地球 パリ郊外宇宙港
コンサートツアーのアイドル集団に紛れて地球往きを果たしたミハル・ザビ一行は拍子抜けするほどすんなりと大気圏を抜け、重力に支配された大地へ降りたっていた。現在は入国手続きのために専用窓口にやってきているのだが…
「出発時と比べ5人も増えているのはどうしたんですか? いえね、書類に不備はありませんが‥不自然というかね? 」
係員が疑いの目を向けているのは明らかである。しかし、彼が言う通り書類に不備は無いので押し切ることも可能であろう…。ここで支配人が周りを警戒する素振りでそっと係員の耳許で囁くように語り始めた。
「ここだけの話ですが、近々に新設部隊を計画中でして…彼女達はその先遣隊とも呼ぶべき存在なのです。その名もEFSF47!‥まだ仮称ですがね。くれぐれもここだけの話‥何卒‥御内密に願います」
支配人は懐から封筒を取り出し中身をチラリと係員に見えるように、そして彼の手元に滑らせる。
「ほ、ほう‥成る程。それはそれは‥!? コホン、事情は良く理解致しました。問題無さそうですな! 長旅お疲れ様でした」
係員は提出された書類にスタンプを押した。左腕の袖に隠された封筒の中には『EFF47欧州ツアープレミアコンサート』のチケットがペアで入っている。
その時、ミハル・ザビ一行を物陰から窺う視線に気づいたソフィアが気取られぬように目を向けた。
…白人種の少年と少女が人混みの向こう側にある柱に半身を隠すように此方を覗う姿を捉えた。距離にして100mは離れているため、恐らく常人では気づくことは無いだろう。……何故、私は分かったのだ?
いや、それもだが…奴等はこの距離から裸眼で我々を監視している。単に視力が抜群に良いのかもしれないが…若しくは……
「流石に私の目線までは捉えられないようだな。……自意識過剰かもしれん」
似非アイドルになったがための勘違いを疑い、自嘲気味な独り言で意識を戻した。
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無事に入国手続きを終えた一行はパリ市内へ歩を進めている。既にアイドルグループとは別れ、本来の目的であるスイス往きを急ぐべくシャア大佐は宇宙港に隣接する国際空港へ足を向けようとした。‥のだが。
「ねぇ、ローラン! 貴方なら大丈夫でしょ? フランス語! 」
ローラン・ビランク…フランス系スペースノイドという設定である。フランス語は‥ネイティブ程ではないが、日常会話くらいはこなすシャアである。
「あぁ、問題無い‥が? 何処へ向かわれるのだ? 」
「あぁ、良かった! ソフィアも仏語は出来ないって言うから困ってたのよ! 運転手さんに話してちょうだい
! エッフェル塔がよく見えるスポットに案内してほしいとね! 当然、凱旋門もよ? 」
やれやれ…せっかくのパリなんだからと市内観光を提案してきたミハルをフランス語を話せないからと諦めさせようとしていたのにシャアに振りおった。
「成る程、了解しました。しかし…夜のパリ市内観光ならバスツアーの方が効率的です。なにより安上がり‥っ! 」
・キ・ュ・イ・ー・ン・ ・
途中まで言いかけたシャアは空気が変わる微妙な気温差にハッとなってミハルの顔を窺う…
ん、ミハルの表情が渋く‥寸前で言葉を呑んだなシャア?
「ソフィア聞いた? 安上がりなバスツアー… 」
微笑みが般若の形相に変わりかけたミハルを横目に‥
シャアの目が光る‥キラっ!
「‥と世間一般論ですが、折角のパリの夜です。先ずはライトアップされたエッフェル塔を見下ろす高台へ案内してもらいましょう。その後はまとめて上空からパリの夜景を満喫していただく…ディナーは少々遅くなるが宜しいですかな? 」
危ないところだ、ザビ家の姫君にバスツアーなど…首が飛ぶところだぞ! 暫く行動を共にして気づいたが、この男…少々危ない。しっかり者の嫁がいないと駄目になるタイプだな! うん。
「あら、夜間飛行だなんて洒落てるわね。そして締めはムーランルージュってあたりは流石は『赤い彗星』ね」
「え‥あ、いや‥勿論、嘗てドイツ軍もパリ占領の折には市内観光に勤しんだという話です。ミハル殿下には地球最初の地として相応しい一夜を献上致したいと思いまして… 」
コラコラ! ミハルが調子に乗ってるぞ!? なんなのだ締めにムーランルージュって…
しっかりせんかシャア! 主人の暴走を諫めるのが従者たるお前の仕事だ! 既にもう手遅れだが…
「成る程、パリ観光の締めに『赤い風車ムーランルージュ』とは…流石はシャア大佐ですこと… 」
ミハルの我が儘パリ観光が決まってしまいソフィアは些か冷やかにシャアに皮肉を言った。
「ふ、それほどでもない… 」
ふぅ、賛辞と受け取る…か?
