前話の後書きで書いた予定が既に狂ってきています。
計画性ないなぁ……お許しを。
けたたましい警報は既に止み、泊地は戦闘配備が発令され物々しい空気に包まれていた。
工廠や泊地本棟を駆け回る妖精たちの顔も一様に緊張し、物資や書類を手に懸命に己に定められた役割を果たそうとしていた。
工廠本棟の地下一階、建造ドックよりもかなり上に位置する場所に湾から海水を引き、そのまま海へと続く出撃用の簡易ドックが存在する。
現在各鎮守府や泊地で運用する艦隊は、基本的には第四艦隊までと定められている。これは一部の鎮守府や泊地に戦力が集中し過ぎないことと、戦力の均一化を図ることを主目的としている。
こと人間以外の第三の敵が現れた現在でもなお、人間は人間を完全に信用することが出来ずにいるという証明だった。
ただし、鎮守府や泊地を当初の予定よりも多く設営できたことに至り、大本営が各鎮守府及び泊地の動きを把握する上で、四つの艦隊による運営が限界だったことも後付けの理由として生まれた。
この児島泊地で現在保有が許可されているのは第一艦隊のみ、当然出撃用ドックも一つだけ解放されている。
今はそこに一人の艦娘が立っていた。
癖のまったくない美しい青味掛かった銀髪。
ワンピース型のセーラー服を痩身に纏い、黒いストッキングを身に着けた足は細く美しい。
普段は強気で凛々しい表情を常に浮かべているのだが、今は少しだけその表情に陰りが見え不安と緊張を抱えているのが見て取れた。
「大丈夫よ……演習でも上手くやれてたわ。訓練だって……何度も何度もこなしてきたもの」
小さな声で自分に言い聞かせるように何度もそう呟く。
左手で右手を抱くように佇み、両の足は根を張ったようにコンクリートの地面に吸い付いている。まるで今の自分は大破着底した船舶のようだと、叢雲は堂々巡りを繰り返す思考の中で自嘲気味に笑った。
そんな不安定な叢雲を他所に周囲の状況は着々と移り変わり、時計の針は進んでいく。
先ほど聞いた泊地の戦闘配備を知らせる警報とは別の警報音が鳴る。叢雲が後ろを振り向くと、出撃用ドックに並ぶ六つの閉められたシャッターの内、ちょうど叢雲の後ろで変化が起こる。
シャッター上部にある『待機』と書かれたプレートがスロットのように回転し、しばらくの後そこに『叢雲』という文字が表示された。すると黄色い回転灯が周囲に注意を促し、『叢雲』という表示のされた下にあるシャッターが開いていく。
シャッターが開き切ると、そこに現れたのは一基の艤装。
駆逐艦『叢雲』の艦橋部を後ろに倒し、艦橋の窓から下一段括れたその両横に可動式のアームが取り付けられている。それは一本30cmほどの鉄の棒が三本組み合わさり、各繋ぎ目には円形のジョイントが取り付けられており、二つのアームの先端には二本の主砲を持つ12.7cm連装砲が搭載されていた。
クレーンの鎖で吊られた艤装は海軍総隊で叢雲が使っていたもので、先にこの児島泊地に送られていた。
現在この泊地にある唯一の艤装ということもあり、工廠妖精たちによって入念に整備が行われ塗装に至るまで完璧な仕上がりを施されていた。
「……」
艤装の待つシャッターへと歩を進め、傍に立つとそっと艦橋部を撫でた。鈍い輝きを放つ艤装に頼もしさを感じ叢雲は少しの笑みを浮かべると唇をキュっと噛み振り返る。
「艤装をっ!」
叢雲の声に応え工廠妖精たちが鎖で吊られた艤装の高さを調整し、所定の位置に合わせると叢雲に合図を送る。
それを受けて叢雲が背中を艤装にある円形の皿状になった接続点に密着させる。すると背中と艤装に強力な磁力が働いているかのように吸着し、艤装と物理的な一体性を感じる。だがこの時点ではまだ背中に酷く重い荷物を、
「艤装との接続を確認」
今の状況を口に出して言い、更にその先へと
背中に感じる重みに下腹と足に力を込め、目を閉じる。
