瀬戸内の提督日誌   作:シヴ熊

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フフ怖さん着任。
今回一か所史実をねつ造している部分があるので、そういうの受け付けない人は気をつけて下さい。
問題の詳細は下記に。

※海軍の偉い人と天龍乗員の会話は私の妄想でありフィクションです。事実に基づいているわけではまったくありませんので、ご容赦下さい。

評価、感想ありがとうございます。
とても嬉しいです。


天龍型軽巡洋艦一番艦天龍ー着任ー

 本当にひでぇー時化だ。

 目の前の、ほんの数メートル先の視界すら怪しいほどに雨粒に塗れた風が吹き荒みやがる。

 波のうねりが激しく波が寄るごとに視界が体ごと十メートルぐらい上下して、まるで得体の知れない化け物が眼下の底に広がる海の中でのたくってやがるようだった。

 だけど今はそんなことは問題じゃねーし、些細なことだ。

 問題なのは目の前で、オレと同じように荒れ狂う海のど真ん中に居ながらも、微動だにせずそこに存在し、幽鬼のように光る眼でオレを捉えたまま離さない――ヤツの存在だ。

 

 背負った艤装が混燃式缶の熱でギチギチと音を立て、回るタービンが唸りを上げる。艤装の両サイドに付いている主砲にオレの意思が伝わり、14cm単装砲一門がヤツへと砲門を向けてその時を待つ。

 

 だがオレはまだ撃たない。

 

 軍艦の――それも軽巡洋艦の兵装は大別すれば主砲、副砲、魚雷、機銃、爆雷だ。

 だが今のオレはただの艦艇じゃねぇ……艦娘だ。

 

 主砲の射撃による衝撃とその放熱を肌で感じるのも悪くはねぇ。

 魚雷を敵の横っ腹にブチ当てて、船体をへし折るのも悪くはねぇさ。

 

 暴れる風が濡れた前髪を掻き乱して、ほつれた髪の束が何度も渦巻く風によって額を叩いてきやがる。いい加減鬱陶しくなって人差し指と中指が指貫になっている手袋を嵌めた右手で髪をかき上げた。

 開けた視界の先で、まるで水に濡れた死体が全身すっぽり布を纏ったような姿で立ち、唯一口を開けている顔部分には濁った闇が溜まっていて、いくら目を凝らしてもヤツの顔を確かめることは出来ない。

 

 髪をかき上げた右手を頭から降ろす途中で右手が何か硬い物に当たる。視界にヤツを捉えたまま視線だけを僅かに落とすと、そこには鞘に収まった一振りの刀があった。

 柄の先を手の平で撫でながらそのまま手を下ろすと、しっかりを柄を握り込んで一息で抜刀する。抜き放った刀の峰は鈍色で刃は赤く、船体を模しているかのようだ……めっちゃカッコイイ。

 

 艦だけではなく、人でもあるならば――白兵戦をしないなんて勿体ない! そうオレの中で滾る闘争心が叫んでやがる。

 戦いたい。

 死ぬその瞬間まで、オレは戦いたいんだ。

 だからオレは刀を構える。

 すると、布被りのヤツは何処からともなく槍を――いや、アレは()()か? ――を取り出すと、それを上段に構えてピタリと止まった。

 

 ――上等じゃねぇか。

 

 内から湧き上がる戦いの喜びにオレは全身を震わせた。

 

 戦いたい。

 戦う相手は敵だ。

 なら敵は強い方がいいに決まってやがる。

 

 そしてオレには分かる。

 今目の前にいるコイツは強ぇっ!

 

「いくぞオラァっ!」

 

 この豪雨の中で届く訳ない叫びを上げて、オレは最高潮に暖まった缶と心に檄を飛ばして一気にヤツに向かい、波のうねりがオレを波の頂点に持ち上げてヤツが波と波の底に位置した瞬間、一気に波を滑り落ちる様に接近し、大きく刀を振りかぶった。

 

「オラァァァっ!」

 

 裂帛の気合と共にオレは――。

 

『ダメだよ、天龍ちゃん? ちゃーんと訓練は受けてね~?』

 

「はっ!? えっ?」

 

 場違いなのんびりとした口調に何故か力が抜けてしまい、オレは間抜けな声を上げながら海面に顔面からダイブした。

 

「――ぐもふっ!」

 

 あの勢いでいったにしては中途半端な硬さの海面にぶつかって無様な声を上げると、上からもう一度あの声が聞こえてきた。

 

『ほら、天龍ちゃん。早く起きないとダメだよ~? えいっ♪」

 

 痛む顔を何とか起こして見上げると、布のフードがいつの間にか後ろに脱げて紫がかった髪の中にある同じ色の瞳が妙に優しく笑って、オレの脳天に峰に返した薙刀を容赦なく振り下ろした。

 

「いってぇぇぇっ!」

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

 鈍い痛みの中で何かが聞こえてきやがる。

 

「――ゅう」

 

「――りゅう」

 

「――天龍ったらっ」

 

 意識がハッキリし出すと聞こえてくるのは自分の名前を呼ぶ声。そして鈍かった痛みが段々と鮮明なものになってきて、やたらと痛んだ。

 

「起きなさいったらっ。自分から早朝マラソン参加したいって言ったんでしょうっ」

 

「――お、おぉ?」

 

 目を開けると目の前には薄い緑色の床。

 鈍痛がする頭を右手で押さえながら左手で床を押して上体を上げる。バサリと下りた前髪を適当に手で跳ね除けながら周囲を見渡すと、昨日宛がわれた四人部屋の中だった。

 

「まったく、ベッドから落ちるなんてどんな寝相の悪さなのよ」

 

 呆れたような声音の主は、この泊地の初期艦である叢雲だった。先任であり既に戦闘を経験して戦果まで挙げてるスゲー奴。

 隣を見るとオレが昨日寝たベッドがあって、どうやらオレはそこから落っこちたらしい。そしてもう一度視線を移すと、すぐそばに一冊の冊子が落ちていた。

 それは昨日の夜、提督に頼み込んで借りた叢雲の初出撃となった戦闘の報告書。すぐに戦闘をしてみたいと意気込んではみたけど、それが許されるわけもなかった。チキショー。

 ならせめて艦娘がどんな風に戦うかを知りたくて、叢雲が提督と共に挑んだという初陣の記録を読ませてもらったわけだ。

 寝る間際まで読んでたわけだが、感想としては――超カッコイイ!

