02
「――――」
微睡みから浮上する。
ゆっくりと目を開けると、人工的な灯りが目に飛び込んできた。
どうやら室内にいるようだ。先ほどまで優雅に星空の中を遊覧飛行していたはずが、いつのまに部屋に戻ったのだろう。
「あれ、私、どうして――」
呟きつつ身を起こす。
なにやら記憶が曖昧だ。
目を覚まそうと、ウーンと体を伸ばす。
そこで気付く。ここ、私の部屋じゃない。
「あっれー?」
見ると、毛布がかけられている。
神の身には不要なものであるが、あるならあるでぬくぬくと暖かい。
だが、誰がかけてくれたのだろう。
そう思い部屋を見渡すと――、
「まったく、それでもかの英雄王を困らせ続けた女神かね」
「げっ」
声の主へと目を向ける。
そこには、見知った男がひとり。それは、彼女と同じアーチャーのクラスに属するエミヤと呼ばれる青年だった。
ポットを持ち、器用に紅茶を注ぎながら、人を小バカにしたような笑みを浮かべてこちらを見ている。
なぜだか無性に腹が立つ。
「突然空から降ってきたと思ったら、次の瞬間には気を失うとはな。女神が聞いて呆れる」
口を開いたと思えば、こんな無礼なことを言ってきた。
「失礼ね! ていうか、私をこんなところに連れ込んでどうする気よっ、ていうかもしかして寝てる間になにかされた!?」
「生憎と、君のような小娘にそんな気を抱くほど若くなくてね。 おっと、中身は齢千を越える年増《ババァ》だったか」
「あなた、神に対する敬意ってものがなっていないみたいね・・・・・・!」
そう言って睨み合う。
思えば、カルデアに召喚された当初から、イシュタルはこのエミヤという男のことが気に食わなかった。
ファーストコンタクトが最悪だったのもあるが、それ以上に、見ているだけでなにかざわつく。
イシュタルという女神の性質上、エミヤという男の不器用な在り方は、通常であれば腹を抱えて面白がりこそすれ、気に食わないほどのものではないはず。
なのに、どうしてだか、その存在が気に入らず、なんだかいらいらする。
相手が気に食わないのなら、コンタクトをとらなければいいだけの話なのだが、なぜか放っておくこともできず、なぜか気になる。
薄々と、依代となった人間の影響のような気がしているが、ともかくイシュタルは、エミヤという男が気に食わないのに気になっている。
結果これまでイシュタルは、エミヤという男に絡んでは、散々な目にあってきたのだ。
つまり、この男と話したら、ろくな目に合わない。そうイシュタルは思っている。
無論、エミヤも同じことを思っている。イシュタルのおかげで、どれだけトラブルに巻き込まれたか。
「ほんとに何なのよあなたは・・・。気に入らないわぁ」
「それなら私になど、構わなければいいものを。
・・・紅茶をいれたが、いるかね?」
「・・・・・・いただくわ」
実は先程から、芳ばしい香りが部屋に満ちている。
やはり気に食わないことではあるが、このエミヤというサーヴァント、料理の腕が非常に優れている。
このことはすでにカルデアでは周知の事実となっており、お菓子作りや珈琲紅茶をいれる技術の高さは、あのフランスが誇る姫君も絶賛したほどだ。
エミヤから、紅茶の注がれたカップを受けとる。
イシュタルが地上にいた頃には、こんな洗練されたティー文化はなかった。にもかかわらず英国式の紅茶に抵抗がないのは、この身体の依代となった少女が、この文化を享受していたからだろう。
匂いを楽しんだ後、液体を口に含む。
エミヤの淹れてくれた紅茶は、悔しいことに、美味しかった。
「・・・・・・やっぱ気にくわないわ」
「む、口に合わなかったか? なら淹れ直すが」
「ち、ちがうわよっ。
・・・この紅茶は正直ものすごく美味しいわ。悔しいことにね」
「そうか、それはよかった」
どこか安堵したような笑みを浮かべるエミヤ。普段はひねくれ者なのに、こんな風にどこか素直なところもある。
不思議な青年だと思う。擦れているのにもかかわらず、完全に擦り切れてはいない。
――結局どこまで言っても、■■■は■■■だってことかしらーー。
どれだけ年月が、経ったとしても。
「――イシュタル?」
「――――ん」
気付けば、エミヤが怪訝な顔でこちらを見ていた。
少しぼおっとしていたようだ。
「どこか調子でも悪いのか?」
「・・・んー、大丈夫よ。心配してくれてありがと」
「――――」
「なによ、そんな変な顔しちゃって」
「いや、君がそんな素直に礼を言うとは思わなくてな。」
「失礼ね。いくら神とはいえお礼くらい言うわ。
――そりゃむきになっちゃって、お礼どころじゃなくなっちゃうことの方が多いけど・・・・・・」
「む、後半が聞こえなかったのだが」
「な、なんでもないわっ」
たしかに、今夜の私はどこかおかしいかもしれない。
このエミヤという青年を前にして、いつも以上に平常心が保てない。
――もしかして、惚れちゃった?
