「ダイミョウザザミ?」
集会所で、穂乃果とことりは海未の顔を見た。
「はい。テロス密林にて、狩猟の依頼が来ています」
テーブルに依頼書を置く海未。
「いいじゃん! やろうよ!」
力強く拳を握った穂乃果に、
「そう言うと思いました」
海未も立ち上がる。
「そういえば花陽ちゃんは? まだ寝てるの?」
ことりは頷き、
「うん。昨日凄く頑張ってたから、その疲れが出たんじゃないかな。凛ちゃんも、花陽ちゃんが起きるまでは側にいるって」
「そっか〜。じゃあ、今日は三人でのクエストだね」
「──ああ、その事なんですが」
穂乃果を遮るように、海未が手を挙げた。
「実はこのクエスト、現地でもう一人ハンターが合流します」
「……どゆこと?」
穂乃果は首を傾げた。そんな話、今まで聞いた事もない。
「元々このクエストはドンドルマの方で掲示していたらしいんですが、受注する者がいなかったのでポッケ村に回ってきたんです。ところが、ポッケ村に依頼した直後に、ドンドルマの方で受注したハンターがいたそうです。その事をポッケ村へ伝令を出すのも時間がかかるし、依頼書そのものを撤回する訳にもいかず。止むを得ず、特例として二つの場所からハンターを派遣する事になったそうです」
「ほぇ〜そんな事が。そのハンターさんってどんな人なんだろ?」
「こればっかりは、現地で合流してみないと分かりませんね。この特例を了承したくらいですし、多少は融通の利く方だとは思いますが……」
「まあ、とにかく行ってみようよ!」
クエストの手続きを済ませた穂乃果は、集会所出口へ駆け出す。
「あっ、待ちなさい穂乃果! 事前の準備は──」
「さっき終わらせてたよ〜」
呼び止めようと手を伸ばしかけた海未に、ことりが声をかける。
「ことり、本当ですか? いつの間に……」
「凛ちゃん花陽ちゃんと一緒になったからか、穂乃果ちゃんしっかりしてきたのかもね」
「……いつもこの調子でお願いしたいものです」
海未は苦笑すると、ことりと共に穂乃果の後ろを追った。
テロス密林のBCへと小舟で到着した三人は、すぐそばにもう一つ小舟が停泊しているのを見つけた。
「あれが、ドンドルマから来たハンターさんのだよね?」
「そのはずですが……本人が見当たりませんね」
海未がBCを見渡すが、そう広くないBCに隠れられる場所など無い。そもそも隠れる必要もないだろうし、ギルドからは『BCにて合流』と言われていたのだ。小舟を降りた三人がキョロキョロしていると、
「……ねぇ、何か臭わない?」
ことりが二人を呼び止めた。
「何かって?」
「嗅いだ事のある臭い……。これって……」
「──“ペイントボール”の臭いですね」
臭いを嗅ぐ穂乃果の言葉を、海未が引き継ぐ。
“ペイントボール”。割ると強烈な臭いを放つ“ペイントの実”と接着作用のある“ネンチャク草”を調合する事で作れるアイテムである。モンスターにぶつける事で、視覚的に見失っても効果が続く限り居場所を特定できる。大型モンスターの狩猟においては必要不可欠。
「……何でその“ペイントボール”の臭いがするの?」
穂乃果のもっともな疑問は、
「“ペイントボール”は自然物ではありません。故に臭いは自然発生しません。誰かが投げない限り、は」
「じゃあ……」
海未は肯定とばかりに額を押さえる。
「……この狩場には、私達以外に人間は一人しかいないはずです。──合流予定のハンター、ただ一人だけしか」
深々とため息をついた海未は、
「四人での狩猟なのに、まさかクエスト開始前から単独行動を取るとは……。穂乃果の暴走が可愛く見えてきます」
怒りと呆れのこもった声を吐き出した。
「……とにかく、ここで待っていてもどうにもなりません。勝手に始めてしまったのなら、今からすぐ合流しましょう。支給品を──」
「無いよ」
「……何ですって?」
穂乃果の声に、海未は顔を上げた。
「支給品ボックス、空っぽ」
慌てて駆け寄った海未。
「そ、そんな馬鹿な。ギルドからの支給品が配送されているはずです!」
ボックスを確認した海未は、
「な、何故……」
何一つ入っていないボックスに愕然とする。