 特に最後の叢雲が両舷一杯の状態で敵を陽動して、自分が目くらましと共に放った魚雷から意識を逸らせ、最期は格上の軽巡型深海棲艦と超至近距離に迫っての戦闘!

 なにより最高なのは、とどめが主砲や魚雷じゃなくて、槍を使って白兵戦で仕留めたってところにめっちゃ燃えた!

 主砲も魚雷も尽きた状態からの、最期の賭け。

 なにそれ超カッコイイんですけど?

 

 そんな風なことで興奮を抑えきれずに寝たわけなんだが、あんな夢を見たのはそのせいかもしれねぇーな。

 頭の痛みはこの冊子が落ちていきたからかよ。

 ったく、言われなくてもちゃんと訓練受けるってーの。

 

 そんなことをぶつぶつと内心思っていると、窓から入ってきた風が冊子をパラパラと捲って、まるで冊子がオレを笑ってるようだった。

 

 けっ! 可愛くねぇーな!

 

「まったくもう、私は正面玄関の近くにいるから着替えて早くきなさいよ?」

 

「おーう、すぐに行くぜ」

 

 体操着にブルマ姿の叢雲に手をヒラヒラさせてそう言うと、オレも立ち上がって寝ていて硬くなった体の凝りを適当にほぐす。そして昨日の時点で受け取っていた運動用の服に手早く着替えていると、ふと視線を感じた。

 

「お?」

 

 視線を感じた方へと目を向けると、二段ベッドの上段で落下防止用の木製手すりの隙間から青い瞳がじっとオレの方を見ていた。

 

「おう弥生。起こしちまったかよ?」

 

「お、おはよう……叢雲が来る前から起きてたから……大丈夫」

 

「なんだ、お前早起きなんだな」

 

「そんなこと、ないよ……」

 

 横向きに寝たまま話しかけてくる弥生に口元が緩むのを自覚しながら反対側にあるベッドに目を向けると、眼鏡をはずした望月とやたらと寝相の悪い睦月が寝ているのが目に入る。

 

「ま、少なくともこの部屋だと一番早起きだったわけだ。でもそんな前から起きてたのに、(とこ)から出ずにお前何してたんだよ?」

 

 視線を戻すと、掛布団替わりの大きなタオルケットを引き寄せて顔の半分――鼻くらいまで隠した弥生がいた。

 

「――たの」

 

「んん? 聞こえねぇーぞ?」

 

「お――イレ……行き――けどっ分から――ってた」

 

「シャキッと喋れって、ちゃんと聞いてやるからよ」

 

 なんでか知らねーけど、ハッキリと喋らない弥生。分かりづらいところはあるけど、自分の考えてることとかは結構ハッキリ言えるヤツだと、昨日の印象では思ってたんだけどなぁ。

 なんだ? なんか事情でもあんのか?

 

 しゃーねぇーなぁ。 

 

 タオルケットの中でモゴモゴと喋る横向きの弥生の傍まで行って、オレが寝てた一段目のベッドに左足を掛けて登って、弥生の顔が覗いてる柵の枠に顔を寄せる。

 目の前には顔の半分を隠した弥生がいて、目線の高さも合わせて超至近でもう一回聞いてみる。

 

「んで? なんだって?」

 

「おトイレ、行きたくなったん……だけど、場所分からなくて……明るくなるの、待ってた」

 

 あ~……なるほどな。

 そりゃ小声にもなるわな……よく見ると露出している顔は恥ずかしいからなのか、単純に我慢しているせいなのか分かんねーけど、若干赤い。

 

「でもお前さ、昨日睦月たちに本棟の中を案内して貰ったとき、ちゃんと起きてなかったか?」

 

「んーん……実はほぼ、寝てた」

 

「表情は完全にいつも通りだったけどな……」

 

「すみません、表情硬くて……」

 

 そのままタオルケットの沈んでいきそうな弥生の肩を左手で押さえて、そのまま軽く揺さぶる。

 

「まー待て待て、場所はオレが覚えてるからトイレ行っとけって。おら、いくぞ」

 

 そう言ってやると、ようやくタオルケットから顔を出した弥生はコクリと頷いた。

 

「ありがとう……天龍さん」

 

「いいから降りてこいって、あんま我慢すると体に悪いって提督が昨日言ってただろ?」

 

 登るときはスルスルっと登ってたけど、なんかおっかなびっくり降りてきてるな……。

 仕方ねぇーから、二段ベッドの上から降りようとしている弥生の両脇に手を差し入れて支えながら降ろしてやる。

 

「ありがとう……」

 

「あいよ。ほらそれよりさっさと行こうぜ」

 

 顔を上げてオレを見上げている弥生の手を引いて、朝の空気が立ち込める廊下へとオレたちは出て行った。

 

                            ⚓⚓⚓

 

「ハッ――ハッ――ハッ――ッ!」

 

 

 お天道さんが東の空に昇って、まだ幾分加減してくれている朝陽を放ってる。

 オレはそれを見上げながら視線を正面に戻すと、そこにはオレの先を走る提督の背中があった。

 

 第一印象は――指揮官寄りの水兵、って感じだな。

 

 司令服に着られてるってこたぁーねぇけど、まだ風格とか威厳みたいなモノは足りねぇ気がする。少なくとも()()時代で司令服着てた人らは、それこそ姿を見れば新兵なら震えがくるような雰囲気を持ち合わせてた。

