海上を突き進む一隻の軍艦があった。その艦はフラットな甲板の端に指揮所をもつ、所謂空母と呼ばれる艦種の軍艦に見える。
だが、見てくれは空母のようであるが、この艦は空母ではない。
その名はあきつ丸、大日本帝国『陸軍』が保持する世界初の強襲揚陸艦と呼ばれる船である。
強襲揚陸艦とは読んで字のごとく海上から陸上へと素早く強襲して、部隊を揚陸させるための艦であり、一隻いれば数千人の兵士を即座に送り込むことの出来る海上のバスのような船だ。
『なんで空母の甲板ついてんの?』『というかなんで陸軍がそんな船持ってんだ?』という話については、お前ら一体なんで戦争中に味方同士で足引っ張りあってんだ糞がと罵られても仕方のない大日本帝国陸海軍のどうしようもない内ゲバ具合について説明する必要がある。
極めて簡単に言うと、海軍をまったく信用できない陸軍が、独自に兵員を輸送しつつ、独自に対潜水艦戦闘をしつつ、独自に偵察機を発艦して、独自に上陸作戦を行えるようにしようとした結果、あれもこれもと機能を詰め込み、奇跡的に『強襲揚陸艦』というカテゴリーに纏まったというのが一番わかりやすいかもしれない。
兵器開発においてあれもこれもと欲張って中途半端に機能を詰め込むと大体碌なことにならないのだが(例:多砲塔戦車)、現代に至るまでの強襲揚陸艦の基本設計は大体この形であるあたり、あきつ丸の開発コンセプトがどれだけ奇跡的に正鵠を射ていたかがわかるだろう。
さて、そんな陸軍の強襲揚陸艦あきつ丸の士官室に場面は移る。士官室には二人の男がいた。二人の男は、テーブルを挟んだソファにそれぞれこしかけている。
一人目の男は彫りの深い目鼻立ちのはっきりした男で、現在ソファーで我が物顔で寛いでいる。日に焼けた精悍な顔つきは生命力に溢れており、口元はふてぶてしいというのがしっくり来るような笑みを浮かべている。イケメンというには渋みが強く、爽やかというよりいぶし銀な雰囲気で、逞しい兄貴分というのが一番適切な表現だと思われる。
そのソファーの対面にテーブルを挟んで存在するもう一つのソファーにも男が座っている。
座る位置と同じくこれまた最初の男と対照的な男であった。
背は平均より頭一つは小さく胴長短足。顔立ちは覇気と締まりのない気弱な物で、目鼻立ちもパッとしない群衆に紛れればそのままモブの一人として埋没しそうな平凡な顔立ち。
本当に軍人か疑わしい貧弱な体躯は、覇気のなさから余計に弱そうに見えて仕方ない。見るからにインドア派、デスクワーク派の男である。あだ名をつけるとしたらモブとか凡夫とか言われても納得しかねない存在感の薄さである。
「いしかべぇ、いい加減機嫌治せって」
ガタイのいい男がそう言うと、石壁と呼ばれた男が見た目の力関係に不釣り合いな強さで言い返す。
「うるさいわイノシシ!誰のせいでこんな事になったと思ってるんだ!!」
バンバンと机を叩きながら、石壁は激怒した。それにカラカラと微塵も済まなそうに感じていない笑みでイノシシと呼ばれた男が応じた。
「まぁまぁ、物は考えようだぞ?なにせ俺達は同期たちの中で現状一番の出世頭だからなぁ!!」
「左遷か人身御供の間違いだろうがこんちくしょう!!」
バシンと良い音をたてて、石壁の軍帽がイノシシの顔に叩きつけられた。
「いたた、そんなに怒るなよ、ハゲるぞ?」
「禿げてない!!」
青年の怒気が沈むまでの間に、彼らの紹介をしておこう。
「やれやれ、ハゲはみんなそう言うんだ」
この石壁をおちょくって遊んでいる男の名は伊能 獅子雄(イノウ シシオ)。大胆不敵を地で行く男で、烈火の如き攻めの戦を得意とする提督だ。石壁の数少ない親友で、同時にトラブルメーカーの困った男だ。良く言えば真っ直ぐで、悪く言えばそのまま頭に馬鹿がつく程直球な性格から、ついたあだ名はイノシシである。獅子なのに猪とはこれいかに。
「ぶち転がすぞ!!」
そして、このおちょくられている男の名は石壁堅持(イシカベ ケンジ)、彼こそがこの物語の主人公であり、後にソロモンの石壁(いしかべ)とあだ名される伝説の提督なのだが……
「まったく、何が不満なんだ、石壁“泊地総司令長官殿”!」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてそういわれた石壁は、遂に激発した。
「どう考えても新任の提督にやらせる任務じゃないでしょおおおおおおがああああああああ!!!!!最前線の橋頭保泊地の総司令官なんていやだぁああああああ!!!ぼかぁ地方の鎮守府でのんびり提督やりたかったんだよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
石壁堅持19歳、この時はまだ英雄には程遠い、自身の不幸を嘆くただの新人提督でしかなかった。
はたして彼はこの先生きのこれるのだろうか?
遂に投稿してしまった、もう後戻り出来ない