魔法少女リリカルなのは Endless Story   作:ヨシュア・ブライト

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はい、遅くなりまして申し訳ありませぬ!
毎度いってる気がするな(汗
地の文多めな今回になりました。あんまり明るい話ではありませんが、どぞですー♪


EP:8 パートナーだからだ

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 ティアナがアレンがいないことに気付いた頃、彼は街中を歩いていた。目的地は決まっている。魔獣の群れの中心だ。

 そしてそれはもう遠くない。ここに至るために餌の収集役である狼牙種は片っ端から殺したのだ。

 空腹に怒り心頭なのだろう。昨日まではただ感じるだけだった邪気が濃くなっている。邪気の探知出来る距離が短いアレンにでも簡単にわかるほどに。あとはそれを辿ればご対面というわけだ。

 敵は近い。余計なことは考えている余裕はない。思考能力は全てこれから起こりうる戦闘に割くべきだ。

 わかっている。なのに、ヴォルツに聞かれたことが頭にこびりついて離れない。

 

《なぁ、おい。アレンって言ったか?》

 

 ティアナが思考を纏めに外の空気を吸いに言った短い時間の出来事だ。

 彼女がどこかへ行くのを待っていたのか、ヴォルツはアレンに話しかけたのだ。

 

《あの子が危ういの、気付いてるか?》

 

 今日の中で最も真面目な顔をしながらヴォルツはそう言った。

 別段彼女の周囲に脅威は感じない。と、いつも通りにややずれた回答を返すと呆れたと、溜息をヴォルツはついた。

 

《兄ちゃんにも事情があるのはわかる。それは聞かんよ。でももし、これからアンタがあの娘の隣にいるんなら、それじゃダメだ。アンタが支えてやれ》

 

 記憶が穴あきチーズとなった今のアレンにその言葉は理解出来なかった。

 だから、わからないなりに彼女は優秀だと、いらぬ世話は邪魔になるとありのままを答えたのだ。

 間違った答えではないはずなのに、ヴォルツの表情は渋い表情から戻らない。

 

《特別に人生の先輩からアドバイスだ。あの子は今、何かを必至に隠してる。しかもソイツはそれだけでいっぱいいっぱいになっちまうような代物だ。

 もちろんそれが何かはわからねぇが、一つだけ言えるのは仕事なんて手につく状況じゃないってこった。にも関わらず、なまじ優秀なだけにあの子は平常通りに仕事が出来ちまう。

 悪循環だよこれは。追い詰められて神経削られて最後にゃポッキリ行くタイプの傾向だ》

 

 ヴォルツの言葉はアレンにはやはり難解であった。

 例えるならそれは全く言葉が通じない相手に必至に説明しようとする様に良く似ている。

 ティアナが何かを隠していることは知っている。その理由も知っている。原因も知っている。

 だとするならば何だという。その全てが自分にあるというのに。何をどうして支えろというのか。

 

《男なら行動で示せ。お前は俺が守ってやるって意思を背中で語れ。しっかりしろよ。あの子はアンタの大切な人なんだろ?》

 

 尚も迷いながらも頷いたアレンに間違いないと頷いたアレンに満足がいったのか、ヴォルツはニッと笑う。

 

《そう思うなら、今度――》

 

 返事をする前にティアナが合流したため、結局返事は出来なかった。

 最後の言葉に疑問は残るが、方針は決まった。いや、曖昧だったものが固まった。というべきか。ヴォルツの言葉は少なくとも行動を決める上での指針としては十二分。

 

 ……この状況を速やかに終わらせる。彼女の負担を排除する。私に出来ることは、そのぐらいだ

 

 だからこそ、アレンの姿は今、魔獣の大群の中にある。

 考え事をしながらの隠密行動はやはり無理があったのか、気配を完全に殺すことにアレンは失敗していた。

 その結果として返ってきたのは魔獣の大群による逃げ場なしの完全包囲。

 どの道いずれはこうなることはわかっていた。遅いか速いかの差だ。寧ろ手間がはぶけて好都合だと思い込む。

 