 

 けどよ――悪くはねぇんだ。

 

 建造ドックで最初に目が合ったとき、背中にゾワゾワってきた。優しい眼差しって言ってもいいくらい穏やかな目だったが、アレは絶対にそれだけじゃねぇ。

 地獄を見て、それを乗り越えた兵士(オトコ)の目だ。

 他の連中がどうかはわかんねーけど、オレはああいう目が出来るヤツは好きだぜ。オレらみたいな存在の上に立つ人間は、本当の戦場を経験しているかいないかでオレらとしての評価は全然違うからな。

 戦場を見たことのないヤツと話をすると、認識のズレってのをイヤってほど痛感する――らしい。机上で駒を並べて無茶苦茶な作戦を立案して、さも名案だとばかりに悦に浸る。そして何よりも質が悪ぃーのは、その連中が戦場で戦う艦艇(オレ)たちを駒と同価値にしか思っていないことだ。

 まぁオレたちの事はいいけどよ。オレたちに乗艦してる水兵たちは生きてるし、帰りを待つ家族だっていた。

 ただの鉄の塊でしかない艦艇(オレ)たちにだって、姉妹艦や僚艦を大切に思う気概はあったんだ。だったら生きて感情を持った人間がどうかなんて、考えるまでもねぇーじゃねぇか……。

 

 戦闘で死んだ仲間を抱えて慟哭する者。致命傷を負って気が狂いそうな痛みの中で、裏に遺言を綴った家族の写真を握り締めて、それを仲間に託した者。体が欠損するほどの重傷を受けてもなお、魂を絞り出すような叫び声を上げながら機銃を撃つ手を止めなかった者。

 

 オレは覚悟を持った人間の生き様ってヤツが好きなんだ。

 

 だからオレは、今オレの前を走ってる提督の事を一目見た時から気に入った。

 見た目の印象なんて一瞬のもんだ。年齢からくる貫禄なんざ、ソイツが本気(マジ)で生きてるなら自ずと付いてくる。

 大事なのは、今のソイツが覚悟を持って生きてるかどうかだ。

 そしてこの古島湊って提督は、大した覚悟を秘めて生きてやがる。

 それがどんな覚悟なのかは分からない……けどよ、軍属の男が組織の中で何かを背負って生きようってんだ、それは生半可なことじゃねぇ。

 

 ――いいぜ。いいじゃねぇーか。

 

 オレはそんなアンタの背中を追っかけていくまでだぜっ!

 

「ハッ――ハッ――ハァッてかよぉ、お前ら速すぎじゃねぇ!?」

 

 現在進行形で追っかけてるけどよぉ! ちっとも追いつけれねぇ!

 そりゃこちとらこの世に生まれてから、歩き出して十一時間少々、走り出して十数分の身だけどよぉ! これでも世界水準軽く超えてる装備付ける予定なんだからなっ!

 負けてられねぇーんだよ!

 

 うおぉぉぉぉぉぉっ!

 

 追いつくことはできねぇけど、何とか付いて行くことは出来てた。だけど島の北端まで行ったところで先頭を走る提督が段々とペースを上げ始め、段々と小さくなる提督を追うために歯を食いしばって脚を動かした。

 だけど、全然追いつけない。

 それどころか叢雲にさえ段々と差を広げられて、遂には視界から消えた。

 提督からはマラソンを始める前にペース配分は各自で自由に設定するようにと言われていた。自分の身体と向き合うためにも、自分で考えて無理なく走るようにとも言われた。

 そしてオレは提督と叢雲に付いていこうと走った結果が、これだ。

 

 悔しいか悔しくないかと訊かれれば、悔しいに決まってる。

 ここで悔しいと思わないようなら、オレにこの先はないってハッキリ分かる。だからオレは不甲斐ない自分に腹を立てながら、提督や叢雲が今のオレよりも凄い奴らなんだってことを認める。

 自分自身のことを正確に把握出来ない奴は、自分以外の人間を軽く見る。他人を認めない奴は驕りと自惚れに塗れて、どうしようもなく中から濁っていく。

 それを知ってるからこそオレは、自分の在り方を他人のせいに――他人任せになんてしない。オレのことは全部オレのモノだ。

 戦果や功績は仲間や部隊と一緒に喜べばいい。

 だけど自分(オレ)の成長や限界を決めるのは自分(オレ)自身だ。

 別に提督や仲間にそういったことを指摘されたくない――とかじゃねぇんだ。そんな一匹狼みたいなことを気取りたいわけでもない。

 ただオレは、オレが天龍(オレ)であることを絶対に曲げねぇ。

 

 だからオレは下がりそうになる顎を上げて、足元を見そうになる視線を遠くへとやる。軽かった身体は段々と重さを増してきやがるし、呼吸を安定させないと段々と喉の奥で鉄の味が広がるような感覚に陥る。

 けどオレは走ることを止めない。

 立ち止まってる暇なんて、今のオレにはありゃしねぇんだ。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 マラソンが終わった後、シャワーを浴びて提督室で提督が作った朝食を食べる。

 昨日の夜にこの姿になって初めて食べた食い物は握り飯だった。昔のオレに乗っていた水兵たちも外洋に出てしばらく経つと、よく握り飯を食べていた。

 それをオレ自身が食べることになるなんて、なんか不思議な感覚なんだけどよ。

 まぁーこれが美味いんだわ。

 昔と今だと食料事情も全然違うんだろうけどよ。

 腹減ったってぼやいてた水兵にこれ食わしたかったなぁ……なんて考えながら、大皿に盛られた握り飯の山に何度も手を伸ばしたぜ。

 今朝は握り飯じゃなくて普通に茶碗に盛られた白米だったけど、これも当然美味い。おかずは一人一人にではなくて、昨日の握り飯のように大皿で三品あって食べたい量を自分の小皿に取り分けて食べる様に言われた。

