瀬戸内の提督日誌   作:シヴ熊

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春イベの残務処理で書くことに集中しきれない今日この頃。
何故このタイミングで初めてしまったのか……。
まぁ、ゆっくりやっていきます。


初めての開発と建造

 

「で、ここが司令室なわけね」

 

 衝撃の初対面から三十分後、叢雲は司令室を訪れていた。

 児島泊地の責任者たる古島(こじま)(みなと)が自ら行っていた施設改修工事――その一環である老朽化してひび割れた道路の掘削作業を中断し、身支度を整えている間に施設をある程度見回ってきた叢雲は、部屋の中で視線を彷徨わせピクピクと震える己の頬はそのままに、叫びたくなる衝動をどうにか抑え込んでいた。

 

「一通り見て回れたか?」

 

 何かの書類にペンを走らせていた提督が叢雲を見上げる(・・・・)

 

「えぇ、一般的な施設は大体見て回ったわよ……ごめん、一つだけ言わせてもらうわ」

 

「ん?」

 

 その言葉に顔を上げた提督の顔に、ビシっと叢雲の人差し指を突きつけられる。

 

「何でミカン箱で執務してるわけっ!?」

 

 指差された提督の前には結構なサイズの段ボール箱が置いてあり、その上には書類や提督印が置いてあり、現在進行形で提督が執務を行っていることを加味しても、執務机の替わりに使われているのは明白だった。

 

「何故かと言われてもな。これが新人提督の伝統だと聞いている」

 

「伝統……って、どんな?」

 

 まったくふざけた様子のない大真面目な顔で返ってきた言葉に、叢雲は思わず聞き返した。

 

「着任した提督は家具どころか執務机すらない司令室を訪れる。そこでこれから多くの部下の上に立つ者としての心構えとして、一水兵だった頃の――初心を忘れることのないように、荷造りに使った段ボールを机替わりにして蝋燭の明かりを頼りに執務をこなし、決して慢心せぬように真摯に勤めよ――という教訓だ」

 

「な、なるほど……」

 

 何やらもっともらしい提督の言葉に思わず叢雲は納得してしまうのだが、その話はかなりいい加減なものであったりする。

 教訓そのものは確かに存在するのだが、急な出世や抜擢で提督となる者が変な勘違いを起こしたりしないようにと、あえて何もない部屋を用意したりしているのである。

 そもそも一水兵から提督になるようなことは、基本的には滅多にあることではない。

 

「段ボール箱で執務している理由は分かったわ。それで一応今は私しかいないわけだし、秘書艦の机はないの?」

 

 とりあえず秘書艦として執務の補佐も艦娘として大切な仕事なので、叢雲は自分も事務仕事ができるようにと秘書艦用の机が欲しいと要求した。すると提督はペンを走らせていた書類を床の上に置くと、執務机替わりにしていたダンボール箱を開けてそこから一回り小さい段ボール箱を取り出すと、叢雲の前にデデンと置いた。

 

「ま、薄々分かってはいたわよ……」

 

 諦めた眼差しと声でそう漏らすと、叢雲は段ボール箱の前にストンと腰を落とした。

 

 ちなみに叢雲の段ボール箱はブドウ箱だった。

 

「何か私が出来る書類はある?」

 

「これを頼む」

 

 渡された書類に目を落とすと、それは泊地周辺の島を行き来する物資輸送の連絡船航路にこの泊地を加えるための許可申請書だった。

 

「物資の輸送に軍籍の船を使えないの?」

 

「軍の輸送船は大型船から小型船に至るまで南方で展開が予定されている大規模作戦に参加、もしくはその支援の為に各鎮守府に統合されて運用されている」

 

「――そう。噂の作戦がもうすぐなのね。私たちは当然……?」

 

 海軍総隊で訓練を受けていた頃に聞いた噂話で、叢雲は近々海軍が南方でかなり大規模な作戦展開することは知っていた。軍としてその情報管理は如何なものかと思うところなのだが、艦娘に対してはある程度の情報は統制を行わずにわざと流している節があった。

 

「作戦への参加は基本的に免除されている。当面は泊地の整備と艦娘の着任に努め、周辺海域の哨戒と船団の護衛等に精を出せと電文がきていたな」

 

「まだ始まってもいないような泊地だものね。期待するしない以前の問題……か」

 

 それでも少しだけ悔しそうな様子で、両頬に垂らして赤い紐で結んでいる横髪を指で弄りながら書類にペンを走らせる。

 そんな叢雲の様子を見ていた提督の表情が、ほんの僅かだが柔らかいものとなっていた。提督からの視線を感じた叢雲は、自分は見つめられていることに気づき、その意図が分からず思わずキツイ目つきと口調で提督を睨んだ。

