アプトノスが引く荷車に揺られながら、海未は穂乃果と凛に基本的な知識を指導する。
「いいですか、イヤンクックの別名は“怪鳥”。分類は鳥竜種です」
「鳥竜種?」
「飛竜種ほどの脅威は無いものの、骨格は似ている種です。動きも近いものが多いですし、油断はできない相手ですね」
海未はモンスター図鑑を開きながら、説明する。
「──ちなみに、あのティガレックスは飛竜種です。つまり、イヤンクックに苦戦しているようでは、とても太刀打ちできないという事ですね」
「「…………」」
厳しい言葉に、流石の穂乃果と凛も押し黙る。
「ですが、今なお村の脅威です。なるべく早く実力をつけて、迅速な討伐を目指したですね。……聞いていますか? ことり」
「へ〜、花陽ちゃんは狩猟笛なんだね〜。可愛い♪」
「そ、そうかな……」
花陽の武器を見ながら、ことりはニコニコ笑顔で会話に花を咲かせていた。
「ことり……。あなたも他人事ではないんですよ?」
海未の講義そっちのけで花陽と戯れることりに、海未は大きく肩を落とした。
「ちゃんと聞いてたよ〜。ことり達は採取ツアーだから、大丈夫♪」
「いえ、今回に限った話ではなくてですね……。いつか交戦する日に備えて準備しておかないと……」
「──あ、見えてきたよ!」
なおも食い下がろうとする海未を、穂乃果の元気な声が遮った。
「──よーし、穂乃果が一番乗りだ! 支給品はいただいちゃうもんね!」
「あ、穂乃果ちゃんずるいにゃ!」
我先にと荷車から飛び降りた二人に、
「待ちなさい! ──花陽、ことりをよろしくお願いします!」
海未は惜しげに言葉を打ち切って後ろから駆け出す。
「頑張ってね〜」
最後までマイペースに手を振って見送ったことりは、荷車に座り直す。
「ことり達はもうちょっと先の狩場だから、のんびりできるね♪」
「う、うん。凛ちゃん、大丈夫かなぁ……」
「穂乃果ちゃんも海未ちゃんも、頼りになるから大丈夫だよ〜」
「そうだといいけど……私も凛ちゃんも、まだまだ新米ハンターだから……」
不安げに景色を眺める花陽を見て、
「ん〜……」
ことりは何かを考えていた。
BCに到着した穂乃果は、支給品ボックスに納められていたアイテムを取り出す。
「穂乃果ちゃん速いにゃ〜」
「支給品の独り占めは許しませんよ!」
すぐに、凛と海未も追いつく。
「そんな事しないってば〜。──はい、二人の分」
穂乃果は笑いながら、等分配したアイテムを二人に手渡す。
「音爆弾がありますね」
海未が手にしたのは、黒っぽい球のようなアイテム。
「何に使うのか分からなかったから、置いて行こうと思ったんだけど……」
決まりが悪そうな穂乃果にため息一つ。
「……支給品にあるという事は、音爆弾が有効な相手という事です。さあ行きますよ」
音爆弾をしっかりポーチに詰めると、海未は先導してBCを出る。
段差の激しい丘陵地帯を抜けると、その先は鬱蒼とした木々が生い茂る。
「視界が悪いですね……。死角からの不意打ちの警戒も必要ですね」
海未が茂みをかき分けると、
「ブルル……ッ」
茶色い体毛に覆われたイノシシが、突進態勢に入っていた。
「っ……⁉︎ ブルファンゴ……⁉︎」
海未は回避しなければと判断はしたものの、唐突すぎて身体が追いつかない。
「海未ちゃん、危ないにゃ!」
すかさず間に入った凛が、左手に持つ大きな盾でブルファンゴの突進を受ける。ゴッ、と鈍い音がして勢いを止められたブルファンゴに、今度は右手に持った槍で突く。
一刺し、二刺し。三刺し目で、ブルファンゴはたまらず倒れ伏せた。
「海未ちゃん、大丈夫?」
「ええ……助かりました、凛。ありがとうございます」
無理な回避で態勢を崩していた海未は、差し出された凛の手を握る。
「お安い御用にゃ!」
「凛ちゃんのランス、カッコいいねぇ!」
「えへへ〜、でしょ!」
凛は《アイアンランス》を掲げてみせる。
凛が持つ武器は、ランスと呼ばれるカテゴリ。一メートルほどもある大盾と、背丈を越える槍を備えた重装備。
「正直、凛の性格とはミスマッチだと思いました」
「凛もそう思ってたんだけど、村のハンターさんに『活発でよく動く人ほど、ランスと相性がいい』って言われて。このランスも、あの人のお下がりなんだよね〜」
穂乃果と海未は、村で出迎えてくれた引退したというハンターを思い出していた。
「ハンターの役目は、モンスターを狩猟するだけではない……。後継者を育てるのも、重要な役目なんですね」
