艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第十一話 石壁と鳳翔

 泊地陥落から1ヶ月と一週間程が過ぎた頃、要塞の戦闘指揮所にて。妖精さん達の声が響く。

 

 

「伊能提督指揮下の深海棲艦、想定残存兵力が2割をきりました」

「要塞線のうち、戦場に想定されている主要防衛線の機能の6割いまだ健在」

「重要区画は一つもおちていません」

 

「勝利条件をみたしました……この演習、要塞側の勝利です!!!」

 

 参謀妖精がそう叫んだ瞬間、要塞中に歓声が轟いた

 

「いやったあああああああああああああああ!!」

「勝ったぞおおおおおおお!」

「俺たちはあの伊能提督のイノシシ雪崩を打ち破ったんだああああ!!」

 

 戦時想定要塞防衛大規模演習作戦、正式名称「いたちごっこ作戦」(命名石壁)が始まってから既に二週間が立っている、最初の一週間は伊能に徹底的にボコボコにされた要塞の一同であったが、その経験値は着実に蓄積されていた。

 

 まず要塞全体が相当タフネスになっていた。何度まけても、つぶされても、押し込まれても、心が折れなくなった。そして休憩を挟みながらとはいえ、連日連夜の演習作戦は要塞にいる者全員の精神をロードローラーで押し固めるが如く強く強靭なものへと変えていった。もともと強靭無比な精神力をもつ陸軍の猛者達だったが、この一週間でさらに磨きがかっている。

 

 そして、伊能という攻撃に関しては天才的な才覚をもつ生粋のイノシシ野郎の猛攻を防ぐのは、石壁の指揮をもってしても並大抵の苦労ではない。『攻撃』という一点のみに特化した伊能の才覚は、石壁の防衛の才と同じく天下無双のモノである。それを受け流し続けるのだ、難易度的にも内容的にも、史上最も濃い防衛演習になったと言っても過言ではない。

 

 何度も要塞の奥まで攻め込まれ、何度も重要区画を喪失し、何度も敗北した。

 

 だが、その経験から得られる戦訓は、この地獄の泊地にとって値千金のものとなったのだ。

 

 それからの一週間は、石壁提督が防衛作戦に組み込んだ『秘策』の効果もあって、抵抗時間がじわりじわりと増大し、今まで積んできた『敗北の経験』から生み出される戦術のブラッシュアップと合わさり、要塞防衛戦術を完成させるための一週間となった。

 

 また、実際に運営してみて見えてきた要塞そのものの構造的欠陥や問題点もまた、休暇が終わってあっちの世界から復帰した工兵隊の活躍もあって順次改善され、要塞全体の完成度は日増しに高まってきたのだ。

 

 そして今日、埋めても埋めても空く穴をひたすら埋めつづける、まさしく終わらない悪夢(いたちごっこ)の様なこの地獄の2週間が、ついに終わったのだ。

 

「皆お疲れ様!!今日は演習の成功を祝して宴会だ!!皆でご馳走を食べよう!!間宮さん今日は奮発してくれ!!」

「はい!!お任せください!!」

 

 石壁のその言葉に、全員が大いに沸いた。

 

 ***

 

 それから、演習作戦の成功を祝した宴会が行われた。要塞の皆が互いの健闘を称えあい、間宮のうまい飯に舌鼓をうった。長く苦しい戦いを乗り越えて一層強くなった絆を確かめ合うように、皆が楽しそうに笑いあっている。

 

「ついにここまできたなあ」

「ああ!あの頼りなかった要塞が、見違えるほどりっぱになったもんだ!」

「こんな仕事に携われたんだ、工兵隊の誉さ」

 

 工兵隊の妖精達がそういいながら酒を飲む。

 

「20cm連装砲の開発に成功したんですって?」

「おう、量産までは行ってないがな、鈴谷の嬢ちゃんのお陰だ」

「いいですねぇ、私も開発にもっと取り組みたいです」

「まあ、アンタは仕事も多いからなぁ、機械いじりに集中できないよな」

 

 明石と工廠のおやっさんが工廠トークに花をさかせる。

 

「12cm砲しかないって言うと頼りないが、120mm砲が大量にあるって考えると心強いな」

「米軍と戦った時もこれぐらい火砲と物資が潤沢ならよかったのになあ」

「石壁提督が70年前にも居たらよかったのにな」

「違いない」

 

 陸軍の砲兵隊がそういいながら砲術について語らっている。

 

「ねえ熊野、少しづつ艦娘も増えてきたね」

「ええ、少しづつ……少しづつ前に進んで来ましたわね……」

「いよいよ決戦の日も近いのかな」

「そうですわね、石壁提督と、私達の初陣も近いですわきっと」

 

 鈴谷と熊野がそう語り合っている。

 

「……」

 

 石壁は、付き合い程度に酒を口に含みながら、その光景を脳裏に焼き付けるように、周りの皆に視線をむけていた。

 

 明るくて、楽しくて、温かい泊地の皆の会話を、胸に刻み込んでいた。

 

「……」

 

 ふと、そんな中で石壁が暫し無言になり、席を立った、既に宴会は石壁が居ようが居まいが関係のない域に突入しており、それを見とがめたものはいなかった。

 

「あら……?提督……?」

 

 鳳翔を除いて。

 

(なんでしょうか……?提督、なにか思いつめていたような……?)