そう己に問いかけてみる。
たしかにイシュタルという女神は非常に惚れやすく、神話においても数多くの愛憎劇を繰り広げる女神ではあるが。
「いや、それはない。ないはず・・・・・・・」
この体になってから、そうした性質はわりと抑えられているはずだ。
それに、彼とは『そうであってはいけない』ような気がする。百万歩ゆずって仮にそういうことがあるとしても、それは『今ではない』。今そうなるのは許さないと、自分の中で何かが訴えかけてくる。
「あー、ほんと、なんなのかしら・・・・・・」
本当に、よく分からない。
エミヤという男のことを、イシュタルはよく知らない。
知っているのは、彼がカルデアのサーヴァントの中では古参であり、マスターからの信頼も厚いということ。外見に似合わず器用で、料理から工作までいろんなことができるため、カルデアのスタッフからも慕われているということ。弓兵のくせして近接戦が得意で、かつ特殊な魔術を使うということ。
以上のことは、普段の彼の行動や、その周囲の人々の反応を見ていたら分かることだ。イシュタルは、それ以外の彼のプライベートな部分はなにも知らない。
カルデアには数多くの英霊がおり、自分のことを話したがる者もいれば、そうではないものもいる。エミヤは後者だ。彼はあまり自分のことを詳しく語りたがらない。
そしてその理由は、なんとなく想像できる。きっとそれは、彼が、他の英霊たちと大きく異なった存在であるからだろう。
エミヤは、大きな出来事を成し、名を上げ功績を残し人々に支持/恐怖された、文字通りの『英雄』たちとは異なる。彼は自ら世界と契約し、英霊としての形を得たモノだ。
すなわち、抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)。今ある形で世界を延命させるための霊長の守護者であり、人類を存続し続けさせるための使い走り。
イシュタルは神霊という星(ガイア)寄りの存在であるため、エミヤがその対極であるアラヤの存在であることは、一目見たときすぐ分かった。
彼は、人類を守るための掃除屋だ。
永劫の時を、ヒトというものを保持するためだけに、善も悪もなく戦いを続ける救世主であり殺戮者。
どうして彼は、そんな存在に成り果てたのだろう。
それほどまでに彼が求めたものは、いったいなんだというのだろう。
少し考えただけでも、そうした在り方が歪であることなどわかるだろうに、なぜその道を進んだのか。
自分を苦しめて、己を束縛して、なにを得ようとしたのか。
そんな自分を省みない生き方の、なにが楽しいのか。
快楽を、奔放を愛する女神からすれば、彼の在り方はあまりに偏屈すぎる。
「あー、やめやめ! こんなこと考えても仕方ないんだから!
――ね、なにか楽しい話しましょ?」
「なんだ、藪から棒に」
「あなたが辛気臭い存在だからだめなんでしょ。
一瞬とはいえ私のテンションを下げたんだから、責任とって場を盛り上げなさい」
「なんて身勝手な・・・。
というか私のどこが辛気臭いと――」
「全部よ全部!
そんなことより話よ話」
「全部・・・・・・・」
イシュタルの横暴にエミヤは頭を抱える。
というか、辛気臭いと言われてわりと落ち込む。
「そうねぇ・・・・・・。
あ、そういえばあなた、あの金ぴかと面識あったんでしょ? そのときの話しなさいよ!」
「む、英雄王のことか?」
「そうそう、ギルガメッシュ。
彼とあなた、すごく仲悪いじゃない。昔なんかあったって聞いたわよ?」
「仲が悪いもなにも、向こうが私を毛嫌いしてるだけだ。まぁ、私もかの王のことは好かんがね」
「むしろだれが好いてるんだって話よねー。あいつ、基本的に暴君だから」
「マスターとマシュは好ましく思っているようだぞ。彼の王としての在り方を尊敬しているようだ」
「マジ? 特異点の姿に釣られすぎじゃない?
あのときは賢王だったらしいけど、あれはそれほど状況がヤバかったからああだっただけで、基本優しさのかけらもない奴よ。私も何度串刺しにされかけたことか」
「それは、君が相応のことをしたからではないかね?」
「してないわよ! たしかに災害起こしたり、彼の住居を爆撃したりはしてたけど、そのくらいで殺そうとしなくてもいいじゃない!」
「・・・・・・」
「その沈黙はなによ! そもそもあいつはねーー」
「だかそれは君がーー」
「慢心して負けるってかっこわるーー」
「投影ーー」
「AUOってーー」
意外と、話がはずんだ。
ギルガメッシュの話から、イシュタルのいた神代の話。エミヤの知る現代の知識や、彼が知っている聖杯戦争の話。
夜が更けていく。
夜明けが、少しずつ近づいてきていた。
〈続〉