明後日が『スヴェル』の月夜で、その翌日の朝から空船がアルビオンへ出航をしだす。
なのに今はミスタ・ギトーの授業で、キュルケがギトーの挑発にのって、炎をむかわせたところで、単なるウィンドの魔法で、キュルケは吹き飛ばされていた。そしてその後に、ギトーが『風の偏在』の魔法を実行し、二人になって講義をしている。
うーん。まさかアンリエッタ姫殿下は、魔法学院にこないのか? この前、グリフォン隊隊員に、ゲルマニアからの帰りのコースを聞いても、魔法学院の近くを通ることまではきまっているが、魔法学院によるかは不明だって言っていたからなぁ。
そう思っていたところで、ミスタ・コルベールがカツラをかぶってきて、アンリエッタ姫殿下は来院することがわかった。
式典の準備は少々面倒だが、アンリエッタ姫殿下が、ルイズが魔法学院にいることを知っているかどうかだよな。知れば、なんとかなるだろう。だってなぁ、どうやって考えてみても、ルイズの部屋をどうやって知るんだよ~
何かの裏はあるはずだがそこはよくわからないから、オールド・オスマンに精霊勲章は軍に帰属していないと授与できないって話しておいたのと、ほんの少々ばかり、ルイズがアンリエッタ姫殿下のご学友だったことだけを伝えておいた。あのとぼけた爺さんが、裏で手をひいてくれるような気がするんだよな。だってなぁ、翌朝早くに、アンリエッタ姫殿下が、魔法学院調室にいたようだったし。
そうして、アンリエッタ姫殿下を魔法学園に迎え入れたのだが、ルイズは婚約者であるジャン・ジャック兄さんをしばらくぶりに見て顔を赤らめているし、キュルケは同じように兄さんを見つめてぼーっと顔を赤らめている。
俺とジャン・ジャック兄さんが似ているのは肌の色と、髪の毛の色ぐらいで、あとは本当に兄弟かどうかも、わからないほど似たところが少ない。
ルイズは兄弟だと当然知っているが、キュルケに知らせてみるのも一考だ。しかし、うまく明日はひっついてきてくれることを祈るなら、正体はあかさない方が良いだろう。まあ、そんなルイズとキュルケの二人から相手にされなくなったサイトは、それまでのかまわれようから、かまわれなくなった変化から、タバサに「三日天下」って言われていたしな。
そしてその夜は、レアに男子寮と女子寮をつなぐフロアで見張ってもらっている。ここなら男子生徒の使い魔がいても、女子寮に入らなければ怪しまれなくてすむ。レアには好物と言っていたネズミの油揚げを与えて、見張ってもらえることになった。しかも、これで魔法の元となる精神力が上がるようだ。前世では、霊力と言っていたらしい。多少、勝手は違うらしいが、まあ結果から言えば同じ現象を起こせるので、レアは気にしていないみたいだ。しかし、レアの前世での霊力とこちらの魔力は何か関係するのか、ちょっと興味深い。それは、もう少し先に調べてみることだろう。
一方、俺は女子寮の出入口付近で、あらゆる系統の気配も出さないようにして隠れている。
レアには、主に女子寮に入り込む男子生徒で、特にギーシュが出入りしないかを見張ってもらっている。俺の方が本命のアンリエッタ姫殿下と、それについてくるであろう、ギーシュがこないかを見張っているところだ。
なんせ、ギーシュがどうやってアンリエッタ姫殿下の後をつけたのか、よく思いだせないからだ。
まともに考えるなら、アンリエッタ姫殿下の泊まっている迎賓館付近にいるのであろうが、あのあたりは魔法衛士隊隊員が多いはずだから、結果として向かってくるルイズのいる女子寮の付近を見張ることしか思い浮かばなかった。まさか、ルイズの部屋に訪れていても、さすがにアンリエッタ姫殿下が来たら、出ないわけにもいかないだろうしなぁ。
そして外でしばらく湿らせた毛布の下で、うつ伏せになっていた。外への熱の放出をなるべく抑えるのと、蒸発を利用して火系統のメイジでも体温を探るのがうまいのをごまかすためが一つ。もう一つは水系統のメイジに血液の流れを、少しでも探られるのを防ぐためだ。風系統にも伏せているため、探られにくいはずだ。土系統のメイジで感覚がするどいのがいたらばれてしまう。しかし、幸いなことに通路は固定化の魔法がかけられているので、足の感覚を頼りにするのには、それほどよい環境とはいえない。
