艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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石壁君が爆発したとき何があったかの話になります。
あと仕方ないですけどコメント欄で誰一人石壁君の安否は心配してなくて笑ってしまいました。


第二話 ポイント・オブ・ノーリターン

 

現在の最前線であるニューカレドニア島、その北部にあるバンクス諸島に大本営からの迎えがやってきた。石壁は港で彼等を出迎える。

 

「初めまして石壁中将閣下、これより閣下を護衛させていただく佐藤大尉と申します」

 

 そういって敬礼をする士官を見て、石壁は少し驚く。その士官が女性であったからだ。年の頃は30台半ば、精悍で溌溂とした魅力的な女性であった。

 

「あ、ああ。よろしく。貴方が部隊の隊長なのかな?」

 

 石壁は動揺しつつも敬礼をしてそう返すと、彼女はその通りですと返事をする。

 

「その通りです。これから数日間、よろしくお願いしますね」

 

 そういってほほ笑む彼女をみて石壁は頭を下げる。

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 

 石壁のその腰の低さに、周囲の仲間達は苦笑し、迎えに来た兵士達は目を丸くする。

 

「か、閣下!顔を上げてください」

 

 文字通り桁が違う程上官である石壁のそんな姿に、大尉は慌てて頭をあげるように頼む。

 

「あ、はい」

 

 石壁はその言葉に素直に顔をあげる。なんともいつも通りである。

 

「で、ではご案内致します。こちらへどうぞ」

 

 佐藤大尉に連れられて、石壁は船へと乗り込む。

 

「提督」

 

 そんな彼に、鳳翔が声をかける。

 

「……いってらっしゃいませ」

「……ああ、いってきます」

 

 そうして、石壁は船へと乗り込んだ。

 

 ***

 

 将官用の休憩室に案内された石壁は、ソファへと腰掛けて休憩していた。

 

「ふう……佐藤大尉、立ちっぱなしもなんだし。貴方も座ってください」

 

 石壁は直立不動の体制で部屋の隅で待機しようとする彼女に、別のソファを勧めた。

 

「いえ、仕事ですので……」

 

 石壁のそんな言葉に、困ったような顔をする大尉。

 

「そばで誰か立ちっぱなしだと落ち着かないんだ。まだまだ本土は遠い。僕が命令したって事にするから座ってくれないかな」

「えっと……承知致しました」

 

 石壁のその言葉に、佐藤大尉は恐縮したように頭を下げてから椅子へと腰掛けた。

 

「ありがとう大尉」

「いえ、お礼を言うのは自分の方です……」

 

 佐藤大尉は石壁から優しく声を掛けられる度に、居心地を悪くしていってるようであった。

 

(なんだろう……彼女は……何に苦しんでいるんだ……?)

 

 石壁は、佐藤大尉が何か言葉にし難い苦しみを抱えている事に気がついた。それは石壁が彼女を気遣えば気遣う程に、重みを増しているらしい。

 

(……まいったな。どうにも、居心地が悪い)

 

 石壁は佐藤大尉のような女性が苦手であった。いや、苦手というか、彼女の様な女性に弱いというのが適当である。

 

 石壁は孤児だ。それも、目の前で母を失った戦災孤児なのだ。故に母と同じ年頃の女性を相手にすると、どうしても死んだ母を思い出してしまい、対応が甘くなってしまうのである。

 

(なんとかして、心労を解きほぐしてあげたいが……)

 

 石壁はそれから、大尉に対してあれやこれやと他愛のない雑談をしかけたのであった。

 

 *** 

 

 出港から数時間が経過した。石壁は得意の人物観察眼を駆使して大尉とコミュニケーションを取ろうとした。その甲斐もあって、いくらか打ち解ける事が出来たのだが……

 

(……なんだ?打ち解ければ打ち解けるほど、彼女の心労が増している?どういうことだ?)

 

 石壁は大尉と会話を重ねる中で、違和感をより重くさせていた。

 

(これは罪悪感……だと思うけど……何に対して罪悪感を抱いているんだ……?)