 ……戦闘、開始。

 

 見つかっているのならこれ以上息を潜める理由は皆無。

 殺気を解放。外套の内より大剣を固体化し、両腕には篭手を、両足には 臑当てをフラグメントオブダークより編み出し、物質として固定化する。

 瞬間、アレンの足元が炸裂し、弾丸と化したアレンが正面の魔獣の群れに突き刺さる。

 速度は驚異的ではあるが、第三者から見ればたった一人でその大群の中に身を躍らせたアレンはさぞ無謀に見えただろう。

 だが、結果は違う。瞬く間に展開は一方的な様を見せている。そこは正しく処刑場。否、彼からすれば処刑とすら思っていない。これはただの処理だ。不要なものはゴミ箱へ捨てる。その程度の認識で魔獣の命は散っていく。

 

 斬る。

 振るわれた大剣は空を凪ぐほどの軽さで真一文字に通過する。驚くほど滑らかに、バターを削ぐように容易く、前方の魔獣の身体を纏めて四体滑り落とす。

 斬る。

 返しの力でもう一度。感覚はやはりほとんどない。第一波を囮に、切り裂かれた仲間の背後から飛びかかった四体を当然と言わんばかりに先読みされた剣閃が迎撃し、一太刀の元に絶命へと追い込んだ。

 斬る。

 勢いをそのままに大剣ごと振り回して一回転。周囲から魔獣の悲鳴の声があがったが彼の耳には届かない。周囲を囲んでいるという利点を活かしての同時攻撃という発想は悪くはなかったが、配置を完全捕捉しているアレンの前では下策。故に回転斬りの迎撃一手で八体の魔獣が命を散らす。

 そして、それらの死体が地面に落ちるよりも尚速く、アレンの身体から弾けるように放たれた黒鎖が周囲の魔獣へ突き刺さり、瞬く間に刃圏に引き寄せられ、ミキサーに切り刻まれるような形で二十体纏めて肉片へと変えていく。当然生き残るものなどいるはずがない。

 

「アオォォォォォ!!」

 

 しかし、魔獣側も攻勢の手を緩めるつもりもないのか、狼よろしく空に向かって一匹が吼えれば瓦礫と化した街中からぞろぞろと新しい個体が現れる。

 アレンの手によって葬られた魔獣の数、戦闘開始より僅か十秒弱で三十六体。結果だけ見れば凄まじいものだが、魔獣側からすればこんなものは被害とも言えない。

 魔獣の代えはいくらでも利く。対してアレンは一人。バックもいない。息つく暇もなく攻め立てればいずれは疲弊し倒れ伏す。人である以上、それは逃れられない事実。

 人は、数の暴力には勝てない。それを裏付けるかのようにアレンの姿が魔獣群の姿に呑み込まれて――

 

「フラグメント結集。刀身に固定――完了」

 

 ――それでも尚、否、それ故に、アレンは現状を冷静に判断を下す。好機だと。

 影のように羽織われていた外套の三分の二以上が消失。これの意味する所は防御能力の大幅な低下。代価として得るものは、刀身の延長。破壊力の増大。

 漆黒のオーラが握られる大剣から陽炎のように立ち上り、刀身を形作る。その大きさ、五メートルは下らない。それを肩に担いで右脚を半歩下げ、腰を落とす。

 眼前に広がる魔獣達の牙が葬列となって襲い掛かってくる。喰らいつかれればそれだけで絶命するだろう。――それがどうした。

 

「……邪魔だ」

 

 軸足となった左脚が地表に亀裂を入れ、めくれ上がりながら陥没。行われたのは重心移動。続いてギシリという音を立てて大剣が握りこまれ、剣先がピクリと震えた。

 次の瞬間、アレンの前方百八十度が漆黒の闇に呑み込まれる。直接斬撃に触れた魔獣はその部位を削り取られたかの如く消滅する。斬撃から逃れたものもまた、その剣圧に巻き込まれる形で圧殺、だけに終わらない。

