艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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ついに決着です。最後まで楽しんで頂けると幸いです。


第二十三話 比翼連理 下

「ああ!!もう!!貴方達しつこすぎ!!どいてよ!!石壁提督が死んじゃうじゃない!!」

 

 衝突の衝撃で遥か前方へ吹っ飛ばされた戦艦棲姫は、現在大勢のタ級に囲まれて身動きがとれなくなっていた。

 

 要塞線の目の前で行われていた死闘だったが、最早大勢は決していた。故にこのタ級達は南方棲戦鬼への追撃を少しでも遅らせるべく、要塞を上って南方棲戦鬼の後方数百メートルの位置に布陣し、文字通り決死隊として伊能達を防いでいるのだ。

 

 そこに吹っ飛んできたのが戦艦棲姫である。艤装が無い為砲も撃てず、姫級とはいえ南方棲戦鬼程化け物じみたスペックを持っていない彼女では、タ級の群れを抜くことが出来なかったのである。

 

「なんで貴方達そこまで姉さんに尽くすわけ!?どうせ酷い扱い受けてたんでしょ!?」

 

 数に押されてまったく動けない状況を打破すべく、戦艦棲姫は必死になってタ級達を蹴ったり殴ったりして一人ずつ仕留めていったが、ひとり崩れる度に即座に別のタ級がそこを埋めて元の木阿弥になってしまう。

 

「……そうですとも、あのお方は、本当に酷い鬼でございましたよ」

 

 戦艦棲姫の言葉に、一人のタ級が応じる。

 

「ならどうしてここまで尽くすのよ!?止めちゃえばいいじゃない!!降伏するなら、私から要塞の皆に取り次いであげるから!!だからもうーー」

 

「それでも!!」

 

 戦艦棲姫の言葉を、タ級が切る。

 

「それでも、我々にとってあのお方は憧れなのです!たとえどれだけのド畜生の阿婆擦れ女だったとしても、我々はあのお方の雄姿に魅せられたのです!!あのお方が最後の戦いに赴かれた以上、我々もその戦いに殉じます。それが、我々の忠義なのです!!」

 

 タ級達は一歩も引く気がない。全員が覚悟を決めた死兵になっている。仮に石壁が劉邦なら、このタ級達はさしずめ四面楚歌の状況でも最後まで項羽に付き従っていた兵士達といったところか。

 

「……降伏なさい、今すぐに」

「ご冗談を、あの方の妹君であったとしても、その言葉には従えませんね」

 

 無駄とは知りつつ言った戦艦棲姫の言葉を、タ級は即座に否定する。

 

(石壁提督……ごめんなさい……多分、間に合わない……)

 

 戦艦棲姫は、歯噛みをしながら提督の無事を祈った。

 

 

 ***

 

 限界を超える損傷によって動けなくなった石壁は、自身の目の前で行われる死闘を見つめていた。

 

(ーーー僕は一体何をやっているんだ?)

 

 鳳翔が南方棲戦鬼と一歩も引かずに打ち合っている。

 

 

(鳳翔一人に戦わせて、僕はこうやって地面に突っ伏しているだけで)

 

 

 石壁は潰れた片目の痛みと艤装を無理やり動かしたことによる極度の肉体的疲労、そして先ほどの南方棲戦鬼の攻撃による臓器系への致命的ダメージから動けずに地に倒れている。

 

(体が動かない?全身が痛い?知るか、そんな事……知ったことか……!!)

 

 石壁は臆病でヘタレな男だ。痛いことも苦しいことも、出来れば経験したくないし、誰かがやってくれるならそれに越したことはないと思う程度には凡人だ。

 

 だが、それを自身の代わりに、身内や命に代えても守りたいと思った人が受けるとなれば話は別だ。

 

 石壁が身内や思い人に全てを押し付けていられる程器用な人間だったなら、こんな世界の果てまで来ることはなかった。こんなに苦しんで戦う事もなかった。

 

 彼は自分の惚れた女に全てを任せて逃げ出すような卑怯者ではないのだ。大切な女性が自分の代わりに死ぬのを見ていられる程、惰弱な人間ではないのだ。

 

(動け、動けよ僕の体……今動かなくてどうするんだよ!!!)

