「では、今回の定例会議を始めるであります」
あきつ丸がそういって、泊地首脳陣による会議を開始した。メンツはいつも通り、石壁、伊能、鳳翔、あきつ丸、間宮、明石だ。
「要塞建築の進捗状況でありますが、当初石壁提督が想定されていた規模までの拡張は致しました。要塞として最低限は機能してくれるでありましょう」
要塞に逃げこんでから既に半月程がたち、ようやく要塞がある程度形になってきた。
この半月の要塞運営の方針は、『とにかく短期間での最大限の要塞の伸長』であり、その為に元々あった天然の洞穴や、岩盤と岩盤の間の様な通りやすいところをひたすらグネグネと進んで繋げていった結果、要塞の規模自体は半月という時間からみると破格の巨大さまで拡大している。
泊地陥落からたった一週間で風呂まで作れたのは、間違いなくこの『通しやすいところを通す』という方針のおかげであった。
「ただし、いよいよもって利便性の悪さが顕在化してきたであります」
だが、当然ながらこの要塞の作成方針にはデメリットも大きい。
「まず第一に、道が入り組みすぎて物資輸送に難がでているであります。弾薬等の物資貯蔵庫を増設したとしても、物資集積所への物資輸送が難儀いたしますし、そこから最前線のトーチカへの輸送も大変であります」
直線距離なら100m程であっても、実際はグネグネと道をあっちに行ったりする必要があるため、移動距離自体はその何倍以上になるという事態が多発している。
「第二に、要塞の人間ですら全体像をうまく把握できないため、道を間違えたり迷ったりと、人員の移動や情報の伝達に難があるであります」
当然、その様な状態では要塞全体を一つの生き物の様に運営することなど不可能だ。伝令兵一人走らせても各地に到着するのが遅れるどころか、道を間違えてそもそも到着できないなんて言う本末転倒な事態が実際に発生している。
「何で自分たちの要塞で迷子になってんだおい」と彼らに文句が言えるのは、一切の案内なしで新宿駅を隅から隅まで歩ける様な人間だけだ。要塞の主で要塞の全図を一応把握している石壁でさえ迷子になったことがあるのだから、全員が要塞の内部構造を完璧に理解しろというのは無茶というものだった。
「他にも難点はいくつもあるでありますが、対策を講じる必要のある喫緊の課題はこれでありましょう。今日の議題は、この問題の改善についてであります」
そういってあきつ丸が全員のほうをむいた。
「何か質問はあるでありますか?」
「確認だが、仮にその問題を放置した場合、要塞運営にどういう影響がでるんだ?」
伊能がそう問うと、石壁が答える。
「僕が答えよう。まず、戦術上の目的がガラリとかわってしまう」
そういいながら、おおざっぱな要塞線の地図を指さす。
「もし輸送網の整備が間に合わない場合、戦闘が進めば進むほど要塞の各トーチカは弾薬の欠乏等によって確実に戦力を喪失していく、何重にも引いた要塞線が玉ねぎの皮を一枚ずつむいていくように攻略される」
石壁が要塞線を外側から一つずつなぞっていく。
「そうなるとじり貧だ、最大限持久させてみせるけど、要塞は遅滞戦闘による時間稼ぎ以上の事が出来なくなる。何か月かは耐えられると思うけど……本当に援軍がくるとおもう?」
石壁のその言葉に、全員が息を飲む。
「でも、要塞線全域にしっかりと輸送網・情報網を通せるなら話はかわる」
石壁はそういいながら周囲を見渡す。
「僕が守る僕の要塞だ、僕の意思を完璧に伝達して、要塞の各所に物資を全く欠乏させない事が可能なら」
石壁が自信をもって言い切る。
「敵を撃滅することだって、不可能じゃない」
石壁にとって『防衛』とは、自身の唯一絶対の才能であり、誰にも負けないと自負する唯一無二のものだ。
その領分の及ぶ戦いなら、己の能力を十全に活かせる環境なら、石壁の能力は正しく天下無双といっても過言ではない。
石壁は自身の得意分野に敵を引きずり込んで、ただ守り切るのではなく、敵を撃滅してやるつもりなのだ。
誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ。そこに居るのがいつもの朗らかで平々凡々とした提督ではない、自信と自負を滾らせた歴戦の名将の様に見えたのだ。石壁のその姿に満足げに伊能は頷いてから次の言葉を投げかけた。
「で?具体的にどうするのだ」
「それなんだよな~~~~」
プシュウ、と気が抜ける様にいつもの石壁提督に戻る。場の空気が一瞬で緩んだ。伊能はあまりの変わりように苦笑する。
「物資輸送の大動脈を要塞内部に張り巡らせれば物資を欠乏させないことは可能だけど。そんな大規模で効率的な輸送網ひいたら一旦要塞に侵入されたが最後、隅々まで簡単に制圧されかねない。深海棲艦の個々の戦闘力は圧倒的だ。いくら歴戦の陸軍妖精達でも、油断は出来ない」
そう、利便性と危険性は表裏一体なのだ。要塞としての利便性を上げれば上げるほど、要塞の脆弱性が跳ね上がっていくのである。
防衛戦に絶対の自信をもつ石壁とはいえ、それが無敵であるとは微塵も思っていない。崩れる時は崩れるし、負けるときは負ける。
