それでは第一部最終決戦、その後半戦をお楽しみください。
楽しんで頂けると幸いです。
要塞と艦隊の戦いは要塞側の勝利へと傾いた。
だが戦いはまだ終わっていない。要塞の総司令官と悪鬼羅刹の親玉が真っ向から対峙していた。
それは時代錯誤も甚だしい人と化け物の戦い。絵巻物に語られる神話の戦いが現代の要塞で繰り返される。
ここに要塞決戦の最終章、石壁提督の戦いが始まったのである。
「行くわよ下郎!!」
最初に動いたのは南方棲戦鬼。岩盤を踏み抜く様な超加速で石壁の駆る戦艦棲姫の艤装に接近する。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
超合金製の分厚い鉄板すらたやすくぶち抜くであろう南方棲戦鬼の剛腕、繰り出される致死性のストレートが石壁にむけ突き出される。
石壁はその死の鉄拳を全力で受け流す。艤装の表面を荒く削りながらそれる剛腕に、石壁は戦慄した。
(ぐっ……何て威力だ!まともに受ければタダじゃすまない!!)
石壁は戦艦棲姫の艤装と強く同調することでこの様な緻密な受け流しを行っている。
だが、たった一発の拳を防いだだけで肉をヤスリで削られるような痛みが体に走った。石壁の脇腹に血が滲む。
前回触れたように同調とは諸刃の剣だ。艤装のダメージが石壁にも及んでしまう。艤装の表面が削られた事で石壁の体が削られたのだ。
「そらそら!どんどん行くわよぉ!!」
南方棲戦鬼はその剛腕を縦横無尽に走らせ石壁を削り始める。戦艦棲姫の艤装の剛腕を器用に動かして弾く石壁だが、攻撃を受け流すごとに石壁の体に無数の切り傷が走っていくのは防ぎようがなかった。
「ぐっ……」
石壁が苦悶の声を漏らす。これらの傷は致命傷でもなんでもないが、一般人の彼にとっては分かりやすい痛みは精神を疲弊させる遅効性の毒でしかない。
「あはっ、どうしたのかしらぁ?私に引導を渡すんじゃないのぉ?」
石壁が防戦一方であることに気を良くした南方棲戦鬼は、喜悦を浮かべながら更に攻撃を激しくしていく。荒れ狂う暴虐の化身が、その加虐性を加速度的に上昇させているのだ。
「ほらほらほらほらぁ!何時まで耐えられるかしらぁ!!」
一瞬ごとに拳が早くなる。一撃ごとに拳が重くなる。一秒ごとに石壁が削られていく。
艦娘は精神面の影響がその能力面に大きく影響する生き物だ。心が大きくなればなるほど、心が強くなればなるほど、その力は増大していく。分かりやすく言えば『テンション』が上がれば上がるほど強くなるのが艦娘なのだ。
好物であるアイスクリームを食べた艦娘の回避性能がいつもより上がる。艦隊一の戦果を連続で上げた艦娘がランナーズハイの様に一切疲れを感じない。こういった事態が日常茶飯事に発生する程、艦娘は精神面の影響がそのまま能力に反映されるという分かりやすい特徴を持つ生き物なのだ。
そして艦娘と深海棲艦は元々同根、彼女たちの違いは極論すれば性質が善に寄っているか悪に寄っているかの違いでしかない。つまりこのテンションに影響される性質は南方棲戦鬼も持っているのだ。
南方棲戦鬼は目の前の人間への煮えたぎる憎悪と、一方的な暴虐の快楽からその身体能力を大幅に向上させている。一撃ごとに増大する破壊力の恐ろしさに石壁は背筋が寒くなるのを感じていた。
(ぐっ……このままじゃ、じり貧だ!!)
石壁は得意の防御戦に持ち込んで南方棲戦鬼の荒れ狂う攻勢をいなし続けている。だが一秒ごとに疲労と痛みで疲弊する石壁と一秒ごとに強くなる南方棲戦鬼では、誰がどう考えても石壁側が圧倒的に不利だ。
石壁の防御技能は正しく反則(チート)的と言っても過言ではない。だが南方棲戦鬼はその圧倒的性能と反則的性質が相まって、そもそもの仕様がぶっ壊れ(バグ)なのだ。そのうえ石壁からすれば致命的に相性が悪いというおまけ付きだ。
つまり一対一というこの状況になってしまった時点で、石壁は絶望的な袋小路に追い込まれたに等しいのだ。
(なら……肉を切らせてでも、僕にできる最大の攻撃を叩きこむしかない……!!)
石壁は自身が走るレールの先がどう転んでも地獄でしかないと悟り、悲壮とも言える覚悟を決めて歯を食いしばった。
(敢えて攻撃を『受ける』……この一発一発が砲弾に等しい攻撃を受け止めて、その一瞬の隙に全身全霊を込めた攻撃を叩き込む……!それしかない!!)
それは列車が崖から落ちる事に気が付いて、列車そのものを脱線させる事で緊急回避を行うようなものだ。100%確定した死から逃げるために、90%死ぬ虎穴に自ら飛び込むに等しい。
(その為に艤装の力を限界まで引き出す!!同調するんだ、限界まで!!筋繊維の一本に至るまで力を引き出せるように!!)