 

 石壁の思いに応える様に艤装が軋む。限界を超えて動こうとする石壁に、彼の肉体が悲鳴をあげる。

 

 魂に火が灯る。チリチリと燃え上がり始めた火種に、石壁の思いという燃料が注がれていく。

 

「がはっ!?」 

 

 その瞬間、鳳翔が攻撃を食らって自身の目の前まで転がってきた。口元から血を流しながら、鳳翔は歯を食いしばって痛みに耐えている。

 

「はぁ……はぁ……あぐぅあぁっ!?」

 

 明らかに重症の鳳翔は、それでも立ち上がらんともがいていた。両腕を地について、体を動かそうともがいている。

 

 自分を、助けるために。

 

 鳳翔のそんな姿を見た瞬間、石壁の魂が震えた。魂の根底から力があふれ出てくる。灼熱の様な思いが心の中を駆け巡った。

 

「……ッあああああああ!!」

 

 鳳翔は、目の前の石壁を救うために、声を張り上げながら体を動かそうとする。

 

『……ッぐぅあああああ!!』

 

 石壁は、目の前の鳳翔を救うために、艤装の中で声なき声を張り上げ体を動かそうとする。

 

 二人の思いが重なる、死を目前にした究極の一瞬の中で、二人の思いは一つとなる。

 

 南方棲戦鬼の足が頭上へと引き上げられる。処刑者の斧が狙いを定めて振り下ろされるのだ。

 

「『動けえええええええええええええええええええええええ!!!!!』」

 

 その瞬間石壁と鳳翔の間で『何か』が弾け飛んだ。二人が繋がる。石壁の思いと鳳翔の思いが重なり、繋がり、巡った。

 

 その瞬間石壁は自身の思いの丈を載せて、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「鳳翔おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 石壁の叫びに呼応するように鳳翔の四肢に力が戻る。流れ込む熱い思いが力となって体を突き動かす。

 

 両手で地面を押して後方に無理やり跳ねるという曲芸じみた動きで鳳翔は南方棲戦鬼の攻撃を咄嗟に避ける。

 

 処刑者の斧は外れた。鳳翔は運命に抗ったのだ。

 

「……!!」

「なっ!?この……!!」

 

 その動きに南方棲戦鬼が驚愕する。しかし、即座に追撃を叩き込むべく肉薄する。今度は避けられない。

 

 

「今度こそ死になさい!」

「鳳翔に……」

 

 その瞬間、鳳翔と南方棲戦鬼の側面に、石壁が割り込んだ。

 

「触れんな阿婆擦れ!!」

 

 石壁の拳が南方棲戦鬼の側頭部に叩き込まれた。

 

「がぁっ!?」

 

 先ほどまでの避ける必要すら感じない拳とは全く違う。脳みその奥底まで揺さぶられるような衝撃に、南方棲戦鬼は10m程吹っ飛ばされて転がった。

 

 即座に起き上がって石壁を睨みつける南方棲戦鬼だったが、その衝撃に驚愕して目を見開いている。

 

「……どういうことよ」

 

 あまりに不可解な事態に、南方棲戦鬼は思わず呟いた。

 

 目の前に立つ石壁は先程までと同じく死に体。体の損傷に変化はなく、艤装は今にも自壊しそうなほどボロボロだ。

 

 しかし、石壁が放つプレッシャーが全く違う。先ほどまでの画竜点睛を欠く状態の艤装ではなく、本体である戦艦棲姫が居るのと相違ない程の力を感じ出せた。

 

 

(どういうこと……!?明らかに力が強くなっている……!?本体が居ないのに……!?)

 

 その混乱に拍車をかけるのが、鳳翔の急な復帰である。

 

(ありえない!ありえないわ!あの損傷具合はすぐに動ける状態じゃなかった!!こんどはどんなトリックよ!!)

 

 艦娘はそのテンションがそのまま身体能力に反映されると以前説明したが、厳密に説明するとこれは若干違う。

 

 艦娘とは心で闘う生き物なのだ。テンションが上がった結果として、心の持ちようが強く大きくなり艦娘は強くなるのだ。心の持ちよう一つで艦娘はいくらでも強くなる。こうありたい、どうありたいという強い思いが艦娘に力を与えるのだ。

 

 そして心の持ち様とは、詰まる所『魂』の在り方に帰結する。魂が強固になればなるほど、艦娘の力は増大するのだ。

 

 そして、艦娘の強さを語る際に外すことが出来ないのが『提督』の存在である。

 

 提督は自身の魂に艦娘の魂を癒着させる事で現世に艦娘を召喚していると、以前話した事を覚えているだろうか。

 