 昨日までは個人個人におかずを分けていたらしいんだけど、人数も増えてきたから大皿でドーンと盛り付ける形式にしたらしい。

 オレとしてはむしろこっちの方が好きだけどな、気に入ったモノを多めに食えるし。

 

「つーわけで、ウインナ-はオレが貰った!」

 

「あー! 天龍さんがウインナーをモッサリと持っていったにゃしぃ! でも睦月はウインナーよりも炒り卵狙いなのでセーフ!」

 

「うぉぉぉっ! ウインナーあたしももっと食べたいってぇぇぇっ」

 

 オレがウインナーの大皿からごっそりとウインナーを持っていくと、睦月が大袈裟な叫び声を上げながらしれっと炒り卵の皿に手を伸ばし、その隣で望月が珍しく大声を上げている。

 

「望月……落ち着いて、まだまだあるよ……あ、朧さんお茶どうぞ」

 

「うん、ありがとう。でも弥生ちゃん、朧のことは朧って呼んでもらっていいよ?」

 

「んっ……ありがとう。でも弥生は……朧さんって呼びたい、かな」

 

 朧からお茶を受け取ってる弥生は無表情だけど、ありゃー照れてるな。けど弥生はマジな姉妹艦(みうち)だけ呼び捨てにしたいタイプなんだろうな。まぁ、身内に過保護になる理由も分からんでもないし、周囲に壁作ってるわけでもないから、まぁいいだろ。

 

「弥生ちゃんがそれでいいならいいけど。あ、響ちゃん取ってあげるね。これくらいでいい?」

 

Спасибо(スパスィーバ)。うん、それくらいでいいよ」

 

「響は小柄なのに結構食べるんだね。僕も負けてられないかな?」

 

「提督の作るご飯はどれも美味しいからね。でも沢山食べて大きくなれるなら、私は歓迎さ。こんなに美味しくて自分の成長にも寄与するなんてね、хорошо(ハラショー)

 

 この中でも一番身体の小さい響がモリモリと食べるのを見て、時雨が驚いてるな。てか、響は時々日本語じゃない言葉使ってるよな……まぁいっか。提督が何も言わないところを見ると、問題ないことなんだろ。

 

「ちょっと天龍、ウインナーばかり食べてないでちゃんと野菜も食べるのよ?」

 

「へいへい、分かってるって叢雲(かーちゃん)

 

「誰がかーちゃんよっ!」

 

 面倒見のいい叢雲が世話を焼いてくれるから、ちょっと茶化したら顔を真っ赤にしてツッコミを入れてくる。

 

「ふふっ、でも今の叢雲は確かにちょっとお母さんぽかったかも……」

 

「ちょっと時雨!?」

 

 時雨が乗っかってきて食卓は笑いに包まれた。

 叢雲も怒ったフリはしているけど、目が笑っているから大丈夫だろ。ああ見えて分かりやすい性格してるから、からかう方としてもやり過ぎないで助かるぜ。

 

 朝飯を食い終わって、提督が食器を下げると睦月たちが『洗い物お手伝します!』って言って付いて行った。提督室に残ったのはオレと叢雲だけか。

 叢雲は提督に渡された書類をダンボール机の上で書いている。オレは窓辺に座って片膝立てて窓の外を見ていた。

 外からは蝉の鳴き声が賑やかに響いて、夏を謳歌しているようだ。

 

 提督の支度が済めば、この後は(おか)での訓練を兼ねて泊地の施設整備をするらしい。睦月や望月、朧の話によると『土木さぎょ~!』、『肉体労働ぉ』、『とても為になることです……多分』だそうだ。

 まぁ、オレも叢雲がしてるような事務方作業よりもそっちの方が性には合いそうだな。体を動かすのは楽しいし、楽だ。

 

「ねえ、天龍」

 

「あん?」

 

 書類から顔を上げた叢雲が声を掛けてきた。

 

「合流した時に睦月たちと話していたこと。第六水雷戦隊ってアンタが旗艦だったの?」

 

「いいや、違うぜ。確かあの時の旗艦は夕張だったはずだ」

 

「あ、そうなのね。でもそれならよくあの娘たちの所属していた部隊のこと知ってたわね。同じ作戦に従事してたの?」

 

「おう。()()戦いが開戦してすぐに、オレは第十八戦隊として攻略目標の島に対地攻撃をやりに行ってたんだけどよ。その時の攻略本隊が夕張率いる第六水雷戦隊だったんだ」

 

「ふーん、そういう縁だったのね」

 

「ああ、アレもひでぇ戦いだったぜ。事前の報告だと敵の防衛戦力はほぼ無効化したって話だったんだが、蓋を開けて見れば陸上砲台はかなり生き残ってたし、戦闘機も残ってた」

 

 虚偽の――いや、正確性に欠く戦果報告ってやつだけどよ。これにオレたちは何度も踊らされてたんだ。

 

「反撃を受けて疾風と如月が沈んじまってよ。まぁー睦月の落ち込み方が尋常じゃなくてな、今みたいに人の形してたら後を追って海に飛び込んじまったんじゃねーかなって思うくらいになぁ……」

 

「そう……僚艦を、それも姉妹艦を失うのはとても辛いことだもの。仕方のないことよ」

 

「ああ……だからもし、オレ()()第十八戦隊が一緒に戦えていたら、違う未来もあったのかもしれないって、思うこともあったんだ。戦争(いくさ)()()()なんてしょうもねぇことなのは百も承知だけどよ」

 

 顔の前に手の平を上げて窓の外――東の空にある太陽に向けて光を遮るようにかざす。夏の日差しは朝でも容赦なさそうだが、それでも昼に比べりゃ大分柔らかめな朝陽がオレの手の平を透かすように照らした。

