小説自体書くの凄い久しぶりなので、ちょっと書いては立ち止まっての繰り返しです。
とりあえずゆっくりでも更新できるように頑張りたいですな。
あと現時点で3話しか投稿していないにもかかわらず、お気に入り登録をして下さっている12名の方々、本当にありがとうございます。
とても励みになっております。
太陽は既に中天を過ぎ、西寄りの空で輝きを放っている。
出発した児島泊地を抱く瀬戸内の島々も霞んで見え、西方に見えていた蒲生田岬を過ぎ去り、東方には紀伊半島の輪郭が朧気に見える。
泊地を出て約一時間が経過し、古島提督が座乗する駆逐艦叢雲は事前に敵艦の目撃報告が寄せられていた海域へと差し掛かっていた。
潮の香りを多分に含んだ海風と、自身の航行に因って発生する風に吹かれ、叢雲の長く美しい髪を忙しなく遊ばれて輝きを放つ。その髪を抑えながら、叢雲は周囲に注意を払う。
「司令官、この辺りで間違いないのよね?」
『あぁ、目撃証言があった海域から敵の進路方向と航行速度を考えれば、この辺りで会敵するはずだ』
独り言のように口にした言葉に返ってくるのは、まるで脳内に直接響いてくるかのような近しい声。その感覚に最初は慣れなかったが、今は自分という艦に乗艦している人間がいるという懐かしい感覚に嬉しさすら込み上げてくる。
その感覚と感情を素直に受け止めて思うことは――嗚呼、私はやはり艦艇なんだという実感。
人を乗せて大海原を往くことに感じる喜びは、今も昔も何も変わらず叢雲の胸を満たしてくれた。
『叢雲。 ――叢雲?』
「え? あっなななに!?」
これから戦場と化す場所にいるにも関わらず、一瞬それを忘れて陶然と喜びを噛みしめてしまっていた事実に赤面し、叢雲は慌てて提督の呼びかけに答えた。
『大丈夫か?』
「だ、大丈夫に決まってるでしょ!? 誰に言ってるのよ、まったく!」
恥ずかしさと照れ隠しについつい憎まれ口を叩いてしまうが、提督はそんな叢雲の態度に気を悪くしたような様子もなく指示を続ける。
『四時方向。何かの影が動いたように見えた、お前の目で確認してくれないか?』
「待って、今確かめるわ」
具体的な指示を貰い叢雲は自身の意識を変えるように気を引き締め、指示のあった四時方向へと顔を向けて目を細める。
そろそろ斜陽へと差し掛かろうとしている太陽の光を浴びてキラキラと輝く水面。見る限り穏やかな海なのだが、叢雲はそこに僅かな違和感を覚える。
スッと目を細めて右手の槍を握る手に力を込め、今一度自分を構成する全ての要素に確認をする。
艦娘としての自分自身、タービン、缶、艤装。
その全てが――了、と叢雲の背を押した。
「司令官、敵影を補足したわ。これより突撃を開始するっ!」
『――了解した。落ち着いていこう、これが我々の初陣だ』
その落ち着いた声に頷き、叢雲は機関の出力を上げて増速していく。
敵影を補足した地点に対して一定の距離を開けつつ、平行する位置から一気に接近していく。砲雷撃戦の基本は味方の陣形と敵の陣形において、『T字』となって有利な位置となること。その原則は艦娘になって若干変化した部分もあるが、それでもなお必然として存在する砲雷撃戦の絶対的な不文律となっている。
艦娘は水上に浮くことが出来る。これは艦娘固有の性質であり、艤装の有無に関係なく本人の意思で任意に浮くことが可能である。
さらに艤装を装着後は、まるで氷上を滑るスケートのように水上を航行することができ、速力が強速までならば直立姿勢のまま水上を移動出来る。
そして戦速及び戦闘時は自らの足で文字通り――水上を駆けることとなる。
こと水上――海上における艦娘は既存の定義されている物理法則から一線を画すことが多々あり、それは艦娘自身、艤装の特殊性、妖精の加護など様々な要因が憶測されている。だが、一つ確実に言えることは、これらの要因も含めて敵――深海棲艦と渡り合えるのは艦娘のみだということ。
