艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第十二話 人でなし 後編

 

 少将は船が爆沈した際に、鉄骨か何かを腹部に受けて大穴が開くという大怪我を負っていた。重要臓器の一部損傷による免疫力の低下、脊髄損傷による下半身不随、腸も一部が裂けて糞便が体内に漏れ出していた。大至急治療する必要がある。

 

 港湾棲姫はニューカレドニア島制圧時の捕虜から医者を探し、少将を治療する事に成功する。だが、治療の遅れや設備や医薬品の不足もあって、予断を許さない状況であった。

 

 そして、それから数日後。少将は意識を取り戻した。

 

「何故助けた……ッ!!何故、俺だけを……ッ!!」

 

 下半身不随となり、碌に動けない状態である少将。それでも彼はベッドのヘッドボードにもたれかかって上体を起こすと、港湾棲姫を睨みつける。腹部に大怪我を負って今も激痛が絶え間なく続いている。それでも敵に無様は見せられないと起き上がり、向き直っているのだ。

 

「聞こえていないのか……ッ!どうして……どうしてなんだ……ッ!!」

 

 怒り、憎悪、悲哀、無力感、後悔……心が掻き回されて千々に乱れる。

 

 彼には託された想いがあった。護りたい人達が居た。共に戦ってきた仲間達が居た。その為に戦ってきた。

 

 勝たねばならなかった。負けてはならなかった。

 

 だが、彼等は負けた。負けたのだ。何一つとして失ってはならなかった筈のモノ、その全てを喪ったのだ。

 

 己ただ一人を、残して。

 

「……」

 

 港湾棲姫は、少将の言葉をじっと聞いていた。己が齎した破壊と殺戮……憎悪のままに暴れた結果が、目の前にある。

 

 伽藍洞の内面に、少将の嘆きが満たされていく。空虚であるのに、途轍もなく重かった。

 

 いつの間にか、また涙が溢れている。理由もわからず、港湾棲姫は涙を流して少将を見つめる。

 

「なんでお前が泣いているんだ……化け物なら泣くな……ッ!!」

 

 憎い敵である筈なのに、間違いなく化け物なのに、理由もわからず泣く姿は余りにも哀れであった。

 

「出て行ってくれ……」

 

 少将は、振り上げた拳を下ろす先を失い、拳を握りしめる。港湾棲姫は、その言葉に従って、黙って部屋を出て行くしかなかった。

 

「……畜生」

 

 部屋を出て行く港湾棲姫が最後に見たのは、血が滲む程に拳を握りしめ涙を流し俯く彼の姿だった。

 

 ***

 

 それからも、港湾棲姫は男の治療を続けた。他の深海棲艦には任せる事が出来ないから。

 

 そしてそれと同時に、少将の事がどうしても気になった。放っておけなかったのだ。

 

 自分が憎まれて当然だという事は分かっていた。少将の傍に行くべきではないと知っている。

 

 それでも抑えられなかった。

 

 彼女自身、なぜこんな事をしているのか理解できずにいる。それでも衝動に突き動かされて、必死に看病を続ける。

 

 少将は彼女を憎いとは思いながらも、毎日無視することも出来ず、幾らか会話を行う様になっていった。

 

「なあ……港湾棲姫」

 

 少将は取り換えた包帯を処理している港湾棲姫へと声をかける。

 

「お前たちは何故……人を襲うんだ……大勢の人を殺して、何がしたいんだ」

 

 港湾棲姫は少将へと向き直る。

 

「私達は……『憎悪』を元にして生まれた存在だから……何もかもが憎くて、憎くて、仕方がなかった……生まれてからずっと、殺意と破壊衝動だけで動いていた……」

「『憎悪』から生まれた存在……」

 

 少将はその言葉に少し考え込んでから、改めて口を開く。

 

「ならば尚更……何故俺を助けたんだ……今のお前から憎悪というモノは感じ取れない……」

 

 その言葉に、港湾棲姫は俯く。

 

「……分からない……分からないんだ」

 

 包帯を取り換えた事で、血まみれになった己の手をじっと見つめる。

 

「最初は、本能のまま、憎悪に任せて暴れていた……でも段々……憎悪だけでは動けなくなっていった……」

 

 ただ暴れ狂うケモノだったなら良かった。憎悪を抱き続ける事が出来たなら良かった。だが、彼女は違った。

 

