ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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サイファーと文月

 食事を終え吹雪を見送った提督とサイファーは、再び執務室に戻ってきていた。

 

「さて、サイファー君にここに来てもらったのは他でもない。この鎮守府の料理人として君を雇いたいのだが」

 

「雇ってもらえるのですかニャ!? むしろ、こちらからお願いしたいくらいでしたニャ!!」

 

 提督の言葉が終わる前に、勢いよく首を何度も縦に振りながら即答するサイファー。その表情からは、大きな安堵が見て取れる。

 

「…どうやら君も訳ありのようだが、良ければ聞かせて貰っても?」

 

 サイファーの態度に何かあると直感した提督が、少し視線を鋭くして問い質す。対して、サイファーは少しの間の後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 色々と己の感情を交えながらサイファーは語ったので、話自体は長くなってしまったのだが、要約するとこうだ。

 

 以前雇われていた旦那さん(サイファーが旦那さんと呼ぶので提督は男だと思っていたが、よく聞くとどうやら女性…それも見た目は深窓の令嬢といった感じらしい)がハンター稼業を引退した折、サイファーは兼ねてより望んでいた世界を巡る旅を決行したそうだ。

 

 暫くは順調に各地を回っていたのだが、それは突然起こった。

 

 いつものように野宿をしていたある日、目が覚めると全く知らない場所…寝た場所は密林の奥地だったのに、一切見覚えのないコンクリートが並び立つ謎の地にいたのだ。

 

 とはいえ、最初は楽観視していたそうだが、すぐに厳しい現実が襲ってきたのだ。

 

 食べ物が無い! 寝る場所はどこでもいいし、服も最悪着なくても問題ないのだが、食べ物だけは別だ。商店の様な場所で食べ物らしきものが売られているのはすぐに確認できたが、残念ながら持っている通貨とその商店で使われている通貨が全く違ったため、渋々諦めたらしい。

 

 見慣れた草食種や、すぐに食べれる野草なども見つからず(アプトノスやポポ、薬草やげどく草などと言っていたが、提督には何のことかさっぱりだった)鎮守府で拾われるまで碌に物を食べられなかったそうだ。

 

「…簡単な調理器具は持ってたけど、肝心の調理素材が無ければどうしようもないのニャ」

 

 かなりお疲れ気味にしみじみと呟くサイファーだったが、提督からすれば俄かには信じがたい内容だ。もしサイファーの言っている事が本当ならば、目の前の生物は異世界の存在となるからだ。とはいえ、このような生物は見た事が無い…どころか、存在すら知らなかったというのもまた事実なのだが…。

 

「君は…深海棲艦という生物を耳にした事はあるか?」

 

「シンカイセイカン? 新たなモンスターか何かかニャ?」

 

 一応尋ねてみる提督だったが、サイファーは首を捻るばかりだ。世界レベルで脅威となっている存在を知らない筈はないのだが、サイファーはどう見ても本気で首を傾げている。

 

「モンスターか…。まあ、あながち間違ってもいないか。結構前から我ら人類と敵対している存在だからな。奴らは海からやってくる」

 

「海から…。という事は海竜種か魚竜種ニャ? ラギアクルスとかガノトトスと同類ニャ?」

 

「いや、奴らは人型だ。特に、能力の高い奴等は我らとそっくりの姿をしている」

 

「なんと!? 人型のモンスターニャ!!? これは大発見ニャ! 研究者の人々は早速調査に出掛けるニャ! 前の旦那さんも、きっとウキウキ気分で大剣担いで一狩り行っちゃう筈ニャ!!」

 

 沈痛な面持ちで語る提督とは対照的に、興奮気味に捲し立てるサイファー。明らかに会話が噛み合っていないが、楽しそうな雰囲気に水を差すのもあれなので、あえて提督は突っ込まない事にする。

 

「その深海棲艦と戦うための最前線の施設がこの鎮守府だ。そして、深海棲艦に唯一致命ダメージを与えられるのが艦娘と呼ばれる存在…先ほどの吹雪も艦娘だ」

 

