瀬戸内の提督日誌   作:シヴ熊

11 / 13
どうもお久しぶりです。

ヨーロッパ旅行に行っていたもので、楽しかったなぁ。(遠い目

冗談はさておき、更新が遅いなんてもんじゃないです。
でも書けるときに書いて、投稿は続ける所存です。

しかし今回は難産でした。
前書きにダラダラ書いてもお目汚しなので、詳しくはあとがきに。


綾波型駆逐艦七番艦朧―着任―

 

 鳥の囀りが耳に心地よく聞こえる。

 うっすらと目を開けると妙に天井が近くに見えて、ちょっとだけ驚いて目を大きく開けた。

 

 あ、そういえば……。

 叢雲お姉さんに二段ベッドの上を使っていいって言われて、そこで寝てたんだ。

 上半身を起こして伸びをすると、緩んでいた身体に芯が通るような感覚がして心地よかった。

 起きた余韻に浸ってちょっとボーっとしてると、少し湿気を含んだ朝の風が頬を撫でて部屋の中を吹き抜けていくのを感じる。

 あんまり爽やかなじゃないけど、頬を撫でてくれた風の感触を確かめたくて右の頬を触ると、指に自分の肌以外の感触がして咄嗟に指を放す。

 

「あ……」

 

 一瞬の違和感の後、昨日のことを思い出した。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 昨日の午後、初めての昼食を食べさせてもらった後、泊地の設備を補修する作業を行うという提督に叢雲お姉さんが慣れた様子で手伝いを申し出た。

 私たちより一日早く着任したばかりなのに、積極的かつ自然に提督のお手伝いが出来ている。叢雲お姉さんは現海軍総隊というところで建造されていて、進水ならぬ『踏地(とうち)』したばかりの朧たちよりも半年以上既にこの世界での経験を積んでいる。

 『踏地』というのは艦娘の為に作られた言葉で、建造ドックを出たばかりの艦娘がまだ一度も艤装を纏わずいる時期、状態のことを指す言葉。

 

 半年の経験の差は確かに大きいけど、叢雲お姉さんの堂々とした立ち振る舞いには、確かな努力と既に上げている戦果という結果を伴った自信だと分かる。

 

 凄い――と思う。

 

 でも凄いって思うだけだと、自分は高められない。

 だから朧ももっと努力しなくちゃいけない……。

 

 あ、話が違う方向にいってるから戻さないと……えっと、叢雲お姉さんの後に続いて睦月ちゃんもお手伝いしたいと名乗りを上げて、朧も負けじと手を上げました。

 作業は土木作業なのですが、(おか)で動くことで自分たちの今の体に慣れることと、人の身体がどういうモノか知ることは大事なことだと提督は言っていました。

 確かに朧たちは元々は艦艇だったので、突然人の姿になって戸惑うことは……不思議とないけど、でも色々と驚くことはある。

 

 作業が始まり、提督が電気式の工具で地面を砕いて掘り、朧と叢雲お姉さんで掘れた破片をスコップですくって台車に載せる。後は睦月ちゃんと望月ちゃんが台車を押して、指定の場所に捨てに行く。

 これが一連の作業の流れ。

 

 肝心なことが起こったのは、休憩時間の時だった。

 朧が困ってる風に見えたのかな? 睦月ちゃんが気にかけてくれて何かと話掛けてくれているのを感じて、朧も嬉しくて色々話してた。

 睦月型は艦艇時代の艦歴だと先輩なんだけど、こっちだと睦月ちゃんも望月ちゃんも可愛くて咄嗟に『さん』じゃなくて『ちゃん』て呼んじゃった。でも二人とも笑って『それでいいよ』って言ってくれた。

 ――実はとても嬉しい。

 

「朧」

 

 そうやって睦月型の二人とお話をしていると、突然提督に呼ばれました。

 うーん……提督のことになると、どうしても敬語が混じります。でも上官と部下の関係なんだから、礼儀は大事……うん。

 

「なんでしょうか、提督」

 

 駆け足で近づいて尋ねると、提督は自分の右頬を指さした。

 

「右頬に傷があるが、大丈夫か?」

 

「あ……これですか」

 

 提督に言われてアタシは右頬にある傷を指でなぞる。

 この姿でこの世に生まれた時からある傷で、最初から自分の身体にあるモノならきっと自分に必要なモノなのかなって納得していた。

 

「大丈夫です。最初からあった傷なので、きっと朧に必要な傷なんだと思います……たぶん」

 

 自分でも分からないことなので、ちょっと自信なく言っちゃったかな……? でも、正直な考えだから大丈夫。

 

「そうか。それならいいんだが、少し勿体ないと思ってな」

 

「……え? 勿体ない、ですか?」

 

 提督の言葉の意図が分からずに思わず聞き返してしまったのだが、提督は嫌な顔一つせずに鷹揚に頷く。

 

「軍籍の艦艇のままだったら話の種にもなりそうなものだが、朧のような可愛い()には少々勿体なく思えてしまってな」

 

「……」

 

 最初は提督が何を言ってるのか分からなくて、朧は馬鹿みたいにぼーっと提督の顔を見つめていたと思います。

 で、ようやく提督の言った言葉の意味を理解することが出来て――。

 

「……っ」

 

 自分でも何故そうしたのかは分からないけど、アタシは提督から半歩分ほど後ずさって右手で右頬にある傷を隠す様に覆っていた。

 

 そんなアタシの奇行を目にした提督は少しだけ驚いたように目を見開いたけど、すぐに何かを察したかのように被っていた簡素な黒い帽子のつばを少しだけ下げる仕草をする。

 それを見て何となく提督が笑うのを誤魔化そうとしているように見えてしまい、朧は自分でもよく分からないのだけど、顔を隠すように汗拭き用にもらっていたタオルで顔の汗を拭いていた。

 すると、不意に提督の手が伸びてきて朧の右頬に触れた。

 

「っ……?」

 

 突然のことで咄嗟に身体が強張ってしまったけど、提督は何かを朧の頬に張り付けたようで右の頬にちょっとだけ違和感があった。

 右手を伸ばして触れると、そこには布に近い感触と薄いテープの質感。

 

「驚かせてすまない。張ったのは絆創膏だ、傷を隠すには違和感ないだろう」

 

「ありがとうございます……」

 

「いや、無断で頬に触れてすまなかったな」

 

 頭を下げて謝ろうとする提督を見て、アタシは慌ててそれを止めた。

 

「だ、大丈夫ですからっ」

 

 逆に頭を下げてしまったアタシの頭に提督はポンと手を置いて、『そうか』と笑って撫でてくれた。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 あの時のことを思い出しながら無意識に頬にある絆創膏を指でなぞる。

 

 うん、朧はもっと頑張らないといけない。

 

 そう思ってベッドの下を見ると、既にそこに叢雲お姉さんの姿はなくて、綺麗に畳まれた布団と着ていた浴衣が置かれていた。

 

 あれ?

