レナ・オオトリは立っていることが出来ず膝をつき崩れ落ちそうになる。横にいたファビアンが支えたのだが、その手から伝わる彼女の身体の震えに彼も驚きの表情に変わる。
「レナさん! どうしたんですか! レナさん! 」
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【 UC0079 January ZUM CITY 】
ジオン本国は緒戦の勝利に沸いていた。
シン・マツナガは戦勝パレードに参加するため帰還していた。
「よくここがわかったな? ‥レナ」
「司令部で聞いたら教えてくれたよ? 一応アタシは身内だからね♪ しっかし、流石はシン兄! いきなり手柄たてまくって中尉とはね! 」
「やれやれ‥ ところで、何か用件がありそうだが? 」
「あ‥バレてた!? そこで…その…マツナガ中尉殿のお力添えで…… 」
「だめだ! 」
「ちょっ! まだ言ってないじゃん! 」
「お前の考えなどお見通しだ。手柄をたてたいから前線に配置転換…だろ? 」
「う… だって…頑張ってモビルスーツパイロットになったんだぜ? 戦場に立たなきゃ実戦出来ないじゃないか! 本国の守備隊で毎日訓練ばっかじゃ… 」
「…まあ座れ」
そう促すとボトルとグラスをテーブルに乗せる。やや古びたラベルには鷲の紋章の下に『Steinberger 0049er auslese』と書かれている。黒いボトルと鷲の紋章は恰もナチス時代のドイツを連想させる。
「30年物のヴィンテージだ。戦友からの頂き物なんだが…まあ飲め」
グラスを手にして口元に寄せると芳醇な香りが漂ってくる。ひと口含む……甘い!
シンもひと口味わうとポツリと語りだした。
「戦場では将軍も兵も皆等しく死と隣り合わせだ。何れほど研鑽を重ねたエースであろうと一瞬で死が訪れる。彼もその一人だ……」
「! ……」
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あの時、シン兄は宇宙に散った戦友を偲んでいた。おかみさんが語った男の様子から重なる……
しかし、当時の宿泊者名簿から探しだして貰った名前は別人を示すものだった。
「シン・カザ⚫…とミッキー・サイ⚫ンか」
シャアは抑揚の無い声で聞覚えの無い名前を読み上げた。予想の範疇なのだ…宿泊の際に偽名を名乗ることは珍しくない。
「あっ! その名前は! 」
ファビアンが突然思い出したように膝を叩いた!
「ん、知っているの‥か? 」
「恐らく…いえ、間違いなく偽名ですね。 漫画の登場人物ですもの‥『傭兵モノ』の! 」
ファビアンが語った物語は20世紀中東にあったという架空の王国で繰り広げられた内戦を描いた人気漫画。宿帳にあった二人はその主人公とメインキャラである。日本人とアメリカ人……。
「ふむ、確か‥シン・マツナガは日系だな。では、もう一人は何者だろう…な? 」
ファビアンの話を聴いていたシャアが呟き、徐にサングラスを下げ目線をレナに向けた。
「え? …だ、誰でしょう? 」
振られたレナには心当たりは無いようだ。マダムの話では金髪碧眼の白人…鋭い目の美男子らしい。漫画の登場人物とも特徴が被る。戦闘機パイロットで凄腕というところも共通点かも…ならば。
「それでですね、彼等の機体にはパーソナルマークが尾翼に描かれててましてね。ユニコーンとラビット! それから司令官はサングラスがトレードマークなんてシャア大佐みたいでかっこいい… そして極めつけに国王の名はなんと! 」
「待ちなさい! 」
まだファビアンが悦に入るように語り続けていたが突然話を割ったのはミハルであったために場の空気が固まる。
「ここへきてまたもユニコーンとは…偶然なのか? しかし、マツナガとの繋がりは解せない? 」
「繋がりならある。マツナガの捕縛を命じたことがあった…」
困惑顔のミハルにソフィアが答えるが、命じたことがあるのはソフィアではなくキシリアがである。
「面識がある…なる程、二人が共闘する可能性はあるのだな? 」
「さあ、それはどうでしょう? あの二人が連れ立ってる姿は想像出来かねますわ」
「その話しぶり…君はあの二人と面識があるようだが? 」
シャアはさらりと否定的な言葉を溢したソフィアに少し驚きを示すように見つめる。彼には未だ横に座る小娘が時折発する言葉に動揺してしまう。…なんというか、もっと上の立場に居るかのような?
