「この戦い、僕達の勝利だ」
鉄底海峡攻略作戦成功から、一月を過ぎた頃。会議室の議長席に座る石壁が、そう言って笑みを深くした。
「具体的には……あきつ丸、戦況を説明してくれ」
「は!まずはこちらの海図を見て欲しいであります!」
そう言うと、あきつ丸は海図を指差した。
地図には、史実における大日本帝国の最大拡張範囲から大きく拡大した勢力図が描かれている。
「前回の鉄底海峡決戦の結果、我々ショートランド泊地はソロモン諸島を完全にその制海権に収めたであります。それから地固めと平行して敵の反攻作戦を警戒しながら、無理のない範囲で勢力圏を拡大して来たであります」
地図の上の勢力圏をしめす円は、ソロモン諸島南東部、オーストラリアの東方へむけてアメーバが体を伸ばすように穏やかに伸びている。
「その勢力圏がついに、深海棲艦の本拠地であると想定されるハワイからミッドウェー、そしてオーストラリアに至る敵シーレーンを分断する位置まで至ったであります。そして同時に、海域全体が人類へと取り戻された事により、鉄底海峡を中心とした深海棲艦のリポップポイントが軒並み沈黙。完全なる『浄化』が行われたと見て間違いないであります」
その言葉に、会議室の面々は笑みを深めた。
「オーストラリア方面の深海棲艦は近海の支配領域をほぼ喪失。戦力に大規模な補充が行われる事は以後なく、後背地とのシーレーンは完全に絶たれて完全に孤立。奴らはその戦略的価値を喪失したに等しい状況になったであります……つまりでありますね……」
あきつ丸もまた、堪え切れない笑みを浮かべながら、続けた。
「我々ショートランド泊地が、ほぼ独力でオーストラリアを開放したに等しいのであります……!!」
『おおおおおおおお!!!!!!!』
瞬間、会議室に歓声が溢れた。ショートランド泊地は設立の当初から現在に至るまで、その歩んできた旅路は苦難の連続であった。
だがここにきてようやく、石壁達の苦労は報われたのである。この喜びようも、致し方ない事である。
会議室に満ちる高揚感が落ち着くには、しばしの時間が必要であった。
「……さて、話を戻すよ」
そういって、石壁は地図を指差す。
「オーストラリアと深海棲艦の連絡路をたったことは既にオーストラリア亡命政府経由でレジスタンスに連絡してある。ここから先のオーストラリア開放は最早消化試合に近い。東南アジアにおける戦いはほぼ終結したと見ていい」
オーストラリアは最早人類に取り戻されたに等しくなった。この事実を知った大陸内陸部に逃げ込んでレジスタンスとして戦っていた旧オーストラリア政府軍の残党達は俄に勢いづき、海から艦娘が、内側からオーストラリア軍が海岸線に陣取る深海棲艦を締め付けているのが現状である。
当然、石壁達は敵の反攻作戦を常に警戒しながら戦っていた。だが、いくら待っても敵が来ない。ジワリジワリと支配領域を拡大し、敵の反攻作戦を待ち構えていた石壁達は、肩透かしを食らった様な気持ちになりつつオーストラリア包囲網を完成させたのである。
これによって遂に鉄底海峡は完全に浄化され、深海棲艦の根拠地としての機能を喪失し、ただの海峡へと戻ってしまった。
事ここに至っては、最早深海棲艦が反攻作戦による鉄底海峡奪回を行う戦略的理由は無くなってしまった。今仮に反攻作戦を開始したとてしも、手に入るのは既にただの海峡へと変貌したソロモン諸島の一部のみである。
石壁の言は、この事を指している。
「しかし解せん……何故に奴ら、攻めて来なかったのだ?」
伊能の呟きは、この場の皆の疑問を代弁するものであった。
「常識的に考えるならば、奪回作戦が割に合わないと判断した。と言った所だと思うが……無尽蔵の戦力をもつアイツラが、そんな事を躊躇うものだろうか……」
新城はそう言いながら腕を組み、考え込んでいる。
「案外、準備不足で即座に動かせる艦隊が無かった!なんてお粗末な理由だったりしてな!」
ジャンゴがそう言いながら笑うと、室内に穏やかな空気と笑いが溢れた。
「ははは!まっさかぁ!もしそれが理由だったら鼻からスパゲッティ食ってやるよ!」
石壁はそう言いながら笑った。
***
〜一方その頃、深海棲艦の本拠地ハワイ島、大深海*〜
*深海棲艦側の大本営
「なんで即座に動かせる戦略規模の大艦隊が一つも無かったんだ!!!!ふざけてるのか貴様等ああああああ!!!!!!!!」
ハワイ方面軍総司令官の戦艦水鬼は激怒しながら卓上に拳を叩きつけた。まさかのジャンゴ大正解、石壁くん鼻スパ決定である。
