艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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遅れてしまい申し訳ございません。

明日から第一部最終決戦投稿開始です。

第一部完結までもう少しですので、最後まで楽しんで頂けると幸いです。


第十七話 決断の時

 要塞に警報が鳴り響く数時間前、ここは旧ショートランド泊地(半壊)。

 

 至近距離での大爆発が直撃した南方棲戦鬼だったが、半身を大きく抉られるような大打撃をうけてもなお、彼女は生きていた。

 

 げに凄まじきは鬼の生命力、単身で戦場のパワーバランスを動かしうる戦闘能力をもつ彼女は、今はもう元気に動き回っていた。

 

 そして、今は事の原因である(と彼女が思っている)深海棲艦の技術艦を締め上げる真っ最中であった。

 

 

「だからぁ!お前らどんな調整しやがったって聞いてんだよゴラァ!!」

 

「ひいいいいい!?お、お許しください南方棲戦鬼様ぁあああ!?」

 

 ギリギリと片手で技術艦の軽巡の胸元を締め上げている南方棲戦鬼は、石壁なら失禁しそうなほど凄まじい憤怒の形相であった。

 

「で、ですがぁ……調整の……し、仕様的にぃ……爆発なんて……し、しようが……な……な……」

「仕様だけにしようがなかったってかぁ!?うまいこと言ったつもりかテメぇ!!」

「そ、そんなつもり……じゃ……」

 

 締め上げられて息も絶え絶えな技術艦はただでさえ青白い肌を更に蒼白にしながら弁明を続けている。

 

「な、南方棲戦鬼様」

「ああんっ!?」

「お、恐れながら、私も一通りの造船技術を学んでおりますのでわかるのですが、技術艦の言うとおり爆発などするはずがないのです」

 

 南方棲戦鬼の参謀長艦であるフラグシップのタ級が見るに見かねて口を挟んだ。

 

「どういうことよ……」

「はい、艦娘の製造機械を用いて深海棲艦を建造する場合、元々存在した艦娘用建造機械の性質を反転させることで建造が可能となります……ここまではよろしいですか?」

 

「……ええ」

「反転させた機械が深海棲艦を生み出すプロセスですが、まず機械の内部で艦娘の大本となる素体を造船する所から始まります。ここまでは通常の艦娘の建造プロセスと同様です。艦娘の場合、ここに所々の『胎教』とでもよぶべき情報を注ぎ込んで一定の人格をもつ艦娘を作り出します」

 

「続けなさい」

「ハッ……深海棲艦の場合は、この『胎教』の過程で艦娘としてではなく、深海棲艦として必要な情報が刻み込まれ、精神面の変調とともに所謂『悪落ち』の様な形で完全なる深海棲艦へと変性します」

 

「それが、どういう関係があるの?」

「はい、仮に調整を失敗していたとすれば、問題が発生するのは『胎教』の過程であって、爆発の様な事故ではなく只の『建造の失敗』がおき、魂の無い抜け殻が生まれるだけなのです」

 

「機械そのものに問題があってそれに気付かなかったというのは?」

「それこそありえません、仮に爆発のような大事故を起こすような不具合があれば、そもそも機械が起動しないか、起動したとしても早々に爆発等を起こすはずです。例えるなら『炊き終わって保温状態の炊飯ジャーの蓋を開けたら爆発した』レベルにありえない話なんですよ」

 

「わかりやすいけどもうちょっとこうなんとかならなかったのその例え……」

 

「つまりですね……建造完了時刻の後に、誰かが扉をあけた瞬間に爆発をおこすというのは……」

「……」

 

 タ級は、あまり考えたくない事案を想定して、苦虫を噛みしめるような顔で報告を続けた。

 

「誰かが……意図的に爆発物を仕掛けて……扉の開閉で起爆するように設定していたとしか考えられません……」

 

「……」

 

 

 その瞬間、南方棲戦鬼の顔から感情が全て抜け落ちた。

 

 

「へえ……そう……なるほどねえ……」 

「グエッ……!?」

 