 極大の威力を誇った斬撃が放つ破壊は、到底大剣の五メートルという攻撃範囲だけに収まらなかった。

 アレンを中心に四方三十メートルに突き抜ける剣圧。その内にあるもの尽くを吹き飛ばし、あるいは押し潰す。

 飛び掛ったものは斬り裂かれて死に、第二波として控えていたものは剣圧によって押し潰され、後詰めとして待機していたものは倒壊した建造物による瓦礫の巻き添えを喰らう。数の暴力で押しつぶそうとしていた魔獣側からすればそれは悪夢のような光景。

 三百体近い数が存在していた魔獣の群れ。その三分の一が数分の攻防で討滅された。しかもたった一人の人間に。

 敗北の予感に生物的本能が働いたのか、魔獣の群れの包囲が一瞬緩む。

 

「――――――――――――――――――ッッッ!!!!」

 

 人間を相手に、敗北することは、許さない。そう言い放つが如く、怒りの咆哮が一帯を貫いた。

 しかし、これを果たしてただの咆哮と判断していいものなのか。

 巨大すぎる音圧は、到底人間の聞き取れる音ではなかったし、突風に等しい風が轟と唸りを上げる。

 当然、発生源の至近にいた不運な小型の魔獣は吹き飛ばされて壁に叩きつけられて圧死している。

 アレンより前方百メートル、ビルの陰からソレは現れた。

 人型。胴長、短足、顔は醜悪。頭からは二本の角。赤みがかった体色。纏う衣服は茶色いボロ布一枚。童話に出てくる鬼を凶悪なものにすればこうなるであろう。

 ただ、童話の鬼もここまでは大きくないだろう。高さにして、五メートル以上。

 

「オーガ……」

 

 魔獣名、オーガ。

 それが、この魔獣の名だった。

 アレンの世界、グルムではトロル種と呼ばれ、その巨体に見合う体力と怪力に幾人もの傭兵達が命を散らしていった。

 特殊な力は何もなく、物理一辺倒であり知能も低いが、力、という項目に置いては魔獣の中でも上位に位置することから、統率固体として魔獣を率いていることもある。

 

「―――――――――――――――――――ッッッ!!!!」

 

 特徴の一つとも言える咆哮を上げながら巨体が走り出す。ただ、一直線に敵であるアレンの元へと。

 仲間であるはずの牙狼種を意にも介さず踏み潰しながらオーガは走る。その巨体が地に足を叩きつける度、地震に等しい振動がアレンを襲い、動きを阻害する。これもまた、オーガの厄介な所の一つであり、正攻法での攻略が難しいとされていた所以だ。

 しかし、アレンはすでに発見されている上、単騎であるため、使える絡め手が限られる。しかも唯一の活路であるはずの空も鳥型の魔獣が飛び交っているため使えない。

 

「これが狙いか……」

 

 地上戦ばかりで空からは襲ってこないことを不審には思っていたが、全てこのオーガと一騎打ちに持ち込むためだったのだとアレンは理解した。だが、これではっきりしたことがある。

 やはりこのオーガはこの群れの統率固体ではない、ということが。

 知能の低いオーガは突撃以外脳にない。作戦立案自体が不可能なのだ。つまり統率固体は別にいる、ということ。

 思考を纏めた所でアレンはオーガ種を意識の内に入れた。見れば、すでに豪腕を振り上げた所だった。

 数瞬後にはその鉄槌の如き一撃が大地を叩き割るだろう。

 

「オ、オォ……」 

「……終わりか?」

 

 確かに、オーガの一撃はアスファルトで舗装された大地に亀裂を入れた。

 その瞳は驚きに見開かれている。避けた。または外れたのならまだ理解出来た。だが、”受け止める”など、誰が理解出来ようものか。

 たたずんでいたアレンがやったことは左腕を持ち上げること。そしてフラグメントオブダークから盾を編み出したこと、それだけだ。

 オーガの一撃を盾が拳をを受け止めた所で衝撃はアレンに突き抜け、盾ごとアレンを潰す。少なくともオーガと人間の間ではそれが当然の摂理。

 しかし、事実としてアレンは佇んでいる。血反吐を吐きながらでもなく、必至の形相で受け止めているわけでもなく、ただ平然と立っている。

 