 朝陽を遮った手の指から漏れる光りに、髪で隠れていない右目を細めて太陽を握るように右手を握り込む。

 

軽巡(オレ)らは駆逐艦(オマエ)らの姉貴だ。重巡や戦艦の人らがそうであるように、オレらはお前らを引っ張って行って守ってやらねーといけねぇ。別にそれは義務とか役目だからとかじゃなくて、軽巡(オレ)らを信じて後に続いてくれる駆逐艦(オマエ)らを命張って守るのは、軽巡(オレ)らの使命だって、オレは信じてる」

 

「そうね……私もそんな貴方たちだからこそ、信じてついていけるんだと思うわ」

 

 いつの間にか熱を入れて喋っちまってたらしく、ペンを机に置いた叢雲が少し背筋を伸ばしてオレの方に向いてそう言った。

 

「へっ。柄にもない事言ってたな。忘れてくれ」

 

 ちょっと頬が赤くなるのを自覚しながら、鼻の下を指で擦ってそっぽを向くと、叢雲から少しだけ意地の悪い声音が聞こえてきた。

 

「私はそうしてあげてもいいけど。他の娘らはどうかしらね……?」

 

「あん? えっ!? お前ら――っ」

 

 叢雲の言葉に不吉なものを感じて慌てて扉の方に目を向けると、扉の隙間に六対の瞳がこちらを覗き見ていた。

 そして扉が勢いよく開くと、涙と鼻水でグシャグシャになった顔で睦月が突っ込んでくる。

 

「てぇんりゅぅしゃぁぁんっ!」

 

「だぁぁぁっ!?」

 

 ダイブしてきた睦月を慌てて受け止めたが、すぐに望月と響が続けざまに飛び込んできて倒壊する。

 

「ちょ、お前ら重てぇーっての!」

 

「むちゅきはぁ……睦月はぁ感激なのですぅぅぅ」

 

「いいとこあるじゃん……」

 

「……хорошо(ハラショー)

 

 クッソっ! 柄にもないこと真面目な顔して言っちまっただけでも業腹なのに、なんで泊地にいる駆逐艦全員に聞かれてんだよっ!

 畳の上に倒れたオレの腹の上に睦月、望月、響が乗っかっていて、ちんちくりんな三人とはいえそれなりに重てぇんだよっ!

 おらっ! そこの叢雲含めた四人組! 見てないで――ゔぇ?

 おい、待てよ。

 なんで朧、弥生、時雨――何お前ら見詰め合って頷いてるんだよ……やめろよ!? 

 振りとかじゃねぇからな!? 

 なんでジリジリ近づいてきてんだよ……こら時雨っ! お前だけ顔が少し半笑いになってるぞ!

 やめろって……分かるだろ? 声が既に出ない程度には圧かかってるんだっての!

 あっ……マジだこいつら、あ……あぁぁっぁぁぁっ!

 

「騒々しいわね……大丈夫?」

 

 大丈夫なわけねーだろっ! 叢雲っ!

 

                            ⚓⚓⚓

 

 蝉が命すり減らしながら鳴いてる最中、中天近い太陽の下でオレは一心不乱にツルハシを振っていた。

 ついさっき記憶が一時的に飛ぶくらいの滅茶苦茶酷い目にあったような気がするが、今はその鬱憤を晴らす為にツルハシを振って古く劣化したアスファルトをガンガン穿っていく。

 オレの近くでは提督が電気式の削岩機を使って同じく地面を掘り、叢雲と朧と時雨がスコップで砕けた敷材をすくって手押し車に載せて、それを睦月、望月、弥生、響が決められた場所へと捨てるのを繰り返していた。

 

 燦燦と照り付ける太陽の下で黙々と身体を動かす作業をしてると、自然と汗をかいてくる。

 作業をしているオレが今着ているのは、上は叢雲たちが着ているモノとほぼ同じ白い体操着で、下は叢雲たちがブルマってヤツで、オレはハーフパンツってモノをはいてる。ブルマってのも動きやすそうで良さそうだけど、提督が言うにはアレは駆逐艦用に用意されているもので、オレたち軽巡にはこのハーフパンツってのが正式採用されてるらしい。

 まぁ風通しいいし動くの楽だし、オレは結構気に入っているけどな。

 あとおまけで全員が『児島』と書かれた前つばしかない帽子を被っている。

 

 ガンガン地面を穿つツルハシの先端に注視しながら、力の入れ方や腰を入れての重心の安定に意識を向ける。

 最初は力任せにガッツンガッツン地面をぶっ叩いて回ってたんだけど、すぐに手は痺れてくるし自覚出来るくらいに疲れも感じ始めた。

 オレたち艦娘は艤装を装備してれば艦艇だった頃と同じ馬力を発揮出来て、艤装がない状態であっても必要に応じて元の百分の一程度の力は発揮できるらしい。だけど、それは自然体であったり適切な身体の使い方をしないとダメらしくて、最初オレがやっていたようなただ力任せに体を動かして腕を振るうような無様なことをすると、人並みに疲れちまうようだ。

 オレとしてはもっとこう簡単なことなんだと勘違いをしていたんだけどよ。そんなオレを見て提督がツルハシの使い方を全部教えてくれた。

 柄の握り方に握る力加減、立ち位置に軸足、振り上げてからの振り下ろすまでの重心の移動、目標地点の定め方と視点の固定。

 教わったことを実践してみると、驚くほど順調に地面を穿つことが出来た。しかもさっきみたいに仕損じて手が痺れることも滅多になくなって、疲れ方も全然違っていた。

 

 すげぇ……これが生きた身体の使い方ってヤツなんだな。

 艦艇だった頃とは全然違う。

 そもそもあの頃は船体(カラダ)の大部分は乗員の水兵たちがやってくれていた。オレたちは気分や機嫌なんていう曖昧なモノで、それらに影響を与えていただけだ。

 だけど今のオレらは違う。

 自分の意思で身体を動かし、自分の考えで工夫して物事を上手くこなすことができる。

 