叢雲は船速を第一戦速から第二戦速へと上げる。前傾姿勢でホバーするように海上を進んでいた叢雲は一度海上から軽く跳ね、着地と同時に身体を大きく前に傾け踏み足で力強く海面を蹴った。水柱が大きく跳ね上がり、叢雲は一気に加速する
今までの航行速度とは明らかに違う速さで周囲の景色が後ろへと流れ、肌に感じる風は鋭く強く大きく感じ、目標地点へと一気に駆け抜ける。
叢雲の上げる水柱に反応し、それは水面を揺るがす波浪の合間から姿を現した。
大きさはクジラの子供くらいだろう。黒く鈍い光沢のある体表は何処となくその体の形状も相まって魚雷に似ているようにも見える。身体は生物の頭部に似たモノのみで構成され、全体は黒いのだが下腹部のみが青白くそこに生える足が異質だった。そして正面部に緑に光る一対の目と口が存在した。
駆逐艦イ級。
敵側の駆逐艦級の中でも最も頻繁に目撃されている個体で、決して強い個体ではない。むしろ発見すれば積極的に狩られる撃破対象であるのだが、それはちゃんとした艦隊を編成していればの話で、着任初日の駆逐艦娘が一人で相手にするには十分に脅威となりえる敵だった。
様子を窺うように水面から顔を出して叢雲を凝視しているイ級に対し、叢雲が右手を突き出すと艤装右側の12.7cm連装砲が付いているアームが叢雲の動きにトレースするように動き、砲身をイ級がいる方向へと向ける。
『叢雲、現状我々はT字戦で有利な位置を取りつつある――が、敵は動きを止めている以上、今後の動き次第では同航もしくは反航戦に転じる可能性もある』
「分かってるわ――引きつけて初撃いくわよっ!」
一定の距離を開けたまま第二戦速を維持した状態で近づき、叢雲とイ級が横一線に並んだ位置で射撃を行うのがベストだったのだが、イ級が叢雲の殺気を感じ取ったようで動きを見せる。
「逃がさないわっ! ――てぇっ!」
まず砲撃の衝撃が艤装から体に伝わり、次に砲撃音が鈍く鼓膜を揺らす、そして砲身から撃ち出された弾頭が高速で目標へと飛んでいくのを視線で追った。
着弾し噴き上がる水柱は二つ。
海中に潜り逃げようとしたイ級を挟んで二つの水柱が上がり、それを視界の端に捉えながら叢雲が東側に駆け抜けた。
『極めて至近っ!』
「了解っ! 浮上したところを狙うわっ!」
イ級が潜った地点を見失わないよう視線を切らないように睨みつけながら、水面に踵から足裏全体を使って急制動を掛け、ほぼU字を描くような形で高速反転する。
『浮上と同時に動くはずだ』
「そうね、どう動いてくるかしら?」
再び海面を蹴り、イ級が潜った地点へ向けて駆け出すと同時にイ級が浮上してきた。深海棲艦は艦種に問わず水上艦でも一時的な潜水が可能らしい。だが潜水艦のような潜水航行が出来るわけではなく、あくまで勢い付けて水中に潜ってそのまま浮力で浮上するというような動きをしても大丈夫、というレベルのものと認識されている。
「浮上位置が思っていたより遠い、水中で距離を稼がれたわっ!」
『あの短い脚でバタ足でもしたのか』
提督の軽口に叢雲は思わずクスりと笑いつつ、想定よりも遠い位置に浮上してくる敵に近づき砲の射程範囲内へと駆ける。
その直後、イ級が跳ねるように浮上してきた。
『――左右か?』
「――来るか?」
イ級の次の動きに提督と叢雲が注視した途端、イ級は即座に動いた。
全速力でより沖合の南方へと――。
『……』
「……」
そのあまりにも鮮やかな逃げっぷりに叢雲は足を縺れさせるようして止まり、呆気にとられたように立ち止まる。
『撤退か。思っていたより理性的な行動を取ってきたな。想定はしていたが、鮮やかなものだ』
「……っ! 追撃するわっ!」
『――許可する。だが、逃げた先には恐らく偵察部隊の本隊がいるぞ』
叢雲の艦橋で提督は、送られてきた追加の目撃報告をバーチャルディスプレイで展開し読み込んでいく。
目撃された敵偵察部隊の主力は軽巡1、駆逐2とされている。そこに今逃げた駆逐艦イ級が合流すれば軽巡1、駆逐3となり、彼我の戦力差は数だけ考えても1対4となり正直戦うのは得策ではない。
