瀬戸内の提督日誌   作:シヴ熊

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お気づきの方もいるかもしれませんが、艦これに限らずこの手のゲームは序盤に物凄く手持ちのキャラが増えます。
なにせ出るキャラクターの大体が未所持だからです。
うーん、震えます。


睦月型駆逐艦十一番艦望月ー着任ー

 カチカチという時計の秒針が規則正しい音を鳴らすのを聞きながら、あたしは何度目か分からない寝返りを打つ。

 聞こえてくるのは夏を楽しむ虫の声と仲間たちの静かな寝息。

 

 あたしは睦月型駆逐艦11番艦の望月。

 前は十数年くらい艦艇として生きて、そして沈んで死んだ。

 

 沈む時はそりゃ怖かったけどさ……でも、浸水して海に引きずり込まれる時、あたしは怖い以上に違う気持ちの方がきっと強かった。

 

 その気持ちは――。

 

 また寝返りを打って、今度は仰向けになる。

 何もしていない時って尊いと思うんだよなぁ……こうやってゴロゴロするの最高じゃん?

 仰向けになったまま右腕を真っすぐに伸ばす。消灯していて部屋は真っ暗だけど、ずっと起きていたあたしは既に目が慣れていて暗闇の中でも自分の手を見ることができた。

 

 細くて頼りない自分の手――それを見て小さくため息をつく。

 

 艦娘ねぇ……。

 

 なんでこうなったのかは分からんないけど、今あたしたちは艦艇から人の形をしたものになってる。何度自問自答しても、どうしてそうなったのかは全然分かんない。

 考えても分からないものは仕方がないよなぁ……別に嫌なわけじゃないしね。

 開けたままにされている網戸越しの窓から、少し生暖かい風が潮の香りと共に入ってくる。蒸し暑くて寝苦しさはあるけど、薄手の浴衣一枚に大きなタオルケットをお腹に掛けたまま足を身動ぎさせると、おろしたてのシーツを足が滑らかに滑って心地良くて思わず顔がにやける。

 

 艦艇だった頃には感じられなかったことが、今は沢山感じることができる。それは凄く嬉しいことだし、これからもっと色々なことがきっとあたしたちには待ってる。

 

 このベッドに敷かれた布団とシーツの心地良さ。

 お昼に食べた『おにぎり』のような美味しいもの。

 提督の撫でてもらった手の温もり……とか。

 

 何度も撫でてもらったことを思い出すと嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。誰に見られているわけでもないけど、誤魔化す様に枕を顔の上に乗せて顔に押し付けた。

 しばらくそのままにして息苦しくなった辺りで枕を上にずらして、身体を右側に転がした。

 

「……あ」

 

 妙に明るいと思ったら窓の外にまん丸い月が見えた。

 しばらくそのままの姿勢で月を見ていたけど、急に喉が渇いてきて枕元に置いておいたペットボトルを探る。月を見つめたまま左手だけで探してみたけど、なかなか見つからない。でも何だかあの月から目が離せなくて、無意識に手だけ動かして感触を探した。

 

「お……?」

 

 ようやく手にシーツとは違う硬い――でも柔らかい不思議な感触を感じて、そのままそれを掴んだ。だけどなんだかその手ごたえがめっちゃ軽い。

 

「ぁー……」

 

 ペットボトルを顔の前まで持ってくると、横倒しになった視界の中でペットボトルの中の水が地面側の側面部に僅かな溜まりを残すだけになってた……少なっ。

 

「……っしょ」

 

 上体を起こして、ペットボトルのキャップを開けて残っていた水を飲み干す。温くなった水はあんまり美味しくなかった。でも喉の渇きが少しだけマシになった。

 

 だけど十分じゃない――。

 

「うーん……」

 

 空になったペットボトルを見てもう少し飲みたいなぁーって欲が出る。そこで消灯前の司令官の言葉をあたしは思い出した。

 

『何かあったら執務室まできてくれ』

 

 そうだよ、司令官がああ言ってくれてたんだからいいじゃんか……。

 喉が渇いたから水が欲しい、だって立派な用事だよなぁ……。

 

 自分に色々言い聞かせて、あんまり音が出ないようにベットから出ようとしてあたしは自分が二段ベッドの上段で寝ていた事を思い出した。

 

「ぅ……」

 