石壁の感覚が拡張されていく。艤装の隅々まで意識が行き届き、もはや艤装そのものが石壁の体に等しくなる程その感覚を鋭敏化させる。
「はぁ!!」
南方棲戦鬼の攻撃を石壁が先程までと同じように流す。
「あぐぅっ……つぁ……!?」
だが、先程までと違って石壁が耐えきれずに苦悶の声を漏らした。
先程と同じように流したはずの攻撃が、石壁の精神を今までより格段に強く抉ったのだ。手のひらと体に大きな裂傷が生まれ、血が流れだす。同調の深度が上がったことで、最早石壁は砲弾の雨の中に生身で立っているに等しい。手のひらと胴をノコギリで引き切られる様な痛苦、それを石壁は歯を食いしばって耐える。
「ぐ……ぬぎぃ……!!」
耐える事こそ、石壁の本領。悲しみも、苦しみも、痛みも、己の胸の内に飲み込んで耐えるのが石壁という男だ。
絶えずノコギリに体を削られるその地獄の責め苦を、ただ石壁は耐え続ける。体表を荒く削る傷跡から血が流れ出し、艤装内部の石壁の足元が真っ赤に染まっていく。
だが、これだけの傷を負ってなお石壁の瞳から光は消えない。大勢の仲間の為に、石壁は倒れない。
「ちぃ!?硬すぎるわよあんた!!」
流石の南方棲戦鬼も石壁のあまりのしぶとさに呆れと億劫を隠せない。
石壁の操る艤装は既にあちこち削り取られて最初の威容は見る影もない。荒く削り取られた痛々しい艤装の傷跡は、そのまま内部の石壁にも刻まれているのだ。致命傷こそ受けていないが凡人が耐えられる痛苦などとうに超えている。
それでもなお、防御に徹する限りは石壁は負けない。いや、負けられないというべきか。その精神性を大きく逸脱するほどの防御の才能を持つが故に、石壁は楽に死ぬことすら己に許す事が出来ないのだ。
その瞬間、石壁の防御が一瞬緩んだ。胴体の防御に隙間が空いたのである。
「……っ!そこぉ!!」
それを南方棲戦鬼は見逃さない。石壁に接近し、真正面から拳を叩きこんだ。
(今だ……!!)
石壁は艤装の左肩に乗った巨大な砲塔をもぎ取ると、南方棲戦鬼の拳と自身の胴の間に挟みこむことでそれを盾にした。世界最大の超重装砲の盾の上から、南方棲戦鬼の拳が付き立った。
艤装が損壊するのと同時に、骨と肉がつぶれる嫌な音が石壁の体内からひびいた。
「ごぷぉ……っ!!」
南方棲戦鬼の拳を受けた衝撃で、盾にした艤装が飴細工の様にくだける。当然それだけは衝撃を殺すには足りず、石壁の内臓が大きく損傷し口中に血泡があふれた。
「なっ……これでもまだ『死なない』の!?」
南方棲戦鬼はこの一撃で石壁の胴を貫くつもりであった。にもかかわらず石壁の胴に穴はあいていない。つまり、石壁はまだ生きている。
(……この瞬間を……待っていた!!)
「ご……おおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
石壁が血泡を吹きながら己の精神を振り絞る。限界まで同調した艤装がもたらす力を利き腕の右にのせて、全力で前へと突き出す。
それは攻撃の苦手な石壁が士官学校の武道の授業で嫌になるほど繰り返させられ、唯一習熟している攻撃。
右の正拳突きが、南方棲戦鬼に叩き込まれた。
戦艦棲姫の艤装の剛腕から繰り出された突きは、誰がどう見ても必殺のそれ。石壁はその必殺の一撃に確かな手ごたえを感じていた。
戦艦棲姫のスペックを石壁が限界まで引き出して叩きつけたなら、それは間違いなく致命的な威力となる
(や、やった、これで……かーーー)
「勝ったと、思ったかしら?」
筈で『あった』。
「……嘘だ」
石壁の顔が、絶望に色を失っていく。
自身の拳を胴に受けた南方棲戦鬼が、こらえ切れないという風に笑みを凶悪に歪めた。
「最高のタイミングでバラシて上げようと思ってずうっと黙っていたけどね?」
南方棲戦鬼が石壁の拳をつかむ。
「あなた、その艤装のスペック、2割から3割ぐらいしか引き出せてないわよ?」
「……え?」
それは、石壁が知らなかった独立型艤装の最大の難点。
「持ち主のいない艤装はどれだけ頑張ってもその力を全開にすることは出来ないのよ。それを知らずに、よくもまあ徒労に身を削ったものね。本体である戦艦棲姫がどこかにいってしまった時点で、最初から貴方に勝機なんてなかったのよ」
石壁は己が出せる限界まで艤装の能力を引き出していた。それだけは間違いない。
だが、それはあくまで『提督』の補助で引き出せる限界点までなのだ。もしここに戦艦棲姫がいたなら、石壁は戦艦棲姫のスペックを130%まで引き上げて戦えただろう。しかしその戦艦棲姫本人がここには居ないのだ。