「殺せば殺すだけ、逆に苦しくなって……この手にかけた人々の声が頭から離れなくなって……そして……」

 

 港湾棲姫の手元に、雫が落ちる。

 

「気が付いたら……貴方を殺せなくなっていた……なんでかは……分からない……分からないんだ……私は一体……どうしてしまったんだ……」

 

 少将には、その姿がただの少女にしか見えなかった。暗闇の中で帰り路を見失い、どうすれば良いのか分からなくて涙を流す哀れな子供……それが、彼の抱いた印象である。

 

「お前がただの化け物だったら、楽だったのにな……俺も、お前も……」

「え……?」

 

 港湾棲姫は、己の頭に何かが乗ったのに気が付いて、顔を上げる。少将が、苦笑しながら港湾棲姫の頭を撫でていた。

 

「……私の事が……憎いんじゃ」

「憎いぞ……どうしようもない程に……貴様らが憎い……殺してやりたいとも思うさ……」

 

 その言葉に体を強張らせる港湾棲姫を見て、少将はため息を吐いた。

 

「でもな……俺はお前みたいな子供に憎悪をぶつけられるような人間じゃないんだよ……憎悪のまま、本能のままに動ければ、どれだけ楽だろうかとは思うけどな……」

 

 少将にとって港湾棲姫は憎い敵で、道を喪った子供で、涙を流す少女で、今自分が生きているある意味で命の恩人でもある。人の親である彼には、子供を痛めつけるという事がどうしても出来なかった。

 

「分からない……憎いのに……どうして優しくできるの……?」

 

 混乱する港湾棲姫の頭を、少将は撫でながら語り掛ける。

 

「ヒトの心っていうのは複雑なんだよ。お前達を憎んでいる気持ちもある……殺してやりたい気持ちだってある……でも、こうやってお前に治療されている事への感謝もある……子供を助けてやりたいという感情もある……負けた後悔から今すぐ死にたいとも思うし……ほんの少しだけ寿命が延びて嬉しいという気持ちもある……感情っていうのは支離滅裂で統一出来ない無茶苦茶なものなんだ」

 

 少将は子供に諭すように、港湾棲姫に語り掛ける。

 

「分からなくて当然なんだ……自分の心なんて、自分自身でさえ完全に理解出来ないんだから……」

「分からなくて当然……」

「ああ……だからな……港湾棲姫……」

 

 少将は……いや、石壁堅固は、一人の大人として港湾棲姫(子供)に言葉をかける。

 

「自分の心を大切にしろ……何をしたいのか……どう、感じているのか……一つ一つ……考えるんだ……」

「私の……心……?バケモノの私の……?」

「ああ、心だ……お前は、心を持っている……ヒトと同じ心をな」

 

 港湾棲姫の頭から手が離れる。怪我のせいで長く起きていられない彼は、体の力を抜いてベッドに身を委ねた。

 

「あっ……」

 

 自分の頭から手が離れたのを、港湾棲姫は『残念』だと思った。温かくて、優しい手だった。辛そうな彼が心配だった。そんな様々な思いを、港湾棲姫は『感じた』。

 

「心……これは……私の心……?」

 

 自分の中でぐるぐると回り続ける何かが、形を取っていく。伽藍洞だと思っていた抜け殻は心という器となり、反響する思いは感情となって器の中に納まっていく。そんな彼女の姿を見届けて、彼は目をつむった。

 

「俺はもう休む……後は、お前が見つけた何かと向き合ってみろ……」

「分かった」

 

 港湾棲姫は立ち上がると、部屋を出て行く。

 

「……あの」

 

 扉を閉じる前に、港湾棲姫は彼へと言葉をかけた。

 

「あり……がとう……」

 

 そのまま、扉は閉じた。

 

「……心は自分では制御できない」

 

 ぼそりと、一人になった彼は呟いた。

 

「本当に……ままならない……なあ……」

 

 彼は目を閉じたまま、やりきれない思いに、涙を流した。

 

 ***

 

 石壁堅固と港湾棲姫、仲間を殺された側と、殺した側、助けられたヒトと、助けたバケモノ……そして、道を諭す大人と、導かれた子供。

 

 彼等の関係は複雑で、怪奇で、理解しがたい程に奇妙なモノだった。本来なら有り得ない筈の、奇跡のような時間だ。

 

 港湾棲姫は、日に日に自分というモノを自覚していく。伽藍洞は心という器となり、空虚だった器は感情で満ちていった。

 