だが、斥候一隻を取り逃した挙句に敵本隊と接敵せずに、今回の出撃の主目標である敵偵察部隊の撃退を完遂できたというのは、あまりにも苦しい内容となる。
そのことを叢雲も十分に理解しているのだろう。提督の言葉に笑みを浮かべて左手に持ち替えていた槍の柄を握り締めながら増速する。
「敵の本隊を探す手間が省けるってもんだわ」
第二戦速を維持したままイ級が逃げた方向へと艦首向けて海面を蹴った。
⚓⚓⚓⚓⚓
太陽は斜陽へと変化し、海の色を夕焼けの色に染め上げつつあった。
逃げに徹するイ級の追撃は思っていたよりも困難なものとなった。
理由は様々あるのだが、イ級の速力と時々潜水して姿をくらまそうとする手段に何度か引っかかりかけてしまったことが大部分で、あとはそんな手に引っかかってしまった練度の低い艦娘と提督の経験不足としか言えないだろう。
だが、その追いかけっこもようやく終わる時がきた。
距離を詰められてきたイ級がまた潜水して姿をくらまそうとしたのだが、流石に叢雲も慣れてきており提督も読みが働かせ始めていた。今までの潜水である程度海面に潜ってから浮上するまでに移動する距離が読めてきた。
叢雲は左の砲で威嚇射撃を行い、イ級が海面に出る位置を制限する。そしてわざと射撃を薄くしていた場所に向けて右の砲を向けて狙いを定める。案の定、イ級は砲撃が薄い場所へと浮上し黒い頭部が海面から弾けるように飛び出た。
「そこっ!」
両側の砲身がほぼ同時に射撃。
夕闇を切り裂いて飛んだ砲弾はイ級を掠めて海上に水柱を上げる。
『夾叉っ!』
「とっとと沈みなさいっ!」
提督の言葉にすぐさま砲身の位置を調整しつつ次弾を装填し、そのまま射撃を開始する。先の夾叉弾から調整された砲身によって放たれた砲弾は、今度こそイ級に直撃しその身を砕いた。
「よしっ!」
初の戦果に手応えを感じ、叢雲がグッと手を握って成果を実感する。だが、そこに提督の鋭い声が響いた。
『叢雲っ! 七時方向敵影!』
提督の声が聞こえてから間髪入れずに叢雲の周りに砲弾が着弾し、幾つもの水柱が上がる。叢雲は提督の声に咄嗟に反応して横滑りに移動したのが功を奏し、直撃は免れた。
だが、かなり間近に至近弾を喰らい着弾の衝撃で上がった水柱に足を取られ、背中を反らしながら水面に艤装を擦りつけるような姿勢で転げるように敵の照準位置から離れた。
水面に掠った艤装からは水蒸気が上がる。それは放熱する12.7cm連装砲が水と接触したからだろう。防水加工と排水機構が異常に――というよりは不可解なレベルで完成されている艦娘の艤装は、内部に入った水さえ抜ければ砲弾の火薬が湿気るようなこともなく使用可能である。
「やってくれるじゃない……」
初の戦果に油断してしまった自身に恥じながらも、今はまだ弱音も泣き言も言わない。
ここは戦場であり、自分は艦娘であって、旗艦である。
『駆逐艦の砲撃の中に一種類違う音が混じっていた。水柱の大きさから考えて、やはり向こうの旗艦は軽巡だろう。僅かだが見えたシルエットから推測するに恐らくホ級だろう』
座乗する提督の冷静な分析を耳にして、叢雲は知らず知らずの内に笑みを浮かべる。そして至近弾の衝撃で僅かに震える足を手でピシャリと叩くと、顔を真っすぐに上げた。
「司令官……いくわ」
『当然だ。だが、状況は不利な以上は作戦を立てる』
「当然ね」
敵影が緩やかに前進してきているのを捉えつつ、叢雲は自身と艤装に不備がないかをチェックしつつ提督の作戦に耳を傾けた。
そして――。
「アンタ……それ本気で言ってるのよね?」
『この状況で冗談を言うほど私の神経は図太くない』
こんな作戦提案しといて神経図太くないわけないじゃないの……と思いつつも、叢雲は『否』と言うことなど考えもせずに頷く。
「いいわ。やってやろうじゃない」
『では首尾通りに作戦を運び、目的を完遂しよう』
こういう状況では作戦を立案した提督の落ち着き払った態度と声音は、それに実行する者にとっては大きな安心を得る材料となる。考えた本人がこれだけ落ち着いているのだから、きっと大丈夫だろうと思える『力』が声に宿っていると思えるからだ。
