ソードアート・オンライン――紅の聖騎士と白の剣士―― 作:焔威乃火躙
ここまで続いた『ソードアート・オンライン――紅の聖騎士と白の剣士――』もいよいよ最終話です。ここまで愛読していただいた読者様、本当にありがとうございました。最終話は、5000字オーバーの過去最大作となりました。是非、最後までお楽しみください。
以上、ニュースアート・オンラインでした!
激闘を繰り広げること1時間、幾度となく鎌を弾き返し隙を見ては一撃与えるの繰り返した。その間にも他のプレイヤーたちによる側面からの攻撃でじわりじわりと減らしていく。
ソードスキルでも喰らったのか、死神の如き骸骨は悲痛の叫びをあげる。HPを確認すると最後のHPバーも残り1cmにも満たない。
「全員、突撃!」
このチャンスで一気に押しきるべく、パーティ全メンバーに呼び掛ける。
無抵抗の骸を総員で袋叩きにする。無論、ソードスキルも遠慮なしに放つ。それぞれ最大の力をもって死神を冥界に送り戻さんと。
死神は徐々に縮こまり最終的には残った命を切らし、青白い光と共に爆散した。
パーティ全員はボスの消滅と同時に、フィールドに座り込んだ。誰1人として歓喜をあげることもなかった。まあ、あれだけの強敵相手に健闘したのだ、無理もない。
ふと気になったのか、クライン君が疲弊した声で呟いた。
「……何人、やられた?」
誰もが気になることであった。その問いに答えたのはキリト君だった。
「……14人死んだ」
そして同時に、知りたくないとも思うようなことだった。それを聞いた他のプレイヤーは驚愕の声を漏らす。
「嘘だろ……」
「……これがあと25層、俺たち、本当にてっぺんまでいけるのか……」
私自身もただのプレイヤーだったなら、ここで攻略を放棄していたかもしれない。
だが私を含め、諦めてはならない。我らが求めるもののためにも……
とは言え、ここまで圧倒的な強さを目の当たりにし叩きのめされては、幾ら豪胆なプレイヤーでも死の恐怖には敵わないだろう。そんな中にいる彼らを私は憐れんだ。
そんな感情を抱いたが故に、私はこの世界に生まれて初めて
突如、視界の端から何かが飛んでくるのが見えた。咄嗟に盾を構えるが、それをすり抜けて突進してくる。
「ちょっとキリト君!何を…………」
アスナ君は驚愕した。それはキリト君が私を目掛けて剣を突き刺したことにではない。そもそも彼は突き刺そうとしただけだった。
漆黒の剣の切先は私のほんの少し手前で止まっていた。切先は透明な障壁に阻まれていた。その障壁にはもうひとつ、
『Immortal Object』
「システム的不死……って、団長、どういうことですか?」
アスナ君の問いに私は無言で答えた。その答えをキリト君が代弁する。
「この男のHPはどんなことがあろうとも絶対にイエローまで落ちないようにシステムに保護されているんだ。不死属性なんて、一般プレイヤーにはありえないし使えるのも管理者ぐらいだよ。でもこのゲームには管理者はいない。そう、ただ1人を除いては……」
私の正体を知った彼と彼の言葉を聞いている私は異様なほどに落ち着いていた。そして、遥か遠き記憶を思い出すかのように彼は話を続ける。
「この世界に来てからずっと疑問だった。あいつは今、どこから俺たちをみて、この世界を調整しているのか、ってな。でも単純な心理を忘れていたよ。『他人のやっているRGBを傍から眺めるほど詰まらないものはない』……そうだろ?茅場晶彦」
全員の視線がこちらに集まる。私はキリト君に訪ね返す。
「何故気がついたのか参考までに教えてもらえるかな?」
それを聞いたプレイヤーたちは愕然とした。ただ1人を除いては……
「最初におかしいと思ったのはあんたとのデュエルのことだよ。あんた、最後のあの瞬間だけあまりに速すぎたよ」