 

 お偉方を相手にして疲れるというのならば分かる。あるいは、つまらない会話に辟易して苛立ちや嫌悪感を覚えるのも、分かる。だが彼女は石壁に対して罪悪感を覚えているのだ。その理由が分からなかった。

 

 しばしそうやって歓談をしていると、大尉は罪悪感に耐えかねてか、無意識の内に胸元のペンダントらしきものを握り込んだ。

 

「……大尉、それは?」

「……え、あ、ああ……これ、ですか」

 

 自分がそれを握り込んでいる事に気がついた彼女は、手のひらを開いてそれを石壁へと見せる。

 

「……ロケット?」

「……ええ。家族の……写真です」

 

 そこには一つのロケットがあった。流石に閉じたままなので中身は分からないが、大尉が言うには家族の写真が収められているようだ。

 

「ご家族、ですか」

「はい……息子が……本土に居るんです……」

 

 大尉はそういって再びロケットを握り込む。彼女にとってその子が心の支えである事が、石壁にはよくわかった。

 

「……この任務が終われば……息子に……もう一度息子に会えるんです」

 

 大尉の言葉は、息子にもう一度会えるという喜び以上の……強い苦しみで満ちているようであった。

 

「……こんなご時世ですからね、息子さんを大切にしてあげてください」

 

 一体何故彼女はここまで苦しんでいるのか、石壁には理解出来なかった。だが、彼女が息子さんを愛してる事だけは痛い程に伝わってきた。

 

「父も母も僕にはもう居ませんから……貴方の様な母をもつ息子さんが少し羨ましいですよ」

 

 そんな彼女の姿に、石壁が冗談っぽく笑いながら言ったところ……

 

「……っ!」

 

 大尉は突如として立ち上がり、石壁に背を向けた。はちきれんばかりの罪悪感に耐えかねて目をそらしたのだ。

 

「ど、どうしたんですか……?」

 

 地雷を踏んでしまったにしては、抱く感情が可笑しすぎる。石壁はもうどうすればいいのかさっぱり分からなくて呆然としながら彼女の背を見つめる。

 

「……すい、ません……ちょっと……トイレに」

「え、ええ。どうぞいってきてください」

 

 それだけ言うと、ふらふらと部屋を出ていく大尉。石壁は、それを見送ることしか出来なかった。

 

「……一体、どうすればよかったんだ」

 

 石壁は、部屋で頭を抱えた。

 

 ***

 

「うおえぇぇ……っ」

 

 大尉はあまりの罪悪感に、便器に向けて嘔吐していた。

 

「はぁ……はぁ……聞いてない……聞いてないわよ……」

 

 彼女は先程まで一緒に居た青年の姿を思い出す。顔に残る無数の傷跡、眼帯で隠された片目、色素が抜けて真っ白になった髪に、失われた右腕……まだ20歳にもなっていない筈なのに、余りにも石壁はボロボロであった。

 

「……私の息子と……そう大差ない年齢なのに……そんな子を……そんな子を……うっ……」

 

 大尉は、自分に対して気を使ってくる石壁の姿を思い出す。気分が悪そうであった自分を気遣う彼の優しさは、少し接しただけでも痛い程に分かった。それが、自分を心配していた息子の姿に重なる。あそこに座っていたのは、もしかしたら息子だったかもしれない。そう思うと、罪悪感で吐き気が止まらなかった。

 

「はぁ……はぁ……やらなきゃ……私がやらなきゃ……」

 

 大尉は吐き気を堪えながら、ロケットを握りしめた。己がこれから為さねばならない行為に、心が折れそうになる。それでも、やらねばならないのだ。

 

 その時、背後の扉が叩かれた。

 

「……大尉、時間です」

 

 ああ、遂にその時が来てしまった。そう思いながら、大尉は吐き気を飲み込み、立ち上がった。

 

「はい……行きましょう……」

 

 この任務が終わりさえすれば……もう一度息子の元へ帰る事が出来るのだ。そう気合を入れるが、寒々しい心の温度が戻る事はなかった。

 

 

 ***

 

数分後、石壁の執務室には10名程の軍人が詰めかけた。彼等は一様に張りつめた空気を纏っており、とてもではないが友好的とは言い難い気配であった。

 

「……大尉、一体何事ですか?」

 

 石壁は、先ほど退室した大尉へと話しかける。蒼白な顔に悲壮な決意を込めて、大尉は石壁へと口を開く。

 

「……中将閣下、出来るだけ苦しませたくありません。これを飲んで頂けませんか?」

 

