〈epilogue〉
マシュ・キリエライトは、カルデアの廊下をずんずんと歩いていた。
その背中には、かつてないほどのやる気に満ち溢れている。
「今年こそ、マスターにすばらしいチョコレートをプレゼントするんです!」
2016年を乗り越えたものの、2017年には新たな戦いが待っていた。
2月には、乙女にとっての一大イベント、
カルデアにいるのは一騎当千の猛者たちばかり。彼女たちに負けないよう、マシュという少女もまた戦いの準備をこっそり着実に行っていた。
「今日はエミヤさんと一緒に、新しいチョコの作り方を教わることになっています。今年こそは、先輩があっと驚くようなチョコをっ!」
決意を胸に秘め、少女は歩いていく。やがて、目的の場所にたどり着いた。
「エミヤさん、おはようございます。マシュ・キリエライトです」
そういって、扉をノックする。
エミヤという人物は、非常に早起きなことで知られている。
早朝から料理の仕込みや鍛錬に励んでいるため、既に起床し、活動しているだろう。
そう思って、エミヤの部屋を訪れたのだが。
「……返事がありません」
もう一度、先ほどよりも強くノックする。
すると、なにやら中から物音が聞こえてきて。
「きゃああああああああああああああ!!!」
女性の悲鳴が聞こえてきた。
「!? 失礼します!」
これは只事でないと、急いでドアを開ける。鍵はかかっておらず、簡単に扉を開けることができた。
「どうしました――――って、イシュタルさん?」
「な、なななな」
なぜか部屋の中には、女神イシュタルがいた。
部屋に備えられたベットのそばで、彼女は顔を真っ赤にして、わなわなと震えている。
手にはシーツを持っている。状況から見て、先ほどまで寝ており慌てて立ち上がったのだろう。
ベットの上にはエミヤがいる。何が起きているのか分かっていないのか、めずらしくきょとんと、目を白黒させている。こんな無防備な彼の姿を見るのは初めてかもしれない。
(いったいこれは、どういう状況なのでしょう)
マシュは考える。
ここはエミヤの部屋だ。しかし、中にはエミヤのほかにイシュタルがいる。
二人の様子からすると、どうやら先ほどまで両者は同じベットで寝ていたらしい。
そして、先ほど聞こえてきたイシュタルの叫び声。
マシュは少し考え――、
「・・・・・・これは、事件ですね!」
「「!?」」
「先輩を呼んできますっ!」
「ちょ、ちょっとマシュ、待ちなさい!!」
「いえ、待ちません! 男性の部屋、少女、朝帰り、お約束展開・・・。これが、噂にきく
センパーーイ!!と叫びながら、身体能力をフルに発揮しマシューは部屋の外に飛び出していく。
「――い、いまのマシュをマスターのところに行かせるのはまずいわっ、阻止しないと!!
エミヤくん、後で何があったのか、じっくりきかせてもらうからね!!」
そう言ってイシュタルもまた、外へと飛び出していった。
部屋には1人、エミヤだけが取り残される。
「――」
物事の変化に頭がついていっていない。
先ほどまで自分は深い眠りの中にいたのだ。
それが、イシュタルの悲鳴で突如意識が覚醒した。
どうやら、同じ布団で二人とも寝てしまっていたらしい。
――そういえば、まどろみの中で、誰かに抱きしめられていたような――。
「・・・」
昨夜のことは、果たして現実だったのだろうか。
それとも、夢を見ていただけか。
エミヤは、ゆっくりと立ち上がる。
壁に吊るされている赤い外套の前まで歩いていく。
エミヤのトレードマークともいえる、聖骸布でできた赤い外套。
そのポケットから、あるものを取り出す。
それは、真紅の宝石のついた、古びたネックレス。
英霊エミヤが、生前から持ち続けている、大切な記憶の残滓。
それをやさしく、握り締める。
「エミヤ君――か。」
先ほどイシュタルは、自分のことをそう呼んだ。
たまたまか、それとも――――。
遠くから、どたばたと騒音が聞こえてくる。
騒動が少しずつ大きくなっているようだ。
気のせいか、破壊音のようなものまで聞こえてくる。
それと一緒に、人の叫び声まで聞こえてきた。
――いくわよマアンナ!
――――おい!てめぇ廊下で何をゲフッ・・・ッ!?
――――――クー・フーリンが撃たれたぞ!!
――――――この人でなし!
――――――――あなたたち邪魔よーーっ!
ずどーんとかどかーんとか、聞こえちゃいけないはずの音まで聞こえてくる。
ロマンのいない今、この騒動を対処できるのはおそらくマスターしかいないだろう。
だが、カルデアで起こる騒動が、そう簡単に収まるはずはない。おそらく自分もこれから巻き込まれていくのだろう。というか、むしろすでに当事者なのか。
これから訪れる苦労を思い、エミヤはため息をついた。
その口元には、わずかに、けれと確かに、微笑みが浮かんでいる。
もう一度、手のひらの宝石を握りしめる。
今日もカルデアは、ありえないはずの奇跡に満ち溢れていた。
〈FIN〉
これにて完結です。
本当は2月3月あたりに投降したかったのですが、時間が取れず5月になってしまいました。時期外れですいません。
読んでくれてありがとうございました!