 締め上げから開放された技術艦が床に落下してうめき声をあげたが、南方棲戦鬼はそれを無視してソファに座った。

 

「参謀長艦」

「は、はい」

 

「私達がこの基地へ攻め込んだ時、既にここはもぬけの殻で、特に艦娘や人間共の死体や残骸も発見できなかった。これに間違いはない?」

「はい、あったのは最低限の物資と建造機械ぐらいです」

「ここに陣取ってから脱走兵の数に変化はある?」

「そうですね……以前より脱走兵自体はおりましたが、言われてみるとこの二か月は特に多いですね、いつもの五割増しで脱走兵がでております」

「……」

 

 南方棲戦鬼はしばらく無表情でソファに座ったまま動かない。どうして良いのかわからない参謀長艦や技術艦は冷や汗を流しながら南方棲戦鬼の次の言葉を待っていた。

 

「……ということね」

「え?」

 

 次の瞬間、凄まじい怒気が空間を埋め尽くした。

 

「はなっから、この基地は、囮だったということよ!!あいつら最初から山奥かどこかに拠点を作ってそっちへ逃げ込んでいたのよ!!まんまとだまされたわ!!クソッタレの人間共めええええええええ!!!!!!!」

 

 額に青筋を浮かべ、憤怒の形相で南方棲戦鬼は叫んだ。その圧力だけで地面に亀裂が走り、参謀長艦は心臓が数秒間停止し、技術艦は失禁して気絶した。

 

「参謀長艦!!」

「は、はい!!」

「直ちに周辺の主力艦隊を総員この基地へかき集めなさい!!敵の鎮守府への備えは最低限でいいわ!!」

「は!?は、はい!!」

「部隊が集まったら大して戦力にならない駆逐艦の屑共を前衛として送り込むのよ!、恐らくあいつら山奥に潜んでいる、絶対に見つけ出して一人残らず八つ裂きにしなさい!!一秒でも早く!!わかったらいけ!!」

「はい!!!」

 

 参謀長艦は敬礼をすると、地面で気絶している技術艦を引きずって部屋を後にした。

 

「この恨み、絶対に忘れないわよ……」

 

 南方棲戦鬼は部屋の中でひとり、憎悪の炎を轟々と燃やしていた。

 

 かくして、南方棲戦鬼は遂に石壁達の存在に気がついた。深海の大鬼が率いる悪鬼羅刹の軍勢が、石壁達に牙をむいたのである。

 

 

***

 

石壁達が部屋を後にしてから20分程経過したころ。

 

「……ん?あれ?いけない寝ちゃってた」

 

机に突っ伏して寝ていた青葉が目を覚ました。

 

「ふわぁ……いけない、今何時かな?次の報告が来るまでに今までの情報を精査しないと……え?」

 

体を起こした青葉は自分が提督用の上着を羽織っている事に気が付く。

 

「あれ……?これは、もしかして石壁提督の?」

 

上着のサイズから鑑みて、ガタイが大きい伊能の物であることは考えにくく、必然的にそれが石壁の上着であることは明確であった。

 

「あちゃあ、寝顔みられちゃった……しかも眼鏡の」

 

青葉は自身の失態に顔を赤くする。青葉は好ましく思っている石壁に自分の眼鏡姿をあまり見せたくはなかった。石壁にみせる姿はいつでも自分の一番元気な姿でありたいというのが、青葉の気持ちであった。しかし今回はその眼鏡姿に加えて、寝顔まで閲覧されている。青葉の乙女心が羞恥の悲鳴を上げていた。

 

「あはは、青葉、困っちゃいます。あ、クッキー……もってきてくれたんだ」

 

赤面しながら青葉は机の上に置いてあるクッキーの包みを開く。

 

「……まだ、あったかいな」

 

青葉はクッキーを一枚口に入れてから、石壁の上着をしっかりと羽織りなおす。

 

口中に広がる甘味を堪能してから、机上の冷めきったコーヒーで流し込む。甘味と苦みが混ざり合って青葉の目を覚ましていく。

 

「……よし、頑張ろう」

 