 

 慌てて窓の上にある時計に首を巡らせると、丸くて結構大きい時計はもう少しで五時になろうかという時間。総員起こしは〇六〇〇(マルロクマルマル)と聞いていたので、朧たちが寝坊したというわけでもない。

 対岸のベッドへと目を向けると、そこには望月ちゃんと睦月ちゃんがそれぞれのベッドの上でスヤスヤと眠っていた。

 望月ちゃんの姿を見た時、昨日の夜見てしまったことを思い出して一瞬身体が硬直するのを感じた。でも『むにゃむにゃ……司令官、クッキー全部くれぇ』と寝言を言っている姿を見ると、身体から力が抜けて朧の顔も自然と笑顔になるのが分かる。

 でも、だとすると叢雲お姉さんはいったい何処へ……。

 ベッドの上でアタシが考え事をしていると、不意に外から話し声が聞こえて慌てて音を立てないようにベッドから降りて窓へと駆け寄る。

 網戸越しに見える外界は少しだけ朝靄(あさもや)が出ていて、夏の早起きな太陽が朝陽を照らしている。そんな爽やかな朝の空間に二人の人影がいた。

 勿論、この島にいるのは朧たちだけなので、そこに居るのはここに居ない提督と叢雲お姉さんだ。

 

 提督は身体に密着している薄手のシャツと、ポケットの沢山ついた丈夫そうなズボンを着ていて、叢雲お姉さんは昨日道路の補修作業の時に朧たちも着ていた体操着にブルマの恰好。

 朝駆け――きっとこれも叢雲お姉さんの強さの基礎になっているモノに違いない。

 二人は何か話をすると、提督は準備運動を始めて叢雲お姉さんはこちらを――つまりアタシたちがいる部屋の方へと目を向けてきた。

 当然窓に張り付いていた朧と目が合いました。

 叢雲お姉さんは少し驚いたように目を開きましたけど、すぐに口元に笑みを浮かべて問いかけるように首を傾げる。

 

『――どうする?』

 

「朧もいきます!」

 

 思わず声を出してしまって『しまった』と口元に手を当てたけど、ゆっくり振り返ってみたものの睦月型の二人が起きてしまった様子はなかった。

 ほっとしながら窓越しに叢雲お姉さんに身振り手振りで『準備してすぐいきます!』と伝えると、叢雲お姉さんは手をヒラヒラを振って答えてくれると、提督に伝えてくれているようでした。

 

 ――アタシは綾波型駆逐艦7番艦、朧……誰にも負けない、ようになる……予定。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 泊地のある島を一周する朝駆けマラソン。

 提督と叢雲お姉さんの後に続いて何とか走り終えることができた。

 最初は島の外周コースから海を見たり、途中にある大きなお屋敷に驚いたりする余裕があったんだけど、生物としての『疲れ』を真の意味で知らなかった元艦艇のアタシは、このマラソンで昨日感じなかった疲れをハッキリと自覚した。

 半周した辺りで少し息が切れ始めて手足が重くなり、残り四分の一の目印となる島の西側にある船着き場を過ぎた辺りで、提督と叢雲お姉さんが一気にペースを上げる。

 事前にここでペースを上げることは叢雲お姉さんに告げられていて、朧もそれを承諾した。自分が疲れているのは自覚していたけど、それでもついて行ける――行きたいという思いがあった。

 でも現実は結構残酷で、提督と叢雲お姉さんは表情を変えることなくペースを上げていき、アタシは必死に走ったけど段々と二人の背が遠くなり始める。

 手足は自分の身体とは思えないほど重くなり、口が自然と開いてしまい酸素を求めて呼吸が喘ぐ、喉の奥で鉄の味滲んできた。

 

 でも、それでもアタシは足を止めることを拒否した。

 

 機械としての消耗なら分かるけど、こんな風な疲れをアタシは知らなかった。

 足がもつれるし、辛くて苦しくて吐き気すらしてくる――でも、自分で自分の限界を感じられて、その上でそれを自分の意思で乗り越えようとすることができる。

 

 すごい、凄いっスゴイ!

 

 遂には霞み始めた視界の中で、アタシはそれでも前へと進んだ。

 

 

「無理するんじゃないわよって言ったのに、馬鹿ねぇ」

 

 想像を絶する疲れで朧が肩で息をしていると、叢雲お姉さんが呆れ顔で近づいてきた。膝に両手をついて肩を上下させながら顔を上げると、少しだけ呼吸を乱してはいるけど涼しい顔で汗で顔に張り付いた前髪を払う叢雲お姉さんが立っていた。

 凄い……朧よりもずっと速く走っていたくらいなのに、全然疲れていない。

 

「ま、今日踏地(とうち)したばかりでこれだけ走れるのは大したものだわ。噂通り建造艦よりも復原艦の方が、基礎部分では有利な部分があるのかもしれないわね」

 

 建造艦と復原艦の違いについては少しだけ説明を受けている。海から直接戻ってきた分、朧のような復原艦は建造艦よりも初期状態のみで言えば様々な部分で優れていることが多いらしい。でもその差は同じように鍛錬していれば自然と埋められる程度の違いという話で、建造艦よりも先んじて戦力になれる――かもしれない程度のモノだと提督は言われていた。

 

 そういう差について考えていたせいか、アタシの顔を見た叢雲お姉さんは少しだけ可笑しそうに笑うと朧の肩に手を置いた。

 

「さすがは特Ⅱ型って言いたいところだけど、今のは朧自身の力ね。()()の姉として鼻が高いわ」

 

 そう言って肩を手でポンポンと叩いてくれる。

 凄いと思えた人から認めてもらえた嬉しさに頬が少し緩みそうになるのに耐えながら頷き、叢雲お姉さんに見えない位置で拳を握って引いた。

 

「あれ、そういえば提督は……?」

 

「あぁ、司令官は朝食の準備があるからって先にシャワーに行ったわ」

 

「え……」

 

 遅れて走っていたアタシの先を行く叢雲お姉さん――の更に前を走っていたはずの提督。だけど提督は休む間もなく朝ごはんの準備をしに行ってる……提督凄い。

 

「ほら、アイツが朝食作る前に私たちもシャワー行くわよ」

 

 叢雲お姉さんに手を引かれて、朧は本棟へと戻りました。

 

 

                          ⚓⚓⚓⚓⚓

 

 

「これが朧の艤装……」

 

 疲れた体に染み渡るような感覚を感じながら美味しい朝食を食べた後、叢雲お姉さんを除いた朧たち三人は提督と工廠に来ていた。

 そして目の前に置かれているのがアタシたち艦娘の半身ともいうべき『艤装』。

 

 茶色い帯を両肩に回した背負い型で、基部となる煙突艤装は底が浅く腰でまとまるくらいの大きさかな? その基部からは三本の筒が伸びていて、中央にある円柱型のモノが排気口――いわゆる煙突。で、それを挟むように二つの角柱型の筒が伸びていて、こっちは吸気口にあたる。

 

 アタシの隣では睦月ちゃんが、その更に隣で望月ちゃんが自分の艤装と初めての対面して、二人とも緊張はしているけどでもとても嬉しそうに艤装に触れていた。

 そんな二人の様子をじっと見ていたアタシだけど、少しだけ躊躇してから自分の艤装に触れると背筋に電流が通るような衝撃が駆け抜けた。

 触れた指先から腕から全身へと広がり、やがて背骨を伝って背筋から駆け上がってきたそれが頭へと到達した時、アタシの意識はまるで荒れ狂う海の波間に投げ入れられたような錯覚に陥った。

 大波渦巻く水底へと続くとても静かな海の中で、アタシは膝を抱えて浮かんでいた。そしてアタシの反対側で朧の艤装が同じように浮かんで漂っていた。

 まるで一つだった時のことを思い出せと――何かがそう急かすかのようにアタシたちは向き合っていた。

 