 提督と艦娘の魂は最初は癒着しているだけだ。しかし、二人の絆が深まれば深まる程、次第に癒着面が大きく薄くなっていく。そう、つまりは互いの魂が繋がっていくのだ。

 

 『魂が大きくなればなるほど艦娘は強くなる』というこの大原則は揺るがない。故に艦娘自身の魂と提督の魂が繋がれば魂の容量は二倍になる。つまりは、艦娘の力も大幅に増大するのである。

 

 艦娘の練度(レベル)とは即ち艦娘本人の強さであり、提督との繋がりの強さでもあるのだ。

 

 その関係の極地こそが、結魂(ケッコン)である。互いの魂を結んでしまうほどの絆の深まりが、艦娘に新たな力を与えるのである。

 

 魂が繋がれば当然だが相手への好意がそのまま伝わる。伝わった好意が相手の中で増幅されてまた自分に返ってくる。好意の永久機関とも呼ぶべきこの関係が、心の強さが肉体の強さに直結する艦娘の能力を跳ね上げるのだ。

 

 石壁と鳳翔の絆は、この時遂にその領域まで至ったのである。

 

 石壁と鳳翔に新たな力が宿る。時空さえ超える程の、強靭な繋がりをもって魂が結ばれたのだ。

 

 これによって鳳翔に流れ込んだ石壁の思いが鳳翔に力を与えたのだ。そして同時に石壁に流れ込んだ鳳翔の思いが、石壁を通して艤装に流れ込んだことで疑似的に戦艦棲姫の艤装が鳳翔を主として起動したのである。

 

 二人がかりの魂で無理やり起動された戦艦棲姫の艤装はまだ本来のものに少し及ばないものの、それでも先ほどまでとは能力に雲泥の差があった。

 

 これが、鳳翔が突如として復活し、戦艦棲姫の艤装が本来の力を取り戻した理由である。

 

 並び立つ鳳翔と石壁。互いが互いを己の命に代えてでも護りたいと想う傷だらけの比翼の鳥が、連理の枝の様に繋がったのだ。

 

「助けに来たはずが、立場が逆になってしまいましたね」

 

 若干苦笑しながら鳳翔が言うと、石壁は答える。

 

「鳳翔さん、これは僕からの最初で最後の絶対命令だ」

 

 闘志を漲らせ、鳳翔の隣で眼前を睨みながら石壁は命じた。

 

「僕より先に死ぬことだけは絶対に許さない。死ぬときは僕の後に死ね」

 

 石壁は総指揮官としては、失格である。何処の世界に真っ先に死ぬ指揮官がいるだろうか。

 

「……」

 

 しかし

 

「では、私からの『お願い』です」

 

 大和の男としてならば、石壁はこの上なく正しい男であった。

 

「私より先に、死なないで下さいね」

 

 鳳翔は、石壁の前でも後ろでもなく、隣に立つ。

 

「……ズルいなぁ、鳳翔さんは」

 

 石壁はふてぶてしく、力強く笑う。

 

「そんな風に言われたら、叶えてあげたくなるじゃないか……!」

「ふふ……ならどうか叶えてくださいね、提督」

 

 二人は笑う。ふてぶてしく笑う。まるで眼前の難事など大した事では無いと言外に断じるように。

 

 二人は確かな心の繋がりを感じていた。そして、その身から湧き出る新たな力の存在も。

 

 もし、仮に今鳳翔のステータスを覗けたならば、こう表示されているだろう。

 

 鳳翔、練度(レベル)100、と。

 

 ***

 

「おおおおお!!!」

 

 叩きつけられる拳は明らかに先程とは破壊力が違っている。本体の欠落にも関わらず、その力は南方棲戦鬼と拮抗するものとなっている。

 

 拳の破壊力は互角。速度に勝る南方棲戦鬼に対して石壁は防御に優っている。単体の比較では石壁が押し負けるが、石壁の力は単体で図るものではない。タンカーとアタッカーでは役割が違うのだ。

 

「……はぁっ!!」

 

 渾身の一射が脇から南方棲戦鬼に叩き込まれる。鳳翔の矢は南方棲戦鬼の意識が石壁に集中したその刹那に意識外から撃ち込まれる。大抵の者ならこれを避ける事は不可能だ。しかし南方棲戦鬼はまともでは無い。

 

「なめるなっ!!この程度で私を殺せるか!!」

 