「あのぅ、質問宜しいでしょうか? 」
「なんだね? 」
ちょっとドキドキ顔をしたレナがシャアに問い掛けた。彼女もジオン貴族社会に属しているが、ほぼ一般人と言って差支えない存在だ。質問内容も想像がつく…
「ムーランルージュとか赤い風車ってなんですか? 」
――ほらな――
「ムーランルージュとは仏語で『赤い風車』そのままだ。パリの歓楽街にある有名な高級キャバレーで、そこの建物の屋根に巨大な赤い風車が据付けられていてな‥夜になるとネオンが煌々と照して妖艶さを醸すのだよ」
「キャバレーですか! 僕、初めてですよ! うわぁ、オネエサンに囲まれてアハハ、ウフフ、キャッキャッ‥て‥どうしよう…」
――ファビアン、それはキャバクラだ‥全く男という生き物は――
内心悪態をつきながらソフィアは携帯端末を取り出し操作する。相手はキシリア機関御用達のさる商会である。
「そんな悪所なんですか!? 一応アタシ‥女の子なんですけど? 」
「勘違いするな! 歴とした伝統的な劇場でナイトショーを楽しむ大人の空間だ。君達も良い体験になるだろうから楽しみに待て」
とは言ったものの、シャアの顔色は良くない。
彼は内心非常に追い込まれていたのだ。
「大佐のお手を煩わすのも‥と、既に予約済です。差し出がましいのですが、ドレスコードの都合から全員の衣装も手配しておきました。キシリア様ご贔屓のお店ですので問題ありません。ツケが利きます」
スッとシャアの横でソフィアが囁く、地球連邦の勢力圏というか、地球の主要都市ではジオンの公費決済など出来ない。ましてやミハル自身が財布を持つ筈もなく、本来なら従者が…この男では財布の管理は危うい。ローラン・ビランクの決済上限を一般市民レベルにまで下げておいた。この男、何故か浪費するイメージが離れないのだ…アタッシュケースいっぱいの金塊とか。
「そ、そうか? 流石だな、助かったよ。しかしよくツケが利いたものだな? 」
「ええ、大佐のお名前を出したら先方は快諾しました。流石はシャア大佐です」
:::数分前のこと:::
◇◇◇◇◇◇
『…この連絡方法を知っているなら、貴女がキシリア・ザビ配下であるのは間違いないだろう。しかし、ソフィア・メルクロワの名には聞覚えが無い故‥手は貸せぬな』
「では、シャア・アズナブルでは如何か? 現在、さるお方の警護役を仰せつかり同行しております」
『何!? 赤い彗星…紫の女帝の片腕と云われる赤の御仁がか? 事実なら協力するのも吝かではないが…証拠は? 』
ソフィアは手にした通信端末のカメラを横へ逸らすとシャアの顔が相手のモニターに映し出される。
「これで如何か?」
『…確認した。登録されているシャア大佐に相違無い。用件を聞こう』
◇◇◇◇◇◇◇
「ということは…シャア・アズナブル名義のツケ? 」
「勿論ですわ」
一瞬だがシャアの顔が青ざめたのをソフィアは見逃さなかった! してやったり!
