演習のための準備を終えた艦娘達は、大淀を先導に鎮守府を後にした。今回は先の謎の巨大深海棲艦に対抗する為の大規模演習という事で、サイファーのいる鎮守府を含めた幾個かの鎮守府も参加する様だ。故に、恐らく今日中にはこの演習は終わらないだろう。
全ての戦える艦娘が出払ってしまった鎮守府に於いて、残っているのは提督と間宮、そして提督に少し話があると引き留められたサイファーの三人が残っていた。この引き留めが無ければサイファーも演習を見学するつもりだったのだが。
そして今、サイファーは間宮と共に執務室に呼ばれている。
「…実を言うと、サイファーの存在が大本営から問題視されているのだ」
改めての挨拶もそこそこに、提督が用件を切り出した。
「ニャ?」
「と、言われますと?」
「話自体は簡単だ。正体不明の存在を軍に所属させているのは問題がある…と、言うものだな」
サイファーと間宮の声に、提督は苦々しそうに答える。
「それは…。ですが、サイファーさんがいたからこそ、私がいない間もこの鎮守府は活気にあふれ、先日の激戦もサイファーさんの貢献が大きいと聞いております」
「ああ、それは間違いない。それに、大本営の手違いで間宮の配属が遅れたのがそもそもの原因なのだ。その件を含め俺は反論したのだが、こんな物を渡してきた以上、頭の固い上の連中に届いているとは言い難いな…」
そう言って、提督は懐から縦横10cm、厚さ2cm程の銀色の物体を取り出した。
「これは、装着した者の記憶をVR空間によって再現し、その時その時の状況を追体験できるという装置だ。これで記憶の確認を行い、何か不正を行っていないか調べてこい、という事だろう」
訝し気な視線を送る二人に応える様に、提督は手に持っている物体の説明を簡潔に…そして忌々し気に行う。
「…お世辞にも趣味の良い道具とは言えませんね」
「無論俺も最初は断った。が、正体不明の存在をいつまでも軍に所属させる訳にはいかない。間宮が配属された以上、軍属を続けさせるつもりならせめて正体を割ってからにしろ。それが出来ないのならすぐにでも軍属の任は解くべき、と厳命されてしまってな…」
間宮が非難の視線を提督に向けるが、提督は提督で苦悩している様で、机の上に置いた銀色の物体を睨みながら腕を組んで考え込んでいる。
「もしかしたら、サイファーを雇い入れた直ぐ後に例の超巨大深海棲艦が現れたので、何か関連性があるのでは? と、疑われているのかもしれん…」
「そ、そんな…」
続く提督の予想の言葉に、間宮は悲し気に俯いてしまった。
「ボクなら大丈夫ニャ。見られて困るような記憶はないニャ」
そんな重苦しい雰囲気の中、サイファーが軽い口調で口を開く。提督と間宮の二人に心配を掛けまいとするサイファーの気配りだろう。
「いいのか?」
提督の短くも苦悶の詰まっている声による問いに、サイファーは何のためらいもなく首を縦に振る。
「…すまん、恩に着る。今サイファーにここを去られるのはかなり痛いし、俺としても利用するだけ利用して、用が無くなれば任を解く、などと言う事はしたくなかったんだ」
安堵の息を吐きながら己の心の内を語る提督。その苦々しそうな表情を見るに、大本営の決定には一切納得はいっていないが、とにかく目の前の危機は去った…と言ったところだろう。
「ただ、ボクの記憶と言っても怖ーい大型モンスターと戦っているシーンか、一心不乱に料理の練習をしているシーンくらいしか無いニャ。多分、全然面白くないと思うニャ」
「それについては問題無い。とにかく、不正らしきものが出てこなければそれでいいのだ。それに、正直に言うと、その怖いモンスターとやらや、サイファーの前の旦那さんという人物にも興味がある」
「一心不乱に料理の練習をするネコ…。なんだか不思議な光景な気もするけど、可愛らしい様な気もしますね」
顎に手を当て、己の記憶を掘り起こしているのであろうサイファーの台詞に、提督は言葉通りにその瞳に興味の色を宿しており、間宮は自分の想像にほっこりしている様だ。