 そういって大尉が投げよこすのは、小瓶に入った何らかの薬剤。どう考えても、まともな代物ではない。

 

「……僕に、服毒自決せよ……と?」

 

 石壁は、大尉が己に抱いていた罪悪感の原因を悟った。彼女達は、石壁を殺す事を命じられていたのである。石壁の問いは、彼女の顔から更に温度を奪っていく。だがそれでも尚、大尉は頷いた。

 

「……そう、ですか」

 

 石壁は手の中の瓶を見つめながら、遂にこの時が来てしまったのだと思った。いつかこうなるのではないかと、心の何処かで思っていた。祖国との関係が根本的に破綻する、その時が……

 

「……申し訳ないが。僕はまだ死ぬ訳にはいかない。これは、飲めない」

 

 石壁は大尉の顔を真っ直ぐに見つめて、はっきりと服毒を拒否した。大尉は石壁の顔が、優しい青年の顔から、死線を幾度も潜り抜けた将の顔へと変化するのを目撃した。

 

 大尉は悟る。この青年は、やはり一軍を率いる中将なのだと。それに足るだけの覚悟と力を持つ男なのだと。

 

「……そうですか」

 

 この青年は絶対に折れてくれないだろう。そう察してしまった大尉は、ハンドサインで部下へ指示をだす。それに合わせて警棒を抜いた部下達は、石壁を囲う様に展開する。拳銃では船体に線条痕等が残るが故に、撲殺するように命令を受けていたのだ。

 

「……大尉、これが君の本位ではないというのは分かる。今ならばまだ間に合う。だから、投降してくれ。悪いようにはしないから」

 

 石壁は大尉に真っ直ぐと言葉をかける。迷いと罪悪感に揺れる彼女には、彼の言葉は強く響く。だが……

 

「……ごめんなさい」

 

 大尉は本当に辛そうにそれだけ告げると、戦う決意で無理やり罪悪感を抑え込んで叫んだ。

 

「……大日本帝国に仇為す者へ死を!かかれ!!」

「……ッ!」

 

 警棒で武装した軍人達が一斉に石壁へと襲いかかってくる。石壁は咄嗟に後方へと引いて警棒の一撃を避けるが、閉鎖空間で複数人による追撃から逃げ切れる訳がなく、すぐに壁際へと追い詰められる。

 

「ぐっ、壁が……」

 

 そこへ警棒が振り下ろされ、石壁の頭へと命中した。鈍い打撃音が複数、船室に響いた。狙い違わず、全ての警棒が石壁を痛打したのだ。

 

「ぐ……あっ……」

 

 そして、警棒をもっていた兵士達(・・・・・・・・・・・)が呻き声をあげた。あるものは衝撃に耐えかね、警棒を手から落としてしまうものまでいる。

 

「……いったいなあ」

 

 石壁は痛みに顔を顰めながらも、微動だにしていない。人間ならば頭蓋が陥没するか骨折するであろう衝撃を受けて尚、彼は血の一滴すら流していないのだ。

 

「な、なんだこの硬さ……」

「鉄の塊でも殴打したような……」

「う、動かない……」

 

 複数人係で抑えにかかっているのに、まったく石壁を動かすことが出来ていない。目の前の現実に、彼等の頭は可笑しくなりそうだった。

 

「まさか、ここまで直接的な手段に出るとは流石に思わなかった……思いたく……なかった……」

 

 石壁は忸怩たる思いに眉を顰めながらも、自分の頭にあたっている警棒を掴み、全力で握りしめた。それだけで、特殊合金製の警棒は飴細工の如く捻じ曲がり、使い物にならなくなる。兵士達は驚愕と恐怖に叫び声を上げながら後退した。

 

「ひぃ!?」

「なんだコイツ!?」

「ば、バケモノだ!?」

 

 兵士たちの言うとおり、石壁の体はもうバケモノなのだ。大和型戦艦二隻分のスペックを有する彼の肉体が、たかだか警棒による殴打でどうにかなるものか。艦娘や深海棲艦ならばまだしも、人間が石壁を殺そうと思ったらそれこそ戦艦の砲弾でも直撃させる必要があるのだ。つまり、彼女達の任務は前提からして、既に破綻していたのである。

 