「私はただキシリア様の御側にて得た情報から感じたまま申したまで…面識という程ではありませんわ」
この頃になると慣れたもので、ソフィアは平然と『キシリア様』に丸投げして躱す。こう言い切ってしまえば追求されようが無い!
「む…そうか。あの二人が生存している可能性‥不確定だが、その痕跡かもな。なによりもキシリア・ザビの遺産に関わる人物の足取りは気になるな」
シャアの思案顔での呟きにソフィアとミハルは相槌を打つかのように軽く頷いた。
「あ、あのぅ‥話が見えないんですが? そのもう一人って誰なんですか? 」
途中から話が見えなくなったレナが怖ず怖ずと質問してきた。横ではファビアンも同じらしく同調するようにウンウンと頷いた。
「ジョニー・ライデンだ」
「ジョニーって!? …真紅の稲妻? ‥って、なんで偉そうなんだよ! 」
答えたのはシャアでもミハルでもなく、本人も無意識に腕と足を組み不遜な態度のソフィアだった。レナが指摘するように…いつの間にかこの中で一番偉そうな態度だ。
_‥_‥_‥_‥_‥_‥_‥
ジョニー・ライデンの名前が上がったものの、あくまで可能性の話でしかなく、マツナガと二人の話題はそこまでで終わった。
「ライデン少佐が遺産に関して何らかの事情を知っているのは間違いないのだな? 」
「うむ、キシリア様の懐刀という存在だったから……多分」
ミハルの問いに何故か曖昧な返事のソフィアであるが、正直なところ覚えてないのである。多分…大事な話をしたような気はするのだが? 内緒だが‥顔すら記憶にない!
翌日
「大佐……良いのでしょうか? 」
「姫君の仰せのままに…というところだ」
戸惑いを顕わにするファビアンを余所にシャアはビーチチェアにゆったり身を横たえながらトロピカルカクテルを口にする。彼等の目の前には色とりどりの水着を纏った美女達が行き交う。ミハルが皆を労いたいと強引にやってきたのは地中海屈指のリゾート地である小島だ。
「お待たせ! どうかしら?」
二人の前に水着に着替えたミハル・ザビが感想を述べよと云わんばかりにモデル立ちした。大胆に胸を強調するハーフカップのブラにハイレグのショーツを組み合わせた純白のビキニ。しかし、腰から下をシースルーの緑色系グラデーションのパレオを組み合わせることで下品にならず気品溢れる装いである。
「姫君の白い肌にとてもお似合いです」
「ありがとうシャア。でも、どちらかといえばファビアンの反応が嬉しいわね」
ありきたりな賛辞を口にするシャアより、横では無言で口を半開きで放心状態のファビアンがミハルを凝視して固まっていた。何故か若干前屈みに……
「二人とも遅いわね? あ、キタキタ!」
ミハルはあとの二人が遅いので振り向き手を振っている。そのため、シャアとファビアンの前には形の良いヒップがフルフル揺れている。
「大佐…ヤバいです。鼻血ブーしそうですよ」
「ヤバいのはなんとなく理解する‥が、なんだ鼻血ブーとは? 」
小声でファビアンが言った『鼻血ブー』が理解できないシャアは聞き返す。
「20世紀のアニメではエロシーンで興奮した男子は堪らず鼻血を噴水の如く噴き出すんですよ。それが鼻血ブーです! 姫様のお尻が目の前で揺れて…ああっ!ヤバいですって! 」
「鼻血が盛大に噴き出すから『鼻血ブー』か! 実際に噴水みたく鼻血が噴き出すことは有り得んが、表現方法としては面白いな。ふふ‥」