 小さく呻いて対岸を見ると、今日同期として復原盤というモノから復原されて合流した、綾波型の朧が寝ているのが見えた。その下に目をやると、そこには初期艦で吹雪型の叢雲が同じように寝ている。二人とも仰向けでお腹付近にタオルケットを掛け、寝相もよく呼吸のたびに胸が規則正しく浮き沈みしてる。

 起こさないように……しないと、ねぇ~。

 二人を起こさないように慎重に梯子を下り始める。両手で枠を掴み身体を下にズラしながら片足を中空で彷徨わせて次の段を探す……探す……ぅえー、結構これ怖い。

 ようやく梯子を三段ほど下りたところで視点が移動したことで自分が寝ていたベッドの枠組みと底板しか見えてなかった視界が開けて、自分の下で寝ている姉の睦月の姿が見えてくる――ぶふっ。

 

「――っっっくっ」

 

 思わず吹き出すのは心の中に落ち留めれたけど、その後に続く笑いを自分の横腹をつめって無理やり押し殺す。

 

 ――睦月、寝相悪すぎ。

 

 いやぁ、本当は言うほど悪くないんだけどさぁ。

 でも他の二人が凄くまともに寝てたから、不意を突かれたっていうか……さ、うん。

 

 暑かったのかタオルケットを蹴飛ばして、浴衣が着崩れてほぼ上半身丸見えの状態でスヤスヤ寝ている姿に、片手で梯子に掴まったまま口元を抑えて笑いをなんとか抑える。

 笑いを抑えながら睦月の姿を見ていると、あることにあたしは気づいた。

 

 あ、でも睦月って案外胸あるんだなぁ……。

 そこで自分の胸を見下ろすと、浴衣の合わせ目から見える景色に自然と口がへの字に曲がる。

 

 長女恐るべし……(どんぐりの背比べ)。

 

 馬鹿なこと考えてないで早く行こ……。

 下が見えるようなってから楽勝になった梯子を下り切って床に降りると、しょうがないから蹴飛ばしてたタオルケットを睦月の胸が隠れる様に丸出しのお腹にかける。

 

 風邪引くなよなぁ~。

 

                    ⚓⚓⚓

 

 広いぞぉ~。

 暗いぞぉ~。

 司令官どこだよぉ~。

 

 日中は感じなかった本棟の真っ暗な廊下は、あたしの想像よりも結構広かった。

 こんなことなら睦月の背中を適当についていくんじゃなくて、ちゃんと司令官の部屋覚えておけばよかった……。

 さっきから廊下をあっちに行ったりこっちに行ったりしてるけど、全然たどり着けない。

 いやさ、そもそも目的地が分かってないんだし? 

 

 目印とかないのかよぉ、司令官~。

 あーあ、もうダメだ。

 喉は乾いたけど、このまま蒸し暑い廊下を彷徨い続けるのも嫌すぎる……部屋に戻ろ。

 えーっと、あたしらの部屋は……あれ?

 目の前には等間隔で並ぶ同じ扉がズラリと……。

 あ……あれぇ? 

 これさ、もしかして……自分の部屋分からなくなってねぇー?

 

 いやいやいやいや!

 

 どうせあたしたちしか居ないんだし、全部の扉を開けていけばその内睦月たちのいる部屋に当たるって、諦めるのは早いって望月!

 そう奮起して顔を上げた時に、廊下の壁に貼ってあった張り紙に目が留まる。

 

『夜間、防犯のため一部の扉に警報設置中』

 

 はい詰んだー完全に詰んだー。

 

 がっくりと廊下に崩れ落ちて、あたしは膝を抱えてしまった。

 あーぁ……この八方塞がりな感じ、なんか昔を思い出すなぁ……。

 あの頃もさぁ、こうやって不確かな目的地を探して輸送任務してたよなぁ。

 

 何度も何度も、何度も何度も……。

 

「――望月か?」

 

 廊下のど真ん中で膝抱えてたら、横から声が聞こえて顔を上げる。

 そこには持ち運びできる燭台に蝋燭で灯りを点した司令官が立ってた。

 

「司令官……」

 

 なんで蝋燭なんだよ、普通懐中電灯だろ……。

 なんて思ったら、なんか色々どうでもよくなって泣けてきた。

 そんなあたしの顔をみたせいか、司令官は困ったように微笑んであたしの頭にポンと手を乗せて撫でてくれた。

 ちきしょー撫でればいいって思いやがって……。

 