「……見ての通り君達に僕は殺せない。無駄な抵抗はやめて降伏をしてくれ。これが最後のチャンスだ」

 

 石壁の言葉に、兵士たちは一瞬だけ躊躇いを見せたが、即座に意識を闘争へと引き戻す。彼等の顔をみた石壁は、兵士たちが引くに引けない事情を持っているのだろうと言う事を察する。

 

「……我々には『失敗する』という選択肢は用意されていない」

 

 大尉の言葉を聞いた兵士達は、再び警棒を構える。皆一様に必死、これがどれだけ愚かな行為であるか。どれだけ卑劣であるか。そして、どれだけ絶望的な状況であるかを知りながらも……大尉たちは引かない……否、引けないのだ。

 

「貴方を殺せなければ、私達の家族は殺されてしまうッ!!これが外道の行為だと知っていても!!勝てない相手だとしても!!貴方を殺さなければならない!!」

「……ッ!!」

 

 彼女達もまた、この国の……大本営の被害者であった。彼女達は最も大切な家族を人質に取られ、この暗殺を成功させるしかなくなってしまったのだ。そして、尋常の手段では殺せないと知ってしまった以上ーー

 

「たとえ我々が皆死んだとしてもーー」

 

 石壁は、大尉が泣きながら取り出したスイッチをみて血の気が引くのを感じた。鍛え抜かれた直感が訴えるのだ『あのスイッチを押させては、いけない』と。

 

「ーー貴方だけは殺さないといけないの!!」

「馬鹿!!やめろ!!」

 

 石壁は、スイッチが押される瞬間に、咄嗟に大尉へと飛びかかった。だが、それを周囲の兵士たちが壁となって時間を稼ぐ。その一瞬が、明暗を分けた。

 

「ごめんなさい……ッ!ごめんなさい……ッ!!」

 

 スイッチが押され、船体のバルジ内部に隠蔽された大量の機雷と魚雷が起爆する。その刹那、石壁は無意識の内に懐から何かをとりだし、大尉に肉薄した。

 

「この、大馬鹿野郎ッ!!」

 

 危機においてこそ、咄嗟の判断にこそ、その人間の本性は出るという。つまりこれこそ『石壁の本性』である。こうなってはもう、仕方がなかった。

 

 

「アンタにはまだ、帰りを待つ人がいるんだろうが!!!」

「ーーえ?」

 

 

 石壁が佐藤大尉へ触れたその瞬間、閃光と共に凄まじい衝撃が走った。

 

 

 ***

 

 

 石壁の乗っていた艦艇が大爆発を起こして吹き飛んだ。吹き上がる爆炎の巨大さは船の全長に数倍するサイズまで膨れ上がり、その圧力が船体をバラバラに引き裂いて四方八方に撒き散らす。船体は文字通りの爆散を起こした。

 

 その瞬間を上空で目撃したラバウル航空隊の面々は、あまりの事態に呆然とした後、即座に救援要請を無線で伝える。

 

 

「こ、こちら石壁提督の座乗艦を護衛中のラバウル航空隊!!大変だ!!石壁提督の座乗艦が爆発した!!繰り返す!!石壁提督の座乗艦が爆発した!!彼を含めた搭乗員の生死は不明!!大急ぎで救助隊を派遣してくれ!!」

『こちらラバウル基地!どういうことだ!?石壁提督の艦が爆発!?深海棲艦の奇襲か!?』

「有りえません!!周辺に敵影はなく潜水艦もいません!!何が起こったのかまったく理解できませんが、とにかく救助隊を送って下さい!!」

 

 無線を終えた航空隊妖精は、水面に近寄って確認しようとするが、海面は轟々と上がる黒煙につつまれており何も見つける事が出来ない。その上に時刻は既に夕刻、夜の帳はもうすぐそこまで迫っていた。

 

「太陽が……落ちる……」

 

 歴戦の航空隊妖精は、夕焼けで真っ赤に染まる海原をみて、胸騒ぎが止まらなかった。

 

 ***

 

「探せ!!生存者を!!石壁提督を探せ!!」

「探照灯もっとてらせ!!」

「誰か生存者はいないのか!!」

 

 その後、現場へと急行したラバウル基地の艦隊であったが……既に日は落ちてしまい、捜索は難航した。

 