 手の甲を叩きつけて矢を受け流す。魚雷矢が起爆しないレベルの絶妙な力加減を、この短時間で見極めてしまったのだ。

 

「死いいねえええ!!!!」

 

 南方棲戦姫の超弩級戦艦すら打ち砕く回し蹴りが石壁の胴に打ち込まれる。しかし、石壁は絶妙な受け流しでこれを捌いている。

 

「チィッ……これならどうよ!!!はぁーーーーーッ!!!」

 

 すかさず石壁の懐に入り込みラッシュへと移行する南方棲戦姫。一発一発が致命の一撃であるにもかかわず、石壁は一歩も揺るがない。その剛腕を器用に動かして一発一発を受け流している。

 

「……シっ!」

 

 鳳翔はその隙を逃がさず、脇からまた一射、今度は南方棲戦姫の顔面を狙い撃つ。

 

「だからそんなもの効くかあああ!!!」

 

 南方棲戦姫がそれを打ち払う、だが……

 

(……うそ!?死角に……砲弾が!?)

 

 鳳翔の放った一射の軌道のすぐ後ろに、南方棲戦姫からみて死角になるように放たれていたその一撃は、弓矢を払った状態で無防備な南方棲戦姫の首に吸い込まれた。

 

「ガヒュっ!?」

 

 南方棲戦姫は人体の急所である首への被弾に肉体が硬直した。14cm弾とはいえ急所への直撃弾だ、馬鹿には出来ない。

 

(くそったれ!!呼吸が……)

 

 武道において呼吸は力の源、息を吸えない状況では満足に体を動かすことが出来ないのだ。

 

「空母にだって、砲塔くらいあるんですよ」

 

 鳳翔の着物の袖の中、女性が腕時計を内向きに着けるような位置に隠された14cm単装砲が、まるで暗器の様にわずかに袖から覗いている。

 

 鳳翔は劣勢の中、この豆鉄砲より頼りない副砲を威嚇にすら使わずに、こうやってずっと袖の中に隠していたのだ。その効力を最大化できる瞬間まで。

 

「うおおおおお!!!!」

(やば……!?)

 

 そして、その動きの止まった瞬間をのがす石壁ではない。

 

 攻撃の不得意な石壁が持つ単純明快にして唯一の攻撃技。先程の画竜点睛を欠いた一撃とは違う、本当の剛力でもって拳が突き出される。

 

「はぁ!!!!」

 

 戦艦棲姫の艤装のパワーをフル活用した正拳突きが、南方棲戦姫の胴を直撃した。

 

「があああああああああああああ!!!!!???」

 

 吹き飛ばされた南方棲戦姫が、近くの岩盤に叩きつけられた。噴煙が立ち上り、南方棲戦鬼の姿が見えなくなる。

 

 直撃だ。タダでは済まないはずである。

 

「やった!?」

 

 思わず石壁が呟く。張りつめっぱなしだった石壁の気持ちが一瞬緩んだ。

 

 だが、それは戦場において致命的な隙であり

 

「ジャアアアアアアア!!!」

 

 石壁はその代償を支払う事になる。

 

 噴煙の中から、胴の一部を欠損させた南方棲戦姫が弾丸の様に飛び出してくる。狙いは一点、石壁のみだ。

 

「提督!!!」

 

 その瞬間、石壁の体が少しだけ横にずれる。鳳翔が体当たりで石壁を動かしたのだ。

 

「チィッ、まずはお前からだ!このスクラップがあああ!!!」

 

「ぁ……」

 

 石壁の呆然とした呟きの直後、鳳翔の体に南方棲戦姫の一撃が叩き込まれた。

 

 

 鈍い打撃音とともに宙を舞った鳳翔は、飛行甲板をバラバラにさせながら10メートルほど吹き飛び、血を噴いて倒れ伏す。

 

「ぅ……ぐ……」

「とどめよ!!!」

 

 南方棲戦姫が鳳翔に向けて飛び出す。

 

「鳳翔!!!!!」

 

 石壁はその南方棲戦姫の背を追って駈け出す。自然と、石壁の構えは崩れてしまった。

 

「そう来ると思っていたわ!!!」

 

 しかし、それは罠だった。南方棲戦姫は即座に体をターンさせ、石壁へむけ拳を突き出した。

 

「さっきのお返しよ!!!」

 

「しまっ……!?」

 