 

「……何?」

 

「いや、流石は水雷屋の本家駆逐艦。姿形は変わってても良い闘志を持っている」

 

 そう語る提督の様子には馬鹿にしたような様子はまったくなく。むしろ叢雲の気質を好ましく思っている様子が伝わってきた。

 艦娘として生まれてこの方(一か月弱)、人間からそんな言葉も視線も受けたことのなかった叢雲は、自身でも理由が分からないほどに顔が紅潮してしまい、感情が上手く整理出来ずについつい怒声を上げてしまう。

 

「な、なに訳分からないこと言ってるのよっ! もぉ-書類が進まないじゃないのっ!」

 

「悪かった。執務を続けよう」

 

 プンスコ怒る叢雲に謝り、提督は再び書類へとペンを走らせた。その様子を見て叢雲も顔の火照りを振り払うかのように顔を振ると、同じように書類に取り組み始めた。

 

 

                  ⚓⚓⚓⚓⚓

 

 

 エレベーターが停止する振動と重力の兼ね合いで一瞬身体に負荷がかかり、そして扉が重低音と共に左右に開いていく。

 提督が先に降りて叢雲がそれに続いてエレベーターから降りる。室内は暗く部屋の奥までは見通せないが、どうやらかなり広い空間が広がっていることは分かった。

 

 ここは泊地内本棟の西側に立つ工廠の地下。

 工廠の地上階は工具や工作機械が置かれた大きな作業室があり、他にも艤装の稼働実験所や備蓄資材用の倉庫など何棟かの建物が並んでいる。

 提督と叢雲は今、工廠の本棟にあたる棟の地下室に来ていた。

 

 提督が部屋奥へと進みその後ろを叢雲が付いていく。部屋が暗いままで歩きづらいのだが室内は予想以上に広く、室内には物が何も置かれていないらしく何かに躓くようなことがないのが救いではあった。

 

「ここは?」

 

「ここが言わば工廠の心臓部だな」

 

 提督の言葉に反応したかのように突然照明が点灯し、室内が照らし出される。そこはまるで講堂かのように広く、五百人くらいの人間が収容できるほどの規模があった。床もコンクリート打ちで壁は金属製の壁を打たれて補強が施されていた。

 その部屋の一番奥、そこには部屋の北側の壁が全てそれであるかのような大規模な装置が組み込まれていた。部屋そのものの形は縦長の長方形なのだが、それを差し引いても装置の規模の大きさは異質ではあった。

 

「これって……もしかして艦娘建造ドック?」

 

「そうだ。現在この児島泊地では、最大で二艦の艦娘を同時に建造することができる」

 

「これが……私たちの揺り籠」

 

 艦娘の間ではドックのことを『揺り籠』と言われている。これは建造が始まりドック内で自分が自分であることを認識し、意識を覚醒した後に建造が完了するまでの間、まるで揺り籠で揺られているかのような心地よさがあるので、そのように言われている。

 ちゃんと落ち着いた状態で実物を見るのは初めてだった。

 

「それで? 新艦を建造するの?」

 

「あぁ、とにかく今は艦隊の戦力を強化しなければな」

 

「まぁ、当然よね」

 

 内心澄ました顔をしているが、仲間が増えることに喜びを隠し切れないらしく。叢雲の後頭部に浮遊するデバイスが青い光を放ちながら点滅していた。

 

 提督が機械のコンソール部分に近づくと、何処からともなく小さな人影が走り出てきた。あまりに唐突に出てきたので叢雲が一瞬身構えてしまうが、その正体を見てすぐに緊張を緩めた。

 それは本当に小さな存在で、体長は10cmほどで2.5頭身くらいの小人のような三人組の存在が二人を見上げていた。

 

「妖精さん……」

 

 叢雲の呟きに答えるようにツナギを来た工作妖精三人組が一斉に敬礼をする。提督がそれに返礼し、叢雲も慌てて敬礼をした。

 

「工廠長代理。初期艦が着任した、吹雪型5番艦の叢雲だ」

 

 その言葉を聞いて工廠長代理と呼ばれた真ん中の妖精は、真面目な顔のまま叢雲に向き直り敬礼をする。後ろの二人も同じく向き直り叢雲に敬礼をする。それを受けて、さっきは慌ててしまっていたが今度は叢雲も落ち着いた様子で綺麗な敬礼を返した。

 

「吹雪型駆逐艦の5番艦の叢雲よ。妖精さんたちお世話になるわ」

 

