたが、それは表にだしていなかった。
それで、王都から魔法学院への帰りは3人で一緒に戻ることにしたが、魔法学院の夕食の時間に間に合いそうになかったので、適当な店によって、パンを買い、別な店でソーセージを買って、魔法学院に帰った。
そして事件が起こることを期待していた俺は、魔法学院に帰ってから小一時間といったところで、宝物庫の方に向かうと、爆発音と少したってから、打撃音が聞こえてきた。皆に怪我がないだろうとは思うが、急いで宝物庫に向かうと、巨大な土ゴーレムが人を肩にのせて、さっていくところだった。
いまのところ、フーケが人を殺したという話は聞かないが、さて、皆大丈夫なんだろうな。
エキュー金貨、新金貨なんて無視ですわ。
2013.07.03:初出