三部は石壁君のメンタル耐久試験だなとふと思いました
時が静止したかと思うほどの沈黙が部屋を包む。だが、時間が止まる訳でない。カチリ、カチリ、と秒針が時間を刻む音がヤケに五月蠅い。
「父さんを……殺した……?」
心拍数が増加していく。今、この女はなんと言った?石壁は秒針と心音しか聞こえなくなっていく世界の中で、掠れた声を漏らす。
「どういう……ことだ……」
日記を手にしたまま。港湾棲姫へと目をやる石壁。突如として現れた父の遺品と、その仇を自称する女……石壁はどうしていいか分からずに、そう問うしかなかった。
「……始まりは今から8年前、深海大戦勃発の直後の話だ」
港湾棲姫は、石壁のそんな姿を見ながら……話しだした。
***
深海大戦勃発直後、ハワイ島が深海棲艦の手に落ちると、すぐさま日米両国は戦争状態へと移行した。日米は世界有数の海軍国であり、すぐさま反攻作戦の為に大規模な艦隊の派遣が行われる事となる。
日米両艦隊はオーストラリア近海にて集結し、そのまま北東、ハワイへと進軍した。
それに対してハワイ近海を支配権に収めた深海棲艦達は、進路を南方へ向けた事もあって、両艦隊はマーシャル諸島にて激突する事となる。
「石壁少将!前衛艦隊が謎の武装勢力と接敵!す、水上を敵兵士と思しき物体が航行中!」
「映像を受信!モニターに回します!」
「なんだアレは!?ホバー走行でも行っているのか!?石壁提督!ご指示を!」
空母「出雲」のCICのモニターに現れる謎の人型達。彼女たちはそれぞれに、個人携行出来るサイズの砲門を構えている。それを見た石壁少将は、背筋が粟立つのを抑えられなかった。
「……ッ!総員!早急に戦闘態勢に移行せよ!第一種戦闘配備!射程に捉え次第に全火力を投射!警告は不要だ!」
「りょ、了解!」
切羽詰まった様子の石壁少将の言葉に、CICは即座に反応する。鍛え抜かれた幕僚達はその命令を実行に移した。
「こちら前衛艦隊の駆逐艦『金剛』攻撃を開始します!」
「トマホーク発射!人型実体へ全弾命中します!!……ッ!?そ、損害軽微!繰り返します!損害は軽微です!」
「前衛艦隊に人型が肉薄します!推定速力25ノット!」
「CIWSによる近接砲火開始せよ!!」
「だ、ダメです!!効果殆どありません!あっ!?ぎょ、魚雷と思しき武装を展開しました!!」
「まずい!!回避!!回避ー!!」
全開にしたエンジンタービンがうなりを上げて、駆逐艦金剛は魚雷の回避に成功する。だが、回避行動中の艦隊に向けて、深海棲艦達が群がっていく。
「ひ、人型実体が船体にとりつきました!!」
「い、いかん!!」
「やつらなにを……ほ、砲門がこちらをーーーー」
次の瞬間、近距離に群がった深海棲艦達の砲門が一斉に火を噴いた。数十、下手をすれば数百発にも及ぶ砲弾の嵐が金剛の船体に突き刺さる。
「ぐっ……エンジン停止!エンジンが停止しました!」
「船体各所に炎上発生!!」
「この艦はもうだめです!!」
「ぐ……総員退艦せよ!繰り返す!!総員たいーーーー」
次の瞬間、駆逐艦金剛は大爆発を起こして、海に消えていった。血の気が引くとはまさにこのことであった。現代技術の粋を結集して作られた艦が、一瞬の内に轟沈させられたのである。
「……ッ!!総員!!出し惜しみせずに全火力を展開せよ!!ただし攻撃対象をなるべく少数に絞れ!!」
「……ッ!!了解!!」
「米国空母より入電!!『貴艦ノ方針ニアワセル、攻撃隊ヲ発艦サセル』とのことです!」
「了解した!!米空母の攻撃に合わせるぞ!!総員奮闘せよ!!」
その言葉に我に返った日米連合艦隊は、我を失ったかの如く猛攻撃を開始した。
「とにかく近寄らせるな!!弾を惜しむな!!撃って撃って撃ちまくれ!!」
「了解!!」
「艦隊全体を少しずつ後退させろ!!扇状の隊列を維持したまま、突出した敵人型実体を叩いて数を減らせ!!」
「米艦隊にも作戦内容を共有します!!」
石壁少将の指揮は完璧であった。初見の、今までのありとあらゆる軍事的常識が通用しない化け物を相手にして、最善手を打ち続けた。
「水上航行する謎の敵兵がドローンと思しき機体を放出しています!!」
「見た事のない機体がこちらへと向かってきます!!」
