白いゲルググがマシンガンを構える。狙う先は岩塊の横…何も存在しない空間だ。躊躇い無く放たれたビームは直後に現れる奴に…… は当たらず闇に消え去る。
「 チッ! ‥ッ!! 」
舌打ちした直後に頭上からプレッシャーを受け、間髪入れずに本能的に回避する!
『 ブバァァァ 』
ビリビリとコクピットに震動が伝わり、モニターにはマシンガンを握る腕だけが飛び去る姿が映る……。損傷箇所をみると右腕から腹部が何ヵ所も赤く点滅して甚大なダメージを被ったことを伝えていた。
機能停止直前にモニターに映ったのはライフルを此方に向ける赤いモビルスーツだった。
「赤い彗星‥」
〔〔〔 YOU lose 〕〕〕
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「……有難うございました。シャア大佐」
「礼には及ばない…が、落胆するとは君らしくないな?」
「流石に5連続完敗は凹みます……」
「そういうことか。私とて必死なのだよ…一撃でも貰う訳にはいかんのでな。 『赤い彗星も地に堕ちた』などと言われないようにな! ハハハ!」
笑ってはいるがシャアのこめかみには一筋の汗が伝っている。この男が本気で相手をするだけあり、レナ中尉の腕は紛れもなくトップエース級なのだろう。
「ええぇっ~! シャア大佐にそんなこと言う糞野郎はあたしがボコボコにして泣かせてやりますよ!! しっかし‥今日はイケると思ったんだ… 大佐!もういっ‥かい‥」
「レナ! 大佐はお忙しい中、お相手してくださっているのだ。我が儘はダメだ! 」
「むぅ、、、あっ!そだ‥ソフィ‥相手しろ」
ソフィアに諌められ不貞腐れたと思ったら、突然に満面の笑顔で指差してきた。
赤い彗星の後にド素人に相手を求めるとは……
「まさか……私をボコボコにして泣かせるつもりか?」
「はぁ?ナニ言ってんの? ソフィを泣かせる奴はあたしがやっつけてやる! ささ、着替えてよ!」
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ソフィアはノーマルスーツ姿でコクピットに居た。勿論、本物ではなくシミュレーターの中ではある。では何故、艦内でノーマルスーツを着るのか? より現実に近い状態に近づけるために様々な機能が加味されているのだ。高機動を行えば収縮作用も発生する耐Gスーツ機能も本物然としている。スーツとのセットで完成する模擬戦システムは乗り込んでしまえば本物との見分けは容易ではない秀逸な出来映えだ。否応なしにジオンの驚異のテクノロジーはその片鱗を見せつけてくる。
「レナの奴め…問答無用で押込みおって。…困ったな。操縦したことないのだが? 」
ソフィアは一般大学からの編入とは言え、士官学校ではモビルスーツ操縦のカリキュラムを修了しているのだが……あくまでもそれは『ソフィア・メルクロワ』がだ!
「この感覚‥不思議だな? …ん…ほう? なるほど! 」
違和感を感じながらも、何故かやれそうな予感にソフィアの心は高揚感に包まれていた…
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「なっ! なんだとっ!? 避けたのか? 」
小手調べに背後から一撃! 勿論、当てるつもりではなかった。相手が若葉マークの初心者ならば、まずはこちらの所在を知らせるべく威嚇射撃を…反応を見てからと考えたのだ。
まさか… 背後の気配を察知して避けるとは!
「振り向き様に撃ってくるとは! どうして、なかなかやる…」
ソフィアの駆る赤いゲルググは背後からの一撃を振り向き様に躱すと同時に回避姿勢を利用して射撃ポイントに向け片手撃ちで射撃した。避けながら撃って当たるものではないのだが、当てることよりも狙撃者を攪乱することにより追撃を遅らせることが狙いだろう。一瞬の間が反撃態勢に移った敵との攻守逆転にも繋りかねない。
事実‥奴は岩塊の陰に消え去った。
右か左……否、上下も有りうる!
宇宙空間とは言え、人間の本能的には右か左に動いてしまう。モビルスーツとは人間の本能に同調すべく人型でもあるのだ。咄嗟の動きには地球上での人類が培ってきた本能が曝け出され……左右どちらかだが。
瞬時にそのような思いを巡らせ…
「これはさっきと同じ! ならば上か!!」
ここでまた言葉とは逆に真下へと銃口を向け、間髪入れずに撃つ! 咄嗟に感じた『勘』なのだろうか?
正しく眼下では赤いゲルググの構えるビームライフルが閃光を放つ瞬間だった!
先程の対戦を再現するかに見えて、更に踏み込んできた。先手側の下を捕るなど……圧倒的に不利なポイントだぞ?
