真っ暗闇の空間の中に佇む艦娘達と提督。倒れてしまった子日、電、卯月を入渠させたり、壊れてしまった機械を止めたりとやらなければいけない事はあるのだが、先ほどまでの映像による余りにも重すぎる緊張感と、そこからやっと解放されたという安堵の為、思考が停止してしまっているのだ。
特に文月や響、暁といった精神的にもまだ幼さの残る艦娘達は重症だ。女の子座りをしながら光彩の無い瞳で虚空をぼんやりと見つめている。
と、その時だった。
「皆大丈夫ニャ!?」
突然暗闇の一角が扉の様に開き、そこからサイファー…鎧姿ではなく、いつもの割烹着を着たサイファーが慌てた様子で室内に飛び込んできたのだ。その背後には、サイファーが残るならと同じく調理室に残った間宮と伊良湖の姿もある。だが…。
「ぐっ!?」「ひいっ!?」「うわあっ!?」「うっ、も、もうやだーっ!!」
急遽室内に飛び込んできたサイファーに対し、恐怖に震えた声で叫びながら警戒する艦娘達。新たなモンスターが現れたのかと勘違いしたようで、中には勢いあまって武装をサイファーに向けている艦娘もいた。
「ヒニャーッ!? や、止めるニャ、ボクだニャ、サイファーだニャ!!」
「皆さんどうしたんですか!?」「い、一旦落ち着いてください!!」
悲鳴を発しながら両手を上げて降参の意を示すサイファー。間宮と伊良湖も驚きながらもサイファーを庇うように割って入り、武装を構えている艦娘を宥めようとする。
こうして、暫くの間多目的室内は混乱を極めるのだった。
「ティガレックス亜種!? なんでまたイキナリそんなモンスターの記憶を見ようと思ったニャ!? 最初は小型のモンスター…せめてイャンクックとかアオアシラとかその辺りのモンスターから始めないと、体も心ももたないニャ!」
提督達が鑑賞していた記憶に出てきたモンスターの名前を聞いた瞬間、サイファーは驚きに目を見開きながら怒声に近い大声で提督に訊ねる。因みにサイファーがここに来た理由は、聞き覚えのある轟音が突如聞こえてきたから、だそうだ。
「そういえば、その点は私も気になります。一体、どういう基準であの記憶を見ようと決めたのですか?」
サイファーの言葉に同調するように赤城も提督を問い詰める。
「―――考えなんて何もなかった。ただ、強そうな名前の奴が出ている記憶を選んだだけだ。正直、サイファー一人で倒せる相手ならそこまで酷い内容ではないだろうと高をくくっていたんだ。まさか、あそこまで絶望的な戦闘だったとは夢にも思わず、な。完全に慢心していた…」
無念そうに顔を俯かせながら答える提督。だが、この提督の言葉を責める者はいなかった。何故なら、提督だけではなく、他の艦娘達もこれほどまでとは予想していなかったからだ。
「ニャー…。ボクも記憶を見てもらう前にその内容について注意をしておくべきだったニャ…」
提督の雰囲気に釣られたようにサイファーも申し訳なさそうに頭を垂れる。と、ここで倒れた三人を入渠ドックに運んでいた吹雪、夕立、大淀の三人が部屋に戻ってきた。
「…残念ですが、三人とも大破判定を貰ってしまいました。今、回復中です」
「う~…。子日達大丈夫かな…?」
「外面に一切の傷が確認できないのに大破しているなんて、初めての現象ですよ…」
「…そうか。ご苦労だった」
一様に辛そうな表情を見せる吹雪、夕立、大淀に、提督も俯きがちに言葉を絞り出す。そのまま、暫くの間室内に重い沈黙が漂っていたが、
『………う……』
不意にサイファーにそっくりな声が室内に小さく漏れる。全員が視線をサイファーに向けるが、サイファーは顔と両手を激しく左右に振る。どうやらサイファーが発した声では無いようだ。
『…あ! お父さん、お母さん! アイルーさんが目を覚ましたよ!!』
次いで聞こえてきたのは先ほどの映像の女の子の声。と、同時に先ほどまで真っ暗だった室内が一気に明るくなった。
そこは木造の家の一室のようで、サイファー…鎧姿の方だ…が寝ていたベッドのすぐそばで女の子が心底嬉しそうな様子でその両親と思しき二人の人物…映像の最初の方でサイファーに文句を言っていた男性と、その男性に慌てて駆け寄っていた女性だ…に話しかけていた。
この辺りで、室内にいた提督と艦娘達は先ほどの戦いのその後の映像が流れているのだと悟った。