 艦艇時代の自分の姿を思い出そうとすると、急に思考に靄がかかったような感覚に陥る。

 覚えいるはずの――忘れるはずのない記憶が何故かあやふやで、必死に砕けたパズルの欠片を集める様に眉間に皺を寄せるけど、思考は全然まとまらずに心が焦り始める。

 それでも必死に記憶を辿ると段々と知覚が曖昧になり始め、遂には周囲の音さえ聞こえなくなる。

やがて音が完全に消え去り、耳鳴りがし始めた。

 痛いほどの耳鳴りに思わず耳を両手で抑えて目を閉じると、耳鳴りが止み意識が遠のいて自分が立っているのか、座っているのかすら分からなくなる。

 

 そして何も聞こえない、何も見えない。

 

 ここはまるで――あの、光すら朧気にしか届かない、酷く冷たい水底のようで……。

 思い出すのは最期の光景……でも違う、今思い出したいのはそうじゃない。

 グッと感覚を研ぎ澄ませると、音のない世界に突如として砲撃の爆音が鳴り響く。

 驚いて目を開くとそこには、冷たい北の空の下で五月蠅く飛び回る爆撃機を撃ち落とそうと奮闘する、一隻の駆逐艦の姿が見えた。

 駆逐艦らしい細く小さな船体に艦橋、二本の煙突、砲塔、機銃、魚雷発射管など必要な装備を所狭しと積み込み、敵航空戦力という厄介極まりない敵を相手取って奮戦していた。

 その姿を少しでも目に焼き付けようと目を凝らすと、爆撃機の爆弾が輸送中の荷にあった弾薬に引火して、船体が僅かに浮くほどの衝撃で誘爆した。

 

 そして――。

 

「――朧……朧っ」

 

 遠くで誰かが呼んでいる。

 誰? 朧は今とても大事な、大事な、大事な、大事な――。

 

「……朧、戻って来い。船は浮いているものだ、沈んではいけない」

 

 耳元で囁くようなその言葉の意味を理解する前に、まるで吸い上げられるように意識が上昇して今見ていた映像と音が逆回しで再生される。急激に頭の中に入ってくる情報が重くて、酷い頭痛に頭を抱えたところで肩を揺らされる感覚に意識が浮上する。

 

「朧ちゃんっ!」

 

「お、おいってば!」

 

 目を開けると視界には睦月ちゃんと望月ちゃんの心配そうな顔があって、少し視界をズラすと静かに朧を見つめる提督の顔があった。

 

「提督……睦月ちゃん、望月ちゃん。アタシは……」

 

「艤装を見てたら急に独り言を言い始めて、声を掛けても返事してくれなくて……うぅぅ」

 

「身体揺さぶっても全然反応なくてさ……大丈夫かぁ?」

 

 アタシを心配して泣いてくれている睦月ちゃんの手を握って『心配させて、ごめんね』と謝っていると、提督が朧の頭にポンと手を置いて背中を撫でてくれました。

 そこで気が付いたのですが、今朧は地面にお尻と足の裏だけをつけて提督に背中を支えてもらっている状態で、提督の顔が凄く近くにあります。

 

 今までで一番近くで見た提督の顔は、朧だと上手く言えないけど格好良いお顔でした。頭髪も短くサッパリとしているけど、ちゃんと整髪料で整えている。制帽は被る習慣が今まであまりなかったから、儀礼・式典や来客時とか出向時以外では被らないと言われていた。

 朧の記憶だと軍関係者の人は坊主の人がほとんどだったんだけど、今はそうでもないみたい。提督も(おか)で勤務されていた時は、実は坊主にしていたこともあったらしい。

 

 じっとアタシを見つめる提督の顔を今までになく近い場所で見つめ返していると、ふとその目の中に何かが()()()ように気がして息を呑む。

 でもそれは瞬き一つすれば消えてなくなるようなモノで、きっとアタシの気のせいだと思う。今はもう静かな入り江のような穏やかな瞳と眼差しを朧に向けてくれている。背中と頭に触れている温もりも温かで、不安を取り去ってくれる。

 

「提督、もう大丈――」

 

 アタシの言葉が言い終わる前に泊地に警報が鳴り響き、工廠に付いている赤色灯がクルクルと回転し、目に見えて非常事態をアタシたちに告げてくる。

 

「提督……?」

 

「司令官、これってさぁ……」

 

 睦月ちゃんと望月ちゃんが不安そうに提督のズボンを握って提督を見上げて、アタシも提督に支えられながら立ち上がる。

 そこへ通信妖精が三人、ヒラヒラと風に漂う凄く長い紙片を掲げて駆け寄ってくる。長い紙は多分電文の書かれた紙だと思う。

 提督が敬礼もそこそこに通信妖精からその紙片を受け取ると、すぐにその長い電報に目を走らせた。そして一番傍で提督を見ていた朧には、提督の顔が一瞬険しいものになったのが分かった。

 

「提督、もしかして叢雲お姉さんに何か……?」

 

 直感七割と予想三割くらいで尋ねたけど、ワタシに視線を向けた提督の表情は能面のように喜怒哀楽のないモノで、怖いくらいの冷静さだけが感じられた。

 

「通信妖精、電文を二通頼む。一通は叢雲に念の為に音声化電文で送ってくれ」

 

 提督はそう言いながらズボンのポケットからメモ帳を取り出すと、そこに何事かを書きながら言葉を続ける。

 

「内容は『紀伊水道に深海棲艦の影あり。淡路防衛島付近にて待機せよ』以上だ。あとこれも念のために送ってくれ、迅速に頼む」

 

 提督の言葉を手に持った妖精サイズのバインダーに書き込んでいた通信妖精さんは、提督が千切ったメモ用紙を受け取ると、敬礼をしたあとすぐさま駆け出していった。

 

 叢雲お姉さんは今朝、朝食後に修理の終わった自身の艤装の試運転に出掛けていた。出掛ける前の提督と叢雲お姉さんとの会話を思い出すと、確か『活動範囲は播磨灘に限り淡路防衛島を越えないようにする』と話していたはず……。

 叢雲お姉さんのことを心配して睦月ちゃんと望月ちゃんも真剣な顔をして提督の言葉を待っている。そんなアタシたちの気持ちを汲んで、提督はもう一度電報の最初から目を走らせながら、その内容を整理して教えてくれた。

 

〇九三五(マルキューサンゴー)豊後水道を哨戒中の佐伯湾泊地所属の艦娘が深海棲艦と遭遇。敵規模は軽巡1、駆逐艦3の小規模な水雷戦隊。〇九五五(マルキューゴーゴー)敵部隊を撃破殲滅に成功」

 

 味方の艦娘たちの活躍にアタシも含めて睦月型の二人も少しだけ嬉しそうに頬を緩めそうになるけど、提督の話は当然まだ終わっていない。

 

「同〇九四〇(マルキューヨンマル)室戸岬沖を哨戒中の宿毛湾泊地所属の艦娘が深海棲艦と思しき敵影を発見。これを全力で追撃し、蒲生田岬沖で敵部隊を捕捉、戦闘を開始。敵規模は駆逐艦二隻、一〇〇五(ヒトマルマルゴー)敵部隊を撃破殲滅に成功」

 

 二つ目の戦闘もこちらが無事に勝っている事実に、アタシたちが胸を撫で下ろす。提督の読み上げた電報そのものもそこで終わってるようなのだけど、提督の表情は先ほどと変わらず厳しいもののままだった。

 他の泊地の活躍とはいえ、二つの勝利報告にもかかわらず緊張感をまるで解かない提督の様子に睦月ちゃんがたまらず尋ねた。

 