青葉は上着の温かさを暫し堪能したのちに、いつもの笑顔になってそういった。

 

***

 

青葉が気合を入れなおしてから数時間後、事態は動いた。

 

「青葉統括艦!大変です!!」

 

ショートランド泊地情報統括局にて情報分析を行っていた青葉の元に複数名の妖精が駆け込んできた。青葉は手元の資料から顔をあげる。

 

「どうかしましたか?」

 

「深海棲艦の報通信量が急増!南方海域全体へと多量の暗号文が発送されております!!発送拠点は旧ショートランド泊地!!」

「深海棲艦の連絡艦が四方へ散っています!」

「南方海域全体の深海棲艦の動きが急変!この泊地近辺に結集する動きをみせております!」

 

「「「南方棲戦鬼が動きました!!」」」

 

「っ!すぐに報告書をまとめて!急いで!青葉の権限で鎮守府全体に警戒命令をだしてください!!」

 

「はっ!」

 

「青葉は提督の元にいきます!出来上がった報告書はすぐさま会議室にもってきて!」

 

「承知しました!」

 

青葉が急いで駆け出すと同時に、泊地に警戒警報が響いた。

 

***

 

一時間後、会議室にショートランド泊地の首脳陣が集合した。

 

「遂に、来るべき時がきたらしい」

 

硬い表情の石壁が、要塞線の全図を睨みながら話し出した。

 

「情報局の分析によると、敵勢力が結集するのに要するは長く見積もって二日、明後日の午前中には戦闘が始まるだろう」

 

石壁の言葉に、皆がゴクリと唾を飲み込む。

 

「防衛計画自体は完璧に練り上げてある、後は各自が事前の計画に沿って自分の仕事を果たしてくれれば、なんとかなるだろう……でも……」

 

そういいながら、泊地防衛計画のある一点を睨んだまま、石壁が続けた。

 

「当初の予定であった敵戦力撃滅を最終目的とする『甲案』を発動するには最後の一押しが、足りないんだ……」

 

石壁達の防衛計画は、大きく分けて三種類の候補が準備されていた。

 

「敵戦力に壊滅的打撃を与えて撤退させる『乙案』、戦略的持久を目指してひたすら遅滞戦術に徹する『丙案』に関しては問題はないけど……敵を撃滅する最後の戦力が足りない以上、『乙案』を採用せざるを得ない……よって防衛作戦の主軸は事前想定案の内、乙案をーー」

「ちょっとまて石壁」

 

石壁のその言葉に、伊能がまったをかける。

 

「……どうした?」

「石壁、何故嘘をつく」

 

伊能の言葉に、石壁が黙り込む。

 

「確かに艦娘建造機械の奪取に失敗し、俺たちの泊地の艦娘はあまり増えていない。だが、甲作戦自体は決行可能な程度の戦力は用意できているだろう」

「……」

 

石壁は答えない。否、『答えられない』。心臓が痛いほど音を鳴らし、口が緊張でカラカラに乾いているのを石壁は感じていた。

 

「何故命じない。何故俺たちに行けと命じてくれないんだ、石壁」

 

伊能の自身を真っ直ぐ見つめる視線から、石壁は目をそらす事ができない。

 

「最初からわかっているのだろう?この作戦に遊ばせることが出来る戦力など無いことを。俺たち陸軍がーーー」

 

『命を掛けないと、勝てないのだから』

 

その言葉を告げようとした瞬間、石壁が叫んだ。

 

「黙れ!!!」

 

「「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

石壁の怒号にその場に居る全員が息を飲んだ。

 

石壁は顔を真っ青にして荒い呼吸を繰り返している。伊能が言おうとしたその言葉だけは言わせたくなかったのだ。

 

「……怒鳴ってごめん。少しだけでいい、頭を冷やしたいんだ……休ませてくれ」

「あ、ああ」

 

石壁の言葉に伊能が頷くと、会議は小休止となった。

 

石壁は会議室をでると、外の空気を吸うために隠蔽された監視壕にやってきた。

 