『…目覚めたか。早速だけどよ、あの悪魔を狩猟してくれた事と愛娘を助けてくれたこと。心から礼を言うぜ。それと、当初の無礼な物言いは謝罪する。ほんと、すまなかったな…』
『本当にありがとうね! あんたは私たち家族の…そして、この村の英雄だよ!』
両親揃って深々とサイファーに向かって頭を下げ、それを見ていた女の子もサイファーに向かって頭を下げる。が、当のサイファーは目覚めたばかりで状況が上手く把握できていないようだ。呆けた様子で、碌な反応もできずに自分に向かって頭を下げる三人を見つめるのみだった。
『…しかし、ハンターが凄いのは十分知っていたが、ニャンターというのもなかなか侮れないもんだな。まさかあの悪魔をたった一人で本当に狩猟してしまうとは…』
『うん! アイルーさん、本当に強くてカッコよかったよ! 私も大きくなったらハンターになるんだ!!』
『…止めといた方が良いニャ。ハンターなんていつ死んでもおかしくない地獄の職業ニャ』
ひっきりなしにサイファーを賞賛する父親と女の子だったが、その女の子の台詞にサイファーが反応する。
『地獄の職業か…。流石に当事者が言うと重みが違うな…』
その言葉に父親はあからさまに顔を顰め、女の子も鉱脈火山での戦闘を思い出したのか、先ほどまでの威勢が一気に鳴りを潜め、顔を青くしながら俯いている。
そして、この二人の気持ちを提督と艦娘達も痛いほど理解できている様子を見せる。如何に戦いを生業とする艦娘といえども、さっきの様な極限状態の戦いは出来れば避けたいものであろう。
『…おや。もう起きても大丈夫なのかね?』
そんな中、不意に映像の中に初老の男性が映し出される。
『ニャ!?』「ニャ!?」
次の瞬間、何故か映像の中のサイファーと実際のサイファーが全く同じ驚きの声を上げた。
『あ…貴方はもしかして…!?』
「し、しまったニャ! ティガレックス亜種との戦いの後といえば…!」
映像の中のサイファーは初老の男性に驚きと尊敬のまなざしを向けている。一方、実際のサイファーはあからさまにうろたえていた。
「…どうしたんですか? サイファーさん」
「あ、い、いや、な、なんでもないニャ! ボボボボクはまだ調理の途中だからこれで失礼するニャッ!!」
急に態度が変わったサイファーに心配そうな声を掛ける吹雪だったが、サイファーはどもりながらも言葉を返し、慌てて多目的室を後にしようとした、のだが…。
「行かないで!」「いっちゃだめー!」「ま、待ってよ!」
いち早くサイファーの退室の気配を見抜いた雷、文月、暁が一斉にサイファーを取り押さえてしまった。
「ニャ!? ニャ!? なんで捕まえられるニャ!?」
「もうこわいもんすたーはいやだよー! サイファーいっしょにいてよー…!」
驚愕の声で疑問を発するサイファーに文月がその理由を口にする。
「いやいや! もう怖いモンスターは出てこないから安心して欲し………う、ううう……」
そんな文月を何とか宥めようとするサイファーだったが、恐怖に涙まで流している文月を見てしまったせいで強く出る事が出来ない。雷と暁も流れてこそいないが目尻に涙が堪っている。
「何をそんなにうろたえているのかは分からないが、彼女達の為にも一緒にいてやってくれないか?」
「それに、正直言うとウチらもサイファーがいてくれると結構安心するんよね…」
駄目押しとばかりに磯風と龍驤にも頼まれてしまい、サイファーはガックリとうな垂れるのだった。
初老の男性の正体は高名な料理人であると共に、有名な美食家でもある人物だった。そして、映像内の会話が進んで行くうちに、初老の男性がサイファーの料理を批評する事となったのだ。
「サイファーの料理なら大丈夫っぽい!」「なんて言われるのか凄く楽しみだね!」「ま、サイファーの料理なら特に問題はねえだろ」
作った料理を初老の男性の前に出していくサイファー。それを見ていた夕立、川内、天龍がそれぞれの所感を漏らす。他の艦娘達も大体似た様な雰囲気だった。だが、
「…ダメですね」「…ええ、あれではちょっと」
不意に、映像を…その映像に映し出されていたサイファーの料理を見ていた間宮と伊良湖がそんな事を口にする。
「
二人の言葉にサラトガが反応するが、間宮と伊良湖は答えず困惑気に首を揺らすだけだ。
『―――ど、どうですかニャ!?』