「貴様の一撃など、鉄槌の騎士に遠く及ばん……」

 

 突如、オーガのバランスが前方に崩れる。

 全重心をかけていたはずの右拳からアレンが逃れたのだ。

 傾いていく巨体。その巨体故に一度バランスが崩れれば戻すことは不可能。

 トン、と軽い音を立ててアレンがオーガの懐に飛び込む。意趣返しのつもりか、剣は使わず、右の拳を軋むほどに握りこむ。

 

「退け。三流……」

 

 オーガの胴体部へと叩き込まれるアレンの拳。突き抜ける衝撃。オーガの身体がビクリと大きく痙攣した。

 アレンとオーガ、あまりに違い過ぎる体格。オーガからすれば米粒のようなアレンの拳。

 しかし、その拳の威力に、オーガの身体はくの字に曲がる。

 強靱なオーガの身体をものともせず、内へと沈み込んでいくアレンの拳。

 遅れて衝撃が全身を貫き、口腔から大量の血反吐を吐き、やがて、白目を剥きながら、轟音と共に倒れ伏し、絶命したのであった。

 

▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 オーガを倒してよりさらに数分の時が過ぎた。どちらが優勢であるのかは魔族の死体の数が物語っている。

 ただでさえ一方的な様を見せていた戦いはもう戦いとも呼べぬほどに悲惨だった。

 闇雲にアレンへと正面から襲い掛かり、あっさりと殺される。その繰り返し。当初、戦術めいた動きで襲い掛かってきた魔族はもう見る影も無い。

 群れというのは頭が潰れれば機能を失うことが往々にしてある。現状の魔族がそうだ。

 オーガという存在は統率固体ではないにしろ、戦力の中核であったのは間違いなく、精神的支えを失った彼らが瓦解するのは当然の摂理だ。

 

 ……何だ、この違和感は。

 

 正解であると、アレンの中の知識は言っている。

 しかし、これはあくまでテンプレート。通常ならの場合だ。

 アレンにとって異世界であるミッドチルダで魔族と戦っている、ということ事態が常識外。

 そも、何故魔族がミッドチルダにいるのか? 簡単だ。魔王が召還したから。という答えで間違いはない。

 魔王の目的はアレンを倒すこと。にも関わらず差し向けてきているのは下位クラスの魔獣ばかり。こんなものが何体集まろうと万全のアレンの敵ではない。 

 

 ……時間稼ぎ、か?

 

 となれば、辿りつく答えは必然的にここになる。ここで魔王はアレンを倒すつもりはない、ということ。

 だが、何故? 巡る思考。途切れた記憶の中に答えは、ある。

 気付いた途端、アレンは己の愚かさに歯を食い縛る。

 つい先日、思い出したばかりではないか。と。

 魔王は、魔王らしくあるために魔王が取るであろう行動を模倣する。

 そして、ここでアレンを足止めしているということは他に狙う所があるということ。

 基本的に魔王はアレンに対して執着が強い。アレンを痛めつけるために行動している節があった。

 直接的に痛めつけるという行動に出ていない今、最もアレンが傷つくとされる出来事は、考えうる限りで一つだけ。

 "守りたい人を殺される"こと。

 

「っ……」

 

 そう思ったのが引き金となったのか、ピシリ、と亀裂めいた音を立てて、頭に杭が打込まれるような激痛。

 ザーザーとノイズが走る。身体の感覚が薄れ、五感が消失していく。古いテレビの電源が落ちるようにプツンとアレンの意識は現実から切り離された。

 