 彼女が一個人というモノを確立するのは目前だった。

 

 だが、それも遂に終わりを迎える。元々、いつ死んでも可笑しくなかった彼の命が、尽きる時が来たのだ。

 

「……どうやら、俺も……ここまで……みたいだ」

「……」

 

 港湾棲姫は、どうする事も出来ずに、ただ彼を見つめる事しか出来ずにいた。まだ理解し始めたばかりの彼女の心では、処理が追い付かないのだ。

 

 そんな彼女を見て、彼は苦笑交じりに口を開いた。

 

「なぁ……港湾棲姫……思えば……奇妙な縁だったな……」

 

 震える手で、港湾棲姫の頭を撫でる。

 

「仲間を殺されて……その相手に助けられて……こうして最期を看取られる事になるなんて……想像もしていな……かった……」

 

 途切れ途切れに、言葉を紡いでいく。港湾棲姫の心の中に、彼の諦念が積もっていく。

 

「私も、想像さえできなかった……こんな風になるなんて」

 

 港湾棲姫の言葉は、震えていた。不安で、苦して、悲しい。そんな当たり前の感情が、出てきていた。

 

「人間性とは……悲しみを解する心……だという……お前は気が付いて居なかっただけで……最初から……ヒトだったんだと……思うぞ……」

  

 港湾棲姫の涙を、指で拭う。悲しみこそがヒトの心ならば、これこそがその証明であった。

 

「あたたかい……」

 

 頬を撫でてくれた手を、そっと港湾棲姫は自分の手で押さえた。温かかった。命の温もりを、感じた。

 

「……港湾棲姫……最期に一つ……頼んでも良いか」

「なに……?」

 

 彼は、震える手で懐へ手を入れると、一冊の手帳を取り出した。握力が足りずに転げ落ちたそれを、港湾棲姫は咄嗟に拾う。

 

「これは……日記?」

 

 手渡された手帳に目をやる。それは彼の血を吸って変色した日記であった。

 

「……もし、もしもお前が……俺の家族に会うことがあったら……コイツを渡してくれないか」

「貴方の、家族に?」

「ああ……美人の妻と、可愛い娘と、強い息子がいるんだ……」

 

 少しだけ、彼が笑う。今まで港湾棲姫が見た事のない顔であった。

 

「日本にいるんだ……お前が会う事は無いかもしれない……そもそも……日本が滅びない保証もない……でも……きっと生きている……そう信じたい……もうそれしか……俺には……出来ない……」

 

 男は、霞んで焦点が合わなくなってきた目から、涙を流す。港湾棲姫はその涙を見て、心が割れるような『痛み』を感じた。

 

「いつか……いつかきっと……この戦いも終わる……もう誰も死ななくて良くなったら……戦わなくて良くなったら……その時に……平和になったら……どうか……どうか……」

 

 もう何も見えなくなったのか、彼は虚ろな目で、ただ港湾棲姫へと言葉を紡いでいる。彼の言葉は願望に近かった。だが、彼の切なる願いが、込められていた。

 

「戦いが終わって……平和に……なったら……」

 

 港湾棲姫は男のその言葉に、この戦いの終わりの光景を幻視する。誰も死ななくていい、殺さなくていい、戦わなくていい世界。今わの際の男が願った、夢物語。それは戦いしか知らない彼女の心にとても強く焼き付く、甘美に過ぎる幻想であった。

 

 故に、彼女は彼の願いを、想いを受け入れた。受け入れて、しまった。

 

「……分かった。いつかこの戦いが終わったら。貴方の家族を探してみる。その為に、少しでも平和な世界になるように、頑張ってみる」

 

 彼はその言葉を聞くと、涙を流しながら、微かに微笑んだ。

 

「……ありが……とう」

 

 それが、彼の最期の言葉となった。彼等の奇妙な交わりの終いは、港湾棲姫への感謝で終わったのだ。

 

 己の頬を撫でていた手から力が抜けた。彼女の膝の上へ、手が落ちる。

 

「ねえ……ねえどうしたの……?」

 

 港湾棲姫が彼を揺するが、二度と目を覚ます事はない。

 

 彼は、死んだのだ。

 

「死んだ……の……?」

 

 人は簡単に死ぬ。それは当たり前の事実であり、既に嫌になるほど知っていた事だった。

 

「まって、もっと話を聞かせて……お願い……起きて……ねぇ……」

 