「提督、勝った報告なのにどうして怖い顔してるんですか……?」

 

 提督は睦月ちゃんに視線を向けた後、その頭にポンと手を置くと何度かそのままポンポンと優しくバウンドさせた。その度に『にゃ』、『にょ』とか声を上げる睦月ちゃんが可愛くて少し笑いそうになってしまったけど、提督は睦月ちゃんの頭から手を放すとズボンに沢山付いているポケットの一つから折りたたまれた地図を取り出して、ワタシたちの前にそれを広げた。

 

「他の鎮守府や泊地は南方で予定されている例の作戦に向けて、主力のほとんどが出払っている。

本来であれば室戸岬以東は我々児島泊地が警戒に当たらなくてはいけないのだが、発足直後であることを考慮されて、今は宿毛湾と佐伯湾の両泊地に警戒を受け持ってもらっている」

 

 そこで一度言葉を切った提督は、地図上で宿毛湾泊地所属の艦娘が敵に追い付いて撃破したと思われる海域を指さした。

 

「我々がこれだけ大きな動きをしている以上、敵もそれを察知している可能性は極めて高い。そして今回のこの敵行動は、本土に対する牽制と偵察を目的としている……と、私には思える」

 

 提督の考えを聞いて考えすぎですよ、と言える者はここにはいなかった。何故なら、提督の考えを否定出来ない大きな出来事が実際あったから。

 

 ――四国の部分的占領。

 

 アタシたちは昨日、深海棲艦の出現と今に至る戦況を教えてもらったのだけど。それでもこの日本本土が占領されるなんていう事は、朧たちが戦っていた時代でも許していなかったはず。

 それが一時的にとはいえなされてしまったということは、きっと国民の皆さんは勿論のこと軍人さんにとっては悪夢のような出来事だったに違いない。

 

「敵の目的が牽制と偵察だけならばいいが、主目的がもし()()()()であるならば恐らく食い込んでくるはずだ」

 

「で、でも、もう敵は倒したんですよね?」

 

「そうだぞぉ、二つに分かれてた部隊をどっちでも倒したんだろぉ?」

 

 睦月型二人がそう言うと、提督は手に持ったままだった電文の紙に再び目を向ける。

 

「宿毛湾の艦娘たちが最初に敵部隊を発見し最接近した際、敵艦の航跡は2~5本あったように見えたと報告している。宿毛湾の艦娘たちは早朝から行動していた為、燃料切れで捜索を断念した。連絡を受けた宿毛湾泊地から交代の応援が出撃しているが、なにぶん四国の反対側からだ。敵の目的が紀伊水道侵入後の破壊活動ならば、恐らく間に合わないだろう」

 

 そこでようやくアタシたちは、提督が緊張を解かない理由が分かった。

 提督から受けた説明によると、本土沿岸の警備は艦娘以外にも海軍の巡視船を出して行ってはいるそうなのだけど、仮に深海棲艦と遭遇してしまった場合は足止めすることすら難しいと言っていた。

 

 深海棲艦に有効な攻撃を与えられるのは、艦娘のみ。

 だから巡視中に敵を見つけても艦娘がいなければ倒すことはできない。

 

「航跡の件が見間違いでなければ最悪の事態は起こりうる。既に(おか)の徳島・和歌山の駐屯地から海上捜索用の回転翼機(ヒューズ)がそれぞれ飛び立っているだろう。だが、両駐屯地は先の四国侵攻を受けた際に打撃を被った施設だ。復興整備は進んではいるが、十全とは言い難い状況にある。ともかく叢雲からの――」

 

 そこで再び泊地に警報が鳴り響き、赤色灯の回転光がアタシたちの顔を赤く染める。

 募る嫌な予感が焦燥感へと変わる中、新たな電文を携えた通信妖精が転げる様に工廠内へと入ってきた。

 電文を受け取った提督はすぐにそれへと目を走らせ――眉間に皺が寄り歯噛みした音がアタシたちにも聞こえた。

 

「提督……教えてください」

 

 居てもたってもいられずにアタシがそう言うと、提督は硬い表情のまま電文を読んでくれた。

 

「徳島駐屯地より電文。児島泊地所属と思われる艦娘一隻が紀伊水道、沼島付近にて深海棲艦と戦闘中。現在敵駆逐艦二隻の挟撃を受けて、主砲の一つを破損。数的不利もあって苦戦していると思われる。至急応援を乞う」

 

「む、叢雲ちゃんが……」

 

「お、おいおい、応援を乞うってもさぁ……」

 

 睦月型の二人が握る提督のズボンに深い皺が出来る。提督を見上げるその表情には、一種の悲壮感すら滲ませているようにアタシには見えた。

 

 ――仲間は絶対に見捨てたりしない。

 ――でも、自分たちはまだこの姿で戦う術を知らない。

 

 睦月ちゃんと望月ちゃんの言葉はそう言っていた。

 それにアタシたちはもう、痛みも疲れも知らない鋼鉄の身体じゃないんだ。

 自分を動かしてくれる優秀で、生きることに懸命な水兵さんたちはもういない。

 

「こんな発足直後の泊地に応援を求める――今の児島泊地の現状が(おか)である徳島駐屯地に伝わっていなかったんだろう」

 

「て、提督……海軍は今も(おか)の人たちと……」

 

「いいや、違うぞ睦月。昔のようなことはない。上同士での話し合いは終わっていたが、(おか)での私たちのような下部組織には正式な情報がまだ下りていなかったんだろう。なにせ、私たちは海軍の秘密泊地だからな」

 

「ひ、秘密泊地っ!」

 

「なんだよそれぇ……なんかかっけぇ」

 

 取りようによっては昔と何も変わらない上層部同士の不和と末端軽視に聞こえるけど。提督はそうじゃないと言いつつも、きっと信じられない思いを持ってしまうアタシたちの為に冗談を言ってくれた。

 ギリっと奥歯を噛みしめる。

 きっとこの後、提督はアタシたちを安心させて落ち着かせる。そしてアタシたちに叢雲お姉さんの無事を祈るように言って、自分は裏で叢雲お姉さんが助かるための行動を全部取ると思う……。

 

 それでいいの?

 全部提督に任せておけば……それでいいの?

 

 

 でも……脳裏に過るのは、艤装に触れた時に見た鋼鉄の記憶。

 でも……身体が裂けて浸水し、海中に引きずり込まれる終わりの記憶。

 

 でも、でも、でも、でもって何――!?

 

 『今のは朧自身の力ね。同じ特型の姉的として鼻が高いわ』

 

 そう言って嬉しそうに笑ってくれた人を、アタシは助けたい! 