料理の質感などを確かめていた初老の男性が料理を口に運んだのを見て、映像内のサイファーが期待に満ちた顔つきで聞く。その表情を見る限り、どうやら自信があるようだ。
『………そうだな、ハッキリ言おう』
スプーンを皿に置き、視線を真っ直ぐサイファーに向ける初老の男性。その表情はサイファーとは逆にかなり険しいものだ。
『…美味くもなく不味くもない、つまらん味だ。少なくともこれを金を払ってまで食いたいなどという酔狂な奴はおらんだろう。タダだというのなら食ってやってもいい…と言ったところだな』
手厳しい批評の言葉。間宮と伊良湖以外の艦娘から「な!?」「そ、そんな…」という落胆の声と、「ひ、ひどい…」「…ちょっときつ過ぎない?」という初老の男性に対する微かな怒りを見せる声が上がる。
『…お、おじいちゃん』
そして、映像の女の子も悲しげな顔で初老の男性を見上げているが、彼の表情が変わる事は無い。
「…実を言うと、この時はまだ料理を始めて日が浅く、まだまだ基礎中の基礎を学んでいる段階の腕前だったニャ。そんな状態で偉い人に批評を頼んでも、こういう結果になるのは目に見えていたニャ」
初老の男性の批評に愕然とした表情をしている過去の自分を見て、恥ずかしそうに顔を掻きながら言葉を紡ぐサイファー。直後に視線をしきりに動かし始めたのを見るに、相当映像の自分が恥ずかしいようだ。
「誰にだって苦い経験はありますよ」
「間宮さんの言う通りですよ! それに、この苦い経験のおかげで今のサイファーがあるんじゃないですか?」
そんなサイファーを間宮が優しく諭し、伊良湖が笑顔でフォローを入れる。そんな二人の言葉に、サイファーはやや間をおいてからおもむろに頷いた。
『あ、あの…。まだ食べるんですかニャ?』
不意に映像のサイファーから声が聞こえてくる。見ると、初老の男性が再びサイファーの料理を食し始めていたのだ。
『当然だ。勿体ないではないか』
『で、ですが、貴方は気に入らない料理は一切食さないのでは…?』
恐る恐ると言った感じで問いかけるサイファーに、初老の男性は表情を変えずに口を開く。
『誰が君の料理を気に入らないと言った? 儂はただつまらん味と評しただけだ』
初老の男性の言葉が理解できないのか、サイファーは口をボカンと開け続ける。
『確かに味自体はつまらんものだが、料理を用意するときの様子から食べる人に楽しんで欲しい、という気持ちは伝わってきた。その気持ちと、あの悪魔をも狩猟できるほどの狩猟技術を体得してみせた精神力を持つ君なら、すぐにでも“自分だけの料理”を作れる筈だ』
淡々と言葉をつづける初老の男性だったが、ここで微かな…ほんの微かにではあったが笑みを見せた。
『その時を楽しみにしている。次は儂を唸らせてみてくれ』
『………は、はいですニャ!』
と、サイファーが意気を取り戻したらしき明るい返事をした直後。
突如映像が大きく乱れ、次いで機械がとりわけ大きな異音を発してから動かなくなってしまった。と、同時に周囲の景色がいつもの多目的室の物となる。
「…唐突な終わりになっちゃったけど、サイファーも苦労してたんだってのは十分理解できたね~…」
「タ級に対する作戦会議時に言っていた、潜り抜けた修羅場は一つや二つじゃないって言葉は本当だったのね。この調子じゃ、他の記憶で何が出てくるか分かったもんじゃないわぁ…」
北上と龍田がそれぞれの感想を述べる。とはいえ、この二人を含めた室内の全員が映像を見ていただけだというのに色濃い疲労をその表情に現わしていた。
「…とにかく、いったん解散して今日はゆっくり休みましょう」
「待て、その前に一仕事だ」
その事に気付いていた赤城が休息の為の解散を口にするが、何故か提督がそれを止めてしまった。
「はあ!? 今から一体何の仕事をするってのよ!?」
提督に向かって霞が噛みつくが、その問いには答えず提督はある方向を指差す。その先の壁には大きな穴が三つ開いており、その周囲に壁の破片と思しき残骸が滅茶苦茶に散らばっていた。
恐らく、先ほどの映像鑑賞時に吹雪、文月、霞が砲撃してしまったその跡だろう。
「仕事内容は部屋の応急修理だ。各自、異存はないな?」
「「…はい」」「…ぐ、わ、分かったわよっ!」
提督の言葉に吹雪と文月は申し訳なさそうに返事をし、霞はやけくそ気味に叫ぶ。こうして、鎮守府総出でこの日の残った時間は多目的室の応急修理に使われるのだった。