「仕方ないでしょ!!!まさか"あれだけガチガチに防御を固めた"。"身内からも戦力過多だって突っ込まれるほどの重防御と大戦力を兼ね備えた""闇夜っていうバフモリモリの反則級要塞"が落ちるなんて思わないでしょうが!!!!」
それに対するのは、今や対人類戦線の最前線と化したミッドウェー方面軍総司令官の中間棲姫だ。
「それにしたって……即座に行動に移せる戦力が殆ど居ないって職務の怠慢だろうが!!」
「アーアーきこえなーい」
痛いところを突かれた中間棲姫はあらぬ方向を向きながら聞こえないふりをしている。
オーストラリア方面軍が戦略レベルで劣勢であるにもかかわらず、深海棲艦の援軍が一向にやって来なかった理由……それは『怠慢と慢心』につきた。
深海棲艦の最も恐ろしい点、それは何度轟沈しても根拠地さえ無事なら無限に等しく戦力が『湧き出る』事だ。
その特性故に、深海棲艦は大きく油断していたといえる。『鉄底海峡さえ無事なら絶対に押し返せる』という常識にあぐらをかいて後背地における予備戦力の編成を怠っていたのだ。つまり前線地帯と本拠地の間に、即座に投入できる戦略規模の部隊が存在しなかったのだ。
そのツケが、今回の深海棲艦の一大根拠地であった鉄底海峡の陥落による、深海棲艦の勢力圏の大きな縮小であった。
仮にミッドウェー周辺に大規模な予備戦力があったならば。鉄底海峡陥落の直後にその部隊を叩きつける事で石壁達のオーストラリア進行を遅らせる事が出来ただろう。奪還までは至らなかったとしても、最悪オーストラリアの実質的陥落は防げたはずだった……だが、泥縄式の対応がその全てをダメにしたのだ。
現状を仮にガンダムで例えると『ジオン軍がソロモン要塞がおちる事を想定せず、気が付いたらドズルが戦死していた為、ア・バオア・クーにすらまったく部隊を配置して居なかった』ぐらいの油断具合だと思えば良い。当然、その様な状況では反抗作戦など出来るはずもなく、急ピッチで防衛戦力を準備する事が優先されたのである。
結果として深海棲艦の前線基地はソロモン諸島からミッドウェー島周辺に縮小し、現在は戦力の再編成を急いでいる所だった。
「おちおちおちおおおっちちちちちちつきなささいよふふふ、二人共」
まさしくガクブルという表現が当てはまる程動揺の極みにある深海棲艦空母機動部隊統括艦、空母棲姫が喧嘩を仲裁する。
「お前がおちつけ!ビビりすぎだろうが!」
「ビ、ビビってねーし!これ武者ぶるるるるいだし」
「アンタのはもう武者震いっていうかただのバイブレーションじゃない!この激震棲艦が!!」
「な、なにその異名……強そう」
以後暫くの間会議は罵り合いに終始し、深海側の大混乱が収まる気配がない為、そろそろ石壁君達に視点を戻そう。
***
「元々、人類側に天秤は傾いて来ていた。だが、今回の作戦の結果天秤は完全に『こちら側』へ傾いたと言って良い」
伊能は、そういい切る。
「既にショートランド泊地の要塞は復旧している。仮に敵の大反攻作戦が発動したとしても、真正面から迎え撃つことが可能だ。もう一度ここまで押し返されたとしても、石壁が指揮するなら負ける事は無いだろう」
新城はそう言いながら表情を緩めた。こっちに来てから気の休まらない激動の日々だったが故に、戦略レベルでの優勢が間違いないというのは、彼の胃痛を和らげる最高の胃薬であった。
「まあ、現状は戦略ゲームならマップの3分の2を制圧したくらいの状況だし。油断なく順当に押していけば、最終的にはなんとかなるだろうさ」
野球なら『勝ったな、風呂入ってくる』と、安心して言える局面だと言えるだろう。『負けるきせーへん地元やし』でも良いかもしれない。
「で……目下の問題はこっちだ」
そういうと、石壁は本土からの命令書へと視線をやる。そこにはこう記載してあった。
「『勲章授与式の為に本土へ一時帰還せよ』か……」
ソロモン諸島を解放し、豪州遮断によるオーストラリア解放にも目途が立った事で、石壁の名声は否が応でも高まっている。これに対して勲章を授与しようという動きが出てきたらしく、戦意高揚の名目で大々的に授与式が行われる事になったのである。石壁は授与される勲章についての記載を見て冷や汗を流す。
「こ、功一級
金鵄勲章……それは大日本帝国唯一の武人勲章であり、最高級である功一級から功七級勲章まで存在する。功七級まで下がってくれば授与者は太平洋戦争だけで60万人程おり、名誉ではあるがそこまで驚く事ではない(一般兵卒レベルで見れば別だが)。
だが、功一級まで上がるともう次元が違う。
「これで石壁は東郷平八郎や山本五十六と並び称される軍人になったわけだ。俺も嬉しいぞ」
