サイファーの記憶を映像として確認したその翌日。大食堂と調理場は艦娘達でごった返していた。
理由は簡単。全員がサイファーの話を聞きたがっていたのだ。先の映像で分からなかったところを知りたい。けどもう一度あの映像を見るのは心身ともに辛すぎる。なら、その当事者であるサイファーに聞けばいい…と言ったところだ。
「ね、ね、サイファー。あのいっぱいの爆弾はどこから取り出したの?」
「あれはボク達アイルー族の特技ニャ。ボク達はその場で色々な爆弾を精製できるニャ。その中でも特に爆弾の精製速度に優れて使用頻度が高いアイルーはタイプ”ボマー”に属するニャ。因みにボクも”ボマー”ニャ」
「他にもいろいろなタイプが?」
「近接攻撃特化の”ファイト”とか周りの仲間を助ける”アシスト”とかいろいろあるニャ」
「あの…ティ、ティガレックス亜種…? の攻撃をサイファーは見事に捌いていたわけだが、その動きの中には完全に攻撃を予見してかわしているものもあった。奴との交戦は初めてではないのか?」
「前の旦那さんのオトモとして何度か戦った事があるニャ。それに、モンスターの動きを熟知するのは狩猟生活を送る中で基本中の基本ニャ。でないと、小型モンスターはともかくティガレックス亜種クラスの大型モンスターは狩猟できないニャ」
「と、いう事はティガレックス亜種以外のモンスターの特徴も…?」
「当然、頭に叩き込んでるニャ。その上で、最適な武器と道具を使い分けるのがハンターの腕の見せ所ニャ」
「あの化け物の大声がサイファーに通じなかったのは何で?」
「防音の術というスキルを発動させてたからニャ。この辺りはちょっと種類が豊富で詳しい説明をしようとすると時間が掛かっちゃうから割愛するニャ」
「あの後、あのじいさんを唸らせる事は出来たのか!?」
「いや、まだあれ以降は食べて貰ってはいないニャ。でも、いつかきっと唸らせて見せるニャ!」
色々な艦娘から次々出てくる質問に、順々に答えていくサイファー。そして、その光景を赤城、龍驤、新たな艦娘として加賀、足柄の四人が大食堂の椅子に座って見つめていた。
「フフフ…。以前にもましてサイファーは大人気ですね」
駆逐を中心とした艦娘達に囲まれているサイファーを見ながら、微笑を浮かべる赤城。
「赤城さんですら、映像だけで心身ともに消耗しきってしまう相手ですか…」
「正直、あの映像を見終わった後に建造された加賀と足柄は運が良かったと思うわ。サイファーの記憶が危険って既に分かった後やからな。…まあ、見たい言うたんはウチラやねんけどさ」
その対面では加賀と龍驤が先の映像とその相手について語り合っている。実を言うと、気丈に振る舞ってこそいたが赤城も龍驤も限界は近かったのだ。
「―――た、楽しそうな相手じゃない…!」
そんな中、一人足柄だけが両手で持っている写真を見つめながらプルプルと震えている。その写真に写っているのは、昨日青葉がまだ余裕のある内に撮っていたティガレックス亜種とサイファーとの激闘の一幕だ。
「………本気で言ってるんですか?」
突拍子もない足柄の台詞に、赤城がげんなりした様子で問い質すが、
「と、当然よ…! 相手が強大であれば強大であるほど、勝った時の喜びもひとしおだわ! そして、私は…私は、どんな化け物が相手だろうと絶対に勝ってみせる…!」
冷や汗を垂らしながらも、興奮で顔を赤くする足柄。恐怖は十分に感じている様だが、それを上回る興奮にうち震えている様で目付きも若干怪しくなっている。
「…イャンガルルガみたいな思考は止めてほしいニャ」
不意に四人に掛かる声。見ると、いつの間にかサイファーが二人分の料理を持って赤城達四人の下に来ていた。昨日の今日なので、全艦娘は今日は休養となっているが、新たに建造された加賀と足柄だけは基本を経験するという事で、鎮守府近海に一度だけ出撃する事となっていたのだ。
「お! 丁度良かった! ウチもサイファーに聞きたい事があんねんけどええか?」
唐突な龍驤の言葉だったが、サイファーは加賀と足柄の前に料理を並べながら頷いた。
「そもそもやな、なんでサイファー一人であんな依頼を受けたんや? 誰の目にも無謀なんは明らかやん」
「あの依頼は、本当は前の旦那さん宛だったニャ。でも、あの時旦那さんは動く事もままならない程の重体だったから、代わりにボクが受ける事となったニャ」
「その、前の旦那さんというのはそんなに強い人なの?」
「史上二人目の女性でハンターランク三桁に到達した女傑ニャ。ティガレックス亜種”程度”なら多少準備がテキトーでも多分余裕で狩猟するニャ」
「ちょちょ、待ちぃな! あのティガレックス亜種を余裕で倒せる程の奴が重体って、一体どんな無茶をしたんやそのお人は?」
龍驤と加賀の質問に答えるサイファーだったが、その内容に龍驤が慌てだす。赤城、加賀、足柄の三人も声こそ出さなかったが興味津々の瞳でサイファーを見つめていた。
「一日目は激昂ラージャンと怒り喰らうイビルジョーの同時狩猟、二日目はテオ・テスカトルとナナ・テスカトリの同時狩猟、そして最終日となる三日目はダラ・アマデュラの狩猟という、聞いただけで気が狂いそうになる連続狩猟を成し遂げた後だったニャ」