 

 石壁の雰囲気に変わったものを感じた鳳翔は、そっと席をたった。

 

 ***

 

 良くはないだろうと思われたが、鳳翔はなにか気になって石壁の後をつけた。

 

 既に刻限は夜半であり、要塞の一部の区画は節電の為に最低限の電気しかついていないため薄暗い。

 

 石壁はどんどん人気のない方に進んでいき、まだ使う者のいない宿泊区画のとある奥まった空間で、一人ぼうっと佇んでいた。

 

「提督……?」

 

 鳳翔は、要塞の人気のない一角にたたずむ石壁に近寄り、そう声をかけた。石壁の肩がピクリと震えた。

 

「申し訳ありません、ご気分が悪そうでしたので、心配でついてきてしまいました。お体の調子でも悪いのですか?一体どうされたのですか……」

 

 鳳翔がそういいながら、石壁に近寄った瞬間……

 

「……!!」

「きゃっ!?」

 

 突如として石壁が振り向き、鳳翔を抱きしめた。正面から、全力で。

 

「て、提督いきなりなにを……!?こ、心の準備が……!?」

 

 人前で手を握るのも恥ずかしがる程初心で純で度胸のない石壁の突然の抱擁に、鳳翔が動揺する。

 

 だが、鳳翔を抱きしめたまま、石壁は動かない。いや、実際には動いている。小刻みに、震えている。

 

「……提督?」

 

 その事に気づいた鳳翔が、石壁を労わる様にもう一度そう呼ぶと、石壁は消え去りそうな声で鳳翔に言った。

 

「怖いんだ……」

 

 石壁はそういうと、さらに強く、鳳翔を抱きしめる。

 

「僕は怖いんだ……死ぬことが……傷つくことが……あの、深海の魑魅魍魎達が……怖くて怖くて仕方ないんだ……我武者羅にここまでやってきたけど、ふと気を抜くと……怖くて体が震えそうになるんだ……」

 

 石壁という男は、良くも悪くも普通の男だ。死ぬことが怖い、殺すことが怖い、怪我をすることも、させることも、怖い。それは誰しも当たり前にもつ、普通の感覚で、普通の恐怖だった。

 

「……でも、一番怖いのはそれじゃないんだ」

 

 体の震えが強くなる。

 

「僕は、この泊地の仲間達を失うのが、一番怖い……」

 

 それは、石壁の本音。今まで胸の内に秘めてだれにも見せてこなかった弱さだった。

 

「僕は泊地の総司令長官だから、皆の行く末は、僕にかかっている。僕のちっぽけな肩には、五千名にもなる泊地の皆の命が乗っているんだ……」

 

 総司令長官である自身の指示が一つ狂えば、それだけで全てが失われかねないのだ。その重圧は、想像してあまりある。

 

「重い……重すぎるよ鳳翔さん……心が、潰れてしまいそうだ……あの気のいい妖精の皆も、新しく艦娘になった皆も……伊能も、あきつ丸も、まるゆも、間宮も、明石も……そして鳳翔さんも……」

 

 鳳翔の肩に、滴がおちる。

 

「僕が失敗すれば、皆死ぬんだ」

 

 それは石壁を常に追い詰める重責。石壁堅持という、まだ成人すらしていない平凡な青年が背負うには、あまりに重すぎる現実だった。

 

 だが、それから逃げる事を、運命が許してくれない。石壁が望むと望まざるとにかかわらず、石壁にしか現状を打破する能力が無いのだ。それから逃げ出すことはすなわち、その肩にのる全ての命が失われる事と同義であるから。

 

「皆を助けたい、皆を守りたい、皆を死なせたくない……でも、僕の仕事は、その為に皆を死地に送る事だ……なんで……どうして……そんな辛い事を、しなくちゃならないんだ……」

 

 仲間という命を助けるために、敵という命を殺す。仲間を死なせないために、仲間を戦場という死地に送る。指揮官という仕事は、目的と行動に常に矛盾を孕んでいる。指揮官ならその矛盾を飲み込めと石壁にいうのは簡単だ。だが、石壁はそんな芸当を苦も無くできる人間ではないのだ。

 

「逃げ出したいけど……逃げたくない……死にたくないけど……殺したくない……皆の事が大好きで……皆の期待が、大嫌いだ……」

 