 こんちくしょう……。

 

                    ⚓⚓⚓

 

「――ってわけだったんだよぉ」

 

 ことの経緯を司令官に説明しながら、あたしは司令官の部屋で貰った水を飲んでいた。

 あの後分かったことなんだけど。

 どうやらあたしは司令官の部屋の目の前で膝抱えていたらしい……そこへ偶然、資料室に調べものしに行っていた司令官が戻ってきたというわけ……はぁ~。

 もうその話を聞いて、あたしは恥ずかしいやら安心したやらで腰から力が抜けたっつーの。

 

「そうか。これから艦娘が増えていく上での仮部屋の予定で用意していたからな、そこまで気が回っていなかった。すまないな」

 

 そう言って執務机(ミカン箱)の向こう側で頭を下げる司令官を見て、あたしは慌てて首を横に振る。

 

「いやいや、あたしがちゃんと部屋覚えておけばよかったんだからさぁ」

 

 むしろこの時間まで仕事してる司令官の方に驚きだよ……あたしはさぁ。

 ベッドの上でゴロゴロして心地良さを散々堪能していたあたしは、ちょっとバツが悪くてペットボトルの水をチビチビと飲んで視線を彷徨わせる。

 

「お詫びと言っては何だが、これを食べるか?」

 

「え……?」

 

 司令官が何処からともなく出したのは、巾着袋みたいな形をした小さな紙袋だった。視線をそれから司令官の顔に上げると、司令官は一つ頷いてそれをあたしの手に乗せてくれる。

 するとまだほんのり温かいそれを広げると香ばしい甘い匂いがあたしの心を奪った。袋の中身は薄茶色のお菓子――クッキーだった。

 

「お……おぉー、これクッキーか?」

 

 確認のため一応聞くと、司令官は頷いて明日あたしたちに渡すために夜の執務の合間に作ってくれていたらしい。資料室に行っていたのも、このクッキーの焼き上がりに合わせる為でもあったらしい。

 

 いいねいいね、そういう心遣いは大好物だぜぇ。

 

「じゃあ、いっただきまーす」

 

 はむっと一口食べると、口の中に香ばしい風味と甘さが広がってめっちゃ幸せな気持ちになる。

 なにこれ、すげー美味いんですけど……。

 ポリポリとクッキーを食べていると、司令官がじっとあたしを見ていることに気づいて何だか恥ずかしくなってきた。

 誤魔化す様にクッキーを口の中に放り込んだけど、一口で食べるなんて勿体ない……ってすぐに後悔する。そんなあたしのコロコロ変わる顔色を司令官に見られ、あまつさえちょっと笑われてしまった。

 

 ガーン……。

 

「司令官、そんなに見られると……なんかこう、痒くなる」

 

 苦し紛れに出したのがそんな言葉とは、我ながら馬鹿すぎる……。

 でも司令官はそんなあたしを馬鹿にしたりすることなく、それよりもあたしがもっと驚くことを言ってきた。

 

「望月、廊下に居た時もそうだが、何か悩んでいることがあるのか?」

 

「……え?」

 

 あれ、うっそ……バレてる?

 いやいやいや、でもきっと何となくそう思ってるだけでしょー誤魔化せるって……。

 

「な、何いってんのさ司令官、あたしみたいなのに悩みなんてあるわけ……ない……じゃん」

 

 誤魔化そうとして口にする言葉は、司令官の目を見ながらではとても効果のあるものにはなりそうになかった……ぁーもう。

 手の中にあるクッキーの入った包みに視線を落とした。

 

 クッキーは甘くて美味しかった。

 その味を思い出しながら、もうここまで理解(わから)れてしまっているのなら、変に抱え込まずに言っちゃったほうが楽なんじゃね……? と自分を納得させ始める。

 

「他の、他の皆が……さ。どうなのかは分からないけど……あたしは艦艇だった頃のこと、結構ハッキリとおぼえてる部分が、あってさ……」

 

「……」

 

 手の中にあるクッキーの包みを弄りながら喋る。

 もうさ、何かで気を紛らわせながらじゃないと、あの頃の話を口に出して喋るのはあたしが思っていた以上にきつかったんだぁ……。

 でも言葉を切ったところで視線を上げると、司令官は作業の手を止めて姿勢を正した状態であたしの詰まり詰まりな話に向き合ってくれていた。

 

「難しいことはよく分かんなかったけどさ……とにかく南の海にある島に(おか)の兵士さんや物資を運ばないといけないってことで、あたしは……()()()()は何度も行ったんだ……何度も、何度も何度も何度も……もうあの頃は制海権は敵方と競っていたから輸送中に会敵して戦うことだってあったしさぁ」

 

 輸送船を護衛するはずの駆逐艦が自衛しつつ、夜の闇に紛れての鼠輸送だぜ?