見張っている間に思い出していたのは、2年生の初め頃、アニエスという女性が王軍に入った、っという情報をつかんだ時には、多分、あのアニエスだろうと思って、顔つなぎをするだけで終わってもいいかと考えていた。“ダングルテールの虐殺”の件で話がしたい、っと本名である、シモン・トレ・ビュルガー・ド・ワルド名でそのまま手紙を送った。返答は風石管理の店である『シルフィ―』宛に、会う日時は1カ月以内の虚無の曜日の前日の夜か、虚無の曜日の午後3時までの間で、店の指定は、そちらアニエスにまかせると。
返答はすぐにきたが、待ち合わせの場所はチクトンネ街の、しかもはずれの方で、さらに脇道に入った所にある居酒屋で虚無の曜日の前夜だ。まあ、下級貴族も近寄らないようなところを選んだものだと感心したものだ。俺は『シルフィ―』においてある平民に落ちたメイジがよく着る傭兵用の服に着替えて、指定の店に行った。
入り口に入ると店の中から視線を感じたが、すぐに外れた。初めての店だが、まずはアニエスらしき人物を探そうと思ったら、入り口のすぐそばのテーブルで、こちらを品定めするようにみていた人物に、俺は
「ミス・アニエスですか?」
「ああ。それでミスタ・シモン・トレ・ビュルガー・ド・ワルド本人か?」
まさか、声も潜めずにフルネームを呼ばれるとは思わなかった。そして店の中は俺に注目が集まっているようだ。何かあるにしても店の入り口のそばだからと思って、俺はアニエスのいるテーブルのそばまで歩いて行って、
「そうだ。本人だ。証明するには、手紙を送ってもらった店の方にでもきてもらわないといけないけどね。それで座らせてもらっていいかな?」
「本人だとするなら『二杖』という二つ名があるようだな。それを見せてもらえないかな?」
うーん。俺のことを少しは調べているようだな。
「ああ」
そこで、俺はウインドの魔法を右手に持っているサーベル状の杖から、そばにあるろうそくの炎を消したのと、錬金で左手に持っているタクト状の杖でから、バラの花びらを数枚ほど空中につくりあげた。アニエスは火の系統が嫌いらしいから、そちらは使わなかったのだが、アニエスはさらに
「4系統とも使えるときいているが」
と容赦がないなぁ。
俺はまあ、それほど精神力を消耗するわけでもないので、さらに、サーベル状の杖から火を伸ばす魔法で、一度消したロウソクをつけて、左手の杖からは、コンデンセイションの魔法で空気中の水分を凝縮しテーブルに上に水の膜をほんの少しばかりつくった。
「本人と認めてよさそうだな」
俺が、話しかけようとするとアニエスは店の中央の方へむかって
「この通り、杖が二本とも使えて、魔法が4系統とも使える。代理人じゃないだろう。賭けはこっちの勝ちでいいな!」
店の中では大部分が来ないか、すぐに逃げ出すにかけていたのが大半らしい。中には2人ほど、儲けたのもいたらしいが、って、俺は賭けの対象だったのかよ。入り口に近い位置にいたのも、俺が逃げ出せるとの安心感をもたせるために、この場所にしたな。
こちらにアニエスが振り返ると、
「場所は二階にしよう」
「うん? サイレントの魔法で、まわりへ声や音を遮断することはできるぞ」
「ここには口の動きだけで、話している内容がわかる者もいるかもしれない。それに今回は、店のおごりだそうだ」
にやりとして、店主の方を見たアニエスがいた。
そんなことを思い出して女子寮の入り口を見張っていると、一つの影が女子寮に入っていった。そしてその後ろをつけていくようにして、もう一つの影がついていくが、最初のはともかく、後者はギーシュの特徴を持つ熱と、土と風からの感覚だ。ギーシュがついていっているのだから、最初の影はアンリエッタ姫殿下だろう。
ただし、思いがけなかったのは、もう一つの感覚がギーシュの後ろからやってきた。水は苦手だから感じないのは当然として、風の感覚もなく、土からの感覚もあいまいだ。多分、サイレントの魔法で足音を消しているのではないかという感じだが、熱だけの感覚が一番はっきりとしているというところで、その陰も女子寮の中に入っていった。
ギーシュの後ろから誰かがくるとは思っていなかったが、もしかして、アンリエッタ姫殿下が誰かに狙われているのか?
