もぐら輸送作戦発動から約一週間、連日連夜の突貫工事により輸送網がほぼ出来上がった。
現在石壁達は、要塞心臓部にある大規模物資集積所にきている。ここは物資輸送の根拠地であり、間宮統括の兵站本部にあたる。ここから新設された妖精さん専用輸送網を通して、要塞の各区画の物資輸送の中核になる中規模物資集積地に物資が送られ、そこから再前線の小規模物資集積所へと物資が運ばれるのだ。
心臓部足る大規模集積所から間断なく要塞各地に物資が送られる。これならばどれだけ長期の戦闘になっても間宮の管理する本部の物資が尽きない限りは、物資を要塞中に血液の様に生き渡らせることが『理論上は』可能だ。
「明石から輸送網が完成したって連絡が入ったから見に来たわけだけど……」
「いったいどこにいるのでしょうか……」
石壁と鳳翔は、明石とあきつ丸に呼び出されたのだが、その呼び出した本人が居ない。
「うーん?場所を間違えたのか?大規模集積所ってここだよね?鳳翔さん」
「はい、ここが物資貯蔵の心臓部ですので、ここであっているはずなんですが……」
生真面目なあの二人が人を呼び出しておいてすっぽかすとは思えず、訝し気な顔をする二人。
「何かあったのでしょうか」
「うーん、無事だといいんだけど……って、ん?」
その瞬間、ガタガタガタガタと、何かが揺れるような音が集積所に響き始めた。次第にその音は大きくなり、石壁が反響する音の方角を探っていると、集積所の隅にある、トロッコのレールが出ている洞穴が目に入った。
「妖精さん専用通用道路から音g「いえええええええええええい!!!」「いやっほーーーでありますううううううう!!!」」
その瞬間、人がギリギリ寝そべって入れる程度の小さな棺桶の様なトロッコが、二つ連結して穴から飛び出してくる。その中には胸の上で腕を交差させた、まるで棺に収まるミイラの様な姿勢の明石とあきつ丸が、収まっている。それも超ハイテンションで。
「ていとくううううううう!!!完成しましたよおおおおおおお!!!」
「これがあきつ丸と明石と妖精工兵隊の最高傑作でありますうううううううううう!!!!」
二人とも目の下に物凄く濃いクマを浮かべて、あっちの世界に行っちゃったようなギンギラギンにさりげないラリった目をしている。睡眠不足と過労がミックスされて、精神状態が『最高に廃っ!』て感じになっている。
「おせえええええええええ!!!おせえええええええええ!!!」
「穴を掘れ!!!掘れ掘れ掘れえええええええ!!!」
「トンネル掘る!!掘らないと!!トンネルぅあああああ!!!」
「もぐら輸送作戦!!モグラもぐらももぐらあああああああ!!!!!!」
トロッコを押す大勢の妖精さんも皆目が逝ってる。集団暴走状態だ。
「あはははははははははは!!!あれぇ!?石壁提督5人ぐらいに増えてないいい!?」
「トロッコは最高でありますなあああ!!!あきつ丸もうトロッコがないと生きていけないでありますうううう!!!」
トロッコは二本の洞窟をU字に線路で繋ぐことでひたすら一方通行にグルグル回り続ける仕組みになっている。猛スピードでレールに従って急旋回したトロッコは、明石とあきつ丸の壊れた様な笑いをBGMに、ドップラー効果を残しながらもう一方の妖精さん専用輸送道路に消えていった。
「……」
「……」
後には呆然とする石壁と鳳翔が残される。
「鳳翔さん……」
「はい……」
石壁が遠い目をしながら言った。
「工兵隊全員に、一週間の休養を出そう」
「そうですね」
後日、工兵隊全員に調書をとったところ、連日連夜の突貫工事による徹夜とオーバーワークで途中から全員記憶が飛んでおり、この時の事を覚えているものは誰一人いなかったという。
石壁は自身の「全力で取り掛かれ」という命令をあまりに忠実に実行しすぎたあきつ丸達に間宮の羊羹を差し入れて詫びて回った。真面目な人間が全力で頑張りすぎるとぶっ壊れるんだな、と、石壁は二人の献身に甘えすぎた事を心から反省したのだった。
