翌朝の朝もやの中、ルイズにたいしてジャイアントモールがすり寄っている。
ギーシュの使い魔であるジャイアントモールで、名はヴェルダンデ。俺がそのヴェルダンデを、アースハンドの魔法で食い止めている。もしニューカッスルで結婚式だなんてことになりそうなら、ラ・ヴァリエール公爵の名前を使って止めて見せる。自分の力でないところは情けないが。
そんなところで、もやの中から声がかかった。
「シモン、いるかね?」
「ああ。その声は、ジャン・ジャック兄さんかい?」
俺の声と合わせるようにもやの中からグリフォンに乗って姿を見せてきたのは、やはりジャン・ジャック兄さんだった。兄はグリフォンを降りて、
「おはよう。姫殿下に同行することを命じられてね」
真実なんだろうけど、全ては話していないって感じかな。まわりの反応は、ルイズは頬を染めて、ギーシュは魔法衛士隊と感づいたのか、憧れのまなざしを送って、サイトはこいつ誰だって顔をしている。そんな彼らに改めて俺から、身内である兄をある程度はサイトにもわかるように紹介する。
「このグリフォンにのってきている貴族は、俺の兄でジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。王室を護る魔法衛士隊で、その一部隊のグリフォン隊隊長をしている」
そして、兄は知っていたり、知らされていたりもするだろうが。
「こちらの男子生徒は、ギーシュ・ド・グラモン。あのグラモン家の息子。そして、ルイズは、紹介する必要もないよね。そしてそこの剣を背負っているのが、ルイズの使い魔でヒラガ・サイトだよ」
「今回、お忍びの任務だが、きみたちだけではやはり心もとないらしい。そこで僕が指名されたワケだ」
ルイズが
「ワルドさま……」
声を震わせているところに兄が、
「久しぶりだな! ルイズ!」
「お久しぶりでございます」
そこで、俺は口をはさんだ。
「アンリエッタ姫殿下の勅命で動くのはわかるけど、アンリエッタ姫殿下の護衛をグリフォン隊隊長が消えていて大丈夫なのかな? ジャン・ジャック兄さん」
「それなら『風の偏在』が、かわりにしている」
「グリフォンは?」
「グリフォンは普段乗っている方を、護衛にのこしてある。今、こっちにいるのは、隊員のグリフォンだ。その隊員には別途王都へ向かってもらうようにしてある」
枢機卿にだまってでているかは、わからないな。アルビオンへ行くからには向かうのは、やはり、ラ・ロシュールの港町になるだろうが、
「それで今日は街道沿いのアラスの街まで行けば、明日の昼にはラ・ロシュールにつけると思っているのだけど」
「急ぎの任務だから、今日中にラ・ロシュールへついて、明日の朝一番で出航したいのだが」
「明日の夜は『スヴェル』の月夜だよ。まともな船乗りなら、明後日の朝一番に出発だね。だけど船によっては交渉次第で、深夜になら出発してくれるのは見つかるはずだよ」
兄は考えているようだが、無理して今日中にラ・ロシュールへ必要性は無いと判断したらしい。
「そのコースでよかろう」
これで了承した兄さんの判断に、俺はラ・ロシュールでの出航前の夜に、傭兵から襲われるかもしれない時間の制限をつけれたかもしれないと思ったが、まだ兄さんがトリステインを裏切るとは限っていないんだよな。ルイズに向かって婚約者だと紹介もしていないし。
「じゃあ、出発だけど、どういう隊形で動くの?」
「ルイズを護るのだから、ルイズを中心に僕が前方、ギーシュくんがルイズの左側で、使い魔くんが右側、そしてシモンが後方でしんがりだ」
襲ってくる可能性があった場合の、相手との距離を目安で隊形を組んだのか。メイジじゃない者が護っていると左側が比較的おろそかになるので、サイトを右側に配置したのだろう。まあ馬に乗っているサイトが、剣をうまくふれるかどうかよくわからないけどなぁ。馬から降りた方が、よっぽどうまくやりそうだ。しかし、デル公を購入してからまともにデル公を振っているのを、見たことがないよな。俺もサイトの目の前でサーベル状の杖をまともな刀のようにして動作したことは無いから、お互い様か。
「では、諸君! 出撃だ!」