どちらかというと狭い空間での戦いを中心に、訓練をつんでいる俺としては、ギーシュの後についてきた影が、女子寮の中にはいってくれたのが助かった感じだ。ルイズの隣の部屋は火のトライアングルであるキュルケだから、騒げばでてくるだろうと思い、俺がかなわない相手だった時の、算段をたてて湿った毛布の下からでた。そして、女子寮のルイズの部屋へ向かった。
女子寮でルイズの部屋へ向かうと、幸いにも最後の影らしき人物が、注意を前方の方へ向かわせているようだ。俺は、
「こんなところで、何をしているんだい? ジャン・ジャック兄さん」
っと、少々離れたところから小さな声で、呼んでみた。声をかけた瞬間に、レイピア状の軍杖を向けていたのはさすがだが、すぐには俺と判断できなかったのか、
「……シモン。お前こそ、こんな時間に女子寮へ出入りしていたのか?」
「兄さんがいるよりは、ごく自然だと思うけどね」
そう、とぼけて見せたが、
「お前は、早くここから立ち去れ?」
「なんで? 俺が、この時間に女子生徒の部屋に向かうのは、たまにあることだけど、魔法衛士隊の兄さんが、それを邪魔するのって何かあるのかな?」
「今は、任務だ。言うことを聞け」
「任務? 魔法学院の女子寮でグリフォン隊隊長自らが動く任務なんてあるの? 魔法衛士隊も隊長なら、アンリエッタ姫殿下が泊まっている迎賓館のあたりにいるのが普通じゃない?」
「……」
「んじゃ、俺はルイズの所にでも行ってくるわ」
「何?」
「何か問題でも?」
種をまいている本人が言うのもなんだが、三文芝居かな~っと思いつつ言ってみた。
「ルイズだと……こんな時間にか?」
「普段は、だいたいもう少し早い時間だけど、今日は式典があったからね。それにルイズの様子が少し、変だったからラ・ヴァリエール公爵に手紙で伝えて良いのかどうか、確認も含めないと」
ルイズが平民を召喚したことやら、フーケが盗んだ宝を取り返してきたことも伝えているが、そのあたりは、ラ・ヴァリエール公爵が怒りそうなことは避けて書いている。今回、戦争中のアルビオンに行くことになりそうなのを、どうやって書こうかを誰かに相談したいぐらいだ。
「ルイズの部屋には、今、アンリエッタ姫殿下がいる。そして、その同じ部屋にはルイズの使い魔という男の声と、その部屋のドアの外にはここの生徒らしいのが聞き耳をたてているようだ。アンリエッタ姫殿下は今のところ無事だが、何かありそうな時に僕が行くまでの時間稼ぎをしてこい」
そばに行って護衛役をしないのかい? っとからかおうかと思ったが、やめておく。折角、通過することができるからな。
しかし、ルイズの部屋より1階下の階段付近だ。これだけ離れたところから、気配を消しながら様子をうかがえるとは、たいした技量と耳をあいかわらずもっている。まだ、本気じゃないんだろうけどなぁ。
そしてルイズの部屋へ向かうと「きさまーッ! 姫殿下にーッ! なにをしてるかーッ!」と大声をだしながら、入り込んでいったギーシュがいる。
また出遅れたか。まあ、そのまま中に入って適当に話をあわせればいいか。俺はルイズの部屋に入り、ドアをしめた。ジャン・ジャック兄さんにも話は漏れるだろうが、少なくともウェールズ皇太子のところまで行くには、助けになるだろう。帰りもあてにできるかは、行く途中で確認していくしかないかと思っていると、サイトはギーシュをふみつけているが、俺の方をみながらどうしようか思案顔だ。ギーシュとは決闘をしているが、俺は怪我を治しているからだろうな。
「この二人、お姫様の話を立ち聞きしやがりましたがけど。とりあえずどうしますか?」
「そうね…、今の話を聞かれたのは、まずいわね」
ギーシュが
「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せつけますよう」
っと言うので、ウェールズ皇太子から手紙を預かってくるのでよかろうと想定し、
「姫殿下。極秘の任務なのは承知いたします。しかし、少数精鋭と申しましても、この二、三人だけでは、さすがに厳しいでしょう。フーケから宝を取り戻した時に一緒にいた、このシモン・トレ・ビュルガー・ド・ワルドも参加をさせてください」
推定した内容が間違っていても、聞いた内容はどうとでもとれるように、あいまいにお願いをした。アンリエッタ姫殿下は、ギーシュはグラモン元帥の息子で、俺は現グリフォン隊隊長の弟だと解ると、姫殿下がルイズたちに依頼した内容についていけることになった。
ギーシュは感激のあまり気をうしなったが、静かでよかろう。
そのあとのアンリエッタ姫殿下とルイズの話を黙って聞いていると、姫殿下から、ウェールズ皇太子たちはアルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていることと、ウェールズ皇太子への手紙をしたためてルイズに渡した。『水のルビー』も「旅費のたしに」とルイズへわたしたが、『水のルビー』の価値はもう伝承されていないか、まだ伝承をうけていないかのどちらかなのだろう。それとも、始祖のルビーも虚無の担い手にわたるように、始祖ブリミルがシステム化でもはかっているのだろうか。
アンリエッタ姫殿下がルイズの部屋から戻る時には、ギーシュがまだ気を失なっているので、俺が迎賓館のぎりぎりのところまで送っていくことにした。空気に溶け込んでいるが、火と土の感覚から、ジャン・ジャック兄さんが、こちらを監視しているのを感じながら。
やっぱり、ワルド子爵はついていくことになりそうです。さて、レコン・キスタについているかどうか。
2013.07.13:初出