「始めるわ」
そう言うと叢雲は、自分の左腕に搭載された新しい武装を撫でて微笑んだ。
⚓⚓⚓⚓⚓
太陽は遂に水平線へと沈み、海は夜の帳に包まれた。
紺碧の海に漂う影が三つ、そのいずれも異形のものだった。
先ほど撃破されたイ級が二個体と、その間に挟まれているのは軽巡ホ級。
モアイ像の顔を下顎より上の部分くり抜いて、上部分には砲台を幾つも載せて、その下――まるで喉の奥から人間が這い出てきているかのように、死体のような青白い肌を持つ女の上半身が迫り出している。そしてその頭部は本体と同じように下顎から上がなく、代わりに本体のモノと思われる上下で大きさの釣り合わない上顎をヘルメットのように被っていた。
その三隻が速度は緩めながら一斉に向きを変える。
捕捉していた敵、駆逐艦型の艦娘に動きがあった。
砲撃の後、距離を取ったまま動きのなかった艦娘が砲撃を開始してきた。しかし距離がある上に夜になっていることも相まって、その射撃は正確さを著しく欠いており
速力を上げて距離を詰めようとした途端、今上がった水柱の遥か向こうで目の前で上がった水柱と比べものにならないほどの水柱が爆発するように上がった。
敵は駆逐艦級の艦娘一人のはずなのに、今上がった水柱はまるで重巡級の主砲が着弾したくらいの規模だった。
状況が掴めず行き足で進む中、噴き上がった水柱の中から銀色の髪を夜風になびかせて艦娘が飛び出してきた。しかも水柱を発生させた
着水した衝撃で再び水柱を上げるが、すぐさまその中から今度は海面を駆ける様にして飛び出してきた。
艦娘の行動の意図が分からず、深海棲艦の軽巡洋艦ホ級は進路を変えずに反航戦のまま砲塔の角度を変えて砲戦を開始した。
砲撃にはイ級も参加して一斉に行っているのだが、艦娘を捉えることが出来ず砲弾は全て目標の後ろへと逸れていく。
そこでようやく目標の艦娘が、尋常ではない速度で航行しているのだということに気づいた。
その直後、僚艦のイ級二隻が突如爆発し燃えながら傾き、やがて水底へと沈んでいった。
ホ級は僚艦を葬ったそれが何か知っていた。
雷撃――すなわち魚雷。
⚓⚓⚓⚓⚓
息が切れる。
艤装の缶とタービンが唸りを上げて、海面を蹴る足に感覚が薄くなる。
海面を蹴れば水柱が上がるほどの勢いで叢雲は海面を駆ける。
速力で言えば両舷一杯。
壊れてもいいからありったけの速度を――っ!
自分の後方で敵の砲火が水柱を上げるが、それがスローモーションに感じられるほどに知覚を置き去りにして、叢雲はただ合図が上がるまで走ることだけに集中した。
『――叢雲。到達予定時刻だ』
「――ハッ! ハッ! 待ちくたびれたわよっ!」
喋る余裕などない状態なのだが、それでも叢雲は声を捻り出して速力を若干緩めながら大きく方向転換を開始する。
そしてその直後、敵三隻がいる方向から爆発音と共に二つの水柱が上がった。
『イ級二隻に直撃したな』
「――ハァッ! ハァッ! 出来過ぎくらいのっ結果じゃないっ!」
一杯から最大戦速へと船速を落としたが、それでも壊れない程度というだけで全速で走っていることに変わりはない叢雲は、息を切らせながら残存するホ級に向かって夜の海を駆ける。
最初の砲撃で一つ目の目くらましをし、魚雷を誘爆させて起こした爆発による巨大な水柱な二つ目の目くらまし、それに乗じて発射した魚雷。
そしてその魚雷誘爆の爆発に乗って大きく目立つように、上空に跳ね上がって敵の注意を引く。
そこからの両舷一杯による異常な速度での距離を保ちつつの接近。敵はこちらの意図が読めずに、とりあえずは進路を変えずに狙い撃とうとしてきた。その結果、魚雷の射線から動くことなく進み直撃を受けることとなった。
大きく弧を描いて曲がる際に一発だけ再装填した魚雷発射管の安全装置を外すと、右側の12.7cm連装砲がホ級に向かって火を噴く。
ホ級も僚艦を失ったことで覚悟を決めたのか、決着をつけるつもりらしく正面から叢雲に向かって突撃を開始してきた。
