地球圏を発ち297日目
ドズル・ザビ中将の妻ゼナと息女ミネバを奉ずる艦隊は小惑星アクシズへ到着した。
アクシズの総督マハラジャ・カーンは嘗てのダイクン派ではあるが、ザビ家に対する忠誠心高い御仁である。
マハラジャは
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《 居住区 》
ソフィア(キシリア)は女性士官区画に個室を与えられ、漸くひと息ついた。
「アサルムの部屋が寄宿舎なら、ここはビジネスホテルといったところだな。さして広くはないが、シャワー付きの個室は助かる」
「ではソフィア少尉ごゆっくり! 何かご不明なことがありましたら内線で管理窓口へご連絡ください」
そう言うと、案内してくれた居住区管理課所属の伍長は戻っていった。女性士官区画なので、当然ではあるが管理課の人員も全て女性である。
「…とりあえずシャワーだ! 」
ソフィアになってから初めて個室で過ごせる開放感もあるが、長い艦内生活で満足にシャワーを使えなかったのだ。キシリアにとっては耐え難きを耐えてきたのだった!
重力下で熱いシャワーを浴びる! 髪をたっぷりと温かい湯ですすぎ洗い梳かす…… ソフィア(キシリア)は至福の時を過ごしていた… その時、なにか物音が?
『ドン! ドン! 』
「なんだ? ドアを叩いてるのか? 」
「おーい! ソフィーナ! いるんだろ? 」
仕方がないので、バスタオルを素肌に巻きながら内線端末に向かう。予想通り、モニターにはレナ少尉が映る。
「やかましい! ドアを叩くなレナ! それに私はソフィアだ! 某化粧品ではない! 」
「なんだ居るじゃねーか! マ・クベ大佐が呼んでるぞ? 一緒に連れてこいってさ! 」
言われてみて内線の着信履歴を見ると… 3回呼出履歴が標示されていた。随分長湯をしたものだ……
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急いで身仕度をして部屋を出たソフィアはレナと二人でマ・クベ大佐の元へ急いでいる。…が、行き先が違うようだ?
「レナ‥何処へ向かっている? 」
「マハラジャ提督の執務室だ。大佐も呼ばれて先に行かれた」
マハラジャ・カーンが一介の少尉を呼ぶとは? マやシャアのような佐官なら判るが…
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マハラジャ提督の執務室へ入るとマ・クベ大佐とシャア・アズナブル大佐が居た。他に見知らぬ佐官が数名出迎えた。アクシズの幹部が揃っているようだ… キシリアには見覚えの無い顔触ればかりで、流石は『辺境地』と思うのである。
「二人とも長旅で疲れているところに呼び出して申し訳ない。ま、掛けてくれ」
マハラジャ提督は柔和な表情で声を掛けてきた。本来は文官だけあって物腰の柔らかい人物である。久しぶりに会うキシリアにとってはその人となりを知る相手であるが、横にいるレナ少尉にとってはアクシズの最高責任者の提督閣下だ。緊張でガチガチになっているのが傍目に判るが、ソフィア(キシリア)は我関せずと出された紅茶を優雅に戴く。
「レナ・オオトリ少尉とソフィア・メルクロワ少尉の二人は、此度の功績から中尉に任ずる。より一層励んで貰いたい」
「はっ! 有り難き幸せにございます! 」
レナはジオン十字勲章も授与され感激にうち震えた。
「私も昇進と叙勲でありますか? そのような功績は身に覚えがございませぬ… 少尉のままでよいのだがな 」
ソフィア(キシリア)は一通信士官だ。レナのように戦功を挙げていないので、三級とはいえ勲功十字章を叙勲する理由が見当たらないのだ。そもそも昇進に興味などなかった…
「メルクロワ少尉!口を慎め! 貴様はな‥ 」
「まあまあ、抑えてマ・クベ
ソフィアを諫めようとするマ・クベをマハラジャ提督が制止した。
「マ・クベ…
「そうだ君の上官のマ・クベ大佐は少将になられた。既に准将に昇進が決まっていたのだが、ア・バオア・クーからのゼナ様とミネバ様救出の功績の付加もあり少将に任ずることになったのだよ」
「そ、そうでしたか…。では、シャア大佐も? 」
「私は一介のMSパイロットだ。しかも若輩者である故、将官への昇進は辞退させてもらった」
シャアらしい対応だ‥。将官になるというのは現場から離れることを意味する。佐官から将官へは非常に高い壁が存在するのだ… 望んで成れる訳でないが、立場が大きく変わることは間違いない。シャアはまだ20代だし、将官の椅子を暖めるほどに年老いていないのだ。凡人なら絶体に断らん話ではあるが… キャスバルめ…なにを企む?