 そうはにかんで言う叢雲に、妖精たちも表情を崩して笑顔で頷いた。

 

「早速なんだが、開発と建造を頼みたい」

 

 提督の言葉に再び真面目な顔で敬礼をすると、工廠長代理が指示を出す。それを受けて後ろの妖精二人が後方へと走っていき、すぐに数枚の書類が挟まれたバインダーを手に戻ってくる。バインダーを()に戻ってくると言っても、バインダーのサイズは人間のモノなのでバインダーを地面と水平にした状態で掲げるようにして駆けてくる。

 

「ありがとう」

 

 バインダーを受け取った提督は予め使用するレシピも決めていたようで、特に考えることもなくサラサラとバインダーに張り付けられた書類にペンを走らせる。

 

 燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイト。

 

 基本的にこの四種が泊地で主に使用する資材となる。

 上限はあるものの定められた一定の数量は大本営から支給がされ、その数量を超えた資材は遠征を用いて集めなければいけない。

 

「この資材で頼む」

 

 バインダーを妖精に渡す際に書類から一枚を抜き取り叢雲に渡す。

 

「大本営への建造報告用だ。秘書艦としての確認とサインをしてくれ」

 

「分かったわ」

 

 渡された建造記録の書類に目を落とすと、そこに並んでいた数字は決めてシンプル。

 

 開発:燃料10、弾薬10、鋼材10、ボーキサイト10。

 建造: 燃料30、弾薬30、鋼材30、ボーキサイト30『同、資源で二回』。

 

 いわゆる使用資源最低値のレシピだ。

 そのレシピを見て叢雲は提督の顔をじっと見つめる。

 

「なんだ?」

 

「いやね、アンタって結構堅実なタイプなの?」

 

 初対面での衝撃がどうしても尾を引くらしく、叢雲は妙に堅実なことをする提督に訝し気な視線を向けてくる。それを受けて提督は肩を竦ませた。

 

「資料に目を通し一通りの講習は受けているが、まだ実感のないのが本音ではあるからな。最初はこの『開発』と『建造』がどういったものなのか、それを確かめる必要がある」

 

「なるほど……ね」

 

 もっと滅茶苦茶なことをしてくるのではないかと内心心配していた叢雲は、至極真っ当なことを言ってくる提督に肩透かしを食らったような気持ちになりつつも、やはりホッとしていた。

 

 そうこうしている内に工廠長代理が駆け寄ってきた。 どうやら準備が出来たらしく、提督に最終的な決定を求めにきたようだ。

 

 北側の壁その右側。

 全体的な面積で言えば壁の1/3が開発用の装置らしく、今はそこのモニターに『燃料10、弾薬10、鋼材10、ボーキサイト10』と表示がされている。

 

 壁の装置に表示された数値に誤りがないことを確認した提督は頷いた。それを見て工廠長代理は敬礼をし、装値付近にいる工廠妖精に手を上げて合図を送る。合図を受けた妖精たちが装置を操作する。

 動き出した機械の中にどうやら設定された量の資源が投入されているらしく、複数の音が異なる金属音が三度流し込まれる音がして、その後に液体が流し込まれる音がした。今回は資源の使用量が最低値ということもあって、それらの音がどれも軽く小さく少ない。

 そして四種類の資源が投入された後、機械の中で資源をミキサー車で攪拌するような音が鳴り響き最後にかなり軽快な音で『チン♪』という音が鳴った。

 

「ふむ。インスタントのパンケーキみたいな仕様なんだな」

 

「大丈夫なのかしら……」

 

 妙な納得の仕方をする提督と心配そうな叢雲を他所に、開発は続かなく終わったようで機械の開閉ハッチのような部分が開き、そこから何かが転がり出てきた。

 

「ん?」

 

「えぇ?」

 

 二人が目にしたのは、綿屑のお化けみたいな塊と南国にいそうな鳥のぬいぐるみだった。それを見ながら工廠長代理が申し訳なさそうに頬を掻いていた。

 

「どうやら失敗のようだな……ん?」

 

「そ、そうみたいね」

 

 開発は失敗に終わったようだが、叢雲の視線が今出来た二つの失敗作に釘付けになっていることに気づいた提督は気づいた。すると出来上がったそれらに近づくと、その二つに手をかざし指で突き熱を持っていないことを確認すると、それらを手に取り叢雲に渡す。

 

「え、な、なによ?」

 

「結果はともかく我が泊地の記念すべき開発第一号だ。初期艦の叢雲が持っていてくれ」

 

「ふ、ふーん。そういうこと。それなら仕方がないわね……もらってあげる」

 