姫様のお尻に絶賛興奮中のファビアンを横目にカクテルを口に含むシャアは鼻で笑いながら…
(実際に鼻血が噴出するなら見てみたいものだ)
「お待たせしました! 」
漸く水着に着替えたレナがやってきたらしく、彼女の元気な声にシャアは視線を向けた。
「ぐっ、ブフォッ!! 」
シャア・アズナブルの端整な鼻筋の先から赤い飛沫が勢い良く噴出していた。
「キャァァッー!! た、大佐!! 」
「えっ!? な、なに? どうしたのシャア? 」
「大佐が……鼻血ブーだなんて」
「やはり…こういう趣向があったのか」
「ま、待て…これは鼻血ではない! 」
痛む鼻をタオルで押さえながらシャアは否定するが、傍目には『鼻血ブー』をした二枚目俳優みたいな姿である。
「どうだレナ‥言った通りだろ? 」
レナの横ではセパレートのゼブラ柄水着姿のソフィアが『してやったり』と言わんばかりのドヤ顔だ。
「う、うん。私でもシャア大佐を悩殺できるんだ…ビックリだよ! 」
先程までは半信半疑だったのに、目の前で効果てきめんの痴態を曝け出したシャア大佐。レナは驚きとちょっと嬉しいという複雑な思いだ。鼻腔内の痛みに眉間に皺を寄せ唸るシャア大佐を見下ろすように立つ彼女の姿を目にしたファビアンが唖然となる。
「ふぅん、シャアはこういうのが好みなのね。それで私には素っ気ない返事か…なる程な」
「シャアの偏向性癖などお見通しだ。畏れ入ったか?」
「嬉しいような、哀しいような…複雑な気分だよ。大佐にこんな性癖が……」
レナは一部の特殊嗜好の男性にはマストアイテムと呼ばれる『スクール水着』姿で腕組みして思案顔だが、組んでも全く盛り上がらない胸肉がより一層スク水姿を引き立てるのだった。
「大佐、大丈夫ですか? 」
「うむ、もう大丈夫だ。それでだな‥これは」
「ええ、わかってます! 大佐がツルペタロリ嗜好だなんて口が裂けても言いません! 」
「ち、違っ! あれはカクテルを吹いたのだ! あっ、待て! 」
先程、シャアの鼻先から噴き出したのは鼻血ではなく、口に含んだカクテル『ブラッディ・マリー』だ。シチリアン種の完熟トマトをベースにウォッカで割った真っ赤なカクテルであり…噴き出したならば傍目には『鼻血ブー』に見えても不思議でない。
不名誉な噂になる前に誤解を解かないとするシャアを余所に、ミハルらに呼ばれたファビアンは一目散に砂浜へ駆けて行ってしまう。視線の先では女性達の背中にオイルを塗るファビアンの姿が……とても幸せいっぱいな笑顔だ。
チュゥ…ジュルジュル……カラカラン
残ったカクテルを飲み干し、残された氷が虚しく音を立てる。そしてシャアは独り呟いた。
「認めたくないものだ……ん? この台詞ではないような? まぁ、皆が楽しめてるなら良いか」
この場ではっきり否定出来なかったことが後々…自身の特殊性癖の噂が広まることになるとは思いもしなかった。
翌日
スイスに到着した一行はチューリヒにある老舗銀行へやってきた。
「御案内致します。お供の方々は別室をご用意しましたので…」
「この者達は同席させます」
案内しようとする行員にミハルがソフィアとシャアを同席させるとして遮る。
「私もですか? 」
事情を知るソフィアは兎も角、自分が同席する理由に覚えが無いシャアは戸惑う。
「シャア・アズナブルではなく、キャスバル・レム・ダイクンとして同席願う。キシリア・ザビの個人遺産とはいえ、事実上の『ジオンの遺産』と為れば無関係ではあるまい? 」