だからそんな一か所崩れれば総崩れになるような危険すぎる要塞を作ることはできないのだ。
「物資の集積所を前線に近いところに複数個用意するというのはどうですか?」
「その集積所に物資を戦闘中に運ぶのが難しいのです。時間切れまでの日数が伸びるでしょうから無駄ではないと思いますが」
鳳翔がそう問うと、間宮が答える。
「大動脈ではなく、細かく区切った輸送網を作るのはどうだ?艦艇のダメコンの様に一部区画が落ちても耐えられるようにすれば脆弱性の問題は緩和すると思うが」
「現実的と言えば現実的でありますが、それでは石壁殿の望む『物資の欠乏が絶対におこらない体制』を構築するのは難しいのでは?」
伊能とあきつ丸がそう意見をぶつけ合う。
「物資の輸送にはトロッコを使う予定なんですが、トロッコを効率的に使うためには、少なくとも行きと帰りの二本の線路を用意する必要があります」
「そんなもの用意したら道が大きくなりすぎて敵に攻め込まれたら抵抗できないよ」
明石と石壁が技術視点と防衛視点で問題点をすり合わせる。
議論は果てることなく続いた。
***
数時間後
「駄目だ……結局いい考えが浮かばない」
石壁が頭を抱える。
あきつ丸は案が書き連ねられたホワイトボードを見ながら、現実的な落としどころを口にする。
「とりあえず、前線に近い位置にこまめな物資の集積所を作り、そこに物資を運びやすい位置に大きな集積所を作る。大きな物資の集積所へはダメコンの様に細かく区切られた非効率な輸送網で物資を運び込むことで、万が一の際は要塞区画の一部を切り捨てて防衛線を再編する……こんなところでありますかね?」
現実的な落としどころとしては確かに正しい、だが、石壁はこの要塞で敵を撃滅できるとは思えなかった。
「あーーーもーーー……味方だけ使えて敵は使えない物資の輸送網があればいいのになあ……」
「そんな都合のいいものあるわけがないでありまs「失礼します!」ん?」
その時、ドアがノックされ、元気の良い声が響いた。扉の外に陸軍の妖精さんがいるのだ。
「作戦会議中に申し訳ございません。石壁提督が準備してほしいとおっしゃられていた資料をお持ちいたしました!」
「ああ、ご苦労様、入って……ああ、鳳翔さん、妖精さんの為にそこの扉をあけてあげ……」
「失礼いたします!」
そういって、妖精さんが普通に室内に入室してくる。
扉の下部に設置された、暖簾のような物が付いた所謂『猫用の入口』から。
「え?」
石壁が一瞬惚ける。
「ん?あんなものいつの間に設置したのだ?」
伊能がそう問うと、士官妖精は敬礼をして答える。
「はっ!普通の扉の取っ手は我々には少々位置が高すぎるので、なんとかならないかと明石殿に相談したところ、この妖精用通用口を設置していただきました!」
「妖精用通用口……?」
石壁が、その単語に反応してぼそりと呟く。
「なるほど、確かに妖精さんの体格ならこういう小さな通り道があれば十分ですものね」
鳳翔はそういいながら、マジマジと通用口をみつめる。
「大きさ的に費用と工期を抑えられるしね、あれ位ならちょちょいで穴をあけられるもの」
明石はふふん、と胸をはって答える。われながらいい考えだと思っているらしい。
「工期の短縮……小さな穴……」
その瞬間、石壁の脳裏に雷鳴が轟いた。
「石壁提督……ご希望のトーチカ陣地と各重要区画の位置や距離が確認できる地図をもって……」
「そ!それだああああああああああ!!」
「きゃっ!?」
「うわぁ!?」
石壁は、士官妖精がもってきた地図を手に取ると、机の上に広げて、凄まじい勢いで鉛筆の線を書き込んでいく。
地図の上のグネグネねじ曲がった通路を半ば無視した直線を書き込み、要塞中心部の物資の集積所から前線の集積所へ、そしてそこから各トーチカへ道を繋げていく。
「そうだ、わざわざ敵が通れるサイズにする必要なんてなかったんだ!!必要なサイズは妖精さんが小さめのトロッコを押して通れるサイズだけでいい!!それだけのサイズなら、敵は通れない!!」
そういって、即座に効率的な形での輸送ラインを地図に書き込んでいく。
「それなら敵に利用されるリスクを無視した効率的な輸送網がひける!しかもサイズが小さいから工期も短縮できる!二本線路を引くなら二本小さなトンネルをほればいい!!物資輸送の問題もこれなら解決できるぞ!!」
バアン!!と、書きあげた輸送網の地図に手をたたきつける石壁。
「あきつ丸!明石!この暫定図を叩き台に、妖精さん専用輸送道路と、それ専用の小型トロッコを設置するんだ!!鳳翔さん命令書をください!!」
「は、はい!!」
鳳翔に手渡された命令書に、さらさらと命令を書き込む石壁。
「作戦名は『もぐら輸送作戦』!この輸送網の完成は急務だ!!『全力で取り掛かれ』あきつ丸!」
「は、はい!承知したであります!!明石殿いきましょう!!」
「ええ!!わかったわ!!」
明石とあきつ丸が急いで部屋を出ていく。輸送の問題が何とかなりそうだということで室内にホッとした空気が流れた。そして同時に先ほど勢いで流されたある思いが、その場のいる全員の胸に去来するのであった。
(((((相変わらずネーミングセンスが、微妙……)))))