「つまり、あの女の子もハンターさんなのニャ? その、シンカイセイカンとかいうモンスター専門の」

 

「む…。まあ、君の基準で言えばそうなる…のか? しかし、艦娘がハンターとは…言い得て妙だな」

 

 フッと笑みを漏らす提督。と、その時執務室の扉が少し強めにノックされた。

 

「入りたまえ」

 

 提督の許可と同時に、勢いよく扉が開けられる。そして、一人の少女が室内に入室してきた。

 

「こんにちはしれいかん。くちくかん、ふみづきだよ~。よろしくね~」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 

 どこかふわふわした雰囲気の少女…文月の挨拶に提督も笑顔で挨拶を返す。が、その直後、文月の視線がサイファーを捉えた。

 

「わあぁぁ~! おっきなネコさんだ~っ!!」

 

「ニャッ!?」

 

 歓声を上げながらサイファーを抱え上げる文月。突然の事にサイファーは驚きの声を上げる事しかできない。

 

「う~ん、もふもふ~! にゃーにゃーもふもふ~♪」

 

「は、放してニャーっ! ボクはオモチャじゃないニャーっ!!」

 

 そのまま上機嫌にサイファーの背中に頬を擦り付けながら猫の鳴き声の真似等をする文月だったが、サイファーが喋ったのを見ると、もともとまん丸で大きな瞳をさらに大きく見開きサイファーの顔を見つめ始めた。

 

「…な、なんニャ?」

 

 恐る恐る、といった感じで文月に話しかけるサイファー。その直後、

 

「しゃべったーーーっ!!? わーすっごいねーかしこいねーっ!! にゃふふふふ~♪」

 

 楽しそうな声を上げながら、今度はサイファーの顔に自分の顔を擦り付け始める文月。

 

「ニャ、ニャー…。離してくれニャー…」

 

 これでもかと言わんばかりの激しいスキンシップを取る文月に抗議の声を上げるサイファーだったが、その弱弱しい声が文月に届く事は無かった。

 

 しかし、口調は割と本気で嫌がっているサイファーだったが、特に文月の腕を払いのけようとしたりはしない。

 

「…口で嫌がっている割には、暴れたりはしないんだな」

 

 提督もその事が気になったらしく、サイファーに聞いてみた。

 

「女の子相手に乱暴は出来ないニャ…」

 

「―――むう、意外に紳士だな…」

 

 そして返ってきた器の大きな返答に、提督は感心した様な感じの声で唸った。

 

「提督! ただ今帰投致しました!」

 

 その時、執務室の入り口から聞こえた溌剌とした声。全員が扉の方に振り向くと、そこには吹雪が武装を掲げて立っていた。

 

「お疲れ吹雪。怪我や損傷した個所は無いか?」

 

「はい! 今回の作戦は無事に終える事が出来ました!」

 

 労いの言葉を掛ける提督に、吹雪も元気よく返事をする。多少服が汚れたりしているが、特に目立った異常はないので、言う通りに問題は無いのだろう。

 

「あなたが、このちんじゅふのしょきかんね~。わたしはふみづきっていうの~、よろしく~」

 

「…あ、建造された艦娘ですね! 私は吹雪です! よろしくお願いします!!」

 

 提督に続いて声を掛けてくる文月に、吹雪も勢いよく挨拶を返した…のだが。

 

「あ、あの…。サイファーさんぐったりしてますよ…?」

 

 文月の腕の中で力なくうな垂れているサイファーを指差しながら、困惑気に文月に声を掛ける吹雪。対して、吹雪に返ってきたのは二つの意思。

 

「ふぶきももふもふする~? きもちいいよ~♪」

 

 一つは、吹雪を同じ道に堕とそうとする純粋無垢な悪魔の囁き。

 

 そして、もう一つは声こそ出さないが助けを乞う哀れな贄の双眸。

 

 刹那の思考の末、吹雪がとった行動は…!

 

「…わ、私もちょっとモフモフしてみたい…かな……」

 

「ニャアアアァァァァ―――」

 

 サイファーの大きな落胆を示す声が、執務室内に木霊した。

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