既に日は落ちている。壕の外は闇に包まれており、その視線の先に光は見えない。

 

「……わかっている、わかっているんだ。そんな事は」

 

伊能が言おうとした言葉は石壁が一番よく知っている事だった。

 

だからこそ、石壁は是が非でも艦娘の建造手段を欲したのだ。人間や妖精達より格段に丈夫で強力な艦娘達の戦力が必要だったのだ。それが失敗に終わった以上、もはや伊能を始めとした陸軍妖精達の決死作戦なくして敵戦力撃滅は成しえない。

 

深海棲艦の最も恐ろしい点はその無尽蔵の戦力だ。鬼級や姫級の深海棲艦が一人いればそれだけでいくらでも戦力は補充できる。故にこそ、南方棲戦鬼の撃退ではなく撃滅が必要なのだ。石壁達にはそれができる。この要塞があれば、伊能達が居れば。

 

だが、それに必要となるのは文字通りの命。多くの仲間の命をベットして、ようやく賭けの席に着くことができるのだ。

 

「……」

 

言わねばならない、だが言いたくない。言えば、皆間違いなく実行してくれるから。躊躇いなく自分の命令で死にに行ってくれるから。

 

「……お悩みですな、総司令長官殿」

「……騎兵隊長か」

 

石壁の背後から騎兵隊長がやってくる。

 

「部下に死ねと命じるのは、お若い貴方には辛いでしょう」

「……はは、ごめんね、情けない総司令長官で」

 

石壁は、案じるような騎兵隊長の言葉に自嘲気味に答えた。

 

「確かに、石壁提督は大変若く、大変頼りなく、大変情けない総司令長官でございますな」

「返す言葉もないよ……」

 

騎兵隊長の歯に物を着せぬ言いざまに、石壁が苦笑する。

 

「ですが、そんな貴方であるからこそ。我々は力を貸したいと、そう思うのですよ」

「……え?」

 

それはこの泊地に集う者達全ての総意であった。

 

「我々の為に、貴方は常に頑張っておられる。一人でも多くの命を救うために身を粉にして働いておられるのだ。貴方は常に我々の隣に立って、我々を自身と同じ、大切な命あるもの、今を生きるものであると……こんな生きているのか死んでいるのかも分からぬ妖精達を、いつもそう思って扱っておられる」

 

石壁にとって、妖精さん達は『大切な仲間』で、『確かに生きている命』である。だからこそ、そんな妖精さん達を死にに行かせる事に、石壁は苦しんでいる。

 

「貴方は軍人として軟弱で、上官として失格で、泊地の総司令長官にふさわしくない人間だ」

 

それは、石壁自身が常に自覚している事。

 

「だが、一人の『人間』として、共に戦う仲間として、この泊地の者は皆貴方の事を心から敬愛しております。石壁堅持殿」

「騎兵隊長……」

 

それは、泊地に住む全ての『人間』が心に思う事。

 

「石壁提督、私に……我々騎兵隊に……大切な仲間達の未来を切り開く術を下さいませんか?泊地に住まう全ての『人間』の為に。私達は、戦いたいのです」

 

そう言って、騎兵隊長は頭を下げた。

 

「……まず間違いなく、騎兵隊は死ぬ。それでも……やるっていうのか?何故そこまで……」

「……これが、恐らく最後の花舞台となるでしょうから」

 

騎兵隊長は顔を上げた。

 

「……騎兵とは、敵陣を切り裂く事を至上の誉とする兵科です」

 

それは、はるか過去に消え去った栄光の兵科。

 

「仲間の為に一気呵成に敵中に飛び込み、勝利を目指して縦横無尽に敵陣を駆け巡る。それが我々の最も望む戦いです」

 

その様な戦いは、最早古ぼけた太古の英雄譚でしか存在しえない。

 

「たとえその過程で地に伏す躯と化したとしても」

 

だが、否、だからこそ

 

「我々はただ、一瞬の風となって大地を駆け抜けたいのです」

 

彼らはただ憧れていたのだ。その雄姿に。

 