だが、二人がキャラごとぶっ壊れるほど頑張って作ったこの輸送網によって、ハード面における要塞の主要機能はほぼ完成したのであった。
***
明石とあきつ丸達以下工兵隊全員を寝室に押し込んだ石壁達は、二人を除いた面々を作戦会議室に集めていた。途中なかなかベッドに入ってくれない明石が石壁を2万馬力の艦娘パワーで抱き枕にした為、石壁が死にかける一幕もあったのだが、別にどうということはないので割愛する。
「明石達の奮闘もあって、遂に要塞が完成した。無論まだ足りない面はあるが、必要な分はなんとか確保できたといっていいだろう」
そういいながら、石壁が輸送網を書き込んだ地図を指さす。
「よってこれからは、要塞のハードよりもソフト面、実際に敵が攻め寄せた際の対応をメインに完成度を上げていく。砲兵隊、輸送隊、指揮所の面々が一つの生き物の様に動けるようになることが肝要だ」
そういいながら、図上演習に用いる駒を、要塞の中と外に置いていく。
「想定される戦局は、深海棲艦による圧倒的波状攻撃、これを要塞一丸となって叩き返す必要がある」
石壁は一同を見回す。
「これより要塞を本格的に稼働させ、要塞の総員でもって防衛の大規模訓練を行う。砲兵隊も実弾こそ発射しないものの、実弾と同重量の模擬弾をひたすら装填して排莢するを繰り返してもらう。当然、輸送隊は排莢された弾頭は使用されたものとして、実戦と同様にこれを補給する。弾丸だけじゃないぞ、食事や水分等の補給物資、交代人員、金属疲労による砲身交換……おおよそ想定される全てを実際に行う」
石壁が図上演習図を指さす。
「伊能は深海棲艦側の駒を操作して、想うがままにひたすら要塞を攻めてくれ、図上演習の結果がそのまま訓練に反映され、それに対する対応を要塞全体でとる事になる。当然対応に失敗すれば抵抗は失敗、図上演習は一方的な敗北になるだろう。実戦なら皆殺しにされる」
ゴクリと誰かが息を飲んだ。
「明石とあきつ丸が突貫工事で稼いでくれた貴重な時間だ、無駄にはしたくない!!やるぞおおおおお!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
***
~演習1回目~
「提督!8番砲台物資欠乏!」
「提督!13番砲台で負傷兵!」
「提督!14〜16砲台連絡途絶!」
「トーチカの7割機能停止、敗北条件を満たしたので演習を停止します」
~4回目~
「提督!要塞線内部に敵侵入!」
「物資貯蔵庫爆発!重要区画5つ喪失!」
「提督!工廠が落とされました!」
~10回目~
「ていとくううううううう!!伊能提督の攻撃とめられませんんんんんんん!!」
「泣き言を言うな!!おい情報届かないぞどうなってる!!」
「輸送網断絶で情報が届きません!!」
~17回目~
「物資が目的地に届いてないぞどうなってる!?」
「トロッコの車軸がへし折れて脱線!!トンネル内部がふんずまりになって物が運べません!」
「ファック!!」
~38回目~
「だれだ伊能提督に無尽蔵の戦力なんか持たせた奴は!?」
「知るかバカ!!おい次の物資輸送先どこだよおい!!」
「衛生兵きてくれーーー!!!」
~67回目……
***
~7日後~
「だああああああああああ!!!!なんでだめなんじゃああああ!!!???」
繰り返せど繰り返せど上手く行かない演習、あまりの惨敗ぶりについに石壁が発狂する。
石壁の防衛戦術と指揮は完璧だ、通常の図上演習ならここまで惨敗などするわけがない。
だが、今回の演習は要塞全体の指揮まで含まれている。いくら石壁が完璧な指揮をとってもどうしてもタイムラグが発生する、それを見逃すほど伊能は甘くはない。
伊能は一つの隙に100の戦力を突っ込んで、あっというまにその隙を致命的なレベルまでこじあけてしまう。石壁の指揮が及びにくい脇から崩れ始めて最後には押しつぶされてしまうのだ。
その事を痛いほど自覚している周りのスタッフは自分たちの能力の及ばなさに気まずげだ。