そう、この勲章を授与されるのは東郷平八郎元帥の如く。『少し戦史をかじった事があれば絶対に聞いたことがある』レベルの軍人にのみ授与される凄まじい勲章なのである。この勲章が作られてから太平洋戦争が終わるまでに授与された総数は40個程、史実太平洋戦争の海軍軍人に限ればたったの五人だけだ。
山口多聞中将、山本五十六元帥海軍大将、古賀峯一元帥海軍大将、南雲忠一海軍大将、有馬正文海軍中将……誰もかれも大物極まる軍人ばかりである。この勲章を授与されるという事は即ち、彼等と比肩しうる軍人であると証明されたに等しい。
「いや……でも流石に功一級は盛り過ぎじゃ……」
石壁は顔が引き攣るのを感じる。石壁からしてみればちょっと強くなったと思ったら『彼はヘラクレスと同等の剛力だ!』と大々的に賞賛されたような気分だ。『幾らなんでも比較対象にソレ持ってくるなよ名前負けにも程があるだろ』と頭を抱えたくなる事態であった。
「いやいや。石壁提督の功績ならそれくらい可笑しくないでありますよ」
ニヤニヤと笑うあきつ丸は、石壁が自分たちの目論見通り巨大な名誉でアップアップになっているのを楽しんでいた。
「南方棲戦鬼・飛行場姫討伐、ソロモン諸島・鉄底海峡攻略、豪州遮断によるオーストラリア開放(推定)、どれ一つとってもその功績は否定の仕様がないであります」
これらすべて、大日本帝国が8年かけても成し得なかった偉業である。人類と深海棲艦の生存競争という側面で見れば、たった5ヶ月の間に人類史レベルで重要な戦果を齎したと言えるだろう。
「それとも石壁提督はたった数ヶ月で2万の深海棲艦を戦力化した飛行場姫が……並大抵の提督が勝てるような簡単な敵だったと思うでありますか?」
「うっ……」
石壁には口が裂けてもそんなことは言えなかった。飛行場姫は石壁が戦ってきた敵の中で最も難敵であり、戦いに際して喪った者も多い。そんな存在を軽んじる事は、間接的にあの戦いで散った者達を軽んじるに等しいのだ。仲間の命と誇りを大切にする石壁にそんな事を許せるわけがない。
「ま、まあ功績に勲章が相応しいかどうかは今は良いよ。良くないけど、一旦置いておこう」
石壁は心の中の頑丈な棚にこの問題をそっと棚上げした。大人の特権、見てみぬふりである。
「僕の心理的な問題は別として、正直に言うと……嫌な予感しかしないから本土に行きたくないんだよねえ……」
その言葉に全員が顔を顰める。今までの大本営のやらかし具合を考えれば、この反応もむべなるかなといったところか。
「まあ……あの大本営が素直に石壁の功績を称えるとは思えないな……」
新城が顎に手を当ててそういうと、ジャンゴが口を開く。
「でもよ。大本営直属部隊による護衛付きで本土移送だぜ?流石に下手な事はしねえと思うけどヨ……」
何時もの通り楽観論を述べるジャンゴだが、流石に少し自信なさげだ。
「確かに……移送の手間暇は全部大本営持ちで、直属部隊の派遣までやる至れり尽くせりぶりだが……あの大本営が善意でこのようなことをするものか?否、するわけがない」
伊能がそう断言すると、誰もその言葉を否定出来ずに黙り込むしかない。
「……いずれにしても、上層部からの軍令に背く訳にはいかない。心底行きたくないけど、行くしかない」
石壁がそういって話を纏める。結局は行くしかない。軍隊は絶対の上意下達が基本だ。命令違反は極刑に値する重罪であり、これに反する事態は一般にクーデターと呼ばれる大事件なのである。
「僕が帰ってくるまでの間にニューカレドニア島攻略作戦の準備を進めておいて欲しい。予定通りに授与式が終われば、帰ってきた頃に作戦が開始出来るだろう」
そういって、石壁はニューカレドニア島攻略作戦の書類を取り出す。
「拙速をもって即座に敵を押しつぶすのも今の僕等には可能だけど、ここは巧遅をもって少しずつ進もう。大本営が何をやるつもりかは知らないけど……腰を据えてゆっくりやれば多分何とか対応できるでしょ」
こうして、オーストラリア攻略作戦の前段階、ニューカレドニア島攻略作戦の決行日時が当初より遅れる事となったのだった。
この選択が、後に世界の命運を分ける事となるのだが……石壁達はまだそれを知らない。
「それじゃあ、各々やるべきことをやろう!解散!」
こうしてこの場は解散し、石壁達は数日後の護衛艦隊到着を待つのであった。
***
「た、大変です!石壁提督の乗っていた船が!護衛達諸共大爆発を起こしましたあああああ!!!!」
「「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」」」
第三部のショートランド泊地『は』順風満帆です!