「射撃の効果が殆どありません!!」
「ミサイルを出し惜しむな!!対空ミサイル斉射!!近寄らせるな!!」
日本海軍の指揮を執っていた石壁少将は、正体不明の敵軍に対して必死に抵抗をつづけていた。持ちうる限りの火器を惜しみなく使用し、押し寄せる敵を抑え込みつづけたのだ。
「駆逐艦霧島全弾打ち尽くしました!妙高が被弾!!炎上!!」
「米国ミサイル巡洋艦『アンティータム』爆沈!!『バンカーヒル』は航行能力を喪失!!」
「戦闘力を喪失した艦は後方に下がらせろ!!あいた穴は後方待機していた鳥海で塞げ!!とにかく敵との距離を維持せよ!!近寄らせれば終わりだ!!引き撃ちに徹して数を減らせ!!」
深海棲艦達に対して現代兵器は殆ど効果が無い。だが、それでも全くの無意味という訳でもないのだ。火力を限界まで集中すれば、少数であれば撃破する事も不可能ではない。
「少将!!米軍の空母が!!」
「……ッ!!」
だが、余りにも数が違い過ぎた。目の前では、同盟国の原子力空母が……人類の力の象徴が、炎上し、傾斜を始めていた。僚艦達は必死で空母を守ろうとしているが、象が蟻の群れに食い殺されるが如く、深海棲艦達が群がって押しつぶしていく。
「ろ、ロナルドレーガンが……世界最強の米第七艦隊が……」
助けねば、少将がそう思うのとほぼ同時に、空母から無線通信が行われる。
「米空母より通信……ッ!『同盟国トシテ、貴艦隊ノ献身ニ感謝スル、撤退セヨ』……以上です」
炎上を始めた米空母は、そのまま深海棲艦達の群れの中へと突入していく。そこに釣られるように、大勢の深海棲艦達がむらがり、集中砲火を浴びせている。その結果、少将の艦隊への圧力は一時的にではあるが半減していた。彼等はもう助からない事を察して、友軍の脱出の為に囮となったのである。
「ロナルド・レーガンより入電!『残存米艦隊ハアドミラル石壁ニ従エ.星条旗ヨ永遠ナレ』……以上です」
「……ッ!」
少将は傾斜しながらも止まる事無く突き進む艦を見て、命令を出した。大量の深海棲艦に群がられながら、ロナルドレーガンは近くの浅瀬へと座礁して動かなくなった。彼らの行動は狙い違わず、深海棲艦の進行は一時的に停止して、全てがそこへ集中する。
「残存艦隊を纏めて一度引いて態勢を立て直すぞ……ッ!なんとしても、護り通すんだ!!」
「……はい!」
人類と深海棲艦の最初の本格的な激突、マーシャル諸島海戦はこうして幕を閉じた。
***
『畜生!!なんで攻撃が殆どきかねえんだよ!!』
『米艦隊ヨリ入電!!『我ラ残弾ナシ、囮ニナル、後退セヨ』!!』
『ダメだ!!くそ……もうとめられんか……後退!!後退だ!!』
それから、石壁少将は日米残存艦隊を率いてソロモン諸島近海を拠点に戦い続けた。徹底した引き撃ちと火力の集中で敵を削りながら、遅滞戦闘を繰り返し、時間を稼ぎ続けたのである。
『とにかく遠距離から撃ちまくれ!!撃ち尽くしたら後退!!後退だ!!』
『だめです数が多くて逃げ切れません!!』
『徴収した漁船を自動操縦で突っ込ませろ!!餌に食いつかせて時間を稼げ!!』
この時稼いだ時間によって、オーストラリア軍は防衛線を沿岸から内陸へと引きあげ、それなりに多くの人々がオーストラリアへと避難する事に成功したのであった。
『ガダルカナル島の拠点から物資の補給を受けました』
『これが最後の補給です……これ以上は、ミサイルは補給できません』
『艦隊の消耗は限界です』
『鉄底海峡で最終決戦か……縁起でもない』
だが、押し寄せる深海棲艦を止める事は出来なかった。多勢に無勢、弾薬も底を尽き、そして遂に少将の艦隊も全滅したのである。
『撃て!!撃てえ!!』
『ごぶ……当艦は……戦闘力を……そう……し……』
『畜生!畜生!!』
『化け物どもがああ!!死ね!!死ねええええ!!!』
港湾棲姫は、目の前で燃え盛る艦艇をじっと見つめていた。先ほど己が止めを刺した、帝国軍の最期の艦艇である。
「……」
巨大な爪で船の外装を引き裂き、力づくで轟沈させた。その途上幾人か兵士を引き裂いて処分している。爪は血に染まり、耳には断末魔の叫びが残っていた。
『嫌だぁ!!死にたくない!!』
『助けて!!誰かたすけてくれ!!』
『親父……おふくろ……』