 そのどれもが、石壁にとっては本音であった。石壁という男はやさしい男だ。いつも必死に、仲間の為に頑張る男だ。だからこそ、誰も彼もが石壁に光を見る。誰も彼もが、石壁に己の命を預ける。誰も彼もが……石壁を苦しめる。

 

 石壁の能力と人望は、英雄とよばれる人種へと日増しに近づいている。生き残るためにはそうならざるを得ない。石壁は天運をつかむ事ができる人間なのだ。

 

 だが、それが本人にとって本当の意味で幸せな事だとは、口がさけてもいえなかった。天運をつかみ乱世を駆け抜ける英雄の才能など、やさしい凡人には重過ぎるのだ。

 

 それでも、石壁は歩みを止めない、止められない、止めようとは、思えないのだ。

 

 石壁は、仲間を愛する、やさしい男だから。

 

「皆で生きて……また本土に……」

 

 そこまで言って、がくりと頭がおちる。日頃の激務と演習の疲れが出て眠ってしまったらしい。

 

 鳳翔は近くの空き部屋に石壁を抱きしめたままつれていくと、自身の膝を枕にして、石壁を寝かせた。

 

 鳳翔はじっと提督を見つめる。彼女の膝に頭を乗せる石壁の顔には、涙の跡があった。仄かに赤らむその顔から、酔っている事がわかる。

 

 酒によって胸の内に収めてきたモノがあふれだしそうになった石壁は、誰にも見せられない思いを隠すために、こんな所に逃げてきたのだ。

 

 たった一人で。

 

「……」

 

 鳳翔は、石壁の頭にそっと手を置いて、やさしく撫でる。

 

 石壁は元々、闊達でも人の前に立つのが好きでもない、唯の青年だ。

 

 だが、石壁の運命は大きく狂い、この泊地の総司令長官として鉄火場へと放り込まれた。身の丈に余る地位とそれに伴う重責は、石壁の精神を確実に蝕んでいる。が、幸か不幸か石壁はその地位を全うする能力があった。

 

 地位が人を作る、艱難辛苦玉を磨くとはよく言ったもので、石壁に与えられた地位とそれに伴う困難は石壁という人物の有り様を何段階もすっとばして成長させている。彼は今、英雄と呼ばれる人種への階段を突き進んでいるのだ。

 

 しかし、それでも石壁は石壁だ。彼は本来もっとこじんまりと収まるのが一番幸せな人間である。彼を最も長く側で見つめ、支えてきた鳳翔はその事をよくしっている。

 

 鳳翔はもっと彼を休ませて、出来ることならここを逃げ出して遠くへ連れて行ってあげたいとすら思っていた。しかし、それをやるには石壁の背負うものはいささか多過ぎる。仮に石壁がその全てを捨てて逃げる事を良しと出来るほど器用な男ならば、今頃石壁はこんな所に居ないだろう。

 

「本当に、不器用な人」

 

 石壁の頭を撫でる鳳翔は苦笑を浮かべているが、その瞳は、慈愛に満ちている。

 

 鳳翔は石壁の不器用さを憐れみながらも、その不器用さを愛していた。この世に召喚されて以降、ずっと伴にあった石壁という男の在り方を愛していたのだ。

 

 臆病で、自信がなくて、凡庸な弱い人、でも心根は善良で、なんだかんだ言っても友人を見捨てられない、甘くて、強い人。

 

 その身に余る重責に耐え、全身全霊を振り絞り、皆のために闘う石壁を見ていると、鳳翔はそっと寄り添って彼を支えたくなるのだ。

 

 彼に向かう危機を退けてあげたい。彼が躓いたなら側で支えてあげたい。彼が疲れ切ったなら、こうして休ませてあげたい。そして……

 

 鳳翔は、その続きを、心の中で呟く。

 

 いよいよその時がくれば、彼の為に死のう、と。

 

 鳳翔は艦娘、それも誇り高き大日本帝国海軍の初代一航戦、元より戦死は覚悟の上だ。それでも誰かのために死ぬのなら、国の為でもなく、顔も知らぬ人々の為でもなく、今自分に全てを預けてくれるこの人の為に、この人より先に死のうと、鳳翔は決めていた。そう決めるに足る程には、鳳翔は彼の事を愛していると言えるだろう。

 

 それは、ただ単に男女の愛からくる単純な想いではない。上官と部下の関係、共に闘う戦友の関係、艦娘と提督の関係……そういった諸々の命を掛けるに足る程の関係の積み重ねの上に醸成された、鳳翔と石壁の絆そのものからくる思いだ。

 

 愛や献身などと、一言で片付ける事は出来ないのだ。

 

「貴方は、私が護りますから」

 

 鳳翔のその言葉を聞くのは、この世でただ一人だけだ。

 

 

 

 


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