 ――すげぇなぁ。

 

 ――人間ってのはこんなにも自由で、こんなにも不自由なんだ。

 

 考えていると口元がにやけてくるぜ。

 既にオレは提督が削岩機で地面を割るよりも早いペースで地面を砕いている。だけど、提督にオレくらいの力があれば、きっとオレなんかよりももっと早く地面を砕いていくことが出来るんだ。

 そう思うと、もうたまんねぇ。

 多分オレは今めっちゃいい顔で地面をぶっ壊してると思う。

 

 だってオレは今、すげぇ嬉しくてすげぇ楽しいんだ。

 

「天龍さん、何だか嬉しそうだね?」

 

「おう、オレは今めちゃ機嫌いいからな」

 

 オレの砕いた敷材を回収するために、ツルハシを振るうのに邪魔にならない程度に距離を取った位置で作業をしていた時雨が、提督から貰った手拭いで汗を拭いているオレを見て目を丸くしている。

 

「そうなんだ……作業が楽しいのかい?」

 

「おう、それもあるけどよ。このツルハシ一本振るうにしても、提督に教えてもらったことを実践出来れば上手く使うことが出来ちまう。ならきっと他のことも最初分からなくても、自分で工夫したり教えて貰えれば同じように出来るようになる。そう思うと、楽しみにならねぇか?」

 

「それは――うん。そうだね。僕もそう思うよ」

 

 時雨は自分の持つスコップを見た後、提督に視線を移して頷いた。そういえばこいつも提督にスコップの使い方を教えてもらってたな。ならオレと共感できるモノがあったんだろう。

 提督の方に目をやると、朧が汗で剥がれた頬の絆創膏を提督に貼り直してもらっていた。

 

「天龍さーん! 睦月たちドンドン運ぶからドンドン掘っちゃってねっ!」

 

「睦月走るなよぉ~危ないだろー」

 

「弥生……まだまだ余裕、です」

 

「私もまだまだ余裕さ。Ура(ウラ)

 

 空になった手押し車を押して戻ってきた睦月が元気に手を上げ、その後ろから望月と弥生と響が追いかけてきた。

 

「へっ。お前らオレの破砕スピードについてこれんのか?」

 

『上等っ!』

 

 四人の重なった声に笑みを浮かべて、オレはまた大きくツルハシを振りかぶった。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 昼食後、オレたちは工廠に向かっていた。

 午前の作業が終わってから、汗をシャワーで洗い流して飯を食った。

 あーラーメンと焼き飯美味かったなぁ……。

 んで、その後しばらく窓を全開に開けた提督の部屋で全員雑魚寝して涼んでたんだが、心地良い疲労感ってのはまさにあのことなんだろうな。

 提督と叢雲はダンボール机を囲んで執務してたけどな。

 時間が来て午後の行動に移った訳なんだが、今は提督の後に続いて工廠に向かって移動中だ。

 

 歩きながらふと自分の目線の下で揺れるものへと目を向ける。胸部から張り出すように大きいソレは、駆逐艦たちとは明らかに違い歩くたびに揺れる。

 正直なんか重てぇし午前の作業でも、ツルハシ振るうたびにやたらと下着の中で上下に揺れるし、邪魔くせぇ。 これのせいで速力落ちたりしねぇーだろうなぁ……。

 なんでこんなにオレだけでけぇんだよ……ってシャワー浴びてる時に触っていると――。

 

『ふぁっ?! 大きい大きいと思ってたけど、やっぱり天龍さんおっぱい凄い!』

 

『あん?』

 

『おぉー、ホントだ。かっけぇー』

 

『弥生……ぺったんこ』

 

『凄い、大きい』

 

『軽巡の天龍さんでそれなら、戦艦のあの二人だと……』

 

『うん。凄い……でも、私だって大きくなるさ』

 

『アンタたちねぇ……』

 

 口々に人の胸見て感想を言ってくる駆逐艦たちの胸に目をやる。

 並んでいる順に睦月、望月、弥生、朧、時雨、響、叢雲。

 膨らみかけ、ぺったんこ、ぺったんこ、明確な膨らみ、微妙な膨らみ、ぺったんこ、 微妙な膨らみ。といったところで、確かにオレのに比べると山と丘くらいの差があるな。

 でもなぁ、あったからって邪魔にしかならんだろ。

 

 そう言ったオレに対して駆逐艦たちは絶対あった方が格好いいとか憧れるとか、何故か肯定的な意見が向けられて戸惑う。

 そうかぁ? あった方がいいのか、コレ?

 

 どうもオレだけ特に頓着というか関心が薄かっただけで、胸が大きいかどうかは女にとって結構重要な問題になるらしい。

 ま、言われてみればオレにふさわしいモノだって思えてきたぜ。

 フフンっと胸を張る。

 

 なんてことを考えていると、いつの間にか工廠に辿り着いていた。

 工廠内は静かなもんで、工業機械が出す作業音なんかも聞こえず閑散としている。他の連中も同じことを思ったのかキョロキョロと周囲を見渡している。

 

「君らの艤装の整備も一通りは終えているからな。叢雲の破損した艤装の修理を夜通しやってもらって、今は大半の工廠妖精たちには休んでもらっている」

 

 工廠が静かなことを気にしたオレらに気づいた提督が理由を説明してくれた。加えて工廠を主導する工作艦の艦娘が着任するまでは、工廠の真価はまだ発揮されないらしい。

 と――それはともかく、今提督が聞き捨てなんねぇこと言ってたな。

 

「おい、提督。ここに来た目的って……」

 

「察しがいいな、天龍――」

 

 提督が一つの扉の前で立ち止まった。両開きの大きな扉で、その向こうはそれなりに広い空間だということが雰囲気で分かる。扉の上には『第一整備室』という札が掲げられていた。