「ギルドが配送を忘れた……? いやしかし、今までそんな事は一度も無かった……。──まさか」
海未はとある仮定に思い至る。
「穂乃果、ことり、急ぎますよ。──もしかしたら、今回の同行者は予想以上に曲者かもしれません」
「えっ、ちょ、海未ちゃん⁉︎」
「ど、どうしたんだろう……」
駆け出した海未を、二人は慌てて追いかける。
“ペイントボール”の臭いは、海岸に面した広いエリアから漂っていた。潮が引いている時間帯ならば、砂州を渡って沖の陸繋島まで歩いていける。
「──ギギ……」
自然形成された岩のアーチをくぐった先でまず目に飛び込んできたのは、巨大な一本角が特徴的な竜の頭骨。当然骨なので生きてはいないが、口の部分が動き何か生き物の影響を受けていると分かる。
足音でこちらに気付いたのか、頭骨はゆっくりと向きを変える。ようやく見えた頭骨の主、ダイミョウザザミは巨大な蟹だった。赤と白の体色に、左右の大きな爪。口元からは激昂し白い泡を吐き出していた。
「こっち!」
颯爽と回り込んだ穂乃果を視界に捉えたダイミョウザザミは、そちらへと歩みを進める。その隙を突いて、海未が弾を撃ち込む。穂乃果の反対側からはことりが接近し、狙いを分散させる。
「あれは……!」
ダイミョウザザミが移動した事で、その足元にいた人物が姿を現わす。
小ぶりな刃を両手に携える、双剣にカテゴリされる《ボーンシックル改》をやたらめったら振り回し、脚に乱舞を叩き込んでいた。場所を移動された事で、半分以上は空振りしていたが。
「……あれが、問題のハンターのようですね」
激しく動いた事で同じように揺れる黒髪のツインテールを眺めながら、海未は苦々しく呟いた。
「乱舞してんのに動くんじゃないわよ──って……あれ?」
「どりゃぁっ!」「やっ! たっ!」
悪態をついたハンターは、ここで初めて斬撃を繰り出す穂乃果とことりの存在に気付いた。そして、海未にも。
「ギギギ……」
突然の加勢に驚いたのか、ダイミョウザザミは大きな爪を使い地面に潜った。小さな地響きの後、ペイントボールの臭いは離れた森の中へ。
「……移動したみたいね」
ツインテールのハンターは武器をしまうと、すぐに走り出そうとする。
「──待ちなさい」
だが、海未が背後からそれを阻止する。
「…………」
仕方なく足を止めたハンターは、仏頂面で振り返る。
「……何よ」
「あなたが、ドンドルマから派遣されたハンターですね?」
「そうだけど、見れば分かるでしょ?」
「何故、勝手に単独行動をしたんです? ギルドからは、BCで合流するように言われていましたよね?」
「アンタ達が遅かったから、先に始めたのよ。何か文句ある?」
「何ですかその言い方は……!」
「う、海未ちゃん落ち着いて!」
思わず一歩踏み出した海未を、ことりが制止する。
「あなたには、パーティ行動するつもりは無いんですか……⁉︎」
「クエストを達成できるなら、そんなの何でもいいわよ。──もういい? “ペイントボール”の効き目切れちゃうんだけど」
「あなた…………っ!」
爆発寸前の海未を、ことりが辛うじてなだめる。
「──ねえハンターさん」
横で見ていた穂乃果が、口を開く。
「クエストをクリアできるなら、方法は何でもいいんだよね?」
「そうよ。手段を選ぶ意味なんてないもの」
「じゃあ、一緒にやろうよ!」
「…………はあ?」
笑顔を向けた穂乃果に、他の三人が首を傾げる。
「方法が何でもいいなら、協力して狩猟しても問題ないって事だよね?」
「いやそれは……。……確かに、そうだけど……」
反論しようとしたものの、材料が無く口をつぐんでしまうハンター。
「じゃあそうしよう! その方が早く終わるし、いい事ばっかりだよ!」
「何なのよアンタ……」
げんなりとした表情のハンターは、
「じゃあ改めてよろしくね! ハンターさん!」
「──にこよ」
「え?」
「にこ。私の名前よ」
「じゃあにこちゃんだ! よろしくね! 私は穂乃果! こっちが海未ちゃんで、こっちがことりちゃん!」
終始楽しそうな笑顔の穂乃果に、
「何なのよアンタは……」
にこはげんなりして肩を落とした。