 南方棲戦姫の拳があたった部位がはじけ飛ぶ。内臓をえぐり取られる激痛に、石壁は血を吐いて膝をついた。先程までの攻撃は、まだギリギリ致命『的』なものだったが、これは間違いなく致命傷だ。なにせ、内臓が損壊したのだ。もはや石壁に残された時間は無い。

 

「あ……ぐぎぃ……かはっ……!?」

 

 膝をつき血を吐く石壁を前に、南方棲戦姫は加虐に彩られた狂気の笑みで立つ。

 

「これで!終わりよ!!」

「ぐうう!?」

 

 咄嗟に、飛んできた拳を手のひらで握り、組み合う形になる。

 

「ちぃっ!?本当にしぶといわねぇ!!!」

 

 振り下ろされるもう片方の拳すら石壁は根性で握り込んだ。事此処に至って、両者の戦いは完全な力比べへと以降してしまった。

 

 だが、石壁はその力の根源たる鳳翔の力が薄弱になった上に、片目の欠損に内臓の損壊という致命傷を負っている。当然、押し負けて全身の骨格が嫌な音をたてはじめる。

 

「ほらぁ!!足掻いてみなさいよ!!私から奪った妹の艤装でさぁ!!!」

「あ……ぐ……があああああ!?」

 

 激痛に石壁が叫ぶ。肩や間接の腱が断裂を始めたのだ。艤装からのフィードバックが満身創痍の石壁を殺そうとしている。しかし、もしフィードバックを切れば、その瞬間この拮抗は崩れ石壁は艤装諸共にスクラップにされてしまうだろう。

 

 生きたまま肉体を押しつぶされていく地獄の責め苦に、石壁の意識が揺らいでいく。

 

 この時点で既に石壁は片目を失い、臓器が潰れ、全身の筋骨を限界まで酷使している。

 

 肉体の損傷と疲労は最早極地に達している。

 

 石壁の視界が明滅し、意識は遥か彼方へ飛んでいきそうになる。

 

(痛い……苦しい……なんでぼくはこんな目にあってるんだ……)

 

 辛うじて残った意思が、あまりに酷い苦しみに弱音を吐く。そして、半ば無意識に視線が鳳翔を探す。

 

(そうだ……鳳翔は……鳳翔は何処だ……?鳳……翔……?)

 

 痛みと疲労でかすれゆく視界の中で、石壁は確かに見た。

 

「待っていて下さい……提督……必ず、必ず私が……!」

 

 全身ボロボロで血塗れの鳳翔が、砕け散った弓の艤装を杖代わりにして、それでもなお立ち上がろうとしていた。

 

 衝撃で纏めてあった髪がバラバラにほぐれ、血まみれの顔に鬼気を滾らせたその相貌は、普段の穏やかな鳳翔の姿からはかけ離れたものだった。

 

 鳳翔は体内のあらゆる筋骨を断裂させるような衝撃を受けてなお。血化粧で顔を染めながらも、まだ諦めていないのだ。

 

 だが、無常にも彼女の四肢に力がはいってこない。あまりにも、あまりにも彼女の損傷は激しいものであったから。

 

 

 鳳翔のそんな姿を見て、光が消え失せかけた石壁の瞳に力が戻る。全身の血液が沸騰する。魂の炉心に灼熱が走った。

 

(ああ、なにを血迷っていたんだろうか)

 

 何故こんなに藻掻き苦しんでも戦うのか。

 

(そんなこと、考えるまでもないことだっていうのに……!!)

 

 燃える、燃える、燃え上がる。

 

 石壁堅持という男の魂が、固く、強く、熱くなる。

 

 同調する艤装の隅々まで、熱く滾る血潮が巡っていく。

 

 命を燃やす、魂を燃やす、己の命の灯火を急速に燃え上がらせていく。その石壁の劇的な変化に、南方棲戦鬼はまだ気が付かない。

 

「あらあ……?まだ動ける元気があったの?」

 

 動かぬ四肢で立ち上がろうと藻掻き苦しむ彼女の姿は、南方棲戦鬼にとって滑稽極まる見世物であった。

 

 石壁を押しつぶそうとしながら南方棲戦姫は鳳翔へと視線をやり、ニタリとへばりつく様な笑みを顔にはりつける。

 

「良い事思いついたわ。貴方の四肢を剥いだあと、貴方のだーい好きなあの骨董品の四肢も引きちぎって、一緒に並べてあげるわぁ……おそろいで一緒に死ねて、幸せでしょう?」

 

 その姿を想像した南方棲戦鬼はうっとりとしたようにそう呟く、最早死に体の彼らを肴にした勝利の美酒の甘露さはそれだけ魅力的であった。

 

 だが、彼女はこの期に及んでまだ知らなかったらしい。

 

 石壁の最悪の逆鱗を自分が踏みにじったということを。

 

 石壁堅持という男が、惚れた女の危機を座して見ていられる程、腑抜けた男ではないのだという事を!!

