中継基地アムブロシアにてソフィアとシャアの二人はインゴルシュタット乗員と暫しの別れを惜しんだ。ここからは最小人数での行動に移る。それから定期連絡船に乗りジオン共和国へ入り、ジオン宇宙港からフォン・ブラウンシティ行きの貨客船に乗り換えた。
戦後の混乱が治まり市民生活も安定しつつある為なのか出国審査はすんなりと通った。出港して暫くして船内は静寂に包まれていた。何となく重苦しい空気を感じながら口を開いたのはシャアだ。
「…先日はすまなかった。体調は問題ないのか?」
「…今更? 気にしてませんよ。体調も問題ありませんわ‥
ソフィアは視線を合わさず不機嫌そうに返す、シャアに騙し討ちされたのが気に入らず皮肉のひとつも言いたいのは当然だろう。
「気にしてないようには聞こえないが? モビルスーツには乗って貰いたくないものだ…あれでは私の立場が危うい」
シャアも背後を取られたことが悔しいようだ。この男のほうが余程女々しく気にしているのかも? 試合に勝ったが勝負には負けたようなものだから…
こちらを見つめるシャアの顔には負の感情が浮かんで見えるようだ…
「あら、勝負は最後に立っていた者が勝者ですわ。シャア大佐ともあろうお方が弱気になられてはいけません(余程悔しいのだな‥相変わらず弄り甲斐のある男だ。…また殺されかねんから優しくフォローせんとな)」
ソフィア(キシリア)は昔を思い出す‥
キャスバル坊やに手錠を嵌めて苛めると歯噛みして悔しがる姿…それがより一層加虐心を引き立てて、少女のキシリアは恍惚の表情で鞭を振るいたくなったものだった。もしかすると…そのことを長年恨んでいたからブッ殺されたのかもな?
「ソフィアがそう言うなら不思議と納得してしまうな。君は…(ララァとはまた違うが‥)それより、私はローラン・ビランクか…ふむ」
シャアは何を言おうとしたのか言葉が見つからず途切れた。空かさず話題を切り替えるのも流石と言ったところだろうか。しかし‥
「捻りのない名前で御不満でしたら、エドワゥ・マスとでも名乗られては?」
「っ!? ……笑えないな。私のことはお見通しと言うことか。では、君のことも少しは教えてくれるのだろう? 」
その名を呼ばれたシャアは驚きの表情を顕すが、既に予測の範疇であったのであろう‥取り乱すことなく、ソフィアの情報を要求する。
「そうですね…私の正体に関してお話しします。ここはお互いフェアに行きませんとね」
「君の正体‥か? (端から教えるつもりで振ったのか?)」
「コードネーム【スピンクス】が私の正体。キシリア様直属の諜報部員です」
「やはりキシリアの…。スピンクスとは初耳だが?」
シャアは戦闘部隊所属であるため、裏方の諜報部門に精通する立場ではない。しかし、予てからザビ家への復讐に邁進していた事情から少なからず情報は集めていたのだ。キシリア機関に関しても然りだ。その彼を以てして名前すら掴めていない諜報員が存在していた事実に驚く。
「大佐が驚かれるのは当然ですわ。スピンクスの名を知る者はキシリア様ただ一人……多分!(私も随分とホラ吹きになったものだな)」
最後にに思わず『多分!』と言ったが…。恐らくそれは…無意識に罪の意識が顕れたのだろうか?
『スピンクス』など端から存在しない…だって、今考えたんだから!
「ふん、やはりキシリアだな…。ザビ家きっての策士だけある。まさかこんな可憐なフロイラインが腹心とはな」
「エッ? ……(ど‥動揺するではないか!)」
「…どうしたのだ? 顔が赤いが?」
シャアは突然顔を赤らめたソフィアの様子を不思議そうに見つめていた。この男…どうやら素で歯の浮く台詞を吐くようだ。
「いえ‥大佐もお人が悪いです。いつもそのように然り気無く女を口説くので? フフフ(お前の術中に嵌まってなるか!)」
「なかなか手厳しいな ハハハ」
「そこでひとつ。 …大佐に確認しておきたいのですが?」
「…確認? 」
「はい、以前キシリア様と会談なさった際に交わされた約束。現在も有効と考えて差し支えないのでしょうか? 」
「君が知っている‥やはり抜け目無くモニターされていたか。そう‥考えてもらって構わんよ」
キシリアとシャア‥否、キャスバルが交わした約束とは…
ザビ家への復讐は中断し、ジオン公国存亡の危機に共闘するという口約束である。…書面でのやり取りではないのだ。
キシリアは当然その場のやり取りは記録していた。映像メモリーの行方はどうあれ、当の本人が覚えているので問題ない。ただ‥既にキシリア本人では無くなっているので、シャアから見ればソフィアはあくまで第三者である。
「それを聞いて安心致しました。しかし、ミハル様とミネバ様に関してはどうなさるおつもりですか?」
「彼女らに何の恨みも無い。…もう終わったのだ」
シャアは腕を組み、瞑目するように瞼を閉じた。
「…キシリアの直属と言えば!? ソフィア‥君はキマイラの行方を知っているのか?」
「キマイラ? …存じません」
キマイラと聞いて…一瞬、知らない男の顔が脳裏に浮かんだソフィアだったが、キマイラの名に覚えがなかった。
―― 一瞬見えた男は誰なんだろうか? ――
「そうか…君なら知っているかと思ったのだが?」
キマイラ隊はキシリア直轄部隊だった。
隊長は赤い機体を駆る『真紅の稲妻』と呼ばれたジオン軍きってのエースパイロットである。戦場ではその赤い機体のため、『赤い彗星』と度々誤認されたという。
――彼もまたシャアと同じく金髪碧眼の男――
「…わ、私は裏方の人間ですから、あまり横の繋がりはありません‥ので(キマイラ‥何故思い出せぬ?)」
ソフィア(キシリア)の脳裏には霞がかった光景がフラッシュバックしては消えていた。…何か思い出せたのかと思ったら霧散してしまう。
「ジオン‥いや、ザビ家存亡の危機に何らかの切札となる隠密部隊との噂があるのだが…連邦の手に堕ちたとの情報は無い。現在も隠密行動中との噂が絶えないのだ…」
「…知りません。…と言うより…思い出せない‥のかも?」
「思い出せない? ‥では、隊長のジョニー・ライデン少佐は知っているか?」
キマイラとは、ジョニー・ライデン少佐を隊長に特別編成された『キマイラ隊』を指す。戦争末期のア・バオア・クー防衛戦で混乱に紛れ消息を絶ち…未だその行方は不明である。噂では密命によりザビ家の財宝を守っているとか、新兵器と共に地球連邦へ報復攻撃を行うべく潜伏している…等実しやかに語られる謎が多い部隊だ。
「ジョニー・ライデン小佐? …… 」
ソフィアはその名を聞いて……
ある風景を思い出す……
シュトラウスの円舞曲が流れる中…
ドレス姿のキシリアと……
手を取り向き合うのは……