 突如として移り変わる地形。近未来的であった街並みから紅の世界へと移り変わる。

再び構成されたアレン・テスタクルは視覚をかつての自分と共有していた。

 広がる景色は一面紅蓮。伝承にある地獄の一つを再現すればこうなるに違いない。村は、魔族の被害にあったのだ。

 ここが村の中だと理解するのにしばらくかかった。いや、自分の記憶で無ければ村だと理解すら出来なかったかもしれない。

 それでもわかったのは良く知った村だったからだ。故郷というならこの村こそが故郷だったのだからよく知るのは当たり前。

 

 地獄と化した村をアレンは息を切らせ、目まぐるしく視線を動かし、生存者がいないかをその気配で探っている。

 なまじ感覚が鋭かったのが良かったのか、はたまた災いしたのか、かつてのアレンは生存者の反応を見つけた。

 焼け落ちる家屋の瓦礫の下敷きになっている少女を見つけたのだ。

 やっと見つけたたった一つの命。絶対助けると心に決め、全身が火傷を負っていくことも気にかけずアレンは瓦礫を退かしていった。

 その姿を見て、少女はどう思ったのかニッコリ微笑んで手を伸ばし、アレンが小さなその手を掴んだ時。

 

『……り……がと』

 

 最後の力で呟き、そのまま事切れていた。

 

『あ、あ……。ァァァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』

 

 

 叫んだ。記憶の中のアレンの怒りと悲しみに身を任せた獣じみた咆哮。

 何故助けられなかった。目の前にあったたのに、もう少しだったのに。あと少し、あと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少しあと少し。

 視覚は次々に移り変わる。移り変わる度にアレンは強くなっていった。傭兵となり剣術を覚えた。師を仰ぎ、さらなる高みへと至った。願いを受け遂には魔王を打倒しうる力さえ手に入れた。

 守れるものも、守りたいものも少しずつ増えた。一つの村から一つの国へ、一つの世界へ。

 その影で取り落とすものも当然増えた。助けてと伸ばされた手。それを手に取るために強くなったというのに、結局彼は手に取ることが出来なくて。

 

『どうして、助けられなかった』

 

 ザクザク

 

『お前があの時、違う選択をしていれば』

 

 ザクザク

 

『皆は助かったのに、どうして選択を誤ったのか』

 

 ザクザク

 

 呪詛めいた「どうして」は現在のアレンへと逆流するほどのモノであり、自分で自分を滅多刺しにするという冗談めいた幻覚さえ見えてくる。

 宿主が壊れようと構わない。寧ろ死ねと言わんばかりの自責の記憶。

 明滅する視界。砕け散る寸前の精神の中で、それでもアレンは一つの映像に意識を向ける。いや、強制的に向かざるを得なかった、というのが正しいか。

 存在するのはたった三人。他の記憶に比べれば随分少ない。が、見てはいけないものだと直感する。今までの比ではない。見れば確実に崩壊するものだと確信がある。

 死ぬ。これを見れば記憶の中の自分に呪い殺される。 

 だが、アレンの意思など無視して記憶はアレンを飲み込み――

 

《自壊する気か。たわけめ……。全く、しょうがないやつだな貴様は》

 

 ――場違いな、呆れ果てた、それでいてどこか楽しそうな声が響き、プツンと電源を落としたのようにしてそこで夢は終わり、意識は暗闇に落ちた。

 

《さて、疲弊している所悪いが問おう。――というか貴様が勝手に開きすぎただけであって私の落ち度ではない。自業自得だ阿呆》

 

 いきなり罵倒されたかと思えばアレンは甘い匂いに包まれる。貴様は誰だと問う時間もない。

 幻術の類。この声の主が放ったものだろうが、危険だと頭ではわかりつつも、発生源がどこにあるのかわからないのでは対処の仕様もない。そもそもとして身体は動くような状態ですらない。

 抵抗すら許さず、甘い匂いの中にアレンの精神は沈んでいく。ズブズブと底なし沼のように迷路の中へと誘っていく。

 