「…そ、それらの個体は強いのですか?」
「全員一対一でもティガレックス亜種くらいなら歯牙にもかけない強さニャ。特に三日目の相手は、一日目、二日目の相手をも圧倒的に上回る桁外れの存在ニャ」
狼狽しながらの赤城の質問にサイファーは答えるが、最早赤城達の想像の限界を遥かに超える内容に彼女達は絶句するしかない。
「因みに、史上初の女性でハンターランク三桁に到達したハンターは、”我らの団”というキャラバンの専属ハンターで、武器も持たず鎧も着ず、インナー一丁で超巨大古龍『豪山龍ダレン・モーラン』を撃退して見せたという白昼夢の様な功績を皮切りに、前の旦那さんすら霞むほどの異形…もとい偉業を今も成し遂げ続けている、生ける伝説の異名を持つ方ニャ」
「…ちょっと待ちなさい。それは”人間”の…というか”現実”の話をしているのかしら?」
何やら魂の抜けたような顔で解説を続けるサイファーに、加賀が待ったをかける。あまりに現実離れし過ぎている話に、流石に疑いの気持ちが芽生えたのだ。だが…、
「”現実”の”人間”が成し遂げた話ニャ」
迷いなく断言するサイファー。その、曇りなき瞳を前にしては加賀もこれ以上言葉を続ける事は出来なかった。
所変わって執務室。現在、ここには提督、大淀、吹雪、青葉の四人が執務に取り掛かっている。
「お邪魔するニャ。頼まれていた料理を持ってきたニャー」
その執務室に、扉をノックした後サイファーが料理を持って現れた。
「進歩はどうだニャ?」
「正直、難しい…というより、無理難題に近いなこれは…」
料理を準備しながらのサイファーの問いに、提督は後頭部を掻きながら苦悶の声で答える。
今提督が行っているのは、大本営に提出する為のサイファーの資料の作成だ。吹雪と大淀、そしてあの激闘を何枚か写真に収めていた青葉に手伝って貰ってはいるのだが、どうやら作業は難航している様だ。
「どんな所が難しいニャ?」
「まず、このティガレックス亜種という生物自体が未知過ぎます。そもそもが、謎の巨大深海棲艦とサイファーさんは関係ないという事を証明する為の資料提出なのに、これでは却っていらぬ疑いを掛けられてしまう可能性が非常に高いです」
「あと、ティガレックス亜種が例の女の子に向かって行ったシーンも問題だな。悪意ある捉え方をすれば、年端もいかぬ子供を囮に使ったと解釈する事もできる」
首を捻るサイファーに、大淀と提督が説明する。直後、提督が視線で「何故逃がさなかった?」とサイファーに訴えかけていた。
「…モンスターは長距離を一気に移動できる移動力を持つ個体が殆どニャ。もし、あの女の子を逃がした後にティガレックス亜種が長距離移動を開始して、全く別の場所で鉢合わせ…なんて事になったらとても助けられないニャ。だから、ボクの視線が届く距離にいて欲しかったニャ。でも、あの激闘の緊張感に女の子が耐えられる筈がないとも踏んでたから、女の子が何かアクションを起こしてティガレックス亜種の注意を引いてしまっても大丈夫なように、女の子の近くに罠を張ったニャ」
「つまり、女の子と戦闘の二つを天秤にかけた上でのサイファーさんの最善策という訳ですよね!? サイファーさんが女の子を囮にするなんて考えられないですよ提督!!」
当時の思考を説明するサイファー。そして、その言葉が終わると同時に吹雪が提督に勢いよくくって掛かる。どうやら、吹雪は女の子を囮に説はどうしても否定したい様だ。
そして、それは提督も同じだ。だからこそ、作製中の資料内においてどういう言葉を選べばいいのかについて苦心しているのだ。
「いやー、確かにこれはキツイですねー…」
資料作成に口論を交わしている提督、大淀、吹雪の三人とは少し離れた場所で、青葉も謎の資料を片手にうんうんと難しい顔で唸っている。
「青葉さんは何をしてるニャ?」
「勿論、先日の映像の記事化ですよ! 提督からも許可を貰いましたし、いざ資料作成へ! と意気込んだまではいいのですが、内容が非現実過ぎて新聞というよりは、どうしてもオカルトみたいな話になっちゃうんですよね…。私も、実際に映像を見るまでは信じられなかったですし…。とはいえ、じゃあ記録映像を見ればいいじゃんってなってしまう訳ですが、それでは艦隊新聞を創刊した意味がありません! だからこそ、なんとか新聞としての体を成したものに仕上げたいのですが…」
苦悩の理由を語り、再びうんうんと唸り始める青葉。どうやらこちらはこちらで問題が山積みの様だ。
「一旦みんな一息ついた方が良いニャ。その為にも、まずは料理を召し上がれニャ!」
「…そうだな。もうずっと資料作成に根を詰めているし、少し休憩しよう」
「そうですね」「分かりました」
「私もお腹がすきましたので、ご一緒させてください!」
サイファーの休憩の誘いに快諾する四人。こうして、一時の談笑の時間が執務室に訪れる事となる。
しかし、結局資料作成はその日一日を潰してしまうほどにまで時間がかかってしまうのだった。