毅然とした態度で見つめるミハルの目には既に彼を捲き込むことが決まっていたのだろう…迷いが無い。
「……よかろう」
ミハルは無言で頷き、二人を従え特別室へ向かう。
室内に入るとそこは凡そ銀行の応接室ではなく、中世ヨーロッパの貴族屋敷と錯覚するような格調高い貴賓室である。家具や絵画など調度品だけで一財産であろう。
「ようこそお越しくださいました。御用件は‥キシリア・ザビ様の個人口座の相続で御座いますね? では、早速ですがカードのご提示を! 」
テーブルを挟んで向かい合う頭取は鋭い目に変わるとカードを見せろと言ってきた。
「からかっておるのか? 」
真顔で言葉を返したのはミハルではなくソフィアだった。途端に周りに立つスーツ姿の男達の腕が懐へ伸びる! シャアとミハルの表情が強張るがソフィアは全く動じていない。
頭取が手を挙げ男達を制して言葉を繋いだ。
「失礼致しました。先ずは小手調べと申しますか、試させていただきました。ご存じの通り、私共は顧客に対しカード等の証書類は発行しておりません。独自の調査を行いましたので…後は直接確認を致します」
「ふん、相変わらず意地の悪い爺様だ! …と、キシリア閣下が言っておられた!…わよ‥ 」
ソフィアはうっかり昔の態度で彼に悪態をついてハッとなり、キシリア様がと誤魔化すが‥なにやら語尾が変になった。
「驚きました‥な。いやはや、まるでキシリア様ご本人のようでしたが、貴女は随分とご寵愛を賜っていたのですな。私共の調査もそこまでは…」
「姉の昔話を聞きに来たのではないのだがな? それで私は相続人に値するのか? 」
二人のやり取りを少しばかり呆れた様子でミハルは結論を要求した。これには頭取も真顔に戻り、相続に関する銀行側の結論を簡潔に述べた。
「ミハル・ザビ様を相続人として認めます。此により、当銀行が管理するキシリア・ザビ様名義全ての資産をミハル・ザビ様の名義に変更致します。手続きは本日中に全て完了いたしますので、明日の日付変更と同時に貴女様の自由になります」
「わかりました。では、明日付けを以て全資産をミネバ・ラオ・ザビへ贈与致します。尚、ミネバが成人するまでは後見人としてこの二人を指名する」
「な、なんと! いったい… 何故です? 」
ミハルの突飛な発言に驚きを顕わに頭取は何故かと聞いてしまう。シャアとソフィアは言葉が出ない…
「相続して早々で心苦しいのだが、私の余命はあと僅かなのだ。幼子に相続よりは存命中に後見人を置いての贈与の方が良かろう…」
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廊下を歩く三人はレナとファビアンが待つ控室へ向かう。先程から項垂れた様子のソフィアに目を向けたミハルは彼女の頬に光る筋を見つけた。ソフィアは泣いているのだろう…気丈な姿は普段通りを装うつもりであろうが、その華奢な肩が僅かに震えて可憐な少女が悲しみに堪えているようにしか見えない。
ミハルは思う…年上の彼女が今は妹のように弱々しい少女然としている。その様子を覗う自分を姉キシリアに重ねていた。
「…(姉様もこんな気持ちだったのだろう) ソフィア‥姉上から聞いていなかったのだな? 」
ーー聞いていないのではない‥忘れていた。どうして忘れたのだ! こんな大事なことを私は! ーー
「…私は最近夢をみる。やはり死期が近いからか家族が皆現れるのだ。だが不思議なことに皆亡くなる寸前の姿なのに場所は決まって前の屋敷なのだ」