「……少し休憩にしましょうか、提督、お茶でものみましょう」
鳳翔さんの気配りで一旦休憩に入る。ここ最近、自身の防衛に関する能力を常に限界まで酷使してきた石壁は、かなり疲労の色が濃い。
「どうしてだめなんだ……戦力的にはなんとかなるはずなのに……途中から手が回らなくなって指揮がパンクしてしまう……」
ブツブツいいながらソファーに腰掛ける石壁。その石壁の肩を、鳳翔がやさしく揉んであげる。
「あ……鳳翔さん」
「提督、肩の力を抜いてください。それでは出来ることも出来なくなりますよ」
そういいながら、やさしく微笑む鳳翔。その言葉を聞いて、石壁の肩から力がぬける。
「……その、ありがとう」
「いいえ、これくらい気にしないでください」
鳳翔のお陰で思考がクールダウンしたところに、間宮がやってきた。
「提督、今までの演習の分析データをお持ちしました」
「ああ、ありがとう……せっかくだから間宮さんも休んでいってよ」
「では、そうしますね」
間宮が向かいのソファーに座る。石壁は持ってきてもらった演習の分析データを眺めながら間宮に問う。
「間宮さん、なんで上手く行かないんだと思う?」
「……そうですね」
石壁の問に、間宮が応える。
「やはり、提督に負担がかかりすぎているのではないでしょうか……」
「う~ん、でも指揮するためには情報を僕に集めないといけないし……」
「でもそれに圧殺されては本末転倒ですよ」
「そうなんだよなぁ……」
他の問題点にも話は移る。
「あと、大体崩れ始める原因が、物資の欠乏や人員の交代なんだよね」
「ええ、その間トーチカは戦力として機能しませんから、その穴を突かれて総崩れになるパターンが多いですね。」
「でも、最初から全ての拠点に予備物資や人員を用意するとなるとさらに補給が複雑化するし……」
「「う~ん……」」
考えが煮詰まってきたとろこに、鳳翔がお茶をもってやってくる。
「どうぞ」
「ああ、ありがとうございます、丁度喉が乾いてきてたんです」
間宮がお礼を言いながらお茶を受け取る。
「でも鳳翔さんっていつも欲しいって思った時にお茶とか持ってきてくれますね、何かコツでも?」
「ふふ……大したことではありませんよ。側で見ていると欲しいものがなんとなくわかるものですから」
「私も鳳翔さんの様にもっと気配り上手になりたいですね」
「私としては間宮さんが大勢の料理を作るのはすごいと思いますけどね」
「それこそなれれば簡単ですよ。一点ものの料亭じゃないですから、具材を切る人、鍋に火をかける人、煮込む時間を図る人とか、単純作業に落とし込んで流れ作業にしてしまえば、調整が必要なところ以外は自動化できますしね」
間宮と鳳翔の会話を聞いていて、石壁は何かが脳髄を駆け巡る。
(欲しい時に、欲しい物……単純作業に落とし込む……流れ作業化……必要なところ以外自動に……?)
その瞬間、石壁の脳内を稲妻が走り抜ける。
「そうだ、コンビニだ!!!!」
「きゃあっ!?」
「て、提督!?」
ガタンっと石壁が立ち上がる。
「ありがとう鳳翔さん!!やっぱりあなた最高だ!!結婚してください!!」
「え!?ちょ、提督!?落ち着いてください!!」
興奮の余り後半で本音が口から飛び出したことにすら石壁は気づいていない。
両の手で鳳翔の手をガシリと握りしめ真っ直ぐにそう言われて鳳翔は顔を赤くしてうつむいてしまう。
流れについていけない間宮はポカンとした顔でお茶の入った湯のみをもっている。
「こうしちゃいられない!!ちょっとコンビニ行ってくる!!」
「提督!?お気を確かに!!コンビニは本土にしかありませんよ!?」
お茶飲んでる場合じゃねぇ!!と言わんばかりに部屋から駆け出そうとする石壁と、それを追う鳳翔。後には呆然とする間宮だけが残された。
「……ズズー」
ゆっくりと手の中のお茶を飲む。
「ふう、美味しい」
間宮は考えることを止めた。
BGMにグルメレースを聞きながら書いていたら明石達が大変なことに