憎悪から生まれたのが深海棲艦である。破壊し、焼き尽くし、殺し尽くすのが本懐の化け物達だ。だというのに……
『この化け物が!!』
『良くも、俺たちの仲間を!!』
『地獄に落ちろ!!』
だというのに何故ーー
「何故……こんなにも……」
ーー■■しいのだろうか。
港湾棲姫は正体不明の感情に胸をざわつかせた。破壊し尽くせば、焼き尽くせば、殺し尽くせば、胸の内に暴れ狂う憎悪が満たされていく……そして、文字通り胸が
伽藍洞となった胸の内で、人々の断末魔が反響し続ける。戦えば戦うほど、殺せば殺す程、己の内側に反響する声は大きく、重くなっていく。伽藍洞の胸が声に食い破られているのではないかと思う程に。反響する残滓は、彼女の心の中に残り続けていた。
「港湾棲姫様、敵艦隊は壊滅しました。これからどうなさいますか?」
背後から指揮下の部隊がやってくる。目をやれば、最初に見た時に比べて何故か穏やかになっているように感じられた。率いる自分の影響か、あるいはそういう質なのか、憎悪が薄くなり始めているようであった。
「……私達はこれからオーストラリアを攻略する。ニューカレドニア島で新しく生まれた……離島棲鬼だったか……彼女に部隊を集めておいてほしい」
「はっ!!」
部下の深海棲艦が去っていくのを見送る。港湾棲姫は、己が他者の感情に対して敏感になっていることに気が付いた。胸の中の憎悪が薄れた事で、他者の感情への共感が出来る様になったのである。故にであろうか、彼女は『何か』を感じ取る。
「……なにかしら」
ふと、港湾棲姫は近くの岩礁へと目をやった。特に変わったところは無い筈なのに、何故か引き寄せられた。
「……よば……れた?」
港湾棲姫は、訳もわからずに岩礁地帯へと歩を進めた。
***
「ぐっ……情けない……これしきの傷で……」
岩礁の影で、一人の男が腹部を抑えて座っていた。年の頃は30代の半ばから後半、優しそうな顔つきのその男であった。彼は穴の開いた腹部をむりやり止血しようと圧迫していた。
「まだ、まだ死ぬ訳にはいかない……誰か、誰か居ないか……」
男は、託された願いを果たさねばならない。死ねない。まだ死ねない。その強く切実な思いが、彼女をここへと引き寄せる。突如として、目の前に影が下りた。
「……貴方は」
「……ッ!?しまった、深海棲艦!!」
男は港湾棲姫の顔を見て、咄嗟に腰から拳銃を引き抜いた。だが、無情にも引き金を引いても銃弾は出てこない。文字通り矢尽き剣折れるまで戦った彼をあざ笑うが如く、空虚な撃鉄の打撃音だけがその場に響いている。
「糞が……」
弾切れで抵抗すら出来ないのだという事を知った男は、そのまま力なく腕を下ろした。文字通り、限界だった。
「ハァ……ハァ……これまでか……」
男は諦念を浮かべて港湾棲姫へと目をやる。港湾棲姫はこれまでもそうしてきたように、男を殺す為に近寄っていく。
彼の眼前に膝をつき、血まみれの両手を近づける。人とは明らかに違うその両手の狂爪が触れようとしたその時ーー
「……どうした……何故、泣いている」
「ーーえ」
港湾棲姫は、我知らず涙を流していた。理由など分からなかった、ただ、涙が溢れて止まらなかった。
「なんで……」
膝をつき、手を差し伸べ、涙を流す港湾棲姫。その様はまるで救いを求める
「……」
しばしその様子を見ていた男であったが、遂に意識を保っていられなくなり、ずるりと倒れて港湾棲姫の爪にもたれかかった。
「あ……」
己の爪は、少し力を込めれば人を一瞬で殺せる。殺せるのだ。だから殺してきた。命を紙のように破り捨ててきた。
(殺さないと……この人を殺さないと……)
その爪が、人の柔らかい肌が爪に触れている。だというのに、まだ男は生きている。まだ殺していないのだ。
(『何故』殺さないといけないの?)
港湾棲姫は、その事実に『安堵』した。今まで感じた事のない感情が溢れて、胸が一杯になる。
「……私は一体、どうしてしまったんだろうか」
分からなかった。何もかもが、彼女の理解を超えていた。
「治療……そうだ。とにかく治療しないと……この近くだと……ニューカレドニア島?離島棲鬼の所に……」
潰してしまわない様に、殺してしまわない様に、港湾棲姫は男をそっと爪で抱き上げるとその場を立ち去った。