急に頼もしく見えてきた凛の背中を見ながら、海未は村のハンターに心の中で謝辞を送った。
「──いました」
給料地帯の開けた場所に、目的のモンスターはいた。
赤やピンクがかった体色に、大きなクチバシ。細い首全体を一周する大きな耳は、今は畳まれていた。一見すると可愛らしい印象も受けるが、立派な翼と体躯を支える脚は発達しており紛れもない大型モンスターとしての風貌も漂わせている。
「体内には“火炎袋”と呼ばれる発熱器官も備えており、炎を吐く事もあるそうです。ハンターの登竜門とされているモンスターではありますが、私達は大型モンスターの狩猟は初めて。……油断なく行きますよ」
海未はモンスター図鑑をしまうと、イヤンクックへと向けていた視線を穂乃果と凛に移す。
「「…………」」
穂乃果と凛も、ゆっくり頷く。
「──では行きます! 穂乃果は斬り込み、凛はそのフォローを! 私は後方から援護射撃を行います!」
「うん!」
「任せるにゃ!」
茂みの影から飛び出し、イヤンクックへと走る三人。
「──! クエエエアッ!」
イヤンクックもすぐに気付き、折り畳んでいた耳を開いて警戒態勢に入る。
「──せっ!」
接近した穂乃果が大剣を構え、全力で斬り下ろす。そのまま勢いを殺さず脚の横を抜けるように前転すると、イヤンクックの後方に出る。
「──こっちにゃ!」
穂乃果へ振り返ろうとしたイヤンクックへ凛もランスを構えると、その鋭い切っ先を翼へと叩き込んでいく。
一突き、二突き、三突き。的確に同じ場所に鋭い攻撃を入れていく。
「クエァァッ!」
イヤンクックがその大きなクチバシをブンブン振り下ろすが、凛はその直前に左側へ一歩ステップし回避する。
「ほう……新人ハンターなどと言っていましたが、動きは様になってるじゃないですか」
海未は少し感心しながら、矢をつがえ弦を引き絞る。
放たれた矢は、寸分違わずイヤンクックの頭へ吸い込まれていく。
遠距離攻撃を受け煩わしそうに視線を海未へ向けるが、
「──とりゃ!」
背後にいた穂乃果が尻尾へ斬り下ろす。
「クエァァッ!」
イヤンクックはその場で回転すると、尻尾を鞭のようにしならせてぶつけてくる。
「うひゃっ!」
間一髪で範囲外へ跳んだ穂乃果と、
「にゃっ」
盾でガードしやり過ごす凛。
二人の猛攻を止めたイヤンクックは、その場で跳躍すると翼の推進力も利用して海未へとクチバシを突き出した。
「狙いを私へ変えてきましたか。ですが見切っています!」
海未は斜め前へ前転すると、危なげなく回避する。
三人揃ってイヤンクックから距離が開く。
「行けそうな感じ!」
一番遠い位置にいた穂乃果は、すぐに駆け出す。
「クァッ!」
それとほぼ同時に、イヤンクックも地面を蹴る。
「えっ⁉︎」
猛スピードで突進してくるイヤンクックへ自ら突っ込む形となった穂乃果は、その翼へぶつかり吹っ飛ばされる。
「ぐっ…………!」
「穂乃果!」
「穂乃果ちゃん!」
地面をゴロゴロ転がった穂乃果は、すぐに立ち上がる。
「だ、大丈夫!」
「まったく無茶をして……! すぐに回復しなさい!」
海未は穂乃果とイヤンクックの間に入ると、武器をしまってポーチに手を入れる。
「……あの大きな耳、もしかしたら……」
そこから支給品の一つを取り出すと、イヤンクックへ向かって放り投げる。
キィ────ンッ。
甲高い高周波の音が響き渡り、
「クエッ⁉︎」
イヤンクックは放心するとフラフラとおぼつかない足取りでその場で揺れ始めた。
「やはり……! あの大きな耳は、それだけ爆音に弱いという事ですか」
海未は推測が当たっていた事に頷くと、すぐさま武器を取り出して矢をつがえる。その脇を、走り去る人影。
「ありがとう海未ちゃん!」
「モンスターの挙動はよく見て下さいよ」
「分かってる!」
穂乃果は大剣の持ち手を掴むと、背中に構えてグッと力を溜める。
収縮するバネのように込めた力を、
「──どりゃあ〜っ!」
一気に解き放つ。渾身の力で振り下ろされた大剣。そこから流れるような動きで身体を横に捻った穂乃果は、勢い殺さず今度は横向きに斬り払った。
「グググ……クアアァァァーッ!」
ようやく我に返ったイヤンクックは、翼を大きく広げてその場で小さく飛び跳ねる。
「うわっ」「にゃっ!」
穂乃果と凛はその脚に引っ掛けられて尻もちをつく。よく見ると、クチバシから赤い炎が漏れている。
「どうやら怒らせてしまったようですね。──穂乃果、凛! 気を抜かずにいきますよ!」
「うん!」「勿論にゃ!」