ミハルの言う前の屋敷とは、ジオン・ズム・ダイクンが存命中のムンゾ自治共和国時代に遡る。ダイクン死去が68年なので10年以上昔となり、ミハルは幼少期で家族が揃って暮らしていた頃だ。彼女にとっては人生で一番幸せだったのかもしれない…
「夢とは…得てしてそんなチグハグなものだ。だが亡くなる寸前の姿とはまた……グロいな? 」
「いやだ‥亡くなる寸前って、そういうのじゃないわよ! それじゃ幽霊じゃないの! 」
ミハルに言われて自分の間抜けな想像を恥じたソフィアは赤くなった。そう、眉間に穴が空いたギレンやバラバラのガルマに父デギンなど蒸発してたり…恥ズ。
「くっ、馬鹿だな私は! 」
「ふふ‥でね、何故かね‥姉上だけ来ないの? へんでしょ? あんなに私をきにかけてたのにどうしたのかしらね? 」
「私‥キシリア様だけ夢に出ない? 」
ーーまさか‥本当に迎えに来てるのか?ーー
「もしかしたら…生きてたりして。なぁんて思ってしまうのよ! フフフ… 」
「お迎えに参上致しました! 」
銀行から出ると正面に高級車が止まり中から見覚えある男が現れた。
「あんたはボッシュ警部‥」
咄嗟にシャアはファビアンと共に間に遮るべく割入り警戒心顕わに睨みつけた! それはそうだ、パリ市警がスイスにいるだけで怪しい! 勿論、パリ市警というのは嘘であろうことは状況が物語っている。
「手荒な真似はしたくない! お二人は此方へ! 」
ボッシュ警部は拳銃を取り出してシャアを威嚇しながらミハルとソフィアを車の後部座席へ誘う。
「シャア大佐! 心配ない! 貴方も銃をしまいなさい! 」
ミハルがソフィアを伴い車に乗り込むとボッシュも銃を懐のホルスターへしまい込む。
「助かりました。
二台の車はスルスルと走り出し、大通りを町の中心地へ向かって行ったのだった。
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「これはなかなか良いホテルだな? 廃工場とかに連れ込まれるかと思っていたが? 」
すっかり元の太々しさが戻ったソフィアが減らず口を叩くとボッシュは目を丸くして驚いた。
「おいおい…随分と勇ましくなったな? 」
「…私を知っているのか? 」
「どう‥して? あなたたちがソフィアを? 」
ボッシュ警部と名乗る人物がソフィアを知っている様子にソフィアだけでなくミハルも疑問を口にするが…
「此方へどうぞ! 」
ついた先はホテル最上階フロアにあるスイートルームだ。VIP向けに用意された直通専用エレベーターで上がってきたため、一般客の目には殆ど触れずに案内されたようだ。このフロア全て借り上げているのだろう…警備スタッフ以外は誰もいない。ミハル・ザビと知っての対応であり、敵意は感じられない…中で待つ人物は?
「久しぶりですね‥ライデン少佐」
部屋に入るなりミハルは中に立ち待っていた人物を見て予想通りだったらしく声をかけた。
「ミハル様…ご健勝そうでなにより」
「何を今更? 突然私の元から去り地球で何をしていたのだ? 」
「それは…キシリア閣下の遺命であります」
そう言ったライデン少佐はチラリとソフィアを見る。
「姉上の遺命‥だと? 」
どういうことだ? ミハルは『遺命』と言う言葉に違和感を憶える。生前からの命に従うならばタイミングがズレているのだ。キシリア戦死の報があった後に暫く彼はミハルの側に附いていたが…そうだ!