 

「港の波止場で待っていなさい。大丈夫叢雲は――」

 

「提督っ! アタシが行きます!」

 

 突然大声を出したアタシに三人が目を見開いている。

 提督の目を見て少し怯んでしまいそうになる自分に喝を入れて、アタシは言葉を続けた。

 

「叢雲お姉さんを助けに行かせてくださいっ!」

 

「……朧。お前は今日踏地(とうち)をしたばかりで、まだ竣工どころか公試すら終えていないんだぞ? そんなお前を海に――それも戦場となっている海域(ばしょ)へ行かせられるわけがないだろう」

 

 提督は呆れているわけじゃないし、馬鹿にしてるわけでもない。

 提督の目をじっと見つめていた朧には分かる。その目はアタシの真意を確認しようとしている目。

 だから朧は今想っている気持ちを言うべきだと思った。

 

「無理も無茶も承知の上です。だけど、ここでただ待っているだけなんてアタシには出来ません。アタシは艦娘で、ここに艤装もある。なら――」

 

 夏の暑さで額に汗で前髪が張り付くけど、今はそんなことを気にする余裕なんて欠片もなかった。静かにアタシを見つめる提督の目には、普段のような優しさは無く厳しい光を放っている。

 声に力が入るようにお腹の下に力を込めて、グッと拳に力を込めて決意を持って提督を見る。

 

「アタシは綾波型駆逐艦7番艦の朧です! だけどっ! 特型駆逐艦17番艦の朧でもあります! 提督お願いです、アタシに叢雲お姉さんを助けに行かせてくださいっ! お願いしますっ!」

 

 全力で頭を下げたのが不味かった……下を向いたせいで我慢していた涙が溢れて床にこぼれてしまった。

 荒唐無稽な頼みをして、その上軍規に反する行いをした挙句に泣いてしまうなんて情けない。こんなんじゃ、アタシに乗艦してくれてた水兵さんたちに顔向けできない……。

 そんなことを考えていると、肩にポンと提督の手が置かれた。

 グッと目と足に力を込めて顔を上げると、そこには厳しさを少しだけ緩めてくれた表情の提督がアタシを見ていた。

 

「軍に所属する者としては私情に囚われ過ぎている、本来なら反省室行きだな。だが、姉妹や仲間を想う気持ちは尊重されるべきだと、私は思うよ……特に一度全てを失った艦娘(きみ)たちはな」

 

 その言葉に混じった僅かな違和感の正体に、この時のワタシは気づく余裕なんて少しもなかった。ただ提督が朧の思いや考えに共感してくれたことが嬉しかった。

 

「工廠妖精。すまないが朧の出撃準備を頼む。急ピッチでだ」

 

 工廠妖精さんたちはアタシが踏地(とうち)したばかりで、竣工どころか公試すら終わっていないことも当然知っている様子で、心配そうに提督とアタシを交互に見ている。

 提督が毅然とした態度で工廠妖精さんたちを見つめているのを見て、アタシも背筋を伸ばして顎を引いて出来るだけ力強く頷く。

 それを見た工廠妖精さんたちは眩しいものを見たような表情で微笑むと、ビシっと敬礼をして工廠の奥へと立ち去っていく。

 慌ただしい小さな後ろ姿を見送っていると、提督がアタシの肩をポンと叩いた。

 

「全ては時間との戦いだ、急ごう」

 

「――はいっ!」

 

                             ⚓⚓⚓

 

 機械の音や艤装を吊るしている鎖の音が鳴り響く中、アタシは出撃用ドックに立っていた。

 工廠妖精さんたちの懸命な頑張りのおかげで、あれから五分という短時間で艤装接続の準備が整って、今アタシの背後で天井クレーンに吊るされた艤装が位置調整を行っている。

 視界の隅では睦月ちゃんと望月ちゃんが固唾を呑んでこちらを見ている。

 そんな二人を安心させようと笑おうとしたんだけど、顔が強張って上手く笑うことができなかった。

 

 足元に工廠妖精さんが一人やって来ると、接続を開始していいかという旨を身振り手振りで教えてくれた。

 少しだけ間を置いて深呼吸してから、アタシは頷いた。

 艤装格納庫のシャッター前に立って背筋を伸ばすと、視線の先には地底湖のような洞窟状の出撃用水路が広がって、薄暗い水路に照明が一定の間隔で設置されていて、水路の最奥に出口が小さな光の円となって見えていた。

 

 背後で艤装を吊り下げている鎖の音が鳴っていたけど、それが止むと背中全体に硬く冷たい感触が広がり、腕が自然と動いて艤装から伸びる革製の帯に腕を通してしっかりと背負えるように帯の位置を調整する。帯が納得のいく位置に調整出来たところで、手で合図を送ると艤装を吊っていた鎖が弛んでいく。

 背中に接していた艤装部分が腰辺りを中心に肌に吸い付くように固定されて、同時に両肩に通していた背負いの革帯がギシリと音を立てて肌に食い込む。

 背負えないほどじゃないけど、とても重いモノを背負っている感覚がある。

 力にはちょっとだけ自信があるけど、さすがにこのままだと動けない。

 勿論海の上を航行することなんて出来るはずもない。

 だけどどうすべきかなんてことは、アタシは誰に教えて貰ったわけでも無く知っていた。

 それは何も難しいことなんてないことで、ただ本当の正しい自分の姿を想像するだけのこと。

 

「艤装との接続を確認……」

 

 目を瞑って過去の自分に思いを馳せる。

 

 第七駆逐隊として活躍した日々。

 栄えある第一航空艦隊第一航空戦隊に所属し、あの二隻(ふたり)の護衛をしたこと。

 そして第五航空戦隊が新編成されてそこへ転属し、後の一航戦となる二隻(ふたり)の直衛艦となって過ごしたこと。

 中部太平洋を中心に駆け回った日々と、終焉の地となる冷たいキスカ島への記憶。

 

 キスカ島。

 その単語を思い浮かべた途端、集中出来ていたはずの意識が乱れて眉間に皺が寄る。

 脳裏に過るのは、艤装に触れた時に思い出した最期の記憶。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 動悸が激しくなり呼吸すら乱れ始める。

 どうにかして落ちつこうと目を瞑って、心臓の上辺りで服を掴んで皺が寄るほど握り込んだ。けれど、それでも暗闇のはずである瞼の下ではあの時の光景が視えてしまい、恐怖に足が竦む。

 

 こんなはずじゃなかった――。

 

 自分が――自分たち艦娘が一度目の死(トラウマ)を持っていることは最初から分かっていた。だけどアタシたちはそれを乗り越えていけることも、分かっていたはずだった。

 艤装との接続が乱れ艤装の重さが増して肩掛けの革帯が肩に食い込んでくる。

 半身の艤装すらもアタシの不覚悟を責めているように感じられて、引っ込ませたはずの涙が目尻に浮かんできた。

 滲み出た涙を後ろで見守ってくれている睦月型の二人に見られるのが恥ずかしくて、右腕で急いで顔を拭おうとしたとしたところで、右の頬に激痛が走って目を見開いた。

 

「っ!? イタタタタっ!」

 

 右頬の痛みに目を白黒させて右腕を顔から遠ざけると、激しい痛みは無くなったけどまだジンジンと痛む右頬にさっきとは別の意味で涙が浮かんでくる。

 いったい何が……と思って右腕を見ると、そこには意外すぎる原因がいた。

 

 蟹……だよね?