思い浮かべるのは過去の自分。
鋼鉄の体、タービンの心臓、電探の目と耳、鋭い矛となる砲塔。
朧げな記憶の中で大海原を駆けたかつての自分と、背中に背負う艤装とのイメージが寸分の狂いなく重なった瞬間、叢雲はスッと目を開ける。
「艤装との連結を確立っ!」
もう背中には重さどころか違和感すら感じはしない。まるで背中に接続された艤装は生まれてからずっと自分の一部としてあったかのような一体感を得ている。
艤装を連結した状態で体を捻ったりして違和感がないかの最終確認をした後、叢雲はもう一つ鎖で吊られていたマストを模した槍を手に取る。
手にした槍を持って思うことは、今の自分は船舶ではないのだな、という当たり前すぎる感想。前世での自分にはこんな槍を手に戦うようなことは当然なかった。
――否、違うのは槍どころではない。
以前の自分は唯々軍艦として性能の限りを尽くせばいいだけだった。そして自身に乗った乗員たちが死力を尽くして戦い、常に自分と共に在ってくれたのだ。
だが今の自分はこの大海原で、ひとりき――。
『叢雲聞こえるか?』
「っ!?」
頭の中では思考の渦に沈んでいる中、身体だけが訓練で覚えこんだ出撃の準備をしていた叢雲の濁った意識に冷や水を浴びせるような声が耳朶を打った。
「司令官……?」
⚓⚓⚓⚓⚓
叢雲が出撃ドックへ向かって行ったのを見送り、工廠の地上階へと上がった提督はその足で泊地本棟へ向かった。
本棟に着くとエレベーターに入り、叢雲から預かっていた綿屑お化けと鳥のぬいぐるみを片手で抱えると、懐から小さな鍵を取り出すとエレベーターの操作ボタンの下、制御キーを差し込む鍵穴の隣にある鍵穴に差し込み右に捻った。
鍵を捻った途端、エレベーターの照明が一度落ち代わりに赤い非常灯が灯る。そして本来
エレベーターが開くとそこには短い廊下があり、左右に二つずつ計四つの扉があり、突き当りにも扉があった。最初の二対の扉、その左側に入るとそこには簡易シャワーとトイレが備え付けられた洗面所だった。提督はそこにある脱いだ服を入れる籠に叢雲から預かった二つのモノを置き部屋を後にする。
そして突き当りの部屋の扉の前に立つと、そこにだけあるカードキー認証に取り出したカードを認証させた。何重もの厳重なロックが解錠される音が鳴り響き、それが止むと提督が取っ手を握り扉を外側へ引く。重い音とともに扉が開くと、その中は10平米程度の小部屋で中央にポツンとかなり大きめの椅子があり、それ以外には何も置かれていなかった。
提督は迷うことなく椅子に座ると、椅子の肘掛けに掛けてあったヘッドセットを手に取り装着する。それはゴーグルのような形状で目を完全に覆い、装着した提督の視界も当然暗闇に覆われた。
「……」
ゴーグルからはコードが伸び、それは提督が座る椅子の後部へと続いていた。長時間座ることを想定され座り心地が無駄に良い椅子に身体を鎮めると、提督は一度深呼吸をしてから肘掛けの端を握り込む様に持つ。
「児島泊地司令官、古島湊。これより第一艦隊旗艦、吹雪型駆逐艦『叢雲』に乗艦、座乗する」
音声と両手の指紋を認証すると、提督の座する椅子が稼働し自動で座っている提督にとって一番負担の少ない状態に調整される。そしてその調整が終わると、椅子の後部――太いケーブルが何本も伸びて床の中へと続いている――からデータを読み込むCPU稼働音のような音がし、それが終わると提督の意識は霞掛かり暗闇に落ちていった。
すぐに提督は意識を覚醒させて目を開けた。すると周囲の様子は一変していた。部屋の広さは先ほどまでいた部屋の半分ほどになっており、部屋の中には舵や様々な計器類や望遠鏡などが設置されている。
そして何よりも違うのは部屋に明かりを取り込んでいる窓の存在だった。
