グラナダ市内での用事を済ませた一行は目的地であるフォンブラウン市某所の邸宅へ向かうべく、リニアラインのグラナダ駅前にやってきた。
「透明なトンネル? 駅からパイプが出てるけど?」
レナは初めて見るリニアラインの駅で目に入った透明なチューブを不思議そうに眺めている。
「レナはグラナダは初めてなのか? あれが有名な月面リニアラインの駅だ。あのチューブを列車が通って街の外を往き来するんだよ」
月面の二大都市を直線で結ぶリニアラインは都市部と外部の接続部分にガラスチューブが使われている。これは、月面は真空であるために駅へ進入する列車が通過する際に気密扉を開閉しているのだ。チューブがあるのは都市空間内部だけで、外に出ると軌道が伸びているだけになる。ちなみにリニアの営業運転速度は1000km/hだ!地球上と違い、大気の影響を受けない月面では航空機のような存在となっている。大気の無い星の上では空を飛行するよりも軌道上を浮きながら滑るように走るリニアの方が安全面だけでなく、様々な面で優れている交通機関として評価されている。
「グラナダどころか月旅行も初めてでさ‥って! そんなことよりもあたしはソフィアがホンマもんの親衛隊だったのが驚きだよ!…ちょっと怖かった」
先程のベルナール氏を半ば恫喝するような態度をファビアンと二人で後ろで見ていたレナはちょっとばかりソフィアを恐ろしく感じていたようだ。
「怖かった…そうか。よしよし」
「頭ナデナデすなっ!」
ナデナデされて叫び…レナの萎縮していた気が吹き飛んだ。これは効果的だ(笑)
「飛んでた記憶が戻りつつあるんだが、親衛隊なんてのは怖がられてなんぼだからね…」
ソフィア(キシリア)は伏し目がちに呟くのだが、やはり長年培ったザビ家の女傑としての振る舞いは魂に染み付いているようだ。今の外見に見合う可愛い女になるのはなかなか難しいと思うのだった。
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リニアラインの改札を通りホームへやって来た。定刻前に列車は停車しているが、清掃中の札が掛けられてドアが閉まっている。地球の高速鉄道に見えなくもないが、特徴的な先頭車両が違いを物語る…
「これがリニア列車ですか? ‥装甲車みたいだ」
先頭車両を見て感慨深げにファビアンが呟くが、その例えのようにリニア列車は大気の無い月面の荒野を超高速で疾走するのだ。地球上とは桁違いに過酷な環境下を安全かつ快適に乗客を運ぶために装甲車然としている。そもそも大気が無いことから、地球の高速列車の流麗なスタイルとは対称的である。
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「いよいよ姫君に拝謁だな… 」
シャア・アズナブル一行は郊外の閑静な高級住宅街の一画にある邸宅に辿り着いた。ソフィアが一歩踏み出し呼鈴を操作する。
「…ソフィア・メルクロワです」
『!? …承っております。お入りください』
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応接間に通された一行は姿勢を正して主の入室を待つ…
シャアはチラリとソフィアを見るが、流石に先日のような不遜な態度でないことに安堵する。
「…(しかし堂々としたものだ)」
「お待たせ致した。私が主のモル‥否、トワニングである。シャア・アズナブル大佐とソフィア・メルクロワは君か? 」
現れた主はトワニング准将その人である。口髭がトレード・マークだった御仁だが、綺麗さっぱり剃っており、幾分か若く見える。
「ソフィア・メルクロワ親衛隊中尉であります。トワニング閣下もご健勝そうで何よりです… あら? 髭が無いほうがお似合いですわね」
ソフィアの軽口にシャアは軽い目眩を感じ、後に控え立つレナとファビアンは青褪める… 罷りなりにも相手は将軍であり、ザビ家の忠臣のトワニングに対して然も見知った上司に軽口を叩くOLのようだ。
「そっ‥そうか? なに、娘が‥あ、否! 姫様がそのほうが良いと申されてな… ウホン 其より話を聞こうか? …(姫様と同じことを‥)」
そんなシャア達を他所に当のトワニングは満更でない様子で照れ臭そうに口髭があった辺りを指で触り‥ハッとなって赤面しながら皆に着席を促した。
「…(‥ミハルが言うと鼻の下を伸ばして聞くのか?)」
キシリアは以前にも軽い冗談で髭を剃れと言っていたことを思い出していた。どうやらミハルにも言われたようだが… ちょっと面白くない。
「まずは後ろのお二人は別室にて寛いでいただこうか? 」
トワニングが目配せすると使用人がレナとファビアンを案内して行く。二人も此方をチラリと見て無言で頷き退室していった。ドアが閉まったことを認めるとシャア大佐が口を開いた。
「アクシズ提督マハラジャ・カーンの名代として申し上げる。ミハル・ザビ殿下をザビ家当主として御迎えに参った」
「うむ、やはりそうなるか… 」
既に予想していた風だが、トワニングの表情は厳しいものへ変わる。当然の反応か‥ 遠く彼方の小惑星へ諸手を挙げて送り出す程薄情な男ではない。主人のミハルは生れつき病弱なこともあるが、なによりも生前のキシリアから『担ぐな』と言い付けられているのだ。
「誰だ!? 来客中であるぞ! 」
ドアが開かれる音にトワニングは険しい表情で音の主を睨み付けた… が?