ふふふ、ちょっと虐めてあげる。
「話はついたのよね? なら行くわよ! シャアは助手席だから、私達は後ろのシートに乗りましょう」
「あの‥僕も後ろ‥ですか? 」
「当たり前だ、男二人で助手席に座るつもりか?」
イソイソと後部座席に乗り込むミハルを見ながらファビアンが困惑顔でソフィアに聞くと、後ろからレナに押し込まれる。
その時、街灯の陰から制服警官を伴い現れた中年男性が近寄りシャアはサングラス越しに警戒の目を向ける。男は警戒するシャアににこやかに話し掛けてきた。
「失礼、乗車定員オーバーでありませんかな? この車は後ろに4人は乗れないんじゃないかな?」
警察官と思しき男が話し掛けてきたのは‥定員オーバー? 言われてみれば確かに後部座席は3人掛の様子。ふと運転手に目をやると彼は前席中央を指差している…!? 成る程‥。
「ファビアン! 君は前席中央に座りたまえ。この車は前後3名ずつの6人乗りタイプのようだ。そういうことですので‥」
一瞬焦ったが、問題無く切り抜けら
れることに気づいたシャアはファビアンに前席へ乗り込むよう指示し、男に向き直り了解を求めるジェスチャーをした。
「…そのようですな。ところで失礼だが、身なりからすると旅行者ですか? 念のため一応パスポートの確認をしたいがよろしいかな? 」
「構いません…私はこういう者です。妻と義妹にその友人夫妻です」
パスポートはシャアとソフィア、ファビアンとレナの両夫妻とミハルはソフィアの妹という設定である。
「失礼、パスポートを拝見する。ほう‥ローラン・ビランクさん…奇偶ですな? 私も同名でしてな、パリ市警ローラン・ボッシュ警部です。いや、お手間を取らせて大変失礼しました! パリの夜をお楽しみください」
ボッシュ警部は満面の笑顔で一行に挨拶すると去って行った。
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「一瞬ドキッとしましたよ! いきなり警官が現れたのは驚きました! ‥どうしました大佐? 」
突然現れた警官に焦っていたファビアンが緊張から解放されて息を吐きながらシャアを見ると顎に手をやり考え込む様子に問い掛ける。
「あ、いや‥先程から感じていた気配が彼だったのかと思ったのだ。タイミング良く現れたのと、そもそもパリ市警があれほど仕事熱心か?…とな 」
ほう…やはり気づいていたのか!?
だが、少年と少女の二人組じゃ? いや、私が気づかなかったのだ。仮にもシャアはニュータイプかもだからな
…こっちが監視者だったのだろう。
「そうですね、入国手続きの時から私も視線を感じていたのですが‥大佐もでしたか。流石はニュータイプ(かも)ですね」
少しシャアを見直したソフィアだった。
「二人が揃って何者かの気配を…。監視の目があるという事ですね? 」
ソフィアが何者からの監視の気配を口にしたことに 続いてミハルも顔色を曇らせた。
「…そ、そうかもしれない‥が、いきなり拘束するつもりはなさそうだ。警戒は怠れないが… 」
そうだな…先程の幼いカップルからは脅威は感じなかった。シャアが言うように警戒は必要だが…それより、さっきのボッシュと名乗った男…何処かで見たような?
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暫くの後、一行はパリ上空にいる。地球の大気中で小型プロペラ機に揺られ飛行するのは全員初体験である。これにはMSパイロットの3名も勝手が違う様子である。
「ゆ、揺れて‥ひぁっ! 落ち? おおぅ! 」
「揺れてるというか、ふわふわと浮揚感が‥おぅ!? 」
「大気中でさらには気流の影響も受けるからな。宇宙とは‥たしかに小型の機体は揺れるな」
「凱旋門があんに小さく…! あれは‥ベルサイユ宮殿かしら? ねえソフィア! あれはなにかしら? 」
「揺れてるが‥大丈夫か?」
ミハルは機体の揺れなど気にする様子もなく下界に散らばる歴史的建造物に夢中ではしゃぐ有り様である。横に座るソフィアはその様子に少々戸惑いを感じた。
――月での静養が良かったのであろうか?――
月の重力は約0.17G……身体への負担が小さいと言える。しかし、ソフィアの戸惑いは別にあった…
――ミハルの病気、いや‥病気だったのかも思い出せない――
そう思案に耽る彼女にミハルは憂いの微笑み交じりに答えた。
「‥快調だ。運動不足が気になるところだがな」
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すっかり夜の帳が落ちた頃
一行は本日の締めとムーランルージュにてナイトショー観劇している。ミハルの左右にはシャアとソフィアが座る。ミハルは視線を向けずにシャアへと話し掛けていた。勿論、ソフィアには聞こえていることは織り込み済みだ。
「シャア大佐‥此度の働きご苦労でした」
「!? ‥いえ、まだ道半ばです」
「わかっています。だが、皆はアクシズから遠路疲れておるだろう。明日は皆を労いたい‥頼む」
「頼むなどと、ジオンの暫定当主の貴女らしくない…ミハル様の仰せのままにされるがいい」
「そうか、明日の段取りはソフィアに任せるとして…監視の目が気になりますね? 」
「それに関しては私にお任せいただきましょう」
二人は視線を合わさず会話を終えた。
その後、一行は今夜の宿泊先であるパリ有数のホテル『プニンシュラ』へやってきた。白い外観はオスマン様式とネオクラシック様式が融合したクラシカル&ゴージャスな一流ホテルである。パリ中心街に建つロケーションは市内観光やショッピングにと女性には大層な人気があるそうだ。
「うわぁ‥凄いホテルですね! 」
「アタシも初めてだよ…こんな高級ホテル」
唯一の庶民であるファビアンが第一声感想を叫ぶと、何故か続いてレナも圧倒され溢す。
「えっ? レナ中尉の家って名家じゃ? 」
「おい! うちはマツナガ家程に名家じゃないっての! 」
レナの実家『オオトリ家』はマツナガ家の遠縁というだけで、レナ自身も御令嬢と呼ぶには程遠く‥ほぼ庶民なのだ。
そんな二人を他所にシャアは女性二人を両にホテルのロビーを進んで行く、どんどん奥へ進んで行く…?