 

 

「……おい」

「あぁ?」

 

 その瞬間、石壁の渾身のヘッドバットが、勝利の愉悦に浸る南方棲戦姫の顔面に叩き込まれた。

 

「がはぁ!?」

「聞き捨てならないことばっかりガタガタ抜かしやがって!!!鳳翔をてめえなんぞに殺されてたまるかああ!!!!」

 

 石壁にとって鳳翔は生きる意味の全てだ。一生をかけて護り抜くと誓った、最愛にして最高の女性である。その鳳翔を殺すと言われておちおち死んでいられる程、石壁はぬるい男ではない。

 

「……提督」

「そこで見ていてくれ、鳳翔。僕なら……いや、『君が』僕と一緒にいてくれるなら!!」

 

 石壁のかつてないほどの覚悟が、艦娘と提督の繋がりを通して鳳翔に流れ込む。

 

「君がいるなら!!僕は負ける事はないから!!」

 

 どうしようもない程の熱情を孕んだ風が、鳳翔の心を通り抜ける。熱く真っ直ぐな力強い気持ちが、二人の間で強く繋がる。

 

「本当に……」

 

 ヘッドバットを喰らった南方棲戦姫が、石壁をあらん限りの憎悪を込めて睨んだ。

 

「本当に!!!どこまでも腹の立つ奴らねあんた達!!!!もういいわ!!!!とにかく死ね!!!!」

 

 怒り心頭の南方棲戦姫が余裕も何もかもをかなぐり捨てて、全力で石壁を押しつぶさんとする。石壁の全身が軋み、血が噴き出す。

 

 しかし、それでも石壁は不敵な笑みさえ浮かべて、南方棲戦姫に啖呵を切る。

 

「いいか……耳の穴かっぽじってよおおおくききやがれえええええええええええ!!!」

 

 その瞬間、石壁と鳳翔の間のパスが、今までよりも固く、強く繋がっていく。練度(レベル)というなの心の繋がりが、加速度的に深化していく。

 

「な……!?」

 

 艦娘と提督は魂で繋がり、絆によって高めあい、心で戦う生き物だ。いまだかつてない程に命を、魂を振り絞って戦う石壁が、段階をすっ飛ばして鳳翔との魂の繋がりを深めていく。

 

「大和男子はなあ!!惚れた女の為ならなあ!!!」

 

 組み合う腕が軋む。石壁の大和魂が鋼をも溶かすほど燃え上がる。そう、鳳翔の為ならば

 

「なんでも出来るんだよくそったれがああああああ!!!!」

 

 石壁に不可能など有りはしないのだ。

 

 やけくそ気味の雄叫びとともに、取っ組み合いは劣勢から拮抗、そして圧倒へと移行する。本体を失い本来の力の半分も出せない石壁はその不足を魂で補う……否、其の力を補うのは石壁だけではない。

 

「提督……!頑張って……!!頑張ってください……!!」

 

 鳳翔の声援が石壁の背中を押す。そう、二人の絆とは一方通行のものではない。石壁から思いが流れ込むということは、鳳翔の石壁への思いもまた石壁の心へと流れ込むのだ。それが、石壁の魂をこれ以上無いほどに熱くする。

 

 石壁は一人ではない。彼には、隣に並び立つ比翼の鳥が居るのだから。

 

 この瞬間、石壁と鳳翔の練度が限界まで上昇する。完全に繋がった魂から湧き上がる力が、運命を手繰り寄せる。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 雄叫びと共に、石壁は握りしめた南方棲戦鬼の両手を握り潰した。

 

「なっ!?ば、馬鹿な!?」

 

 驚きに目を見開く南方棲戦鬼に、石壁は追撃をかける。燃え上がる魂の全てを込めた、渾身の正拳突きである。

 

「くたばれぇぇぇぇ!!!」

 