今夜泊まるアラスの街までは王都トリスタニアを朝に早馬で出発をして、翌日の昼頃につくようなところである。普通なら早馬で昼につく街で馬を乗りかえて、さらにその日に泊まるような街で馬をさらに乗りかえ、アラスの街まで向かった。ここまでなら道も平坦だし、草原が続いている。その中でもやはり、その日につくというのには少しばかり遠く、さらに昼食もとらずに馬を走らせている。最初の街まではかなりとばしたので、時間は短縮できているが、夕刻のこの時間では乗馬が得意なルイズも、それなりに馬を乗るギーシュや、シモンも疲れを隠せなくなってきている。初めて1日中、馬に乗ったサイトにいたっては、半ば倒れるような格好で馬にしがみついていた。
アラスの街でグリフォンと馬を預けて、この街では貴族がよく利用している『中央の星』亭に向かった入り口の手前で、それはおきた。
「シルフィード!」
ルイズは驚いた声をあげたが、それはタバサの使い魔である風竜で、それに乗っていたのは、タバサはもちろん、そこから飛び降りてきたのはキュルケだった。
「あら、良いところにお泊りね」
「何しにきたのよ!」
ルイズが怒鳴ると、キュルケが話し出した。
要するに俺たちを、朝起きたら見かけたので自分は着替えて、タバサをたたき起こしてきたとのこと。タバサはたたき起こされたままでパジャマのままだが、まわりに興味をほとんどもたないタバサらしい格好かもしれない。それはいいのだが、キュルケの狙っている獲物は予想通り兄だった。キュルケは俺にとって保険というよりも、キュルケについてくるタバサの使い魔の風竜が、念のためのねらいなので、ここで追い返せないのがつらい。キュルケがジャン・ジャック兄さんに言いよるが、兄が今朝から言わなかった言葉を用いた。
「婚約者が誤解するといけないのでね」
そう、ルイズを見つめていると、ルイズは改めて頬を赤らめている。兄からルイズへと視線をうつしたキュルケはつまらなさそうにしながら、
「なあに? あんたの婚約者だったの?」
それからのキュルケはルイズの一番はサイトではなくて、ジャン・ジャック兄さんとでも思ったのであろう。サイトにアプローチをかけなおしている。
結局のところ、ジャン・ジャック兄さんがルイズの婚約者ということがはっきりしてしまったところで、ルイズが強気にでられなくなり、キュルケやタバサも宿に泊まることに対して文句を言い出さなかったし、泊まる部屋割りもすんなりと、キュルケとタバサ、ルイズとサイト、ギーシュと俺で、兄は一人部屋となった。
宿での夕食には少し時間がかかるということで、
「ジャン・ジャック兄さんに、サイトの剣の技量を見てほしいんだけど、どう?」
そう切り出してみた。明日は移動日だから、今、疲れが残っているとしても、今日のうちにどれくらいの力量差があるのか、サイトには覚えておいてもらいたかったんだよな。兄がルイズのことを婚約者だと言ってしまったタイミングは、まずかった気もするが、細かいことは気にせずにしておこう。
青銅の剣で青銅のゴーレムを斬ることができるというサイトの剣速や、攻城戦に使えるレベルの土ゴーレムのこぶしを受けることができる力を、兄には話してあるので、それを兄も確認してみたかったのであろう。
「使い魔くん。君さえよければ、ちょっと手合わせ願いたい」
「手合わせって?」
「つまり、これさ」
兄がレイピア状の軍杖を引き抜いてみせたところ、サイトもここぞとばかりに剣の腕前をみせようとしたのだろう。あっさりと話はきまり、この街でよく決闘が行われている寺院の裏手で、行うことになった。夕食まで時間があるということもあり、暇つぶしもかねて、皆が一緒についてきた。タバサだけは暗くなり始めた中で本を見つめているが、読んでいるかは不明だ。
俺がサイトに剣をあわせないのは、ただ一点だけ。サイトは、寸止めができないし、俺はサイトの剣速にあわせるとなると、今のスタイルのままなら手加減をする余裕がまるでない。つまり、どちらかが怪我をする程度ならばよいのだが、一撃で致命傷をお互いに負わせかねないので、避けていた。それと、俺程度の魔法で目覚めるなら、デル公じゃなくて、デルフリンガーも錆びだらけの剣に擬態していることもなかろうといういのもある程度は考えていたが。
サイトとジャン・ジャック兄さんの手合わせは、サイトの直線的だがスピードにのった身体の動きにその剣速は常人には見えないだろうが、兄は余裕をもって受け流してレイピア状の軍杖の特徴である突きを中心に、いつでも魔法の詠唱をできる体勢をとっている。そんな中、デルフリンガーがとぼけた声で、
