二刀は舞い、弾丸は貫く   作:[Schwarznegger]

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序章
プロローグ


 

 

 

 少年はよく同じ夢を見る。

 

 

 

 両親の死と自分の無力を痛感した、忌まわしきあの日の——

 

 

 

 

「——え?」

 

 衝撃。濡れたコンクリートの上に叩きつけられて、突き飛ばされたのだと理解する。そして、振り返れば両親は倒壊した家屋の下敷きになっている。

 

 

 

 なんで、どうして。考えるだけ無駄だ。どんな時でも人間の行動原理は単純。

 

「子供を守るのが、親の、役目だからな……」

 

「さ、あなただけでも逃げなさい」

 

「父さん、と母さんも……」

 

 逃げよう、と口にすることができなかった。非力な一人の少年の力ではこの瓦礫の山から両親を助けることはできず、隙間から浸み出す血が如実に死を語る。

 

「和人……お願いよ、生きて」

 

「さぁ、行け……」

 

「父さん、母さん……」

 

 呼びかけるように声を漏らす。無意味なことを、と脳裏でせせら嗤う。死んだ者は帰って来ない。変わることのない不変の真理。だと言うのにこの少年は両親が起き上がって、また笑いかけてくれるのを期待しているのか、雨に打たれながら微動だにせず、じっと見つめる。

 

「和人! 無事だったのね」

 

「……詩乃」

 

 あ、と涙も鼻水も垂れ流しの顔を上げて呼びかけた少女を見返す。

 

「ほら、逃げるわよ」

 

 袖を掴んで引くも、従う様子はなくそのままの姿勢で瓦礫の山を見つめている。

 

「でも、父さんと母さんが……」

 

「だけど、このままじゃ私たちもいつあの“バケモノ”に襲われるかわからないのよ」

 

 この街を襲う突如として現れた白い装甲に覆われたバケモノ。形も様々で、家のように大きなものもいれば、虫のような奴もいる。抵抗の手段を持たない彼らが襲われたらどうしようもない。

 

「けど……」

 

「このっ、意気地なし‼︎」

 

「——⁉︎」

 

 パァン、と小気味良いまでに響く、乾いた音が頬を張り飛ばされたと遅れて認識させる。しかし、少女はそれだけで止まらず胸倉を掴み、怒鳴りつける。

 

「ここに居たら、死ぬの! 死ぬのよ⁉︎ あなたのお父さんとお母さんが身を投げ出して守ったのを無駄にしようとしてるのよ‼︎」

 

 

 あの時、母さんは生きろ、と言った。

 あの時、父さんは逃げろ、と言った。

 常々、約束は守れと教えられてきた。

 ここで死んだらそれこそ親不孝の大バカ者だ。

 

 

「ああ……ごめん、詩乃」

 

「謝罪なら後でいくらでも聞いてあげる。今は逃げるのが先よ。立てる?」

 

「うん、行こう」

 

 崩れた街中を水音を立て駆ける。あちこちで助けを求める声が響いているが、無力な子供二人が行ったところで気休めにもならないだろう。そう言い聞かせてその声を黙殺する。

 

 

 

 抜けられる——。

 

 

 人々が一縷の希望を持った時、絶望は鎌首を擡げ、襲い掛かる。

 

「「——⁉︎」」

 

 家屋を障害物とも思わず、粉砕し地響きを立てて行く手を阻むように立ちはだかる白い装甲に覆われたバケモノ。巨大な目を動かして、眼下の二人の人間を捉える。

 

 

 

 ——対抗手段ゼロ。

 

 ——トリオン能力、兵士にするに足る値。

 

 ——結論、捕獲。

 

 ——距離を計測。周囲に敵影ナシ。

 

 

 

 

 大口を開けて捕獲しようと迫るバケモノ。しかし、見切れないスピードではない。和人は詩乃の手を引いて、別の道へ走る。派手な破壊音と共に家屋が崩落する。背後から迫る死の足音から逃れる為に必死にひた走る。

 

 

 だが、さらなる災厄が降り掛かる。

 

 

 コンクリート塀を破砕して現れた多脚型のバケモノ。見るからに斬れ味鋭いブレードを擦り合わせて、距離をジワジワと詰める。正に死神の鎌。アレにかかれば体はいとも容易く両断されるだろう。

 

「詩乃……逃げろ」

 