 低速の輸送船じゃ成功することすら難しいけど、あたしらは輸送が専門じゃないし……それでもやらなきゃいけないってことだけは、自分に乗艦してる水兵さんたちの雰囲気で分かってた。

 

「あの頃は制空権は取られてて、何度も敵機の爆撃にもあってさ……仲間の艦や姉妹たちが失われていくのをあたしは見てた。今部屋でお腹出して寝ちゃってる睦月もそうだよ……爆撃されて沈没しかけてる輸送船の人たちを助けようとして爆撃されて沈んだんだ……」

 

 手の中でクッキーの包みがクシャりと潰れて、包みの中でいくつかのクッキーが砕ける感触が手に伝わる。

 艦艇の最期なんてろくなもんじゃない……艦首から、船尾から、まるで引きずり込まれるように燃えながら海へと沈むか、弾薬や魚雷に誘爆してへし折れて弾け飛ぶか……ろくなもんじゃないんだ。

 

「潜水艦はいつだって怖かったし……でも、あたし達はそれでも、何度も何度も本土と南の海を往復し続けた。壊れても佐世保で修理してさ、またすぐに復帰して輸送作戦に参加し続けたんだ」

 

 そこまで話すと、もうあたしは止まれなくなっていた。

 理性が感情に押さえつけられて、あの頃言えなかった想いが噴き出す。

 

「如月、睦月、菊月、弥生、長月、三日月……あたしが沈む前にこれだけの姉ちゃんが沈んだ。悲しかったけど、あの頃のあたし達の感情って全然ぼんやりしててさ。悲しいと思うことは出来たけど、本当にそれだけだった」

 

 でもそれで良かったんだと思う。

 胸の前で浴衣の合わせ目を右手で掴んで握る。

 もしあの頃も今と同じくらいに感情を持つことが出来ていたら、きっとあたしは狂っていたと思う。

 

 ――人間て凄いんだなぁ。

 

 あの戦争で多くの水兵さんたちが死んだ。

 その戦友や家族たちは皆がこんな感情を持っていながら、残りの人生(じかん)を生きていけたんだ。あたしには信じられないくらいの心の強さだと思う。

 

「あたしは爆撃を受けて沈むとき、怖かった。でも……怖い以上にあたしはやっと終わるんだって思えることの方が大きかったんだ。もう艦艇(なかま)が沈むところも見ないでいいし、もう水兵(だれ)が死ぬところも見ないでいいし……あぁ、もう頑張らないでいいんだ――って」

 

 鼻がツーンてして目尻に涙が浮かんでくる。

 あー司令官に言っちゃったよ……もう頑張りたくないって言っちゃった。

 軽蔑されたかな……嫌われ――。

 

「……え?」

 

 こめかみと耳に違和感を感じると、いきなり滲んだ視界が妙に透明度を増して焦点が合う。

 顔を上げると、机から身を乗り出していた司令官が身体を引くところだった。

 

「え、え? なにこれ? えぇ?」

 

 違和感の正体を確かめる様に顔に手をやると、そこには硬い感触と思い当たる節のある形状をした矯正器具。

 

「これって眼鏡……?」

 

「望月は眼鏡が必要な艦娘だったことを忘れていた。すまない」

 

 司令官は話を聞く前とまったく変わらない態度で、あたしに眼鏡のケースを手渡してくる。その状況についていけず、渡されるがまま眼鏡ケースを受け取っていた。

 

「望月」

 

「は、はいっ」

 

 思わず背筋伸ばして返事をすると、提督は少し微笑んでくれた。

 

「あの時代、あの局面における輸送作戦の重要性と、その困難さ。それを現代軍人の私が他ならぬ当事者(望月)に説くなど、愚かしさを通り越して滑稽だと私は思う。だから説教じみた話などするつもりもないし、出来もしない」