 

「――そうだ。君らと共に生まれた艤装がここにある」

 

 提督が扉を開くと、そこはかなり開けた空間で工業油と鉄の匂いが濃い。

 部屋の北側の壁に六個の縦横三メートルくらいのシャッターが並んでいて、そのシャッターから天井伝いに南側へ向かって一直線に天上クレーンのレールが伸びている。

 白いコンクリート敷きの床は排水を意識してか所々に浅く細い溝が掘られて、緩めの傾斜が設けられ四方の壁近くには鉛色をした排水溝の蓋がグルりと部屋を囲んでいた。

 そしてオレが何よりも注目しているのは、天井クレーンのレールの先に四つの台座が設置されていて、その上にそれぞれに形の違う艤装が四基置かれていた。

 

「君たちの分身だ。まだ装着は許可できないが、まずはじっくりと触れてみてくれ」

 

 その許可の言葉が終わらない内に、オレたち四人の身体が自然と艤装へと向かって足を進めさせていた。

 どれが自分の艤装かなんて、改めて教えてもらう必要なんてない。自分の半身を見間違うなんてことがあるはずねぇんだから。

 オレは迷うことなく一番手前に置かれた艤装へと走り寄った。

 

 他の三人よりも一回りは大きい艦艇時代の艦橋を思わせる主装部。それを挟むように左側に14cm単装砲一門と右側に53cm三連装魚雷発射管が備え付けられている。

 触れるほど近くまで行き、じっと自分の艤装をじっと見つめると懐かしさと安堵を感じる。やっと自分が天龍(じぶん)であることを実感できた、そんな気持ちすら感じる。

 

「天龍、どうだ?」

 

「ああ、最っ高だぜ……」

 

 近くに来た提督に返事をしながらも、オレは艤装から目を離せないままでいた。

 艦艇時代、竣工時は世界標準を越えた性能を確かに持っていた。だけど軍事技術は日進月歩ってヤツだからな……。

 

「提督。オレは口では世界水準軽く超えてる……なんて言ってるけど、自分の事だからよ。本当は全部分かってんだ。被弾回避を念頭に小型化したから拡張性ってヤツがオレにはなかった。だからよ、後発の球磨型、長良型、川内型を見ていてオレには奴らに勝てる性能はないって諦めてたんだ」

 

 髪に隠れていない右目で艤装を見ながら、朧気ながらも憶えている当時のことを振り返る。提督はそれを黙って聞いてくれていた。

 

「それでも前線で戦えている内は良かったんだ。性能不足や型遅れなんて言葉を聞きながらでも、オレは意地になって戦っていたんだ。けどよ……あの大戦の最中、戦局が怪しくなり始めた頃だ。南洋で大きな戦いがあるって予感がしてた。だけど当時老朽化していたオレは遂にその作戦からは外されたんだ……足手まといだってな」

 

 当時の記憶は霞んだ思考の奥にあるって感じだが、この時のことはハッキリと憶えている。乗員共に悔しくて悔しくて仕方がなかったんだ。

 意地ではどうにもならない問題に直面して、オレは遂に折れた。

 

「内心諦めちまってたオレは、その時がきたか……ってくらいの感傷で下を向いちまったんだ。だけどよ、オレに乗ってた連中はそうじゃなかった。海軍省で行われてた作戦会議室の廊下に座り込んで、作戦参加を嘆願してたんだ」

 

 あの頃の海軍は怖っかなかったからな。オレといい勝負なくらい怖い人らが、あの作戦会議にはひしめいてたはずだ。

 だけどあの人らは折れなかったんだ。

 

「海軍のお偉いさん方に『自分たちと天龍はまだ戦える。まだやれる』って直談判してくれたんだ。お偉いさんから『その理由がただの意地ならば引け。老朽化した天龍の速度では作戦に支障をきたす恐れすらある』っていう言葉にも負けずに『我々は意地でここに来ているのではないのです。我々は水雷屋としての誇りと天龍という名艦が、この史上きっての大夜襲作戦に必要であると確信しているからこそ、ここに来ておるんです』ってな」

 

 遂にお偉いさんが折れて、オレはあの作戦に参加することが出来たんだ。

 すげぇーよな……並の事じゃねぇぜ。

 オレは心からオレに乗ってくれていた人らを尊敬し、誇りに思ったんだ。

 艤装から視線を切って顔を上げると、提督は変わらずじっと話を聞いてくれていた。

 

「オレは下らねぇ意地は張らねぇ……そんなものすぐに折れちまうって分かったからな。だけど誇りは違う。誇りは簡単には折れないし、何より意地みたいに下向いて歯を食いしばるんじゃなくて、上を向いて笑っていられるんだ。オレはあの時、あの人らのおかげで誇りを持つことが出来た。だからよ……オレにそれを示してくれたあの人らの為にも、オレが天龍(オレ)である誇りを貫き通す。この艤装と一緒になっ!」

 

 遂に艤装に触れると、艤装が僅かに光を放った。突然のことに驚いてると、艤装の影から二つの尖がった板みたいなのが飛んできた。

 

「うおっ!?」

 

 驚いて後ずさると、飛んできたそれらが頭を挟むような位置で上を向いて止まった。慌ててそれを見ようと体を捻るが、頭のその位置から動かないらしく身体と捻ってもまったく見えない。

 

「天龍。それは叢雲に付いているモノと同じ物のようだ。艤装の一部であって害のあるものではないようだぞ」

 

「ホントかよ……おぉ、触れる」

 

 提督にそう言われ手を伸ばすと、硬く冷たい感触が指先に当たる。言われてみれば叢雲の後頭部付近にも似たようなものが浮いてたな。

 まぁ、いっか。電探みたいなもんだろ。

 気にしないことを決めて、オレは改めて艤装を撫でる。

 

