ある日の昼下がり。
Aqoursのメンバーは、一人の中年と対峙していた。
中年の名前は佐々木慶一。
そこそこ売れたことのあるミュージシャンだ。
今はもう業界を引退して、インターネットで怪しげな転売ビジネスをやって食いつないでいる。
それでも、音楽は今でも好きだった。
60年代のサイケデリック音楽に子供の頃に接して、音楽に目覚めた慶一は、音楽とは反抗的で、叛骨的で、スタンドアローンなものだと信じて疑わない男だ。
「ヨーソロー!」
渡辺曜が奇妙な声を上げる。
「この人が、佐々木慶一さん。私の叔父さんだよ。昔ミュージシャンをやってたの。ね、そうだよね? 船長?」
慶一は姪である曜に自分のことを船長と呼ばせている。
キャプテン・ビーフ・ハートが好きな慶一は船長(キャプテン)と呼ばれて大満足だ。
いつも勃起しそうになる。
「あぁ。そうだ。俺は若いころ、ムーン・スライダースというオルタナバンドをやっていた。お前ら、オルタナってわかるか?オルタナ」
「なんですの、それ?」
「モンタナならわかるけど」
ダイヤと果南の無慈悲な答えに、慶一は青筋を立てる。
「オルタナティヴだよ。オルタナティヴ。メインストリームと違うところで、ひねりのきいた音楽やってんの。メインストリームでちやほやされてる連中とは根性が違うんだよ」
「はぁ。それで、この人は一体何をしに来たんですの?」
いまだ懐疑的なダイヤに、曜が答える。
「あのね、船長は音楽に詳しいから。私らのプロデューサーになってもらおうと思うの」
「ぷ、プロデューサー!? すごい!!」
「でしょ? 千歌ちゃん」
「で、でも、お金とかかかるんじゃ……」
心配そうに質問する梨子に、慶一が笑う。
「いやいや、俺も久々に音楽と向き合いたかったからな。お金なんていらんよ。無料でお前らを鍛え上げてやるぜ」
その気持ちに偽りはなかった。
慶一は、若者が好きだ。
いや、別に、ロリコン的な意味ではなく。
ロックとは、若い力の爆発だ。
行き場のない精神の所在地だ。
大人への反抗だ。
だからこそ、ロックの洗礼を浴びてきた慶一は、定期的に若者と接したくなるのだ。
まぁその、もちろん。
粘膜を接することがついでにできりゃ最高だがな。
「で、お前らさ。どんな音楽やってんのよ。楽器は? ずいぶん人数多いけど、プログレ的なのでもやってんの? なんか民族楽器でも弾くとか?」
「えと、楽器はやりませんが」
「え?」
「しいて言うなら、梨子ちゃんがピアノを弾くぐらい?」
「は? なに? お前ら、コーラス隊なわけ?」
「あ、あのね、船長。私たちはバンドじゃないんだよ。歌って踊るアイドルグループなの」
「聞いてねーぞ、そんなの」
「船長が私の話を聞かないからだよ」
「そうだったか。すまん。まぁいい。一度、どんなサウンドなのか聞かせてくれよ。楽器はやらなくても、歌はあるんだろ?」
「あ、はい」
録音した音源を流す。
慶一には今一つ理解ができないサウンドだった。
「これは……どういう音の構成なんだ? よくわからんぞ。それに、今一つノッてこない。血肉たぎるものがない。攻撃性もない。聞き手に対する嫌がらせもない。そもそも、特にこの歌。『ユメ語るよりユメ歌おう』とかいう歌。完全に一部、エルトン・ジョンのドント・ゴー・ブレイキング・マイ・ハートのパクリじゃねーか。訴えられるぞ」
「え、えと……」
戸惑う果南。
「そ、そんな歌、知らないよ」
続いてルビィがつぶやく。
「んだとぉ?」
慶一がルビィを睨みつける。
「ドント・ゴー・ブレイキング・マイ・ハートは1976年の大ヒット曲だ。音楽が好きで知らねー奴なんかいねーぞ。ふざけてんのか、てめー!」
「ぴぎぃ!」
ルビィはすくみあがった。
「で、でも、そもそも私たちは、アイドルであって、ロックバンドじゃないわ。反抗だとか攻撃だとか、そういうのを求めているのじゃないのよ」
善子が毅然と反論する。
「お前……なんだ、その黒マント」
「ひぃっ!」
「良いじゃねーか!」
以外にも、慶一は善子の手を握りしめた。
「黒魔術系か? ブードゥーか!? なかなかサイケだな。お前は見所があるぞ!」
「わ、わかるの!? 黒マントの良さが」
「もちろんだ! 怪しい邪術は大好きだぞ! ホーリー・マウンテンもローズマリーの赤ちゃんも大好きだ!」
「め、盟友!」
ひしっと抱き合う慶一と善子。
呆然とその様を見つめる一同に、振り返り慶一は言い放った。
「お前らの態度を見ていて、よくわかったよ。お前らの音楽には、ロックが足りない。ぐちゃぐちゃになって突き進んでいく、攻撃性や根性が足りない。お前ら、ステージでギターをたたき割ったこともないんだろ?」
「そ、それはまぁ……」
「そんなお金ありませんし」
「もったいないよね」
「ふざけてんじゃねぇ!」
「「「ひぃ!」」」
「明日のことなんて考えないのがロックなんだよ。お金なんて気にしないのがロックなんだよ。無軌道なのがロックなんだよ!」
「ぴ、ぴぎぃ……」