「くそっ……どいつもこいつも黒焦げかバラバラの遺体ばかりで判断がつかない……っ!!」

「遺体でもいい、兎に角集めるだけ集めて、身元を確認しないと……」

「なんでこんな事に……」

 

 爆発現場周辺の海域には、焼け焦げたバラバラの遺体と、船体が散らばっている。それらは闇夜に溶け込んでおり、欠片一つ探して回収する事でさえ難儀な状態であった。

 

「深海棲艦は近隣には居なかった……これは、深海棲艦の攻撃じゃない筈よ……」

「触雷の可能性もある……この前の戦いでは大量の機雷を使ったって……」

「でも……この近辺は航海も多いから特に念入りに掃海してますよ……石壁提督が通るからって、今朝も確認してます」

 

 現場を捜索する艦娘達は、遺体や船の残骸を一つ一つ回収しながらなぜこんな事が起こったのかを話し合う。

 

「じゃあ何が起こったって言うのよ……敵でもない、機雷でもないって……」

 

 そこで、沈黙が彼女達を包む。あり得そうな可能性が、一つ、また一つと否定されるにつれて、考えたくなかった……それだけは無い筈だという答えが……否、あり得ると知りつつ見ないふりをしていた答えしか、その場に残されていなかったからだ。

 

「暗……殺……?」

 

 少女の震える声が、闇夜に響く。それは闇夜の静寂に染み入るが如く伝播し、皆の心に波紋を起こした。

 

「いや……でも……」

「流石にそんな事……」

 

 否定したい。否定したいのに。出来ない。己の祖国が、護り続けてきた故郷が、仲間を暗殺する。いくら死地に追いやられ、ぞんざいに扱われても、その最後の一線だけは、超えない筈だ。そう、信じたかった。

 

「でも……相手は大本営だよ……?あの、徳素なんだよ……?石壁提督は……大本営から睨まれていたし……」

 

 状況証拠が、揃い過ぎていた。大本営への不信が、その有りえない筈の疑念を増幅させる。否定したい、でも、出来ない。猜疑心は夜の帳の如く思考を一色に染め上げていく。

 

「だが……だが……ッ」

「いくら何でも……そんな……」

「……」

 

 彼女達の忠誠心には、既に大きな亀裂が走っている。戦争開始からずっと、苦渋を飲ませ続けてきた大本営への憎悪は、忠誠に亀裂を走らせるのに十分すぎる力を持っていたから。それでもなお関係が致命的に破綻しないのは、艦娘達が善性の生き物である事……そして、同じ祖国を持つモノ同士……何時かは和解出来るのではないかという甘い期待からであった。故にこそ、ここまで来て尚、彼女達の祖国に対する忠誠はギリギリで繋がっていたのだ。

 

 だが今、彼女達の憎悪の亀裂には、猜疑心という名の楔が差し込まれた。もしこの楔を奥深くに差し込む打撃(疑念を確信に変える証拠)があれば、どうなるであろうか?

 

「……いた!!生存者がいたわ!!」

 

「「「!!」」」

 

 周辺の視線が一斉にそちらを向く。そこには栗色の髪をショートカットで揃えた少女がいた。第六駆逐隊所属、駆逐艦雷である。

 

「『こちら捜索隊の雷、生存者の女性兵士を発見、階級章は……大尉です。至急救護船を回してください』」

 

 女性を水面から抱き上げた駆逐艦雷は、己より大きな彼女を横抱きで支えながら無線で報告を行っている。

 

「……うっ」

 

 そこで、女性が呻いて、うっすらと目を開ける。

 

「あっ……!気が付いた?大丈夫、直ぐに救助が来るからね!」

 

 雷は目が覚めた女性を安心させる為に、敢えて元気よくそう告げる。

 

「……なさい」

「……え?」

 

 だが、彼女の眼は虚ろであり、意識が混濁しているのか雷を写していない。そんな状態で、彼女は口を開いた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめん……なさい……」

 

 彼女は朦朧とする意識の中で、ただ涙を流しながら詫び続ける。明らかに尋常の状態ではない。

 

「どうしたの……?なぜ、謝るの……?」

「なんだ……彼女はどうした……」

「なにかあったのかしら……」

 