《アレン・テスタクルの始まりは大切なモノを魔族に壊され、その先もまた同じ。

 いかに力をつけようと、いかに仲間を得ようと、魔族と戦うということは失うことと同義》

 

 肯定。

 

《行けども行けども、その道は血に濡れ、渇くことはない。苦しみ苦しみ未だ進むは茨道》

 

 肯定。

 

《ならばいっそ諦めてしまえば楽になれる》

 

 肯定。

 

《守るものなどなく、守る必要もない。甘美な人生を謳歌できよう》

 

 肯定。

 

《守りたいものを失う辛さを思い出した今こそ最上の判断を下す時。元はと言えば勝手に関わってきたのは向こう側。助ける義理などありはしない。そうは思わないか?》

 

 肯定。

 

《なら、答えは出ているな? 見捨てることこそが貴様の最善だ》

 

 肯定。話し始めて日も浅い。考えていることは理解不能なことばかりだし、これから先も理解出来るかと言えば疑問が残る。

 

《……とかいいつつ従う気ないだろう貴様》

 

 肯定。

 

《少しは迷え。たわけが……。理由を言え。一秒以内。かつ、十文字以内だ》

 

 甘い匂いが消える。五感が戻る。瞼を開けば眼前に浮かぶ魔獣の顎

 あのまま幻術にかけていることも出来たというのに術者は死の直前で幻術を解いたらしかった。

 与えられた時間は刹那。迷うようならその程度。そこでお前は死ねということだろう。迷うはずもないが。

 

「……パートナーだからだ」

 

 きっちりと十文字以内に収めつつ、アレンは眼前の魔獣は真一文字に斬り裂いた。

 追撃はない。あれだけ執拗に攻め寄せてきていた魔獣達は一定の距離を取って様子を窺っている。

 それを勝手に合格と解釈してアレンは跳躍、その場を後にし、パートナーの救助へと向かった。

 

▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲

 

 その姿をビルの屋上より見送る姿が一つ。マントで身体の大部分は隠れているが、見た目は間違いなく女性だった。

 風にさらさらと流れるような艶やかな紫髪。刃の如く鋭い目。それでいて男を惑わす魔性の美貌というちぐはぐさ。しかし、我は武人であるとその気配が物語っている。

 

「パートナー、か……」

 

 何気なく呟いた一言だが、それは驚愕の事実である。なんせ、女性がいる地点からアレンのいる場所までは三キロ以上の開きがある。距離において叫んだわけでもないアレンの言葉を聞き取っている時点で人間の所業ではありえない。

 が、女性からすれば当然のことであって、そんなことは気にもかけない。女性の中で最重要たるべきものはアレンの言葉のその一点。

 

「今までに無かった変化ではあるが……」

 

 そう、どちらかと言えばこれは喜ばしいことのはずだ。

 多角的視点から見ればアレンの変化は好ましい部類だ。だが、理解とは別の所の感情が納得いかぬと猛っている。

 

「我が認めてやった女は一人。その者以外に揺らぐなど、我は許さん……」

 

 今回女性に任された役は監視役。任務中は必要なこと以外には手を出すなと言われている。

 

「ああ。命は守る。任務中は傍観するに務めよう」

 

 女性の忠義は固い。その言葉通り、任務中は何があろうと傍観に徹するのは間違いない。

 

「が、報酬に戯れるくらいは許してもらえるのだろう?」

 

 だから、任務が終わったあとで少し羽を伸ばすだけ。

 結果、巻き込まれて誰かが死のうとも、ちょっとしたうっかりで済まされるはずだ。

 明らかに理不尽極まりない理由だが、無言の返答を女性は了解と受け取った。

 無表情から微笑へと、鉄面皮を崩した女性の姿は数瞬後には跡形も無く消えていた。




さてさて、知ってる人は知ってる人が早くも登場(笑
いやぁ、すんません、勢いです(笑

さて、ここまで呼んでくださった読者の皆々様に感謝感激です。
相変わらず不定期だとはおもいますが、よろしくお願いします!
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