つまり、石壁は自身が引き出した艤装本来の30%程の力で戦っていたのである。
石壁は南方棲戦鬼からみて自身の2割以下の戦力でここまで戦っていたのだ。これが南方棲戦鬼に劣るとはいえ、戦艦棲姫の化け物じみたスペックをもってしてすら石壁が防戦一方だった理由だ。
5倍以上に及ぶ圧倒的スペックの差を、石壁は防御技術のみでここまで食い下がっていたのである。まさしくもって石壁の才能は反則的なレベルであったと言えよう。
「さあ、褒美に見せてあげるわ!!これが!!種族として他者を圧倒する鬼級の本当の力よ!!」
そして、その才能が石壁に地獄を見せる。彼はこれから自身に向け振るわれる暴虐を『耐える』しかないのだ。
石壁は最早南方棲戦鬼のサンドバッグでしかない。なまじ防御に特化した頑強さ故に、耐久性を超えて破裂するその瞬間まで耐える事しか出来ない。石壁は楽に死ぬことすら出来ないのだ。
掴まれた腕を引かれて石壁の体制が崩れる。前のめりになった体に拳が突き刺さる。装甲を粉砕し、内臓まで到達するその破壊力は正しく破滅的な損害を石壁にもたらす。内臓の幾つかに致命的な損傷が加わり、口の中に血が溢れ出す。
「がはあ!?」
だが、とまらない。
拳が石壁の胴にもう一度突き刺さる。もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度……
石壁というサンドバッグが壊れないように、あえて手を抜いて石壁がギリギリ耐えられるように拳を叩き込み続ける南方棲戦鬼。
「お……ご……あ……!?」
石壁は己の命の灯火が、一撃ごとに弱くなっていくのを感じていた。
大事に大事に、ゆるりゆるりと、己が殺されていく。石壁の防御能力が、事ここに至っても健全に働いてしまう。半ば無意識のうちに、これでもまだ即死を避け続ける。
「……もういいわ」
暫くその行為を愉しんだ南方棲戦鬼は、やがて子供が飽いた玩具を捨てる様に石壁から手を放した。当然ながらそのまま見逃すという選択肢は南方棲戦鬼に存在しない。
南方棲戦鬼の手から離れた石壁が、最初はふらつきながらも辛うじて立っていた。だがすぐに限界がきて、前のめりに倒れーーー
「誰が倒れて良いって言ったかしらぁ!」
られなかった。南方棲戦姫の足が跳ね上がり、艤装の顔面を蹴り上げる。それによって、倒かけていた石壁が強制的に直立させられる。蹴り上げられた左顔面がその衝撃に耐えられず大きく削れると、同調によって石壁の顔面にも大きな裂傷が生まれ、視神経が抉られる。
石壁の左目が、削り取られたのだ。
「があああああああああああああ!!!!!???」
片目から光を永遠に失った石壁が苦痛の叫びをあげる。
「これで!!とどめよ!!」
石壁を蹴り上げた姿勢のまま持ち上がっていた、南方棲戦鬼の足がそのまま落下する。
岩盤をぶち抜く様な、雷撃の如き踵落としが石壁の頭に叩き込まれる。
頭頂部から尾てい骨までを貫くような衝撃が走り抜けると、身体から力が抜けて石壁はそのまま地に付した。とっさに同調のレベルを弱めていなければ、今の一撃で石壁は死んでいただろう。
だがそれは何の慰めにもならない、南方棲戦鬼の足によって地面に縫い付けられた石壁は、完全に動けなくなりもがき苦しんでいる。
「あ、が……」
意識が明滅する。緩めた同調状態でさえ、石壁は頭を万力で締め上げられるに等しい痛苦を受けていた。激痛と疲労と身心への致命的なダメージが、石壁の命を急激に奪っていく。
「ようやく『らしく』なったじゃない。アンタみたいなくそ虫は地面に這いつくばるのがお似合いよ」
石壁を下した南方棲戦鬼は、そのまま石壁の腕に手を伸ばす。
「私は有言実行を心がけているの、その手足、もぎとってあげるわ」
「……お……ご」
もはや、石壁にその言葉に反応する気力すら残っていない。南方棲戦鬼が石壁の腕を掴んだ。
「さあ、これでおしまーーー」
その瞬間、空気を切り裂いて『カードの結ばれた矢』が南方棲戦鬼に突き立った。
「な……!?おごぁ!?」
起爆したカードの衝撃に、南方棲戦鬼が弾き飛ばされる。
「がぁっ!?く、糞ったれがぁ!!まだ死にたい奴がいるの!?」
矢の飛んできた方向を警戒する様に、石壁の側を弾き飛ばされて転がった南方棲戦鬼が身構える。
そこにいたのは、大凡全ての人間にとって予想外の人物であった。
「提督から、離れなさい」
「……なん……で?」
南方棲戦鬼の踏みつけから解放された石壁は、明滅する視界の中にあり得ない人をみた。
「……鳳……翔……さん?」
そこには、石壁の艦娘である、鳳翔が立っていた。
中編は明日投下いたします。