「やはりそうか。あれは私としても痛恨時だったよ。つい、システムの『オーバーアシスト』を使ってしまってねぇ。君の強さには圧倒されたよ」
そして、唖然としたプレイヤーたちを見回し鼻を鳴らすと、渾身の演技力を込め絶望的な宣言をする。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えるなら、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
冷たく静まり返っていた空気は一気に騒然とした。そんな中でも、キリト君は冷静に言葉を返す。
「……いい趣味とは言えないぞ。最強の騎士が一転、最悪のボスモンスターとはな……」
「いいシナリオだろう。本来なら95層まで明かすつもりはなかったがね。その頃には、私と戦える程に君たちを完全に育て上げるつもりだったんだが……」
そう言って、キリト君の方をじっと見つめる。
「そりゃ悪かったな、先にネタバレしちまって」
「まあいいさ、これもネットワークRPGの醍醐味だ。しかし、最終的に私の前に立つのは君だと思っていたが、まさかここまでやってくれるとは……やはり、君は『勇者』として相応しかったようだ」
「『勇者』?」
「『二刀流』スキルはこの世界全てのプレイヤーの中で反応速度が最も速いものに与えられるものだ。その者は『魔王』に対抗する『勇者』の役を担うのだよ。キリト君、君は選ばれたんだよ。英雄としての挑戦権を」
「我々の忠誠心を、希望を、貴様はよくも、よくも!よくも!!」
後ろを見ずとも、誰が何をしようとしているのがわかる。私はそれよりも速く、手元のメニューを操作しGM権限の1つを発動させる。
「うぐっ!」
切りかかろうとしたKoBメンバーの1人が力なく地に伏せた。『ステータスコントロール』で麻痺させたのだ。もっとも、不死属性を解除していないこの状態で私を斬り倒すことは不可能だが。その後も流れるようにプレイヤーたちを麻痺させていき、遂にはキリト君を残す全てのプレイヤーが動けなくなる。
「……どうする?このまま全員殺して隠蔽するか?」
「まさか、そんな理不尽なことはしない。こうなっては致し方あるまい、私は最上層の『紅玉宮』にて君たちが訪れるのを待つとしよう。その前に……」
麻痺状態になったアスナ君を抱える彼の方を向き続きを語る。
「キリト君、君にはひとつチャンスを与えよう。これから私と1VS1を行う権利を与える。無論、不死属性は解除しよう」
私の言葉にキリト君は揺れ始めた。
「どうする?強制はしないが、私を倒せばこの世界に残る全プレイヤーを解放しよう。まあ、『今は引いて、対策をたてる』と言っても止めはしない」
「ダメよキリト君。今は、引いて……」
アスナ君の意見は最もだ。プレイヤーとしてのステータスが上回っているとは言えGMと戦うことになるのだ。例え彼でも、システムには勝てない。
しかしそうであろうとも彼は、キリト君なら挑みにくる。
「……いいだろう。決着をつけよう」
アスナ君の制止も虚しく、キリト君は挑みにきた。正直、私も少々驚いた。
彼らが何を話しているかは聞き取れなかった。それを終えると彼女を静かに寝かせ、剣を構える。
「キリト!!」
「やめろキリト!」
キリト君の後方で倒れるエギル君とクライン君が叫ぶ。振り替えり、2人に向け話しかける。
「エギル、今まで剣士クラスのサポート、サンキューな……知ってたぜ、お前が儲けた分を中層プレイヤーにつぎ込んでたこと」
彼は呆気にとられた顔を見た後、隣のバンダナ侍の方へ視線を移す。
「クライン、あの時……『始まりの街』でお前を置いていって悪かった。ゴメンよ」
「な!?て、てメェキリト!謝んじゃねぇ!今謝ってんじゃねぇよ……許さねぇかんな。
「わかった。むこうでな」
