その日、鎮守府は緊張に包まれていた。何故なら、初の大破艦が出てしまったからだ。
「ニャー…。吹雪さん大丈夫かニャ…?」
「ええ、大丈夫です。私達には『高速修復材』という、どれだけ深刻な破損をしてもたちどころに修理してしまう素晴らしい道具がありますからね。…まあ、その利便性故になかなか手に入らない逸品でもありますが…」
心配そうに『この先入渠ドック』と書かれた紙が貼ってある扉を見つめるサイファーに、その隣にいた女性がサイファーを落ち着かせる様に優しい笑みを浮かべながら宥める。
「でも…えっと、大淀さん、だったニャ? 吹雪さんかなり酷い怪我を負ってた筈ニャ」
「確かに放っておけば轟沈しかねない程の深刻な破損でした。ですが、意識のある内に入渠ドックに入ったのならもう心配はいりません。高速修復材も使ったので、恐らくそろそろ…」
と、女性…大淀が言った直後、扉が左右に開く。そして、その向こうにはいつもと変わらない姿の吹雪が立っていた。
「吹雪さん、大丈夫ニャ!?」
「はい! 高速修復材のおかげで、もうすっかり良くなりました! 心配かけて御免なさい」
大慌てで吹雪の目の前にまで駆け寄り容態を聞くサイファーに、吹雪はガッツポーズを取りながら問題ない事を伝えると同時に、心配をかけてしまった事を謝罪する。
「ニャーッ!! 高速修復材とかいうの凄いニャッ! いにしえの秘薬みたいニャッ!!」
「いや、本当に良かったです。実を言いますと、知識としては知ってはいるのですが、何分私も先ほど建造されたばかりで、内心は少し不安だったんですよ…」
軽く飛び上がって歓喜の声を上げるサイファーの後ろで、大淀も言葉を漏らす。サイファーほどではないにしろ、その言葉通りに大淀の表情には安堵の色が見える。
が、すぐに大淀は顔つきを真剣なものに戻した。
「さて、あまり喜んでばかりもいられません。まずは提督の執務室に向かいましょう」
大淀先導の下、吹雪とサイファーは提督の執務室へと向かい、挨拶もそこそこに室内へと入室した。
そこには、磯風と弥生、文月、そして執務机の椅子に座りながら、見るからに落ち込んでいる提督がいた。
「提督、吹雪ですっ! この通り完治しました!」
入室一番、執務机の近くに駆け寄り己の身が無事な事を提督に報告する吹雪。
「…吹雪か。そうか、治ったか。改めて、凄い効果だな高速修復材は…」
そんな吹雪に視線を向けながら、言葉を紡ぐ提督。しかし、その言葉とは裏腹に提督の表情が晴れる事は無かった。
実は、吹雪が大破したという知らせを受けた直後から、提督はずっとこうなのだ。その理由を磯風が多少強引に聞き出したところ、覚悟はしていたが、たとえ兵器だろうとやはり幼気な少女の痛ましい姿を見るのは堪える。と口にしたそうだ。
「司令官。私達を気遣ってくれるのは凄く有難い。だが、これから戦いもどんどん熾烈になっていき、大破する艦も少しずつ出てくるだろう。厳しく言うが、その度に落ち込んでいては提督業は務まらないぞ」
「…それはその通りだ。ここは割り切らなければならん…のだがな」
磯風が提督を叱咤するが、提督の反応は芳しくない。
「こんかいのしれいかんのさくせんには、もんだいはなかったよ~!」
「うん、特に問題は無かった。あれは想定外の出来事、そして戦いに想定外は付き物」
次に文月と弥生が提督の立てた作戦をフォローするが、提督の顔色は晴れない。
そのまま、少しの間だけ何とも言えない沈黙が執務室を支配したが、
「皆、ここは私に任せて欲しいんだけど…」
不意に吹雪がその場にいる全員を見回しながら口を開いた。
「提督の事、お任せしても大丈夫ですか?」
「はい、必ず提督を立ち直らせて見せます!」
大淀の問いに、吹雪は笑みを浮かべながら力強く応える。
「…そうか。ならば私達は多目的室で例の敵の対策を練ってくる。もし、手早く司令官を立ち直せる事が出来たら、吹雪も顔を出してくれ」
そう言って、まず磯風が執務室を後にする。その後を大淀が追い、次に弥生と文月が提督を気にしながらも執務室を後にする。最後に残ったサイファーも、一つ頷いた吹雪に頷き返しながら部屋を後にするのだった。
そもそも、なぜ吹雪が大破してしまったか…なのだが、まず今回の作戦内容は対空射撃の実戦訓練というもので、実際に深海棲艦の軽空母を相手取った物だ。
まだ航空母艦が配属されていない艦隊にとって敵空母は計り知れない脅威だが、一番旧型の軽空母が飛ばす、最も旧型の艦載機というのなら、駆逐や軽巡でも十分対応可能だ。
実際に、今回の作戦でも対空射撃のみで大体の艦載機を落とす事は出来、相対的に敵艦載機の爆撃や雷撃で大きなダメージを負った艦娘は皆無だったのだ。