「なんでぇ、あいつ、魔法をつかわないのか?」
「お前が錆び錆びだから、なめられているんだよ」
サイトが、剣での力量差を感じているのだろうが、負けず嫌いな性格もでているのだろう。サイトはむやみやたらと突っ込みすぎなんかの時には、兄は軽く柄の部分をサイトの肩などにあてて、バランスをくずさせてそのまま倒れこむなどが多くなってきた。そろそろ3分ぐらいたって、まわりからみても、はっきりとサイトに勝ち目がないとわかってきたところで兄が、
「だいたい、使い魔くんの力量はつかめた。並みの貴族を相手なら勝てるだろうが、しっかりと訓練を組んだ貴族、例えば魔法衛士隊の中間ぐらいの実力と互角といったところだろう」
へぇ、意外と評価が高いな。見た感じだけなら、魔法衛士隊の下位陣と互角ぐらいかとみていたのだけど、見た目と実際に手を合わせてみると感じが違うのか。
サイトは納得していないようで、
「まだ、俺はできる。もう少しだ」
「僕はもういい。するのなら、シモンとどうだ?」
「えっ? 俺?」
いきなり話を振られて、俺はとまどった。俺の技量をサイトより上とみているのだろう。先に魔法衛士隊の話を出しているところから、魔法を使っての話だな。
「……サイトがそれでよければ」
「シモンとやって、勝ったらまだ続きをしてくれる?」
「ああ、勝てたらな。それからシモン、手を抜くなよ。手を抜いたとみたら、しばらく魔法衛士隊の訓練参加はさせない」
あちゃー。サイトは俺が魔法学院の他の生徒と、それほど差が無いとみているのだろう。何せ俺の制服とか普段着は、多少だぶだぶとあまるように作らせている。筋肉の付き方を周りに気が付かせないためだから、サイトも気が付いていないのだろう。
そして、魔法衛士隊との訓練は自身の良い訓練にもなるし、将来への布石のつもりだが、それができなくなるのと、できるのと少々天秤にかけてみる。
「……そうか、そんなに組しやすいとみていたんだな。本気でやらせてもらうよ」
「……組しやすいだなんて……そんなんじゃなくて……」
「問答無用!」
そこにルイズが、間に入って、
「サイト! もうやめなさい。命令よ! それから、シモン。サイトの剣の技量をワルドさまに見てもらうだけだったのでしょう? 引き下がることはできないかしら?」
サイトがひかない性格とみて、俺の方にふってきたか。そういえば、俺も少し熱くなっていたらしい。ルイズにしては冷静だな。
「そうだな。サイトとするのはやめておく。それにするなら、久々にジャン・ジャック兄さんと剣のみでやってみたいけどね。もちろん本気でね」
「シモン、お前なぁ……魔法衛士隊の訓練は続けていてもいい。剣を右手で使うならの条件のままだが」
「わかったよ、ジャン・ジャック兄さん。魔法衛士隊の訓練に出られるなら、サイトとする必要もないな」
ルイズはその言葉に納得しているようだが、一人おいていかれたのはサイトだった。
「えっと、参加条件が右手?」
ちょっと、違ったらしい。俺の剣を使う手が右手という条件に反応している。気が付かれたのなら、仕方がない。
「ああ、俺は本来、左利きでね。身体のバランスをとるのに普段は右手を主体に、魔法衛士隊の訓練に参加をしている。左手での訓練は他でもできるしね」
チンクトンネ街の夜の街での賭けで戦うのにでるなんて、より実践的な機会だからな。
その場はそれでおさまって『中央の星』亭で夕食をとっていると、サイトからは
「ラ・ロシュールって港街と聞いていたのに、なぜ、山?」
とか、の話がでてきたり、キュルケがサイトにからんでも、ルイズはジャン・ジャック兄さんがいて、婚約者とでていたのを気にしているのか、とめにはいらないとかもあったが、それぐらいでその日は特になにもなく泊まった。
翌朝も早くから出発をし、ラ・ロシュールの街に向かうことになったのだが、キュルケがサイトと一緒に馬に乗るとか言っていたのを、一晩たって気をとりなおしたのか、ルイズがそれを阻止していた。俺も馬を乗り換える回数が増えるので、反対しておいたけど。
他は特に何もなく、ラ・ロシュールの街へ昼過ぎぐらいに入ることができた。
さて、俗に言われるきれいなワルドでしょうかね。
2013.07.20:初出