「よし、この件はとりあえず今はここまでだ。もう一つサイファーに伝えたい事があるからな」
一つ頷きながらそう言う提督。サイファーと間宮の視線が再び提督に向く。
「実は、先ほど言っていた反論の過程でとある元帥殿とその部下数人が、サイファーの料理に強い興味を示していてな。近いうちにサイファーの料理を食してみたいと言っているのだ」
困惑気にもう一つの用件を語る提督。本来なら、上司の好感度を稼ぐチャンス…と意気込むところなのかもしれないが、サイファーが問題視されているという事情もあり手放しには喜べない事態だと考えているのだろう。
「…それは、サイファーさんの料理に適当な理由を付けて追い出すとかそういう…?」
そして、間宮もその考えに至ったようだ。心配そうに提督に問う。
「いや、この元帥殿自体はそのような方ではない。厳しい時もあるが、誰にでも分け隔てなく笑みを振りまく大本営の中でも恐らく一番できたお方だ。まあ、俺も昔何度かお世話になった事があるというところからくる、俺の主観も混じっているがな」
しかし、その質問に対し提督はハッキリと首を横に振りながら否定する。そして、その理由を述べるのだが、その最中に微かな笑みを浮かべていたところを見るに、かなり信頼している様だ。
が、その直後提督は肩を落としてしまった。
「ただ…な。それだけの人物故に、取り入ろうとする者もやはりいてな。そして、悪い事にサイファーの料理に興味を示した元帥殿の部下と言うのの大半が、まさにその取り入ろうとする者達なのだ」
悩まし気に頭を押さえながら説明する提督。どうやら、結構な心労を感じているみたいだ。
「提督、それなら大丈夫ですよ」
そんな提督を勇気づける様に、間宮が爽やかな笑みを見せながら話しかける。
「サイファーさんの料理は天下一品です。一口食べれば誰しもが夢中になるでしょう。それは、同じ道を志す私が太鼓判を押します」
「ニャッニャッ…。あ、あまり褒められるとこそばゆいけど、ボク頑張るニャ!」
手放しにサイファーの料理を賞賛する間宮に対し、サイファーも恥ずかしそうに両手で顔を拭いながらも気合を入れた一言を発する。
「もう一度聞きますけど、その元帥殿はお優しい方なのですよね?」
「あ、ああ…。美食家ではあるが、少なくとも突然調理場に『この料理を作ったのは誰だあっ!!?』などと言いながら怒鳴りこむといった暴挙に出る様な方ではない」
「なら問題はありません…! 私もできうる限りの補佐を行いますので、サイファーさんと一緒に元帥殿を唸らせて見せます。そして、元帥殿が認めたのであれば他の人達も下手に口出しは出来ないでしょう」
「間宮さんに手伝って貰えるなら、これほど心強い事は無いニャー!」
声色こそ落ち着いてはいるが、確かな気迫のこもった間宮の言葉にサイファーも嬉しそうに呼応する。それを見た提督は、一瞬の間の後「フッ」と軽い笑みを漏らした。
「分かった。もう間もなく伊良湖も着任するはずだから、彼女を含めた三人で元帥殿に素晴らしい料理を振る舞って見せてくれ」
「伊良湖ちゃんも、もうすぐ来るんですか?」
「ああ、間宮が遅れた代わりに伊良湖には直ぐに着任してもらうように強引に手配した」
「提督、流石です! 伊良湖ちゃんも加わってくれれば百人力ですよっ」
提督の計らいに間宮は嬉しそうに楽しそうに顔を綻ばせる。そして、サイファーも会話の流れから何となく伊良湖なる人物が艦娘である事と、何を得意とするかを察したのだろう。
「ニャホーイッ! もう一人料理人が増えるニャ! これでこの鎮守府の料理はますますグレードアップするのニャ!」
と、飛び跳ねながら興奮気味に叫んだ。
「元帥殿の訪問日は、後日おって報告する。二人はそれまでにどのような料理を出すのかをよく吟味していてくれ。ただし、あまり時間は無いという事だけは覚えておいて欲しい。頼んだぞ!」
「お任せ下さい!」「了解ニャー!」
提督の指示に、間宮とサイファーはほぼ同時に応えるのだった。
料理で勝負の次は、料理で接待です。