 

 司令官の言葉はあたしにとっては意外過ぎるもので、正直凄く困る。

 だってあたしは説教してもらう気満々だったんだから。

 

「だから言えることは一つだけだ」

 

 そう言って司令官はあたしの頭にポンと手を乗せると――。

 

「よく頑張ったな、望月」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自然と涙が零れて頬を伝った。

 

「ゔ……うぅ~……うぅぅぅ」

 

 我慢できずに泣き出したあたしの頭を、提督は泣き止むまで撫でてくれた。

 

                   ⚓⚓⚓

 

 貰ったばかりの眼鏡を一緒にもらったケースに入っていた柔らかい布で拭きながら、あたしは提督の顔を下から見上げていた。

 恥ずかしいことに散々泣いたあたしは、泣き止んだあと調子に乗り始めていた。

 再び生まれたその日に前世――? から抱え込んでたモノを吐き出させてくれた上に、そんなあたしを受け止めてくれた司令官を、あたしは大好きになっていた。

 

 だって普通に嬉しかったし……。

 

 きっと司令官はあたしがあたしのまま振舞っても許してくれる。

 だからあたしはあたしのままでいいんだ……でも、明日の――いや、今からのあたしはさっきまでのあたしとはちょっと違う。

 

 うん、前も頑張れたんだから、きっと今も頑張れる……はずだし。

 

 ダルいこと、面像臭いこと、痛いこと、辛いこと、全部大っ嫌いだ。

 でも、あたしは頑張れる。

 頑張る頑張るで誤魔化せなくなったら、またこうやって膝枕してもらえればいい。

 またクッキー焼いてもらって、それ食べながら司令官に頭撫でてもらえれば、あたしはきっとまた頑張れる。

 我ながらなんて単純。

 でもそれくらい単純なほうが楽だってこと、今日教えてもらったんだ。

 

「さて、望月。私の仕事も終わったし、そろそろ部屋に戻りなさい」

 

「えぇー夜はこれからだぜぇ司令官」

 

「一理あるが、明日も朝は早いからな。寝坊すると叢雲に怒られるぞ」

 

「あー……それは嫌だなぁ」

 

 立ち上がった司令官の後を追いかけて潰れたクッキーの袋を抱えて廊下に出ようとしたところで、また頭に手がポンと乗せられる。何事かとそのまま見上げると、そこには新しいクッキーの袋を持った司令官が笑っていた。

 

「寝る前にもう一回歯磨きをするように」

 

「はいはい、わかってますよぉ~」

 

 嬉しくてついつい適当な返事をしながら、潰れた袋の隣に綺麗な袋を並べて抱える。そしてそのまま廊下に出ると、廊下の隅っこで何かが動いたのが見えて自然と視線がそれを追った。

 それは小さな生き物で、海岸とかで見たことがありすぎる姿形をしてる。

 赤い甲羅に二つの鋏を持った横歩きする生き物。 

 

 ――え? 蟹? なんでこんなところに?

 

 廊下の隅を疾走して角へと消えていったのは、間違いなく小さな蟹だった。

 妙なこともあるもんだと思ったけど、こんな夜なら廊下に蟹がいるくらい不思議でもなんでもないかなぁ。

 とか変な納得の仕方をしていると、頭を二回ほどポンポンと叩かれた。

 

「さぁ、部屋まで送ろう」

 

「おぉー助かるぅ」

 

 そういえばここに来るまで戻る部屋も分からなくなってたんだった。

 

「だが、その前に洗面所だな」

 

「なんか面倒になってきたなぁ、司令官が磨いてくれよぉー」

 

「任せておけ、こう見えて歯磨き検定一級だ」

 

「マジで!?」

 

「嘘だ」

 

「おい!」

 

 そんな風にくだらない冗談も言ってくれる司令官の後をあたしはついて行く。

 眼鏡越しに見る風景は、司令官の部屋に来る前よりもずっと鮮明に世界をあたしに見せてくれる。

 でもそれが眼鏡だけのおかげじゃないことを、あたしは知っていた。

 

 




艦娘も色々。
前大戦に対して抱えているモノも色々。
そういうのを書いていければと思っています。

めでたく初感想を頂きました。
お気に入り登録も含め、とても励みになっております。
ありがとうございます。
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