「……僕が命じれば、君たちは地獄まで駆け抜けてくれるのか」

 

「無論です。我等一同、その鉄血の士魂でもって最期の瞬間まで石壁殿の為に駆け抜けましょう」

 

第十一装甲・騎兵混合連隊、通称、鉄血士魂隊。

 

今までの戦いの中で、多くの輩(ともがら)が散っていき、最後の最後に唯一残った陸軍妖精騎兵部隊と戦車部隊の混合部隊。

 

装甲という鉄と、騎兵と言う血を士魂という武士(もののふ)の心で繋いだ、鉄の結束と血より濃い絆で結ばれた部隊。

 

士は己を知る者の為に死すという。

 

石壁は騎兵隊が望む最期を朧気ながら掴んでいた。だからこそ、この重大な任務を与えるとしたら、この男達が適任であろうと知っていた。

 

だからこそ、石壁はその事を今ここに至っても悩んで、苦しんで、この命令を下す事が出来ずにいた。

 

ただ機械的に死に場所を用意されても彼らは喜ばない、ただ同情されても、彼らは絆されない。

 

その命令を下す事の意味を熟考し、理解し、戦略的に正しくともなお苦しむ石壁だからこそ、彼らは己の命を懸けてでも報いようとするのだ。

 

石壁というほっておけない情けなくも頼もしい漢だからこそ、彼らは戦いに赴くのだ。

 

それこそが石壁の英雄の資質。数多の英雄たちに己の命をかけさせる、天性の人たらしとしての才能であった。

 

石壁を最も苦しめる、英雄としての力であった。

 

 

***

 

 

10分後、石壁は作戦会議室に戻ってきた。その顔つきは明らかに先ほどと違う。

 

「ごめん、またせた」

 

そういって、石壁は、会議室にいる面々をしっかり見つめてから、宣言した。

 

 

 

 

「この戦いにおける作戦要綱はーー」

 

 

 

***

 

 

翌日、石壁は可能な限り全ての将兵を鎮守府の練兵場に集めた。数千名にも及ぶ妖精と、数十人の艦娘が石壁を待っている。

 

 

「石壁提督の入場!総員敬礼!!」

 

あきつ丸の号令一下、皆が敬礼する。ここには今、この鎮守府のありとあらゆるものたちが詰めかけている。警備で来れない者達もまた、無線機に耳を傾けている。

 

ここに居るのは皆、石壁が集めた仲間達だ。人も、艦娘も、陸軍の妖精も、そして、深海棲艦でさえも……

 

一歩一歩、石壁は壇上へ近づく。壇上へかけられた日章旗へ一礼してから、前を向いて皆に一礼する。

 

「どうも、石壁です」

 

あいかわらず覇気のない男だ。一瞬緊張した空気が緩む。適度に空気が弛緩したのを感じた後、石壁は本題にはいる。

 

「皆に大事な話がある。この要塞が、どうやら敵に捕捉されたらしい」

 

ざわざわと動揺が走る。ついにこの砦に敵が押し寄せてくるのだ、その反応もしかたあるまい。その反応をみながら、石壁が頷く。

 

「そうだ、敵が押し寄せてくる。あの深海の悪鬼羅刹が率いる魑魅魍魎の軍団がこの要塞へ押し寄せてくるんだ。こんなに恐ろしいことはない」

 

大なり小なり、皆深海棲艦への恐怖が表に出る。それを見ながら石壁は突如として声の調子を変えた。

 

「……ところで、皆、この要塞での暮らしは慣れたかい?」

 

唐突な話題の変更に多くの者が面食らう。

 

「僕は最初、こんな山の中のオンボロ要塞へやってきたとき嫌で嫌でしょうがなかった。敵におびえ、来るのかわからない味方を苦しみながら待ち、日々の重責に胃を痛めて、なんどもなんども逃げ出したいと思った。何もかも投げ捨てて遠くへ行きたかった。おそらく鳳翔あたりに本気で泣きついたら僕をどこかに連れて逃げてくれただろうね」

 

その情けない暴露に、幾分笑いがこぼれる。

 