 それに――よ。

 人ってのは凄ぇんだ……艦艇(あの頃)のオレには無理だったけど、もしかしたら艦娘()のオレなら後発軽巡(あいつ)らにも負けないモノが得られるかもしれねぇ。

 そう思うとワクワクするじゃねぇか。

 

「天龍。第一期メンバーが揃えば、訓練を本格化して時機に遠征任務が開始される」

 

「おう、遠征か。兵站はマジで大事だからな」

 

「外洋の哨戒や海域の奪還を任されるにはまだ少し時間がかかるだろう。だが遠征任務にも会敵の危険性はついて回る。その時は――」

 

「みなまで言うなって、提督。遠征だろうが戦闘の為の出撃だろうが、任務にこだわりなんてねーよ。オレはアンタに任された事をきっちりこなしてやるさ。オレの誇りにかけてな。だから変な気をつかうんじゃねーぞ?」

 

 そう言って提督に向かって拳を突き出した。すると提督は少し驚いたような表情を見せたけど、すぐに薄く笑うとオレの突き出した拳に自分の拳を当ててくれた。

 

「頼りにしているぞ、天龍」

 

 そう言うと提督は片手に持っていた何かをオレに差し出した。それは真ん中に薄く四角いアテがあって両側に細い帯が伸びていた。

 

「これって眼帯か?」

 

「ああ、工廠妖精に渡すように頼まれていた。これも艤装に連動しているモノらしいので、常に身に着けるようにしてくれ」

 

「おう。もらっとくぜ」

 

 ずっと前髪で隠していた左目を覆うように素早く眼帯を付けると、提督に向かって胸の下で腕を組んで自身を誇るように胸を張る。

 

「オレの名は天龍。フフフ……提督、怖いか?」

 

「ああ、恰好いいと思うぞ」

 

「へへっ、だろだろ?」

 

 怖いとは言ってもらえなかったけど、格好いいも悪くはねぇーな。フフンっと機嫌よく艤装に腕を乗せてもたれ掛かると、ふと艤装が乗っている台座に何かが立てかけられているのが目に入る。

 

「おっおぉー!」

 

 思わず大声を上げてそれの傍に寄る。

 立てかけられていたのは一本の刀だった。

 ほとんど今朝夢で見たモノと同じで、鞘に収まっている姿が超絶格好いい。

 

「提督っこれもオレのなのか?」

 

「そうだ。それも叢雲と同じで白兵戦用の武装のようだな。使えそうか?」

 

「分かんねー……分かんねーけど、絶対使いこなしてみせるぜ」

 

 少し震えそうになる指先で刀を手に取ると、ゆっくりと持ち上げる。ズシリを重いそれはまさに命を刈り取る武器にふさわしい重さを持っていた。

 手の中にある刀に目を落としながら、考える。

 これだって艦娘じゃないと振るえなかったもんだ。海戦で接近しての白兵戦なんて最高にイカれてるけど、昔なら出来なかったことだからな。

 

 まずはコイツを使いこなせるようにならねーとな……その方法を考える内に柄を握ったところで、午前中にツルハシを握っていたことが脳裏を過った。そしてそのまま提督に目を向ける。

 

「提督。これの使い方って分かるか?」

 

「剣術は無理だが、剣道なら経験がある。それでよければ教えれる」

 

「おおぉーマジかよっ! じゃあ頼むぜ!」

 

 ウキウキと刀を掲げていると――。

 

「あー! 天龍さんがなんか凄いの持ってる!」

 

 睦月の声に他の駆逐艦たちも集まってきた。

 

 ――ったく、しゃーねぇな。

 

「おらっ天龍様の愛刀を見やがれ!」

 

 オレは誇らしげに刀を大きく掲げた。

 

                            ⚓⚓⚓

 

 月明りが夜の海を照らして、日中の余熱を冷ますように風が吹いている。

 蝉から選手交代した夏の虫たちが静かな音を立てていた。

 

 晩飯を食って風呂に入ってから、駆逐艦たちと取っ組み合いなんかやりつつ、消灯の時間までを過ごした。数の暴力はダメだって……ズルくね?

 消灯となって電気を消すと途端に部屋は暗くなり、目が慣れてくると月明りが差し込んでくるぼんやりした明るさと、網戸越しに吹く風でなびく薄手のカーテンの動きを感じる。

 目の前に見えるのは二段ベッドの二段目の天板。その向こうでは昨日と同じで弥生が寝ている。さっき無愛想を気にしているって悩んでる様子だったから、頬っぺた引っ張って笑顔の練習をさせようとしたんだけど、あんま効果はなかったな。

 

 眼帯を外した目を閉じて考えるのは、昼間の事。

 艤装との対面と刀との出会い。

 これならきっとアイツにだって……アイツ?

 

 ――ん?

 

 ガバっと布団から起き上って、目の前の何もない空間を凝視して考える。

 それは直感としか言えない何かだった。

 

 朝の夢

 あの口調。

 オレと同じ接近戦用の武器。

 フードがはだけて見えた素顔。

 

 ――天龍ちゃん。

 

 オレのことを天龍ちゃんだなんて呼びそうなヤツは一人しか心当たりがねぇーわ。

 

「へへっ……なんだよ」

 

 小さく口の中から漏れないように呟くと、ボフっと枕に向かって倒れ込む。

 まだここに来てもないのに、オレの心配をするってか……ったく、ガキじゃねーんだぞ。

 悪態をつきながら口の端が吊り上がるのを止められない。

 

 とっととこねぇと、追いつけねーくらい強くなってやるからな……龍田。

 あと、頭殴った事覚えてやがれってんだ。

 

 




レベリング場所が一期と二期で大きく変わったので、熟練提督さんたちが凄い場所を探してくれるのを祈っていたんですが、どうやらある程度固まってきたようなので私も少し本腰入れてレベル上げします。

でも書くのも止めませんけどね。

感想は本当に原動力になるので、いつでも歓迎しております。

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