「…そういうことだ。それでメルクロワ少尉の功績はミネバ様の信頼厚く、よく御守り致した! 長旅に於いてのことはゼナ様からも感謝の御言葉を戴いておる…立派な功績である。此れからも励むようにな! 」
「は、はい! …(赤子に懐かれただけだがな)」
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部屋を出た二人はモウサへやって来た。レナは中尉の階級章と勲章を見せびらかしたいのだろう。とっとと部屋に帰り休みたいソフィアを半ば強引に伴って街中を闊歩している。
「ムフフフ~ン! うっれしいな! 」
「ご機嫌なのはわかるが‥スキップはよせ! みんな見てる… (馬鹿だと思われる)」
「もうぉ! ソフィーは平然とし過ぎだよ? もっとさ、悦びを顕そうではないか! あんたさっきもさぁ‥あたしが提督の前で緊張してる横で平然とお茶飲んでただろ? 相変わらず図太い神経してるよ」
ソフィア(キシリア)にとってマハラジャは旧知の間柄だし、その他も然り…殆ど初見の顔触れだったが。
「そうか? しかし‥あのエンツォ・ベルニーニという大佐は癖が悪そうな顔をしておったな… 」
先程の面子で一人気になる人物がエンツォ・ベルニーニ大佐である。ソフィアはひと目見て嫌悪感を抱いた……キシリア様は『無能者』がお嫌いである。
「エンツォ大佐か? 確か‥戦功だけでなく、ザビ家との縁戚関係もあるとか? 」
レナも詳しくは知らないようだ。
「戦功? ザビ家との繋り? …知らんな? 無能が服を着ているような面構えだったなぁ? 」
「相変わらずソフィアは顔に合わない毒舌だな? 」
エンツォ大佐の妻フローレンス・ベルニーニはデギン公王夫人ナリス妃の姪である。キシリアからは従姉にあたる…。当然、知ってるのだが…其れほどに毛嫌いしていたのだ。
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翌日、ソフィアはモウサ内に設けられた皇宮エリアにいた。正式に皇宮警護部隊へ配属の辞令が下りたのだ… 本日から正真正銘の親衛隊士官である。以前、レナにからかわれた『ミネバ様親衛隊』が本当になってしまった。
「ソフィア・メルクロワ中尉参りました! 」
執務室に入り、正面のデスクに座る上官イリーナ・レスコ中佐に敬礼する。
「長旅の疲れも抜けない内にすまんな。殊の外ミネバ様の御寵愛に与るというのも縁と諦めよ。貴女には正式に皇宮警護官としてミネバ様の警護に就いてもらう。ゼナ様の御体調が芳しくないからな… 実質的な母親役ではあるが」
「ゼナ様のご容態は……既に? 」
アクシズに向かう長旅の途中にドズルの側室マレーネの死去に続き、ゼナ妃の容態も悪化の一途だったが最早回復の見込みが無いことはソフィアも感じとっていた。
「意識は殆ど…。幼少のミネバ様御一人にザビ家の重責がのし掛かることになろう。…いや、あの御方が御健在なら? 」
ソフィア(キシリア)はイリーナの口にした『あの御方』が誰を指すか知っている。
「ミハル・ザビ殿下ですね? 」
「うむ、公の場から姿を隠されて久しいが… 亡くなられたとの情報は聞こえてこない。ザビ家の中でもガルマ様と並ぶ穏健派であると聞く。消息が掴めれば… 」
ソフィア(キシリア)はザビ家末子の妹ミハルを思い出す…。穏健派というより、まだ18歳‥19になっているか? 生れつき病弱であり、戦前にキシリアの計らいで静養も兼ねて隠遁させたのだが……。まさか此のような事態は予想しておらず、病弱な妹を表舞台に引き戻すことは避けたいと憂慮する…
「しかし… 流石はキシリア機関だな!? ミハル殿下の名を知る者すら殆ど居らぬのにな? まあ、貴官の素性に関しては表も裏も問題無い。ミネバ様を宜しく頼む! それで‥ミハル様の消息は? 」
「ミネバ様の警護任務慎んでお請け致します。残念ながらミハル様の消息は存じ上げませぬ」
キシリアはザビ家の中でも弟ガルマと妹ミハルには姉としての愛情を陰ながら注いでいたのだ。残された妹には平穏に暮らして貰いたいと願うのだった……