「おい、特にお前。いま、『ぴぎぃ』とか、ふざけた鳴き声上げたやつ。出て来い」
「ぴ、ぴぎ……」
泣きそうな顔で、ルビィがおずおずと前に出る。
「お前さぁ。遊んでるわけ? なに、その鳴き声。虫かなんかなの? ん?」
「お、おねぇちゃぁん……」
怯えて、ダイヤにすがるルビィの手を慶一は捕まえる。
「おいおい、馬鹿にしないでくれよ。何なんだよ、お姉ちゃんって。これからロックやって世間と闘おうって人間が、家族の背中に頼るのか? 情けなさすぎるだろ。ん?」
「ぴ、ぴぎぃ……」
「そのうっとおしい鳴き声をやめろっつってんだよ!!!」
慶一が怒鳴る。
ルビィはすっかりすくみあがっている。
もしかして少しちびったかもしれない。
「お前さ、キャラ作ってるだろ? ん? 小動物みたいな鳴き声上げて震えてりゃ、優しくしてもらえるって考えてるんだろ。どうなんだ? え?」
「しょ、しょれは……」
「図星なんだろ、糞ガキ。お前のそういう態度よ、マジでムカつくわ。全然ロックじゃねーわ。音楽にかかわる人間の風上にもおけねーわ。あのよ、ロックってよ、スタンドアローンだからよ。自立してるもんなのよ。人の助けかりねーもんなのよ。だからこそ得られる自由を希求するもんなのよ。一人ぼっちの代償なわけよ。おまえのそのさ、ガキみたいに守ってもらいながら、音楽やるって姿勢、マジで許せねーわ」
「で、でも、どうすれば……」
「よっしゃ。俺がいっちょ、根性つけたる。根性焼き、行ってみよっか」
「こ、根性?」
「あれ? 知らねー?」
「う、うん……」
「世代の違いかねぇ。俺が学生の頃はさ、まず最初にこれやられて、洗礼受けたもんよ。根性つけてやるっていわれてな。軽音部の部室に入ったらさ、上級生どもがスパスパ煙草吸っててさ、それ使って洗礼受けるわけよ。それが悔しくってさ、見返してやるって、ロック精神芽生えるわけよ」
「え、えと……」
「おい、曜。準備しな」
「あ、アイアイサー!」
曜が慶一の鞄から、ラークとライターを取り出す。
慶一は、RCサクセションの『トランジスタラジオ』を歌いながら、煙草に火をつける。
「ご、ごめんね、ルビィちゃん」
「ぴ、ぴぎ?」
意味が分かっていないルビィの腕を、曜がつかむ。
『トランジスタラジオ』の歌詞は、屋上でたばこを吸うところまで来た。
そこで、慶一は、火のついた煙草を口から引き離し、一気にルビィの手の甲になすりつける。
もちろん、火のついた方をだ。
「び、びぎぃぃぃぃ!!!!!!」
ルビィの絶唱。
「ひ、ひぎ、や、やめ」
「動くんじゃねー!」
「ぴ、ぴぎ、あ、あちゅ、あつつつつつつ!!!!ひぎぃぃぃぃぃ!!!!」
ルビィはあまりの痛さに白目をむいて身もだえする。
「歌歌い終わるまでに逃げたら、腹パン5発な」
「び、びぎぃぃぃぃ」
「おら、もう一本!」
「び、びぎ、びぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ちょろ。
ちょろろろろろ。
あまりの痛さと、恐怖によるものだろう。
ルビィは失禁した。
「ふは。ふはははは。おいおい、マジかよ。女子高生にもなって人前で失禁って。お前ダサすぎだろ。しかもくっせーな。どんなションベンため込んでたんだよ」
慶一のその言葉に、哀れを通り越した滑稽さを感じたのか、千歌と梨子がくすくす笑いを始める。
「る、ルビィちゃん、お漏らし」
「しかも臭いって……クスクス」
「ぶ、ふぎ……お、おねぇ、じゃぁぁん……」
白目をむき、泡をふきながら、ルビィがダイヤを見る。
ダイヤは、厳しい眼をしていた。
「殿方の前で、無様に失禁。なんてはしたない。あなたの育て方を間違えていたかも知れません」
「しょ、しょんな……」
愛する姉に三行半をつけられ、絶望感の中、ルビィは気を失った。
べちゃり、と、己の小便にまみれた廊下に倒れこむ。
「オゥ、ベリィダーティー」
鞠莉がえんがちょのポーズ。
「うわっ。ないわー」
果南がケタケタと笑う。
「まぁ、仕方ないわね。確かにこの子、少し甘えすぎだったし」
善子も口元が笑っている。
「頑張ルビィとか、マジ寒かったもんねー」
「うんうん、何を頑張ってるんだ、って話」
「やって当たり前のことでも頑張る宣言してるって言うかぁ」
「正直、これ当たり前の報いかもー」
あはは、と、それぞれに笑いあう。
そんな中、一人、この展開に衝撃を受けている少女がいた。
それは国木田花丸。
ある意味、ルビィの一番の親友だ。
彼女は、この展開は途中で止まると思っていた。
誰かが止めると思っていた。
だが、誰も止めなかった。
それどころか、みんな、内心ではルビィを馬鹿にしていたのだということが分かった。
これは、一種のカルチャーショックだった。
みんな仲が良くて互いに支えあって、幸せで。
日向ぼっこのように優しくて。
そんな大前提が、崩れた瞬間だったのだ。
(下に続く)
2話完結予定です。
1週間以内ぐらいに下を書きます。
頑張ルビィ。