そして正面部に集中している5inch単装高射砲を叢雲に向けて撃ってきた。
弧を描きながら駆ける叢雲の顔の横を、自身よりも格上の主砲から放たれた砲弾が幾条も通過していく。
その風切り音に戦慄しながらも、叢雲は怯まずに更に距離を詰めていく。
ホ級との距離がもう一息というところまで縮まったところで、敵の砲弾が砲撃を続けていた右側の12.7cm連装砲を掠めて装甲を抉りとった。
破損した砲身から火が出たのを見て、叢雲が顔をしかめた。
「――ちっ!」
舌打ち混じりに艤装に指示を飛ばすと、艤装本体と12.7cm連装砲を繋ぐアームがパージされる。そのまま速度を緩めることなく走り、左手をホ級へ向けて伸ばす。その仕草に連動して左側のアームが動くのを見て、生き残っている12.7cm連装砲の射撃を警戒したホ級が進路をややズラそうとした。
そのホ級の動きを見て、叢雲が魚雷発射管をホ級へと向けた。
この61cm三連装魚雷は、叢雲が工廠を去った後に提督が工廠妖精に指示を出して開発した武装で、出撃前に叢雲に渡していた。
駆逐艦にとってはまさに切り札――それが魚雷。
ホ級が魚雷の発射に対して進路を大きく変えようとしたところで、叢雲が魚雷を発射した。発射された魚雷は叢雲に向けて突進してきていたホ級が、砲撃を警戒して進路をズラそうとしていたその進路上に発射された。
急制動をかけて進路を元に戻そうとしたところで、叢雲とホ級の距離はゼロとなった。
ほとんど正面衝突する勢いで肉薄する叢雲に対して、ホ級は砲撃を行うが距離が近すぎる上に身を屈めた状態で突入してきた叢雲に砲弾は当たることはなかった。
「はぁぁぁっ!」
裂帛の気合と共に突き出されたのは、マストの先端部を模したと思われる槍。鋭い切っ先がホ級の喉奧からせり出た人間の上半身部分――その胸に突き刺さった。
「――――ッッッ!」
声なき絶叫を上げると、ホ級は腕を振り回しその両手が槍を掴むとそのまま引き寄せた。自ら槍を胸の奥へと深く差し込みながらも、ホ級は近くまで引き寄せられた叢雲の頭を掴んだ。
黒い血のような、重油のような液に塗れた手で叢雲の頭を掴み、そのまま更に引き寄せようとしたところでホ級は力尽きズルズルと叢雲の頭から手を放すと、そのまま崩れるように海へと倒れてそのまま沈んでいった。
「――ハァッハァッ! ――ハァハァ……司令官、勝ったわよ」
『――あぁ、見事な戦果だ。撃退どころか全滅させるとはな』
海面に尻餅を尽き、荒く息を吐く叢雲は酸素を取り込もうと大きな呼吸を繰り返す。魚雷発射管に魚雷はなく、左右の12.7cm連装砲は
目くらましと叢雲自身を上空に跳ね上げる為に魚雷を誘爆させた際に、それに巻き込まれて左側の連装砲は壊れてしまい、既にパージされていた。
ホ級から見えない位置にアームの先端を置くようにしていたので、ホ級に対するブラフとしてアームを動かす動きを叢雲が行ってみせた。それによってホ級の動きを制限し、唯一次弾装填が出来ていた魚雷を使ってまで肉薄し、残る最後の武器だった槍による白兵戦を挑んだわけだった。
服もボロボロでストッキングもあっちこっちが脱線して穴だらけ、頬を掠めた砲弾で切れた傷口から流れる赤い血を拭いながら、叢雲はもう一度深呼吸をした。
「司令官、戻ったらとっておきのお湯で入渠させて頂戴よ?」
『任せておけ。文字通り一番風呂をお前にやるぞ』
「ま、当然よね? でも、楽しみだわ」
戦場で味わう高揚感に自身も満足しながらも、叢雲は提督に勝利を捧げられたことを噛みしめた。
「ねぇ、アンタ。帰るのシンドいからおんぶしなさいよ」
『とんでもないことを言い出すな、お前は』
そんな軽口を叩き合いながら、叢雲は味方の制海域へとゆっくり帰投するのだった。
私事ですが、昨日大型建造で武蔵が着任してくれました。
これで暫定実装艦娘は全て揃いました。
この小説でその全ての艦娘との出会いが書けるところまで続くかは分かりませんが、出来る限り書いていきたいと思っております。
ありがとうございました。