涙を見せながら叫ぶクライン君に向け、キリト君は何処か遠くを指し答えた。
そして、最後にアスナ君の方へ視線を向けると、柔らかな笑みをおくる。彼は私に向き直ると、
「悪いが、頼みがある」
「何かね?」
「簡単に負けるつもりはない。だが、もし俺が死んだら少しの間でいい……アスナを自殺できないように計らってくれ」
その言葉につい、ほぅと感嘆を漏らす。少女の悲痛の声は我々の耳には届かない。
不死属性を解除しHPを彼に合わせる。そして、剣を抜く。最早、誰も止めることはできない。
一秒、一瞬がとてつもなく遅く感じる。彼の姿を真正面から捉えることはそう多くはない。それ故に、緊張感、圧迫感、そして躍動感が沸き上がる。これが本当に遊びだったら……と思うことは今まであっただろうか。
しかし、これはゲームであっても
彼は烈風の速度で駆け出し、黒剣を振るう。それを十字文様の刻み込まれた盾で防ぐ。次は私が十字剣で斬り込む。キリト君はもう一方の剣で弾く。
流れるように一撃、また一撃襲い掛かる。悉く防いでは斬るの連続だ。カァン!キィン!と金属音がけたたましく鳴り響く。他の者からすれば、この剣戟は超人同士による異次元対決に見えるだろう。
だが、私とて手数は彼に勝るものではない。気がつけば、防戦一方になっていた。次第に彼の剣撃は速度を増し、疾風怒濤の連撃が押し寄せてくる。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。彼は今、最上級まで高ぶっている。ならば、彼にソードスキルを誘発させればよい。
そう考え、起死回生の1手を下す。私の剣の切先は彼の頬掠め、キリト君の集中力を欠く。
その瞬間、彼はなんの躊躇もなくスキルを発動させる。これには流石に笑みを抑えきれない。それを見た彼はどうにかしてスキルをキャンセルしようとするが、ソードスキルは1度発動すればそれが終わるまで止まらない。更にはスキルの反動である硬直でしばらく動けなくなる。この好機を除いて、私には他に勝ち目はない。
ソードスキル[ジ・イクリプス]、二刀流最上位ソードスキルで縦横無尽に飛んでくる軌跡は太陽のコロナに酷似している。そして、この剣技を編み出したのは他でもない、茅場晶彦だ。
最終奥義に匹敵するその大技は、見るも無残に十字盾を叩くのみ。太陽と同じ色の火花を散らし、派手な金属音を鳴らし、空を斬る彼は神秘の剣舞に身を包む。私はこれを見るために、この《二刀流》スキルを造り出したのかもしれない。
そんな夢のような一時が終わりを告げようとする時、最後の一撃が流星の如く盾を突く。だが、ライトブルーの剣は砕け、破片は星屑のようだ。
絶望的な硬直時間を課せられたキリト君めがけ、剣を振り上げる。
「去らばだ、キリト君!」
真朱色に輝いた刃は振り下ろされ、左肩から右腰まで切り裂く。これで充分、彼のHPを消失させることができる。
だが、思いもよらぬことに斬られたのは、キリト君を庇ったアスナ君だった。
アスナ君はよろけながら、キリト君の腕の中に身を寄せる。彼女のHPは左端まで縮小し、バーを空にした。
「うそだろ?アスナ……」
震える声で話しかけるキリト君に笑顔を見せると、二言を残した。
ごめんね さよなら
アスナ君は光の欠片へと変貌し、散り去った。
「これは驚いた。自力で抜け出す方法はなかったはずだが。こんなことも起こるものなのかな……」
彼はそんな呟きに答えるわけもなく、彼女の残した
振りかざした無意の剣を弾き飛ばし、戦う意志を失ったキリト君を突き刺した。HPは徐々に減り、彼は抵抗することもなく死を受け入れた。
『こんなものか?キリト君、君はこの程度のプレイヤーなのか?』
そう問いかけたくなるが、彼はもう消滅する。これは胸の内に留めておこう。