「ばっ、バカ言ってんじゃないわよ‼︎ あんなバケモノ相手にどうすんのよ」

 

「避けて避けて避けまくる。俺の反射神経の良さは知ってるだろ?」

 

 

 声は震え、顔からは血の気が引いて真っ白に。脚も頑張って抑えているのだろうが、小刻みに震えている。

 和人だって分かっているのだ。どれだけ無謀な賭けか。明日地球が滅亡する方がまだ確率は高い。いや、このままではどちらにせよ滅亡するのだろう。駆けつけた自衛隊は全く役に立っていない。だが、二人諸共死ぬよりはマシだ。

 

 

「ダメに決まってるでしょ——和人ッ!」

 

 

 嘘だ。ウソだ。止めろ、ヤメロ。ヤメテクレ。嘘だと言ってくれ——!

 

 

 迫る凶刃。離れる彼女との距離。その時だけ、世界の流れは滞り、雨粒の一つ一つすらもが目で捉えられるほどに。ブレードは徐々に、しかし確実に彼女を斬り裂かんとする。

 

 

 ——舞う鮮血。倒れ臥す彼女。しかし、胴体は繋がっている。バケモノの肘から先は失われ、ブレードは地面に突き立っている。

 

 いつの間にか現れたコートを纏った長身の男は、剣を振った体勢のまま一言。

 

「——遅くなってすまない。助けに、来た」

 

 

 

 

 

「——人ッ! 和人ッ!」

 

「——⁉︎」

 

 揺さぶり呼び掛ける声によって覚醒した少年は跳ね起きる。そしたら当然——

 

「「〜〜⁉︎」」

 

 ——額を強く打ち付け合うに決まっている。

 驚きの見事なまでに強烈なヘディングを叩き込んだ和人は声にならない悲鳴を上げて仰向けになる。本当は転げ回りたいところだが、腰の上に少女が乗っているので、どうにか自制。叩き込まれた少女は口をへの字に曲げ、恨みがましく涙目で和人を睨みつける。

 

「…………随分なご挨拶ね」

 

「…………ごめん」

 

 俺も痛いんだ、とは口にしない。古今東西、女が泣いていたら男が悪いのだ。痴漢もやっていないのに冤罪にかけられる。これは理不尽。

 だが、涙目で上目遣いの彼女を見れば、全てを許せるような気がする。なぜなら可愛いから。『可愛いは正義』。どこかの偉人が言った言葉は真実だったようだ。

 

「どうせ、あの時の夢でも見てたんでしょ」

 

「……うん。悪いな、心配掛けて」

 

 バツの悪そうに頰を掻き、俯く。四年経った今でも忘れることも、薄れることもないあの日。

 

 

 あの日の事件——『大規模侵攻』。

 異世界からの侵略者『近界民(ネイバー)』と奴らが送り込んだ機械生物『トリオン兵』によって引き起こされた被害は甚大で、未だに行方不明者が数多くいる。事態は現れた謎の一団『ボーダー』によって収束。彼らは巨大な基地を建設。そこを拠点にネイバーの技術(テクノロジー)『トリガー』を用いてネイバーから市民を、街を守っている。

 

 

 両親を失った和人は叔父夫婦に引き取られた。しかし、二年前にこの街に戻って来た。そして、ボーダーに入隊し、剣を取った。詩乃はこの街でそのまま暮らしていたが、それに追随するようにボーダーに入隊した。

 

 

「——私はちゃんとここに居るわよ」

 

「……ああ」

 

 服越しに感じられる熱。お互いの存在を確かめ合うように二人はしばらくの間、抱き合っていた。

 

「ありがとう、詩乃。もう、大丈夫」

 

「そう」

 

 返事はする。しかし、離れる気配が一向にない。むしろ腕の力を強めている。それに応じて密着度が増す。和人としてはアレがアレするので心底穏やかではない。

 

「あの、大丈夫……なんだけど」

 

「迷惑かしら?」

 

「いや、そうじゃ——」

 

「なら、いいでしょ」

 

 有無を言わさない笑顔の圧力。昔からの力関係は今になっても変わることなく、コクコクと頷くしかない。

 あとどれくらいこうしていればいいのだろう、と諦観の念をもって窓の外を眺める。お腹も空いたなぁ、とも考えながらぼんやりと時間を過ごす。

 

 

 

 ——結局解放されたのは三十分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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