レストランに入る三人を追う二人は察した…!
「そうか! 腹減りましたよね! 」
「そういや‥おなかペコペコだ! 」
遊覧飛行の後、ムーランルージュでディナーショー…は時間の都合で叶わず、ナイトショーだったので全員食事抜きで深夜になろうという時間なのだ。シャアがチェックインもせずにレストランへ一直線だったのはこのため…その端正な顔には出さないが空腹に堪えかねていたのだろう。
「お腹空かせてレストランまっしぐらの大佐…可愛い♪ 」
「赤い彗星も人の子ということですか……あ‥あれ? 」
レナとファビアンの二人はシャアが腹ペコの猫のように進む様を何処か微笑ましく追っていると異変に気づいて絶句する…!?
なんと…盛装のシャア大佐はドレスアップした美女二人を伴いホテル従業員の制止を払いのけ厨房へ侵入したのだ!
「た、大佐がご乱心…!! 」
「何をしている! ついてこい! 」
訳がわからず立ち竦み、時代劇のセリフのような嘆きを叫ぶレナにシャアはサングラス越しに睨みながら早く来いと叫んだ! その姿は乱心などではなく真剣そのもの…まさに戦場に於ける『赤い彗星』そのままだ!
漸く只らなぬ事態に気づいた二人は後を追い厨房へと突入していった。
厨房内はディナータイムが終わった直後の洗い物や片付け作業に加え、デザートを運ぶ者達が殺気立ち…そこはまさに戦場。
シャアがミハルの手を引き足早に厨房内を抜けてゆく、その直ぐ後ろをソフィアが追従してゆく。盛装した人間には危険な空間…ステンレス製の什器類に囲まれ入り組んだ通路は歩く為ではなく、調理の為の動線に基づいていて、周りには食材や調味料といった服につくとシミになる恐怖! そして足元の床は濡れているだけでなく、所々に食材の欠片など塵が落ちていて革靴やハイヒールでは滑りやすい。さらには片付け中であろうコックやウエイターが下げてきた調理器具や食器類を持って迎え撃つ!
始めに寸胴鍋を抱えた恰幅の良いコック(ゴッグではない)がシャアの前に立ちはだかった!
シャアは棚の上にあったジャガイモの箱を寸胴鍋にひっくり返す! コックは鍋に投入された芋の重量に堪らず床に鍋を落とした! シャアは難無くミハルを連れコックの横をすり抜けて行った。
「流石‥咄嗟に手近なモノを利用して対象を排除するとはな! ぬぅ!? 」
前を行くシャアの動きに感嘆の声を漏らしたソフィアに敵が迫る!
突然鍋を落としてしゃがみ込んだコックの後ろから硝子の器に盛り付けたフルーツを持った新手が現れたのだ!
彼は急に止まったコックにぶつかりそうになり止まるが、手に持っていたトレーからは器ごとフルーツ盛り合わせが慣性の法則に従い…発射される。
ソフィアの正面に迫り来るクリスタルガラスの器と中身! 左右、後ろに逃げ場は無い! 当たればただでは済まない‥ここは前進あるのみ!
「南無三!!‥み・見える! 私にも見える! 」
事故の瞬間、その迫り来る脅威はスローモーションに感じるという……
ソフィアの目にはコマ送りのように映っていた。反射的に右手を差し出し‥器の台座との間の柱を掴むと素早く手首を‥肘を‥腕を挙げる。器の向きは約90度反転して正面へ向き直り、中身のフルーツ各種は空中で器の底に全て沈んだ。
この間僅かコンマ3秒の出来事であった。
次の瞬間にはソフィアの掌の上で鎮座していた。
此方を振り返って見るシャアと目が合う。一瞬、目を見開いていたような?
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「ふ、こんなものだろう…」
厨房を突っ切り通用口からホテル裏の路地づたいに駆け抜けた暗い路地裏でシャアは立ち止まり一息つく。振り返り辺りを見回す…追っ手の気配は無いようだ。
「流石はシャア大佐ですこと…ダーティな立ち振舞いも馴れている」
「私も映画のワンシーンを彷彿してドキドキしましたわ! 」
ソフィアとミハルは予め知っていたために驚くどころか楽しんでいたとも受け取れる様子である。ソフィアが言ったようにシャアは戦前に南米での工作活動経験から裏社会にも精通している。そして何よりも‥戦場の如く喧騒の厨房を走り抜けたにも関わらず、その身には汚れひとつ付いてはいなかった!