「…………まだだ……」
突如、この世界の根底を覆すことが起きた。消滅するはずだった彼がそれに抗い私の前に立っているのだ。本来なら、すでにアバターは消滅し存在することも不可能なはず。
しかし、彼はここにいる。今も私を殺そうとし、左手に握るレイピアの柄を強く掴む。
そして、金色の瞳が私の姿を捉えたとき、私は彼の力を見た。システムの枠を超え、抗う力を……
――見事だよ、キリト君――
レイピアは私を貫きHPを削り取る。HPが完全に尽き、敗北を示す『You are dead』というメッセージが出る。
私は負けたのだ。
そう裏付けるようにアインクラッド最終ボスは、『聖騎士』ヒースクリフはポリゴンとなり、空に消え行く。
私が消滅すると同時に、アナウンスが流れる。
――11月7日14時55分、ゲームはクリアされました――
夕焼けの空の中、私は立っていた。『
気付けば、遥か下で浮遊城が崩れていくのが見えた。そして、それを見つめる2人の剣士が……
「なかなかに絶景だな」
2人の数m横に並び立ち、呟いた。彼らはこちらに視線を向けた。互いに、暫しの間沈黙が続いた。やっと口を開いたのは黒衣の剣士だった。
「あれは、どうなるんだ?」
あれとは、崩れ行く城を指していると言うのは、彼を見なくてもわかった。
「……現在、SAOメインフレームの全記憶装置でアーガス本社に残るデータを消去している。あと10分もすればこの世界の全てが消滅する」
「……あそこにいた人たちは?」
今度は白衣の剣士が尋ねた。
「心配には及ばない」
ウィンドウを呼び出し、それを眺めながら答えた。
「先程彼処にいた全プレイヤー、6147人のログアウトが完了した」
「死んだ4000人の連中はどうなんだ?俺やアスナがここにいるなら、あいつらも……」
それはキリト君もわかってはいるだろうが、あえて答える。
「死んだ魂は帰っては来ない。何処の世界でも同じことだよ。命は、そう軽々しく扱ってはならないよ」
「そうか……」
「君たちとは少し話がしたかったものでね、この時間を作らせてもらった」
普通、怒りを露わにしてもおかしくはない。だが、彼らはそうしなかった。その代わり、キリト君の口からはこの事件の発端を尋ねる言葉が出てきた。
「なんで、こんなことをした?」
「何故、か……長い間忘れていたよ。私がこの世界を、この城を造り出した理由…………幼い頃からの憧れだったんだよ」
遠き過去の日の事を思い浮かべ、話を続けた。
「現実世界のあらゆる枠や法則を超越したあの城を追い求めることが、私の最大の欲求だった。そして、私の造った世界の法則を超えるものも見ることができた」
そう言うと、キリト君の方へ眼を向けた。それはすぐに鋼鉄の城に戻った。
「私はね、今でも信じているんだよ。何処か別の世界には、あの城があるのではないか、と…………」
「あぁ、そうだといいな」
キリト君たちが頷いたあと、再び沈黙が続いた。
ふと、彼らにかける言葉を思い出した。
「……言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう。キリト君、アスナ君」
不意を突かれた顔をした2人を見つめ、別れの言葉を告げた。
「さて、私はそろそろいくよ」
その言葉を残して、私は霧のように消えていった。
Congratulations.
DATE
『茅場晶彦』
フルダイブマシン『ナーヴギア』の基礎設計者にして、ソードアート・オンラインの開発ディレクターという超が付くほどの天才量子力学者、若くしてマスコミに引っ張りだこだかメディアに出てくることは滅多にない、SAOリリース開始時からは悪魔のゲーム機を作った犯罪者として世間に知れ渡る、そして彼が見つけられたのはゲームクリアから4ヶ月後で、そのときすでに亡くなっていた。