当然なのだ‥仕掛ける側は有利な上方から見下ろしているのだから。丸見えの下からは来ない…普通はそうだ。
「冷や汗ものだな!!」
ビームが右肩を掠める感覚を受けながら叫ぶ!
放ったビームが眼下の‥!!
居ない!?
悪寒が走った……先は背中だった。
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「おーい! 開けるぞ? 」
対戦が終了したが一向に出てこないソフィアを心配そうにマシンの扉を開き中を伺うレナ……
「うっ!? 大丈夫かソフィ!!」
開かれた中からはツーンと鼻を突く酸味臭が溢れてレナは思わず顔を顰めた。
「……酔った。 オエェェッ!! …エグッ …エグッ 」
コクピットの中では顔面を嘔吐物まみれにして咽び泣くソフィアの姿があった。
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数刻前…
【Sofia side】
「‥!! クッ!」
唐突に背後上方からの殺気に身体が反応した!
ソフィアが思考する間もなく回避&迎撃動作が一瞬にして成されたことに唖然とな‥る間もなく身体は反射的に手足を忙しなく動かして行く。背面バーニアが全開された急加速に呻くが、直後に複数のスラスターを操作しながら急反転!リミッターが作動して警告音が鳴り響く!これ以上は機体ではなく、パイロットの生命が危険なのだ!
※コクピットはフローティングマウントされており、内部パイロットへの限界荷重を8Gに設定されている
「グッ! ガァ‥ クゥゥ…」
眼前には新たな岩塊が迫る! 着地すると同時に地面を蹴り90度ターンで直上へ跳ぶ! 急減速によって身体が軋み視界はブラックアウトするがお構い無しに身体は勝手に動く?アドレナリン全開の興奮状態のソフィアの頭には奴を仕留めることしかない。
緩やかな弧を描き加速して行くゲルググ…
目指す先に奴が居た!!
ビームライフルの射撃スイッチを押す! 向こうも射撃態勢に移っている!
しかし、こちらの軌道は既に螺旋を描きながら上昇している。その軌道はインメルマンターンと呼ばれた空戦術に似ていた。
放たれたビームが交錯する頃には……
強烈な浮揚感が身体を包み視界が赤く染まった‥目の前には奴の背中があった。
「貰ったっあぁぁ! シャア!! ‥オボッ! オオォェェ……」
『 YOU lose 』
敗北を告げる音声は激しい嘔吐により、ソフィアの耳には届かなかった。
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気がつくと医務室のベッドに寝ていた。
「…う」
「あっ、ソフィ…わかるか? 」
「あぁ… ゲロまみれで倒れたんだな? 」
「ごめんよ…ソフィ…」
レナは随分と愁傷な面持ちであり、ソフィアは何故それほどに申し訳なさそうにしているのか理解に苦しむ。
「さっきの対戦相手……シャア大佐だったんだ。騙す…つもりじゃ…」
「やはりシャアだったのか……」
「き、気づいてたのか!? つうか、さらりと呼捨て…相変わらずだな! アハハ…」
「敬称略だ。フフフ」
ソフィアは最後に相手に向け『シャア!』と叫んだことを思い出していた。無意識に相手がシャアだと感じたということになるのだろうか?
「ニュータイプとはあんな感覚なのだろうか……」
「そ、そうだ! まさかソフィ… ニュータイプ? じゃなきゃ説明つかないよ! あのシャア大佐が本気になってた……」
「まさか!? 手加減したのだろう?」
「バカ言え! 」
レナは悔しさに拳に力を込めていた…ソフィアは自分より強い。
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「らしくないですな‥大佐。不適格者相手に無茶をされるとは! 彼女は先天的な疾患でモビルスーツ戦などは下手すると命に関わります!」
「疑念を確かめるためとは言え、少々やり過ぎたな‥。やはり、資料にあるメニエール病というのは間違いないのだな?」
呆れ顔の軍医に顔色を変えずに再確認するシャア。
「症状からして間違いありません。三半規管の働きが弱く、急激な機動を行ったために眩暈や嘔吐を引き起こしてます。今日では医療技術の進歩によって日常生活には全く支障ありませんが、モビルスーツや戦闘機の操縦は別です」
「そうか、以後気をつける…」
以前に閲覧したソフィア・メルクロワ中尉の経歴書には『モビルスーツ操縦:不適格』とされ、理由が身体的要因(先天疾患:メニエール病)と記載があった。これまでの話からは額面通り受け取れないシャアは二人の対戦を利用して疑念のひとつを確認したのだ。
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「それにしても… (訓練課程のみで実戦経験がないとは信じがたい)」
背後から受けたプレッシャーは……
アムロ・レイ以来の凄まじさだった……
「完敗だった…」