「来客の相手は私ではないのか? ‥トワニング」
「姫様!!」
ミハル・ザビ本人の登場である。
ソフィアが即座に立上がり礼をとるとシャアもそれに倣った。
「シャア・アズナブルと…ソフィア・メルクロワとはそなただな? ミハル・ザビである。久しぶりですね…シャア・アズナブル」
現れたミハルはシャアを見知っているようだ。
一年戦争勃発の少し前、ミハルは体調を崩し入院していた。その時に見舞いに訪れた兄ガルマに同行してきたシャアと出会っていたのだ。
「私を覚えておいででしたか? 」
「忘れる筈があろうものか… 兄が友人だと紹介したのだからな? 」
「そうでしたか…私にとってもガルマは数少ない友でした」
ガルマ・ザビが友人と呼ぶ者など他に誰が居ただろう? ガルマに限らずザビ家の人間が友人と呼ぶ人物などそうはいないものなのだ。故にミハルは一度しか会ったことのないシャアを鮮明に記憶していた。
「ところで‥ソフィア・メルクロワ。そなたが姉キシリアの符号を使ったのだな? ‥そなた何者だ? 」
「私は…キシリア閣下最期の時にお側に遣えておりました。元パープルウィドゥ乗員であります」
「まて! それはおかしくないか? 」
すかさず疑問を投げてきたのはトワニングだ。
「…どの様におかしく思われましたか? 」
トワニングの問いに動ずることなく聞き返すソフィア‥
「ア・バオア・クーへ入港したパープルウィドゥはザンジバルだ。直前にチベ級巡洋艦から変更してコールサインを引き継いでいたが、乗組員は艦長以下そのままであったな? シャア大佐? 」
トワニングが言うように、キシリアを乗せてきたパープルウィドゥはグラナダを出港する直前にシャアのザンジバルを借上げていたのだ。キシリアが座乗したことでコールサインはパープルウィドゥとなっていたが、乗員まで入れ換えるのは合理的でないので艦長以下そのままである。
トワニングが疑問を呈するのはそこなのだ。乗員は本来のパープルウィドゥ乗員ではない筈である。
「将軍が仰る通り、あのザンジバルは乗員も含めて私の艦でした。彼女を除いて… ソフィア・メルクロワはキシリア閣下が連れてきたのです」
ザンジバルを差し出した際に通信員が交代したと報告を受けていたシャアだが、然して気に留めていなかった。キシリアのことだ‥独自の暗号電文など秘匿性を考慮してのことだろうと…
今になり考えると納得するのだが…
「…そうか。ならば貴様はどのような立場にあるのだ? 一士官をキシリア様が傍に置く筈もなし‥話して貰うぞ」
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「キシリア機関…か。スピンクスのコードネームは初耳であるが、キシリア様なら有り得ん話でもない。ギリシャ神話に因む名を好まれる傾向が‥らしくもあるな。キマイラといい‥ 」
トワニングの口からもキマイラの名が溢れるのを聞いたソフィアはふと脳裏に一角獣の姿が浮かんだ…
「ユニコーン…? 」
《 ガチャン 》
思わず呟いたソフィアのひと言に激しく反応して手に持つティーカップを落としたのはミハルであった。
「ギリシャ神話では美しい女性と獣の身体を持つ怪物であり、また高い知性を備えた戦場の死を見張る番人‥であったか? そして、キマイラの娘とも言い伝えがある。…さらにユニコーンか? フフ」
ミハルは胸元からチェーンを引き出しペンダントトップを見つめた。凡そ貴婦人には似つかわしくない武骨なそれはユニコーンが彫られている。
「ソフィア・メルクロワ! これに見覚えがあるか? 」
目の前に差し向けられたレリーフを目にソフィアは…
「ジョニー・ライデン…… 」