 だが、受け入れられなかった。理解出来なかった。考えたくなくて目を逸らしていた事実が、突き付けられる。

 

 港湾棲姫は……命を奪うという事がどういうことなのかーー

 

「貴方はもう……起きては、くれない……そうだ……貴方は……貴方は……」

 

 ーー知っていた、だけ(・・)だったのだ。

 

「私が……殺したんだから……」

 

 その瞬間、彼女が今まで殺してきた大勢の人間の顔が、脳裏にフラッシュバックした。その中に、石壁堅固の顔も加わる。

 

 彼の船を沈め、仲間を殺し、腹を裂くような大怪我を負わせたのは……誰でもない、己であるから。

 

 事がここに至り、遂に彼女の器が満ちた(心が完成した)。伽藍洞であった器に注がれ続けた思いが、全てを満たしたことで溢れ出す。

 

「うっ……!?うげぇぇぇ!?」

 

 港湾棲姫は嘔吐した。手が震えて、足腰に力が入らなくなる。

 

 彼女は石壁堅固の死によって、遂に人の心を手に入れたのだ。そしてそれは……いままで心を持たなかったが故に気が付かなかった己の罪と向き合う事を意味する。

 

 自らが齎した無数の死が、どれ程取り返しがつかないものだったのか……どれだけ多くの悲しみを振りまいてきたのか……それを実感をもって『理解』してしまった。

 

 もう逃げられない。彼女は、己の内で眠っていた人の心を見つけてしまった(・・・・・・・・)のだ。

 

「わ、わたしは……わたしは……ッ」

 

 彼女は、バケモノでありながらヒトの心を持っていた。それこそが、彼女の悲劇。最初から持っていたから、彼女は最初から涙を流せたのだ。

 

『誰も殺したく、なかった』

 

 そんな内なる心の叫びを、すべてが手遅れになってから聞いてしまったのだ。

 

『私は私を足らしめてくれた、恩人を殺した』

 

 一度知ってしまった以上、もうタダのバケモノには戻れない。もう以前の彼女には戻れない。

 

『お前が殺したんだ、港湾棲姫』

 

 拭えぬ罪業の重さに心を殺されながらも、生きていくしか無いのだ。

 

「……ぁぁぁぁあぁぁぁあああああああああああああっ!!」

 

 いうなれば、この慟哭は産声。憎悪という母から出てきた赤子が、父の死を産湯にヒトとして産まれた証明。

 

 生まれながらにして親殺しの罪業を背負う忌子。誰にも祝福されない、憎悪と悲哀に満ちた生誕。

 

 港湾棲姫は、己が殺した男(育ての親)の躯を抱いて、ただ泣き続けるしかなかった。

 

 

 

 彼女の涙を拭ってくれる人は、もう誰も居ないのだから。

 

 

 

 ***

 

「……私の罪は、絶対に消えない。この爪に奪われた命の数は、絶対に減る事はない」

 

 港湾棲姫は石壁堅固の墓の前で、一人言葉を紡いでいく。

 

「……けど、これ以上増やさない事なら。出来る」

 

 目の前に掲げた恐ろしい爪を見つめながら、自分という存在を見つけてくれた(産みだしてくれた)男の墓へと誓う。

 

「私は私に出来る形で、戦う。この爪を破壊ではなく、護りの為に使う。そして、いつか……いつかきっと……」

 

 港湾棲姫は、拳を握りしめる。

 

「この戦いを……終わらせる……そして……」

 

 それが、彼との最後の約束だったから。

 

「あなたの家族に……『人でなし』として、殺されよう」

 

 化け物にはもう戻れない。ヒトになるには、罪を重ね過ぎた。故に『人でなし』。生まれながらにして人の道を外れた、化け物のなりそこないにはぴったりだと彼女は思った。

 

「それまで……さようなら……」

 

 この日より深海棲艦の穏健派のトップとしての、彼女の孤独な戦いが始まった。積み重なる憎悪の連鎖を乗り越えて、この戦争を終わらせる為の戦いが。

 

 

 

 

 そして、この日より8年後……彼女は再び『石壁提督』と出会う事になるーー

 

 

 

 

 

 

 












皆様が色々予想されていた石壁と港湾棲姫の関係。
書き終わってから気が付きましたが、港湾棲姫は石壁のお父さんに育てられた、ある種の義理の妹みたいな関係ですね。
こんな地獄絵図みたいな義妹との関係ある……?
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