エミヤとイシュタルの話   作:鈴隙

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第一部が終わってすぐくらいの話です。
捏造設定あり。


第1話

01

 

月が出ていた。

他の星々をかき消すほどに輝く黄金は、山脈に積もる雪に反射して夜の世界を染め上げる。

凍えるような寒さのなかで、澄んだ大気の中を降り注ぐ月光は、どこか神聖な気配を漂わせていた。

 

吐いた息は白く、宙を漂いやがて消える。

人理焼却、魔術王、 聖杯探索(グランド・オーダー)。世界の存続を賭けた大きな戦いがあったのが、遠い昔のことのように感じられる。

信じられないほどに穏やかで静謐な世界を、弓兵はぼんやりと眺めていた。

あの戦いがあったのは、ほんの数日前のことだというのに。

 

その弓兵は、カルデアではエミヤと呼ばれていた。彼は数多くのサーヴァントの中でも珍しい、未来の英霊に分類される。

エミヤという名は、彼の生前の名前に由来するが、その記憶は曖昧だ。

繰り返される闘争の中で記憶はすでに磨耗し、多くのことは思い出せない。

正義を為すという願いの体現者であり、人類に敵するものを屠る無銘の剣。それがエミヤである。

彼は世界と契約し、世界を守るために永久に働き続ける役割を担っている。今はこうしてサーヴァントという形で現界してはいるものの、人類史を守る戦いが終わった以上、やがてその契約は破棄され、その記録は座へと還元される。

 

であるならこの瞬間は、彼にとっての束の間の休息であった。

 

「――――」

 

月を見る。

月の光を見ていると 、時折フラッシュバックする光景がある。

古びた土蔵、月下の騎士、黄金の意思を宿すその瞳。

 

「セイバー・・・」

 

かの騎士王もまた、カルデアによって召喚されている。星霜の年月を経て、再び肩を並べ共に戦えたという経験は、彼にとって決して小さくない意味を持っていた。だが、

 

「まさか黒化(オルタ)とは。そしてそれを律することができるマスターがいるとは、世界は広い」

 

カルデアの側に召喚されたのは、かつてエミヤがともに戦ったアルトリアではなく、セイバー・オルタだった。アーサー王の暴君としての面を担う彼女と、まさか人類を守るために協力することがあろうとは、エミヤが呼び出されたときには思いもしなかった。

 

「本当に、世界は広い」

 

誰も聞くものがいないから、エミヤは心の底から、しみじみとその言葉を口にした。

そう、世界は広いのだ。

 

人類の歴史が塗り替えられ、未来を取り戻すために奔走する。その長い旅路。

中でも強く印象に残るのは、第六の特異点。円卓神聖領域キャメロット。

アルトリアが、王として国を担い奮闘した城、その円卓の舞台での戦い。

 

「べディヴィエール・・・、そして、獅子王」

 

獅子王の存在には、大きな衝撃を受けた。正史とは異なる、本来ありえないはずのイフ。

完全に人からかけ離れた、神霊と化したアーサー王。それに従う円卓の騎士。

王のためにと地獄を生き続け、千を越える時を彷徨った忠義の騎士べディヴィエール。

 

人としての在り方をすべて捨て、神と成り果てた彼女の姿を哀れに思った。

それでも彼女を人として慕ってくれていた騎士がいたことに安堵した。

あの特異点を駆ける中で、黄金の騎士王と共に戦った遠い日々を否応なく思い出した。

 

そして気付く。多くが摩耗した中にも、残り続けている何かがあって――。

 

これまで、本当に多くの出会いと、それ以上の争いがあった。

 

笑顔があり、悲劇があり、そして、奇跡がそこにはあった。

 

とりわけ、1年間の特異点を巡る旅。それは。

 

「ああ・・・。この一年の戦いは、私にとってーー」

 

人類の存続をかけた、歴史を巡る、かつてない規模の過酷な戦い。

エミヤにとっても群を抜いて危険で厳しいものであったが、そこで得られたものは大きく。

そして何より、そこに別れはあったけれど。

 

ーー最後は、ハッピーエンドだった。

 

「・・・よかった」

 

ぽつりと、エミヤはそう呟いた。

万感の思いを込めて、自分以外聞くものがいないからこそ、心の底から正直に、言葉を口にした。自分らしくないなと思いながら。それでも。

自分から生じ、自分に宛てた、自分しか聞こえない言葉を口にする。その口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。

 

けれどそんなエミヤを、こっそりと眺めていたやつがいたわけで。

 

「ぇええええーーーー!?」

 

突如飛来するかん高い悲鳴。同時に飛来するまばゆい光。

それがエミヤの目の前に急降下し、衝撃で地面が揺れる。

ずどーーーんと空気がぶち壊され、静寂も静謐も霧散して消える。

積もっていた雪が霧散し、あたりがホワイトアウトした。

 

「っ――、なんだ!?」

 

ただ事ではないと身構えるエミヤ。

雪埃舞う中、多大な魔力を感じる。なにやら、ものすごい魔力を内包したなにかが落ちてきたらしい。

しかも、その落下物はどうやら光を放っているようで、月の光と合わせて、あたりが非常に明るくなっている。

そうしていきなり、エミヤは襟首を掴まれた。

 

「ね、ねぇ、アーチャー!! あなたアーチャーよね!?」

 

聞こえるのは少女の声。その主を、エミヤは知っている。

 

「さっきなんかすごく満足そうな顔してなかった!? 気のせい?いや、間違いなくすごく幸せって感じの顔してたわ!」

 

ガクガクと前後に揺すられる。

そこにいたのは、メソポタミアからやってきた、疾風怒濤のうっかり娘(神)。金星を司る露出多き女神。

 

「は、離したまえイシュタルっ!というかどこから現れた!?」

 

「そんなことどうだっていいじゃない!そんなことより、さっきの表情もう一度してみなさいよっ!ほら早く!」

 

「何を言っているっ!?」

 

「何を言ってるじゃないわよ!あんないい感じの満足げな笑顔浮かべちゃってさ!私がどれだけあなたにそんな顔してほしくて――」

 

「っ……、君は――」

 

イシュタルの顔をみる。そこにあるのは、普段の余裕に満ちた女神の表情ではなく、顔を真っ赤にし、目を潤ませ声を荒げる少女の姿で――、

 

「ほんとにあんたはっ――!」

 

そこまで口にしたところで、パタンと、イシュタルはエミヤの方に倒れ込んできた。その体を慌てて受け止める。

 

「イシュタル、急にどうした――」

 

エミヤが顔を覗き込むと、そこには目を閉じ、寝息をたてる少女の姿が。

どうやら意識を失ったようだ。

 

「――――いったい、なんだというんだ」

 

途方に暮れて、天を仰ぐ。

山には、先ほどまでの静けさが戻りつつある。

 

氷点下以下の雪積もる山頂で、柔らかい月の光に包まれながら、半裸の少女を抱き抱える長身の男。

月がそのシルエットを、雪の上に写しこんでいた。

 

〈続〉

 

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