 提督から綿屑の塊と鳥のぬいぐるみを受け取ると、叢雲は頬を紅潮させながらその二つをぎゅっと抱きしめた。

 その様子を見て僅かに笑みを浮かべた提督の傍で、工廠長代理が敬礼をする。どうやら建造の準備も出来たようで、工廠長代理は開発失敗の挽回しようと張り切っている様子でその目は熱意に燃えていた。

 

「よろしく頼む」

 

 提督が頷くと工廠長代理は力強く頷くと、今度は自ら建造装置まで駆けていき装置を操作し始める。

 建造装置は北側壁の左側から中央までを占め、左側にあるモニターに今回使用する資源『 燃料30、弾薬30、鋼材30、ボーキサイト30』と表示される。そして開発の時と同じように四種類の資材が投入される音がしたのだが、開発の時と違って攪拌するような音がせず、その代わりにモニターに変化があった。

 

 

『第一建造ドック 建造完了予定時刻、現時点より00:18:00』

『第二建造ドック 建造完了予定時刻、現時点より00:18:00』

 

 現在使用できる建造用ドックは二つで、今回はそれらに全て活用して形で建造をしている。

 

「建造完了時刻が同じ時間ということは、同型艦と見て間違いないな」

 

「そうね、私も多分そうだと思うわ」

 

 大した時間でもないので、ここで新たな仲間が誕生する瞬間を待つのもいいかと提督が考えていたところで、突然けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「な、なに?」

 

 唐突な警報に綿屑と鳥のぬいぐるみを抱いた叢雲が音の鳴る天井付近を見上げる。

 その直後、提督たちがこの部屋に入ってきた入口の近くにある、地上部まで続く吹き抜けに備え付けられたポールを伝って通信妖精が電文を手に滑り下りてくると、そのまま提督まで駆け寄り敬礼をする。

 提督は敬礼を返しながら電文を受け取ると、すぐにその書面に視線を走らせる。そして読み終えると同時に叢雲へと向き直った。

 

「敵が来たのね」

 

 察しのいい叢雲がすぐに状況を察知し、気持ちを引き締めた顔で提督を見つめた。提督はそれを肯定して頷く。

 

「そうだ。当泊地正面海域からやや南方に偵察部隊と思われる敵影が観測された。輸送船の退避は既に開始されているが、輸送航路の安全を確保できるようにと敵偵察部隊の排除を目的とした出撃要請がきた」

 

 泊地として動き出してまだ数時間というところに、いきなりの出撃命令。

 通常であれば他の熟練鎮守府に出撃を肩代わりしてもらえる状況とも言えるのだが、今は例の一大作戦の準備で他の鎮守府も出来る限り余計な出撃を控えているのが現状だった。

 

「増員もまだという状況で――」

 

「司令官、みなまで言わなくていいわ。私は私の役目を全うするまでのことよ。だからアンタはただ一言、私に命令すればいいの」

 

 真っすぐに揺るぎのない視線。

 それはまさに戦士の眼差しだった。

 

 叢雲の覚悟を受け、提督は静かに目を閉じると一つ息を吐く。そしてすぐに目を開けると、その目もまた叢雲と同じく覚悟を決めた眼差しをしていた。

 

「吹雪型駆逐艦、叢雲。泊地正面海域南方に展開する敵偵察部隊の発見、その撃退を主目標とした出撃を命令する」

 

「了解っ!」

 

 お互いに敬礼をすると、叢雲は振り返って工廠を出るためにエレベータに向かって駆けて行こうとしたが、すぐに止まって引き返してくる。そして手に抱えていた綿屑の塊と鳥のぬいぐるみを提督に渡してきた。

 

「戻ってくるまで預かっておいて、いい? 絶対廃棄とかしちゃダメだめよっ!?」

 

「了解した」

 

 提督の返事を聞くと、叢雲は嬉しそうに頷くとエレベーターに向かって駆けていった。その後ろ姿を見送ると、提督は表情を引き締める。

 

「工廠長代理、叢雲の艤装の準備を急がせてくれ。あと追加でこのレシピで開発を三回行ってもらいたい」

 

 提督の指示に工廠長代理はすぐに頷き、それぞれの手配を開始した。その様子に頷きながら提督もエレベータに乗り工廠の地上へと上がると、地上の工廠は急な初出撃に際して大慌てになっているようで工廠妖精たちが数人慌ただしく駆けまわっている。

 

「さて、私も準備しよう」

 

 提督は叢雲に渡されたモノを大事に抱え、泊地本棟へと足を向けた。

 

 




次話で初戦闘。
その次で叢雲以外の艦娘が着任予定です。
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