しかし、その戦闘の後に予想外の難敵が姿を現した。戦艦クラスの深海棲艦…それも、全ての能力が平均的に高い戦艦タ級だった。
戦艦タ級…深海棲艦達の中では、中の上辺りの力を持ったクラスであり、時に歴戦の戦艦艦娘をも大破撤退に追い込む事もある恐ろしい深海棲艦だ。当然、まだ駆逐や軽巡しかいない新しい鎮守府には荷が重い相手だ。
鎮守府近海という、比較的安全である筈の場所で遭遇してしまった予想外の強敵に、その時旗艦を務めていた北上は慌てて退却命令を出したのだが、不意を突かれた形になった為艦隊内での連携がうまく取れず、その隙に放たれた砲撃が吹雪に当たり、大破させられてしまったのだ。
僚艦の一人が大破させられても冷静さを失わなかった北上と、いち早く冷静さを取り戻した磯風の二人の見事な采配によって、それ以上の被害を免れる事が出来たのは不幸中の幸いといったところか。
「…あ、磯風と文月、弥生と大淀にサイファーも来たんだ。提督は…まだ駄目みたいね」
室内にいる十数人の艦娘。その内の一人である北上が、今しがた姿を現した磯風達に提督の事を聞こうとするが、その前に磯風達が視線を落としたので、北上も自ずと理解する。
「今はまだ落ち込まれていますが、吹雪さんも一緒にいますし直ぐに立ち直ってくれると信じましょう。その間に、私達でタ級を撃滅できる編成を考えておこうと思うのですがどうでしょうか? 勿論、最終的な判断を下すのは提督ですが…」
周囲の艦娘達を見回しながら話す大淀。そして、この大淀の提案に異議を挟む者はいなかった。
「では、まずは私の考えからですが…まず重雷装巡洋艦の北上さんは外せません」
「だよね~…」
大淀の言葉に、北上は「知ってた」とでも言わんばかりの苦笑を漏らす。まだ駆逐と軽巡しかいないこの鎮守府に於いて、純粋な火力で一番なのはやはり重雷装艦の北上だろう。まだ改装したてではあるが、現実的に戦艦クラスにダメージを通せる可能性のある唯一の艦だ。
「後、私も出ようと思います。総合的な耐久力には難がありますが、他の軽巡より多めの装備搭載スペースがありますので、命中を度外視して砲を積めるだけ積めばあるいは…という考えです」
続けて大淀が自分を名指しする。そして、その理由も述べるが、そもそも大淀自身の火力が並以下だ。ハッキリ言って、気休め程度でしかないだろう。
「後のメンバーは、北上さんがタ級に雷撃を仕掛けるまでの露払いと護衛が主な任務となりますが異論はありますか?」
「北上の雷撃の威力は認めるけど~、それでもタ級を撃沈するにはまだ威力不足じゃないかしら~?」
再び周囲を見回す大淀だったが、今度は天龍の隣にいた龍田が疑問を口にした。
「…う~ん、正直に言えば私もあんま自信ないんだよね~。改二ならともかく、まだ改の段階だし。あ~あ、大井っちがいればダブル雷撃で撃沈しちゃうんだけどなぁ~…」
溜息を吐きながら、まだ建造されていない相方の名を呼ぶ北上。と、その時だ。
「ニャーッ! ボクも行くニャ! 吹雪さんを酷い目に遭わせた奴をコテンパンにしてやるニャッ!!」
唐突にサイファーが大きく飛び上がりながら名乗りを上げる。
「ボクも行くって…。サイファーって戦闘経験あるの?」
「こう見えても結構な修羅場を潜り抜けてきニャ! 命の危機に会ったのも一度や二度じゃないニャ!」
「…良いんじゃねぇか? もしかしたら、結構頼もしいかもしれねぇぞ」
北上の問いに意気込みながら答えるサイファー。その姿を見た天龍が、笑みを浮かべながらサイファーに同意する。
「…そうですね。では、サイファーさん支援をお願いします」
「ニャッホーイッ! 久しぶりの狩りニャ! テンション上がってきたニャ! 狩るのはボクで、狩られるのは奴等ニャー!」
大淀が許可した直後、大はしゃぎするサイファー。その言葉通り、気力体力ともに充実している様だ。
「ふむ、だがやはり火力面が心もとないな…。せめてもう一人くらい火力に秀でた艦娘がいれば…」
と、磯風が頭を悩ませようとしたその時だ。不意に扉をノックする音が室内に木霊した。
「どうぞ、開いてますよ」
大淀が入室の許可を出すと、すぐさま扉は開かれた。そして、その向こうにいた人物は、今しがた磯風が口にした火力不足を大いに解消できる、まさしく待ち侘びた存在だったのだ。
「航空母艦赤城、着任しました。こちらで作戦会議が行われていると聞いて急いで参じた次第です。進展の方は如何ですか?」
必須タグ報告というタグが自動で追加されていて少しビクついています。
一応、お風呂回という微エロを後何話か執筆するつもりなので、それに対して『R-15』を、戦闘回が何回かあるので、それに対して『残酷な描写あり』を、そして艦これとモンハンのクロスなので『クロスオーバー』のタグを付けました。恐らくこれで問題は無いとは思うのですが…。