「ハアハア‥ソフィ知ってたんなら教えて…なっ!?なんだそりゃ? 」
予期せぬ行動に息を高めたレナがソフィアに不満気に抗議の言葉と視線を…そこにはちゃっかり厨房で用意されていたデザートのフルーツ盛合せを器ごとを片手にパクつく彼女に唖然となった。
そしてそんなソフィアの図太さを見てシャアは戦慄を抱かずにはいられなかったのは内緒の話。
「私は宿を手配してくる。皆はこの場で待っていろ。」
心なしか…少し落ち込んだ様子でシャアは宿を求めて大通りへ向かって行った。
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客引きの男に案内されたホテルは表通りから一本裏に入った所に建つこじんまりとした安宿だ。安宿というのはあくまで最初の予定した高級ホテルから見ればで、所謂ところのビジネスホテルといった佇まいである。
「いらっしいませ! あら…軍人さん? 」
男と一緒にホテルに入ると開口一番におかみさんが聞いてきた。長年の経験からであろうが、これにはシャアだけでなく全員が息を飲んだ。
「除隊して大分経ちますが‥よくわかりましたね?」
「やっぱり! 商売がら暫く戦地帰りの軍人さんがご利用下さいましたのよ。あ、すぐにお食事のご用意いたしますね」
思い出したようにパンッと手を叩いておかみさんは食事の用意に取り掛かった。しばらくしてテーブルへやってきたおかみさんは食前酒のオーダーを伺い聞いてきた。
「ワインはいかがですか? ご主人‥ムッシュ・ビランク」
「いただこう…! 何が良いかな? ‥君たちは? 」
建前上はシャアがリーダーであるが、ここはやはり妻役のソフィアを通して義妹役のミハルに伺いをたてるのは当然の配慮である。
「そうね、フランスですし…ボルドーかブルゴーニュあたりの銘柄でよろしいのでは? ミハルはどうかしら? 」
シャアの思惑を察してソフィアがミハルへ振った。
「貴女達! 好きなワインをオーダーしなさい! 」
ところが当のミハル様はあろうことかレナとファビアンにワインの銘柄を選べと…!
まさか自分達にパスが来るとは思わなかったファビアンは面食らってしまう。そもそも二人はワインの銘柄など知らない…ファビアンはレナを見るが、彼女も動揺している様子である。彼は恐る恐る…
「あ‥僕はワインは…」
突然レナがハッと顔を上げ声に出して遮った!
「ワイン… シュタインベルガーとか…? ありますか?」
レナの口から出た銘柄にファビアンを除くその場の全員の顔色が変わった……勿論、おかみさんも含める。
「フランスでドイツワインをオーダーするなんて…なんと命知らず……あら? 」
おかみさんは小声でなにやら呟いたが、すぐに何か思い出した様子で小首を傾げた。
「マダム‥連れが失礼した。無ければ他の銘柄で… 」
レナのオーダーに誇り高きフランスマダムが怒りに震えたと勘違いしたシャアはこめかみに冷汗を垂らしながらフォローしようとしたが…様子が違うようだ…?
「以前これと同じセリフを……! 思い出したわ! そうよ! 」
探し物を見つけたらしきアクションでメニューをバンッと叩くおかみさんに一同釘付けになり何事かと…?
「シュタインベルガー石の山で思い出したわ。以前…お泊まりになった方が戦友を偲んで飲まれたのを思い出したんですの! 」
「戦友…では先の戦争で? 」
シャアの問いにおかみさんは答える。
「ええ、先程お話ししたように戦争からの帰還兵が大勢ご利用下さいましたが、その方は戦後暫くして来られました」
おかみさんの話によると、その男は帰還兵も疎らになったUC0080の初夏に訪れた。安宿ということもあり、客の中心は下士官・兵が多かったのだが、その男は振舞いから将校‥何処と無く品があり…連れの男とともに指揮官クラスであろうと感じたそうだ。二人ともになかなかのいい男で連れは金髪の白人、その男は東洋系の黒髪であったという。
「そっ、その人の名前は! 」
話を聞いていたレナが乗り出しておかみさんに問い詰めるように男の名を求めた…!
「御名前までは‥1年以上前ですし…! 確かお連れの方から『シン大尉』と呼ばれてたわ! 」
シン大尉…なる程。
だが、ソフィアはシン大尉なる人物より……
連れの男が気になるのだった……