提督が先ほどまでいたのは泊地本棟の地下三階であり、当然部屋には窓などあるはずもなく部屋の中も非常電源時の光源程度の微小なものだった。
だが今は部屋の前面部から側面部にかけて窓が存在し、部屋に明かりを取り入れていた。そしてその窓から見える外の光景は、どうやら出撃用ドックのようだった。
どうやら無事に成功したことを確信し、提督が息を吐くとそれを見計らったかのように近くの伝声管から無機質な女性の声が聞こえてきた。
『吹雪型駆逐艦、叢雲との接続に成功――乗艦しました』
乗艦に成功したことを改めて確信し、提督は椅子にある伝声管を開けて、自らが座乗する
「叢雲、聞こえるか?」
『っ!?』
相当に驚いたらしく吃逆のような声が聞こえ、そのあと一瞬沈黙する。どうやらここにいると艦娘の深層心理の一端も伝わってくるらしく、叢雲が抱えるものの正体も提督にはすぐに分かった。
『司令官……?』
聞こえてきた声はあまりにか細いものだった。
⚓⚓⚓⚓⚓
突然頭の中に直接聞こえてきた声に叢雲が目を白黒させる。その様子に一瞬提督は首を傾げかけたが、すぐにその理由を察した。
『そうか、お前は座乗された経験はなかったのか』
「座乗って……じゃあ今アンタは私に乗ってるの!?」
提督の言葉の意味をすぐに理解した叢雲は、海軍総隊で受けた座学の範囲で知っていた知識を思い出す。
『第一艦隊旗艦に座乗するのは提督として当たり前のことだろう?』
「それはっ! そう……だけど……」
一瞬ヒートアップしかけるが、提督が何もおかしなことを言っていないのは確かなので、すぐに思い直し言葉尻が萎んでいく。
その様子に提督は思わず含み笑いを漏らす。その声が聞こえてしまい、叢雲は訳もなく恥ずかしくなってしまい顔を赤くさせた。
「なっ何笑ってるのよ!」
『いや、すまない。だがもう時間が押している。まずは出撃しよう』
「わ、分かったわよ……」
提督のその声に時間を確認すると、確かに出撃予定時刻を僅かに超過しかけている。根が真面目な叢雲は表情を引き締めてすぐに出撃位置へと移動する。
また先ほどまでと同じ厳しい表情を浮かべる叢雲の様子を感じ取った提督は、本来駆逐艦叢雲の艦橋にはなかったであろう提督椅子に座ったまま、居住まいを正す。
『叢雲、前世で君と共に戦った英霊たちに比べれば私はひどく頼りない存在だろう。だが、私もまた軍人だった祖父の意志を継ぎたいと思い軍人となった男だ』
「お爺様の意志……?」
突然の独白に面食らってしまったが、叢雲は話の先は気になって聞き返した。
『そう命をかけて故国を守り、たとえ数多の戦友と共に異邦の地で朽ち果てようとも。次世を担う子供たちの礎になる――という意志だ』
提督の言葉に叢雲は息をのんだ。
それはまさに叢雲たち軍艦と運命を共にしていった水兵たちとまったく同じ志だった。
『若輩者なのは勿論自覚しているが、今私は君と共にある。だから恐れることなく行こう。我らが泊地の初陣を栄光のものとするために』
その少し無理してわざと芝居がかった感じで喋っている提督の言葉に、叢雲は思わず噴き出してしまった。そして感じるのは自分の中に――正確に言えば艤装の中と言った方が正しくはあるのだが、そこに提督がいるという確かな実感。
共に戦い、命を懸けて守るに値する存在が――今も昔も自分の中に居てくれる。
その事実だけで叢雲には戦う意志が漲ってくるのを感じていた。
そして何よりも自分が独りではない、その事実だけで胸がいっぱいだった。
「いいじゃない……やってあげるわっ!」
もう不安も緊張も体を縛るものは何もなかった。
今はただ使命と闘争本能が背中を押してくる。
迷いを振り切り、叢雲が吼える。
「吹雪型駆逐艦、叢雲っ! 抜錨するっ!」
明日からは残ってる5-5と6-5を割りつつ、空いてる時間で書いていきたいと思っています。
のんびりやっていきましょう。