 

 磯周りに棲んでいそうな手の平に乗るくらいの蟹が、赤い甲羅に小さな鋏を掲げて飛び出た黒い目を小刻みに動かしてアタシを見ていた。

 その小さな赤い蟹は何故か怒っているようで、アタシの顔を見つめながら頻りにハサミをチョキチョキと開閉させて威嚇している。

 じっとその蟹を見つめていると、ふと昨日の夜――深夜の出来事を思い出した。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 夜中偶然目が覚めたアタシは、隣の二段ベッドで寝ているはずの望月ちゃんが部屋に居ないのに気づいて、もしかして部屋に戻れずに迷っているのかもしれない。そう思って廊下に探しに出た。

 そして本棟内を探している内にいつの間にか提督室の前まで来ていて、ひょっとしてと思って扉に近づくと、中から話し声が聞こえてきた。

 立ち聞きなんて絶対良くないんだけど……聞こえてきた望月ちゃんの真に迫る声と聞いてしまったアタシの足は扉の前で止まってしまった。

 望月ちゃんの話は同じような輸送任務に従事していたアタシには痛いほど分かってしまった。そして望月ちゃんが弱音を吐いても、それをちゃんと受け止めてくれた提督に心の中で感謝した。

 共感と感動でアタシも少しだけ涙が出て、それを拭っていると二人が部屋を出ようとしている気配がして、ここでアタシが望月ちゃんの話を聞いていたのがバレてしまうと、せっかく出来た望月ちゃんの嬉しい気持ちを台無しにしてしまう気がして慌てて自分たちの寝ていた部屋がある方向へと廊下を駆けだす、なるべく足音を立てないように廊下の奥へと走っていく。廊下の角までもう少し――という所で後ろから扉が開く音が聞こえた。

 

 マズい。

 今部屋から出てこられてこっちを見られれば、間違いなくアタシの姿を見られてしまう。でも廊下の角は、まだ遠かった。

 

 ――ごめん、望月ちゃん。

 

 心の中でそう謝りながら足を動きを緩めようとした時、アタシの横を凄い速さで何かが横切った。

 

 ――え?

 

 走っていた惰性で進みながら首だけで後ろを振り返ると、廊下を提督と望月ちゃんの居る部屋の

方向に一匹の小さな蟹が物凄い速さで横走していた。

 その蟹はあっという前に開いた扉の前まで行き、そのまま扉の前を通過する。その直後、扉の中からクッキーの入った袋を頭上に掲げながら望月ちゃんが先に出てきて、どうやら目の前を横切った蟹を見てしまったようで、蟹が進む廊下の方を立ち止まって見ている。

 そうつまりアタシとは逆側の方向を見てくれている。

 

「……ぁ」

 

 その事実に気づいたアタシは、緩め掛けていた足の再び動かしてカーペット敷きの廊下をなるべく音を立てないように走り切り、廊下の角へと滑り込んだ。

 早鐘のように脈打つ心臓を胸の上から押さえて呼吸を少し整えると、廊下の角から提督たちのいる方を覗き見る。

 

『なんか面倒になってきたなぁ、司令官が磨いてくれよぉー』

 

『任せておけ、こう見えて歯磨き検定一級だ』

 

『マジで!?』

 

『嘘だ』

 

『おい!』

 

 何事も無かったかのようなその会話を聞いて、自分の姿を見られなかったことを確信してほっと胸を撫で下ろしながら、アタシは二人がこっちへ来る前に自分たちの部屋へと戻った。

 

 あの正体不明の蟹に感謝しながら――。

 

                            ⚓⚓⚓

 

「もしかして、昨日の蟹さん……?」

 

 驚きすぎて恐々尋ねると、蟹は怒りを鎮めてくれたようでアタシの方に向けていたハサミを引っ込めてアタシの腕をトコトコと歩き始めると、そのまま腕を登って肩を横切ると艤装のある背中へと消えて行ってしまった。

 

「え? あっ! ちょっと!」

 

 驚いて振り返ろうとするけど、艤装との接続を確立出来ていない状態だと背負っている艤装が重すぎて身体を動かすことが出来なくて、首をギリギリまで後ろへ巡らそうとしても全然見えなくて、変わりにビックリしたような顔でアタシを見ている睦月ちゃんと望月ちゃんと目が合ってしまった。

 端から見れば一人で騒いでいるだけのアタシを客観視してしまい、顔の温度が一気に上がってしまうのを感じる。

 視線を正面に戻して気持ちを落ち着けていると――。

 

『朧』

 

「は、はいっ! って、え? あれ? 提督……?」

 

 突然耳元くらい近い場所で提督に呼ばれた気がして飛び上がりそうなほど驚いてしまう。でも周りを見えても提督の姿はない。

 

『朧、落ち着いて聞いて欲しい。今私は君に座乗している』

 

「提督がアタシに……?」

 

 落ち着いて聞けば提督の声は耳元ではなく、不思議なことにアタシ自身から直接響くように聞こえてきていることに気づく。耳という感覚器官以外を使った音の交信。

 これは多分船の伝声管が一番似ている気がする。

 うん、だってアタシは艦娘(フネ)だし。

 

『提督は艦隊の旗艦である艦娘に座乗し、指揮を執ることが可能なんだ。各鎮守府や泊地に備え付けの大掛かりな機械が必要となるが、意識を艤装と接続して艦娘と感覚の一部を共有し、仮想実艦の艦橋内で艦長席ないし司令席に座って旗艦となる艦娘と共に作戦行動を指揮し、艦隊の導く為の能力――と我々は考えている』

 

「……」

 

 提督の教えてくれる説明は勿論聞こえていたけど、それよりもアタシはまた人を乗せて航行できるという事実に心奪われていた。緩みそうになる表情を引き締める様に努力しながら、アタシは目を瞑って心が落ち着くように気持ちを静める。

 きっと叢雲お姉さんも同じ気持ちだったに違いない。

 この気持ちを持ち続けることこそ船の(さが)であり、まさしく朧たち艦娘の存在意義(アイデンティティ)の根幹だと思う。

 

『――ろ。朧?』

 

「あ、はいっ! ――え、あれ?」

 

 提督に呼ばれていたことに気づいて慌てて返事をすると、肩に違和感を感じて首を巡らせるとまたあの赤い蟹がアタシの肩の上にいた。でも今度は怒っているような様子はなくて、じっとアタシの方を見ている。

 

『朧、どうした?』

 

「提督……あの、蟹がですね。何故かアタシの肩に……」

 

『蟹? あぁ、そういえば工廠妖精たちから朧の艤装に蟹が棲んでいる模様、という報告が上がってきていたな』

 

「え?」

 

 艤装に棲んでるの?

 驚いて蟹を見ると、蟹はブクブクと泡を噴いてどことなく視線を逸らした気がした。

 その何処となく利口そうな態度には知性を感じさせるものがあって、じっと蟹を見つめながらもアタシは当然の疑問を抱く。

 

「でも、何でアタシの艤装に蟹が……」

 

『それなんだが……』

 

 何かを言いかけた提督は言い淀んで言葉を探すような間があったけど、すぐに淀みのない口調で朧の疑問に答えてくれた。

 

『すまない。思い出させて悪いのだが――朧は自分が沈んだ海のことを覚えているか?』

 

 提督に言われた言葉の意味を理解した瞬間、また脳裏にあの時の光景が過った。でも今は過去にばかり囚われていられない――だから下腹に力を込め奥歯を噛みしめて俯きそうになる顔を上げた。

 

「――はい。キスカ島の輸送任務中に敵艦載機の攻撃を受けて……輸送中の弾薬に引火してしまって爆沈しました」

 

 最初に艤装に触れた時に流れ込んできた鮮明すぎる回想を思い出して眩暈がする。だけど、今はそんなモノに怯えていられない。

 

『そう――そうだったな。よく答えてくれた。それで朧の疑問への答えなのだが、朧が沈んだキスカ島はベーリング海と言われる海域だ。これは知っているな?』

 

「はい。AL――アルフォンシーノ方面に位置する海です」

 

 敵国に対する牽制と反撃の意志を示すために占領した二つの島。

 その占領したアルフォンシーノ列島西方の島々を命がけで死守する陸軍(おか)の兵士さんたちを支援するための物資輸送作戦。

 それは――あの酷く冷たい海域で行われた。

 

 根本的な寒さに加えて時化で荒れ狂う波はまさに厳しい北の海そのもので、アタシたちもよく苦労させられた。

 

『そう、そのベーリング海なのだがな。実は今は世界的に有名な蟹の漁場になっている』

 

「え?」

 

 あの希望すら凍えそうな海で蟹の漁を……?