「でも、僕は逃げなかった。何故かわかるかい?」

 

提督が笑う。皆をみて笑う。

 

「皆が必死に頑張ってるのを見てるとさ、『死なせたくないな』って想っちゃったんだ。僕なんかの弱くて頼りない肩の上に乗った皆を、全部が全部一切合財、僕の力の及ぶかぎりこの手ですくい上げたいってそう想ったんだ」

 

いつのまにか、皆が石壁をじっとみつめる。その頼りのない体躯からは想像もできないほどの重圧を受け止めていた覚悟の一端を垣間見る。

 

「僕は所詮貧弱な一人の人間、背負える重荷に限界がある。砲も撃てなきゃ敵のそっ首叩き落とす力量もない。まして、あの悪鬼の軍勢に対抗できるわけがない……でも……」

 

そう言って皆をみる石壁の瞳には、揺るがぬ信頼、戦う覚悟が燃え盛る。石壁はこの時、この瞬間をもって、一人の戦う男となった。たとえ力及ばぬといえど、その命つきるその瞬間まで戦い抜くという戦士の覚悟だ。

 

「僕には皆がいる。皆と築き上げたこの要塞がある」

 

万の敵が押し寄せても揺るぎもしない鋼の結束と鉄の城塞がある。

 

「僕達が守る、僕達の要塞に、わざわざ自分のテリトリーである深海からやってきて、不慣れな陸上をやって来ようっていうんだ。僕らの泊地は、そんな連中に負けるほどの脆弱なものだったか?」

 

石壁の言葉に、その場にいる全員の瞳に炎が灯る。

 

そうだ、ここは俺たちの要塞、俺たちのテリトリー。底の見えぬ深海でも、悪鬼の蔓延る鉄床海峡でもない。ここは、俺たちの泊地!!

 

そんな思いが、見えぬうねりが、空間に渦巻く。この二月で培われた圧倒的な自負。自分たちが築いた最強の要塞への信頼。提督の覚悟にあてられた戦士たちの覚悟が迸る。

 

「僕らはただ、奴らに思い知らせてやればいい。自分たちが挑む壁の厚さを。この泊地の強さを!たとえ百の砲弾で殺せぬ敵がきても、千の砲弾を叩き付けて押しつぶせばいい!!それが僕らの、この要塞の戦いだ!!!」

 

石壁が手を振り上げる。

 

 

「この泊地をなめ切った奴らの額にありったけの120ミリ砲弾を叩き込んでやれ!!!」

 

 

その瞬間、大地を揺るがす様な雄叫びが上がる。合計して5000人近くになった妖精達の魂の雄叫びだ。滾る戦意が空間を焼き尽くし天へ昇る。妖精の多くは元軍人だ。負けて、負けて、負けて、しまいには自らの命すらなげうって戦い抜いた本物の大和魂をもつ英霊達だ。ここまで言われて滾らぬ道理はない。

 

この情けなくも頼れる石壁は、その自身の運命の一切を自分らに預け、かつそのうえで自分たちの一切を救おうとしているのだ。

 

男たちはその魂に従い戦場へ赴く。決戦の用意は整ったのだ。

 

 

***

 

 それから翌日の戦いに備えて、普段より数段豪華な飯と、明日に差し支えないようにごくごく僅かではあるが酒が振舞われた。

 

 要塞に居る殆ど全てのものが、笑いあい、語りあい、美食に舌鼓をうち、酒の甘露さを楽しんだ。人間が、艦娘が、妖精が、深海棲艦が……この地獄の泊地に集った、生まれどころか種族すら違う大勢の仲間達が、隣り合って笑いあった。

 

 明日は文字通りの決戦となる。今この場にいる者のうち何名が戻ってこられるのかわからないのだ。

 

 だからこそ、笑いあう。この世に未練を残さぬように、明日の不安を隠すように……そして、この最悪の泊地の大切な仲間達との記憶が、最高のものであるように、彼らは笑いあっていた。

 

 

 

 

 遂に、戦いの時が来る。

 

 

 

 





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