「それは彼女が関係しているのではないのか? 」
ミハルは入り口側にボッシュと共に立つソフィアには聞こえないくらいの小声でライデンに質問する。
「……」
声に出さず目で頷き肯定の意を表す。
「…そうか、理由は話せぬ‥か?」
「今は…」
キシリア亡き後の主人であるミハルの下から無断で立ち去るという暴挙に出た程の事情だったのだ。遺命とは……キシリア本人以外は知り得ないトップシークレットなのだろう。この男にはキシリアの声しか届かない…
「…疲れた。私は少し休む」
ミハルはジョニーにそう言うとソフィアに目配せして同行を促した。スイートルームの寝室に入って行く二人を無言で見送ったジョニーは部下に命じる。
「シャア大佐と話がしたい。此処へ呼んでくれ」
・
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「私に話とは? ライデン少佐」
「ジョニーで結構」
「そうか、じゃ‥話とはなんだジョニー? 」
「‥(サラッと呼び捨てかい)ああ、男同士の話だ。ズバリ聞いてみるが、あいつとはヤッたのか? 」
「あいつ? ソフィアのことか? 」
「他に誰がいる? ヤッた‥んだな? 」
「!‥まて」
シャアはソッとドアに近寄り開けるが‥誰も居ない。
「気のせいか。…ああ、確かにヤッた。シミュレーターでの模擬戦だが…」
「そ、それで! 勝敗は? 」
「私の勝ちだったよ! 」
ーー勝ったことは事実だからなーー
シャアは思いっきりドヤ顔でさも圧倒的勝利だったかのような空気を創り出して白い歯を見せた!
その瞬間、ジョニーの顔はショックを隠しきれず口が半開きで固まった……
「もしかして君もソフィアと…? 」
「俺は! 残念ながらヤッてない…残念だが」
「そうか、機会があれば対戦してみるといい! 彼女はなかなか手強いが良い経験が出来る! ハハハ! 」
「そ、そうだな! ハハハ! …」
目の前で勝ち誇る赤い彗星につられて笑い飛ばす内心歯嚙みしながら悔しがる真紅の稲妻さんであった……
「…そろそろ本題に入って貰えるか? 」
シャアの一言でジョニーも表情を引き締めるとテーブル上に乗せた両手を組み合わせ口を開く。
「キシリア閣下戦死の報から半年程経った頃だ。俺達キマイラ隊はグラナダで解散した後、一部の者はミハル様の元へ身を寄せていた」
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隣の部屋
ドアの側で聞き耳を立てていたソフィアが顔を真っ赤に染めて戻ってきた。話の一部だけ聞いて憤慨した彼女は核心部分に触れずに寝室に戻ってしまう。
「盗み聞きなんて良くないわよソフィア‥」
「ああ、まさしく『男同士』のゲスの極みな話だった!」
「…?…」
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UC:0080 june
戦後半年が過ぎようとしていた。
キシリア戦死の報を受け取ったジョニー・ライデン少佐は誤報の可能性を捨てきれず、あらゆる手段を用いて情報収集に躍起になっていた。狡猾なキシリアのことだ…死んだと思わせて地下へ潜るのかもしれない。敗戦の将が別人に成り済まして再起を期すといった仮想戦記物の小説紛いではあるが、歴史上有り得た逸話も聞く……
「ミツヒデ・アケチ…とか? 」
中世日本の戦国武将『明智光秀』が主君織田信長を謀反により殺害した後、羽柴秀吉に敗れて敗走の最中に命を落としたと伝わる。ところが、実は死んでおらず『南光坊天海』と名を変え後の天下人徳川家康に就いて権勢を振るったという異説が残っている。
キシリア・ザビはア・バオア・クーを脱出することなく艦と運命を共にした…と見せかけて!
そう思わせるだけの理由を彼は知っている。
キシリアは戦局が悪化するよりも遙か以前から地球連邦への工作活動に勤しんでいた。彼女は最初からジオンに勝ち目など無いことを承知の上で戦争指導にあたるという…裏切り行為。
独立戦争など彼女の大いなる目的の前には些細なことだったのかもしれない。
そんな彼のもとに一通の報告書が届いた。そこに書かれていた内容にジョニーは衝撃を受ける。
〖ア・バオア・クーにて轟沈したパープルウィドウから救助された乗組員名簿に記載漏れがあり訂正を報告致します。生存者は『ソフィア・メルクロワ少尉』ー直前の異動の為に乗員名簿未登録であったことが原因。現在、戦艦アサルムに搭乗中ーー目的地はアクシズ〗
「ソフィア・