 雷達がその異常な懺悔に困惑しているその時、東の方角から凄まじい勢いで増援が駆けつけてくる。ショートランド泊地所属の艦娘達である。

 

「提督は、提督は見つかったの!?」

 

 半狂乱にも等しい勢いで詰め寄ってくるのは、重巡鈴谷。前線からショートランド泊地まで石壁達の護衛としてやってきていた艦隊の旗艦である。

 

「えっと……この人しかまだ……」

 

 雷がそういって視線を女性へと落とす。鈴谷は雷に近寄って女性の顔を確認する。

 

「……この人……移送船の隊長だった大尉じゃん」

 

 鈴谷は彼女の顔を確認すると、ぶつぶつと謝罪を続ける彼女の肩を掴んだ。

 

「ねえ、石壁提督はどうしたの!?お願い、教えてよ!?何があったの!?謝罪なんて後でいいから、教えてよ!!」

「鈴谷さん駄目ッ!?彼女はまだ意識がしっかりしてないの!!救助されたばっかりなのよ!?」

「そんなの知ったこっちゃない!!行方不明なのは鈴谷(わたくし)達の提督なんだ!!護衛任務を受けた軍人に護衛対象の行方を詰問して何が悪いって言うの!?」

 

 大尉の肩を揺さぶる鈴谷を、雷が慌てて止める。通常であれば、鈴谷も救助対象にここまで詰め寄ったりはしない。だが、事が己の提督に絡む場合は話が別だ。

 

 艦娘は己の魂を提督の魂と癒着させる事によってこの世に繋ぎ止められている。故に提督が死んだりしようものなら彼女達をこの世に留める要石が失われ、彼女達は艦娘として存在を維持できなくなるのだ。その末路は、消滅か自死の二択しかない。

 

「またこの繋がりを喪いたくない……ッ!石壁提督だけは、絶対に死なせたくないの……!!」

 

 その上に、彼女達はドロップ艦……一度その繋がりを轟沈によって強制的に断たれ、その上で石壁に救われた艦である。ドロップ艦は概して思考が深海棲艦に寄りがちであり、他者よりも自分の大切なモノに執着する傾向が強いのだ。故にこそ、鈴谷は此処まで必死なのである。

 

 そうやって数秒もみ合っている間に、大尉の手から何かが転げ落ちた。

 

「……あ」

 

 それに気が付いた鈴谷は、一転して呆然とそれを拾い上げた。

 

「提督の……おま……もり……」

 

 それは、鈴谷が石壁に送ったお守り。明石と協力して作った、艦娘の艤装と同じく、使用者を護る力を持つアイテム。

 

 それが、焼け焦げて破れている。艤装と同じように、使用者を護った証拠。

 

 ならば、これは誰を護った。この爆炎の中無傷でいるのは、一体だれだ。

 

 決まっている、目の前の女だ。提督は、爆発の瞬間彼女を護ったのだ。

 

 これらが意味するのは、この不可解な爆発の直前、石壁が彼女を護る為に動く時間があったという事。

 

(提督は……船が爆発する事を……爆発する前に(・・・・・・)知った……?)

 

 つまりは、この爆発は誰もが気が付かない内に発生した突発的なモノではない。異常発生から起爆までにタイムラグがあるのだ。

 

「……この爆発は、事故じゃなかった?」

 

 鈴谷の思考が急速に冷え切っていく。考えられる可能性はいくつかある。だがもしもこれが鈴谷の想像の中で最悪のパターンであったならば……

 

「ねえ、雷」

「ひっ……!?」

 

 鈴谷の感情が抜け落ちた様な冷たい声に、雷は恐怖を感じて顔を引きつらせた。

 

「……ラバウル基地の南雲中将に無線をつないでくれる?大至急」

 

 

 

 この日をもって、石壁の、南方海域の、大日本帝国の……そして世界の運命が、予期せぬ方向へと転がりだしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大尉に詰め寄る鈴谷達の姿を水平線ギリギリから見ているモノが居た。

 

『……任務完了、これより帰投する』 

 

 闇夜に溶け込む影が『2つ』、夜陰に紛れて水平線に消えた。

 

 

 

 

 

 

 




鈴谷の御守りは確かに効果がありました。しっかり大尉を護ってくれましたよ。
鈴谷『ちがうそうじゃない』
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