 提督が嘘をつくはずなんてないから、それは本当の事だと思う。

 でも、アタシには想像が出来ない……あの海は常に最前線で、そこでアタシを含めて何隻もの仲間が沈んでいったのだから。

 

『朧には想像し辛いかもしれないが、世界があの大戦を終えた後は少なくとも表立って海戦が行われない程度には、世界の海は平和になったんだ。あのベーリング海で蟹漁が行われているのも、その証拠と言っていいかもしれない』

 

 ――平和な海。

 

 アタシたちが心の底から求めていたモノ。

 それが訪れていた。

 

『沈んだ船が良い漁礁になることは珍しいことではない。その蟹はもしかしたら棲み家として世話になった朧と離れたくなかったのかもしれないな』

 

 提督の言葉を聞いて自分なりにその仮説を受け入れていく。確かに筋は通っていると思うし、腑に落ちるところもある。

 

「そうなの……?」

 

 当の本人に聞いてみた方が早いと思って尋ねてみると、蟹は鋏を前後に振っていた。

 

「そっか。そうなんだ……じゃあ、よろしくね?」

 

 左手をチョキにして蟹へと近づけると、蟹はアタシのチョキに鋏をちょんと触れさせてくれた。すると不思議なことに一気に親近感が湧いてきて、心が通じたような気がした。

 

「提督、朧……この蟹と仲良くできそうです」

 

『そうか。ならきっと助けになってくれるな』

 

「はいっ!」

 

 沈んだことは悔しいし悲しい。

 でもこうやって新しい出会いとか繋がりも得ることが出来た。

 それはアタシにとっての新発見。

 

「悔やんでばかりもいられない――だからっ!」

 

 さっき感じた不安は今も燻っている。けど、それを振り払ってアタシは意識を集中する。

 

「艤装との連結を確立っ!」

 

 艤装から感じていた重量と違和感が一瞬にしてなくなり、今こうしていることこそが自然体と思えるほどに艤装は身体に馴染んでいた。

 

「提督っ! 綾波型駆逐艦、朧、いきます!」

 

                            ⚓⚓⚓

 

 夏の太陽が中天へ向かって移動しつつある中、アタシは何とか海上を航行していた。

 出撃ドックのある洞窟を抜けて光の溢れる外へと抜け出て、目の前に広がる海を目にした時は自然と涙が頬を伝った。

 

 ――もどって、戻ってきたんだ。

 

 今も叢雲お姉さんは一人で戦っている、だから早く助けにいかないといけない。

 それはちゃんと分かってる。

 だけどアタシは海へと出た瞬間、僅かな間だけど全てを忘れて茫然としてしまった。

 悔しくて流れる涙はすぐに拭えたけど、今頬を伝ってる涙は拭いちゃいけない気がして、潮風がソレを乾かしてくれるまで拭わないことにした。

 

 それから我に返った後は本当に大変で、何回も海上で転倒してその度に起き上ってがむしゃらに前へと進もうとするんだけど、全然安定しなくてよろけてしまう。

 艦艇(むかし)の姿だったらとっくに転覆して沈没している状態だったと思う。

 でも提督が艦娘が海上を航行する上での基本的な事を教えてくれたから、今はそれを習って瀬戸内海をどうにかこうにか航行していた。

 最初は本当に艦艇時代(むかし)との違いに戸惑うばかりだったけど、提督に『変に力を入れずに楽な姿勢を取ること。近くを見ずに遠くを見るように意識するように』という助言をもらった。

 恐る恐るその通りにするとへっぴり腰だった姿勢も背筋を伸ばした状態で止めれて、遠くを見ることで平衡感覚が掴みやすく水面の近さを意識せずに済んだから恐怖感も薄れた。

 

 少しだけ腰を落とした状態で姿勢を固定して、顎を引いて遠くを見る。

 それだけで何とか航行する形を取れた。

 だけど速度は強速止まりで、第一戦速まで上げようとすると途端に平衡感覚が怪しくなってしまう。

 

「提督、叢雲お姉さんは朧の復原盤を拾ってくれた戦闘ではどのくらいまで速力上げていたんですか……?」

 

「叢雲は最大で一杯まで上げていたな。僅かな時間だったが、作戦上必要だったとはいえ無理をさせてしまったと思っているよ」

 

 それを聞いて改めて叢雲お姉さんの凄さと自分の不甲斐なさを実感してしまい、強速から速力を上げようとしてみるけど、やっぱり足だけ先に持っていかれそうになって姿勢が崩れてしまう。

 悔しさと苛立たしさで心が軋むけど、それ以上にこんな速度では間に合わなくなってしまうという思いが心を蝕む。

 叢雲お姉さんが負けると決まっているわけではない、だけど泊地で聞いた報告では主砲を破損して挟撃されていると聞いた。

 

 どう考えてもそれはいい状況とは言えない。

 だから助けたいと志願したんだ。

 未熟どころか『助けたい』だなんて言うのもおこがましいようなアタシが、情けないことに涙まで流して志願したんだ。

 ふざけるなって怒られても、無視されても文句なんて言えないのに、提督はそんなアタシの馬鹿な我儘を『仲間を想う気持ちは尊重されるべきだ』って肯定してくれた。

 なのに、アタシは満足な速力も発揮することも出来ずにいる。

 もう何度目になるかも分からない思考に囚われていると、不意に肩に違和感を感じて目を向けるとそこにはあの蟹がいた。

 

「どうしたの……?」

 

 思わずその黒い小さな目に向かって尋ねると、蟹はアタシの耳を鋏で挟んで外側へと引っ張った。思わず痛みに身構えてしまったけど、なんと耳に痛みはなくて、蟹はかなり加減して引っ張ってくれているらしいのが分かった。

 引っ張られた耳がさっきより音をよく拾って、アタシはようやくその音に気づいた。

 

 耳を澄ますと聞こえてきた音が鼓膜を震わせる。

 それを聴いていると動悸が段々と速さを増して、咄嗟に心臓を服の上から押さえて目を瞑ってしまった。

 意識が逸れたことで速力が低下して半速くらいまで遅くなってしまう。それが分かっていても、アタシは目をきつく瞑って身を縮こませてしまう。

 次第に大きくなる単葉機のエンジン音が心を――魂を軋ませているのが分かる。

 また脳裏に自分が()んだ最期の映像が流れた。

 竦み上がる心が全身を覆っているかのような錯覚と共に、アタシは何かを諦めようとしていた。

 

 だけど――。

 

 それでも――。

 

 折れかけた心を繋いで、軋む魂を奮い立たせるだけの理由がある。

 自分の唯一と言っていい武装である主砲を握る手に力を込めて、アタシは目を開いた。

 

 ――曙、漣、潮……朧に力を貸してっ!

 

 前世では全然一緒に居られなかった姉妹であると同時に、同じ第七駆逐隊の仲間たちのことを思い浮かべて、アタシは背後から急速に近づいてくるエンジン音に向かって海上で踵を返した。

 

「――えっ?」

 

 対空迎撃をするために主砲を空へと掲げた先――空よりも淡い青色の空を駆ける様に現れた鳥のような陰影が近づいてくる。自分に乗艦していた水兵さんたちがそうしていたように、アタシもその形や色をしっかりと見て機種を見極めようとしたところで、それが目に入った。

 

 ●

 

 白に近い配色に主翼と胴体に赤い日の丸が描かれた独特の脚を持った爆撃機。

 濃緑色の配色に主翼と胴体に赤い日の丸が描かれた腹に魚雷を抱えた雷撃機。

 

 機体に日の丸の描かれた航空機。

 それは勿論、友軍である証に他ならない。

 あのミッドウェーで壊滅的な被害を受けて以来、航空母艦の運用はひどく制限された。だから本来なら最前線への輸送には制空権を喪失しないように護衛空母が就くのが理想……だけどあの時は失ったものが大きすぎて、迂闊に空母を出すことはできなかった。

 だからアタシたちは自分の身は自分で守ることが出来る輸送船(ねずみ)として、あの霧の立ち込める凍える海へと出撃して、そして敵の航空機に沈められた。

 

 ――もしあの時、味方の航空戦力が居れば何度も思った。

 

 ――もし、一航戦(あの人)たちが健在であれば、きっと――きっと――。

 

『――朧』

 

 提督に名前を呼ばれて我に返ると、頭上を爆撃機の九九式艦爆と九七式艦攻が通過していった。大気を押し開くような風圧が潮風を巻き上げて、アタシの髪が後ろへとそよがせた。

 

「て、提督、あれはいったい……」

 

『呉所属の艦載機だ。救援要請を出しておいたからな』

 

 そう言われて、提督が叢雲お姉さんに電文を送ったときにもう一通何処かへと電文を送っていたことを今更ながら思い出した。

 

『救援の件、黙っていてすまない。例の作戦で呉も主力が出払っていて、間に合うかどうかは賭けになってしまうと思っていたからな。だから安易な希望をお前たちに示したくはなかった』

 

 確かに最初に教えてくれていたなら、アタシは無様な姿を提督たちに晒さずに済んだかもしれないし、睦月ちゃんたちもあんなに心配せずに済んだのかもしれない。でも提督が黙ってくれていたからこそ、アタシは自分を奮い立たせることが出来たんだ。

 

「大丈夫です、提督。提督が叢雲お姉さんを助ける為に最善を尽くしてくれたこと、朧はちゃんと分かってますから」

 

『そうか……ありがとう、朧。私も朧が叢雲を助けるために最善を尽くそうとしたこと、ちゃんと分かっているよ。それに呉所属の艦娘たちは歴戦の猛者ばかりだ。大丈夫、きっと叢雲を助けてくれる』

 

「……はい」

 

 艦載機が向かって行った方角に向かって祈りながら、速力を弱めようとしたワタシの耳に提督の声が響く。

 

『さぁ、朧。ここまで来たんだ、叢雲を迎えに行ってやろう』

 

「――はいっ」

 

 アタシは速力を緩めることなく、前を向いて海上を駆けた。

 

                            ⚓⚓⚓

 

「朧……あんた、なんて恰好してんのよ」

 

 周囲には煙を出しながら沈もうとしている深海棲艦の残骸が浮かび、空には叢雲お姉さんを助けてくれた呉所属の艦載機が大きく旋回している。

 そしてアタシの前には修理したばかりの艤装をまた大きく破損させてしまった叢雲お姉さんが、悪態をつきながらも笑いながらアタシにそう言ってくれた。

 

「え――?」

 

 叢雲お姉さんが無事だったことが嬉しくて、自然と出てしまった涙を拭っていたアタシは、その言葉に自分の恰好を見下ろす。

 出撃する直前まで来ていた体操着とブルマに艤装を背負っている状態。それに何か問題があるのだろうかと首を傾げると、叢雲お姉さんは頭が痛そうに右手で頭を押さえると胡乱げな視線をアタシの背負う艤装へと向ける。

 

「ちょっと、アンタ。三人の正式な服、早く用意しなさいよね」

 

『督促は掛けておこう』

 

「頼むわよ、本当に……」

 

 まったくもうと言いながらも、叢雲お姉さんは嬉しそうに口角を上げていた。だけど破損した艤装からも分かる通り、激しい戦いだったことはアタシにも想像がつく。

 

『叢雲、報告は戻ってからでいい。朧、叢雲をおぶってやりなさい』

 

「はぁ?」

 

「あ……はいっ!」

 

 提督の提案にアタシは自分が叢雲お姉さんの役に立てると思って喜んで叢雲お姉さんの前へと移動して、おんぶするために背を向ける。

 

「ちょ、ちょっとっ! いいわよ!」

 

「?」

 

 叢雲お姉さんは何故か顔を真っ赤にして首を振る。ちょっと怒ったような雰囲気もあるし、おんぶされるのが嫌なのかもしれない。だけど、一人で戦闘をこなして艤装の損傷も激しいし、無理をして欲しくない……。

 

『叢雲』

 

「う……」

 

 提督が叢雲お姉さんの名前を呼ぶと、叢雲お姉さんはギクッと身を震わせる。そして諦めたように溜め息をつくと、口をへの字に曲げてモジモジと身動ぎする。

 

「お、おんぶまでして貰わなくていいわ。肩を貸してくれるだけでいいから」

 

 アタシの横に移動してくれた叢雲お姉さんの右腕を肩から首へと回して、アタシの左腕を艤装の下から叢雲お姉さんの腰に回して支える。

 

 二人で上空を警戒をしてくれている艦載機に手を振ってから、ゆっくりと瀬戸内の内海を進み始めた。

 

「……朧。ありがとね」

 

 照れくさそうにそう言ってくれた叢雲お姉さんに、アタシは自分に預けてくれる体の重みが本当に嬉しくて、涙を見られないように目を伏せた。

 

「いいえ、無事でよかったです……本当に」

 

 顔を伏せたアタシの様子に、叢雲お姉さんが少しだけ笑う様子が伝わってきて、回してくれている右手でアタシの肩を優しくぽんぽんと叩いてくれた。

 

「ついでに司令官も、ありがとう。救援がなかったら危なかったわ……」

 

「無事ならそれでいい。さぁ、留守をしてくれている二人も首を長くして待っているだろう。戻ろう、我々の母港に」

 

 その言葉を聞いて、アタシと叢雲お姉さんは至近で目を合わせて、自然を笑みを浮かべてしまう。そして二人で頷いて息を吸うと――。

 

「「はいっ!」」

 

 もう恐怖も絶望も感じはしない。

 先導するように先を行ってくれる呉の艦載機を見上げて、アタシは希望を抱く。

 

 そして西へと向かう太陽を追うように、母港へと向かって進んでいく。

 

 ――曙、漣、潮。

 

 待ってるから。

 

 太陽を反射した海面はキラキラと光っていて、まるでアタシの抱く希望が溢れたようだった。

 

 




 なんでこんなに長くなったんだろう……わからない。

 他の艦娘にも言えることですが、朧はこんなんじゃない! って思われた方、ウチの朧はこんなんなんです! とだけ言わせて下さい。
 申し訳ない。

 正直まだ推敲も出来ていないんですけど、とりあえず取り急ぎ投稿しちゃいました。
 本当に難産だったんですわ……。

 それとこの現在進行形で広がり続ける尺と風呂敷を畳める気がしないので、とりあえずは最初に参加したイベントまでを書ききることを目標に頑張ってみます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。