 石壁は深く腰を落とし、真っ直ぐに南方棲戦姫を突き崩した。全身全霊の篭ったそれは、あまりの破壊力に戦艦棲姫の艤装がついていけず、至る所を損壊させながらも、南方棲戦鬼の心臓付近を粉々に叩き壊した。

 

「あ……」

 

 胸部の重要機関を砕かれた南方棲戦鬼は、呆けたように石壁を見つめている。

 

(ああ……なるほど……戦艦棲姫、貴方ずるいわね……ほんとうに……)

 

 南方棲戦鬼は視覚を失う寸前に、見える筈のない艤装内部の石壁の顔を幻視した。

 

 彼女は石壁に、己の命とともに根底にある憎悪までも全て打ち砕かれたことで、胸がすくような心地よさに包まれていた。

 

(ほんとうに……いい男のとこに……もらわれたのねぇ……)

 

 南方棲戦鬼は遂にこと切れた。人類に対して長く暴虐を振るった憎悪の化身が、打ち取られたのである。

 

 

 

「……はぁ……はぁ……勝ったぞ、鳳翔」

「……はい、提督」

 

「僕が、いや、僕たちが!!あの南方棲戦姫に、勝ったんだ!!!」

「はい、勝ちましたよ」

 

 血だらけになりながら、満身創痍になりながら、片目を失いながらも。石壁は要塞を護り抜き、南方棲戦姫を討ち果たしたのだ。

 

「はは……は……」

 

 その瞬間、石壁が艤装からはじき出されて地に倒れた。ダメージが限界を超えて気絶した事で艤装とのリンクが切れたのだ。

 

 鳳翔もまた動かない体で地を這いながら石壁に近づき、石壁に寄り添って地に伏す。

 

「お疲れ様でした……提督」

 

 血塗れの石壁を抱きしめながら、鳳翔が呟く。

 

「護るはずが……護られてしまいましたね……」

 

 いつぞやの誓いは、結局はたされなかったのだ。

 

「誓いを果たせなくて御免なさい……そして……約束を守ってくれて……有難うございます」

 

 大勢の仲間が駆け寄ってくる音がする。タ級達を打ち破り、漸く駆け付けることができた傷だらけの戦艦棲姫もその中に居た。

 

「例え死んでも、貴方の傍に……」

 

 そこまで呟いて、鳳翔もまた意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「石壁!!石壁!!おいしっかりしろ!!」

「血を流し過ぎています!!血圧低下!!呼吸も心音も弱くなってきています!!」

「全身の血管と筋肉がズタズタです!!このままでは治療が間に合いません!!」

「左目は完全に潰れています!」

「重要臓器の大半が機能していません!!このまま何時命を落としてもおかしくありません!!」

 

 伊能が治療室に飛び込むと、そこには満身創痍の石壁が治療台の上で衛生兵妖精の必死の施術を受けていた。伊能の呼びかけにも石壁は答えない。

 

 石壁の肉体は酷い状態であった。全身に無数に裂傷が走っている上に、左目の完全喪失や、脇腹に大穴があいて臓器の一部がつぶれてしまっているという、生きているのが不思議な状態であった。

 

 

「伊能提督!!このままでは石壁提督はもちません!!一か八か、艦娘用の高速修復剤を使用します!!御許可を!!」

「しかしそれは……!?」

「はい、人体にどのような悪影響がでるのか未知数です。ですがこのまま手をこまねいて石壁提督が死ぬのを見ていることはできません。本土の施設の整った病院ならまだしも、ここで石壁提督を助けうる方法はそれしかございません!」

 

 艦娘用の高速修復剤とは、瀕死の艦娘すら地獄の淵から呼び戻す劇薬だ。キチンと施術を行えば、四肢欠損すら直しうるという。しかし、それはあくまで艦娘にとっての話である。人の身にはそれは過ぎたる効能、毒と薬は紙一重なのである。かつて死にかけの兵士にむけて投与された例から鑑みて、量を調整すれば成功率は五分五分。半分は生き残ったが、残りの半分は薬に耐え切れず死んでしまったという、正しく一か八かの賭けなのだ。

 

「だが、人間では臓器の再生までは出来ん筈だ!それが出来るほど薬を投与しては、石壁が耐えきれないぞ!!」

「臓器ならあります!」

 

 そういって、別の妖精が南方棲戦鬼の遺体を運んでくる。

 

「な、南方棲戦鬼!?まさか、この化け物の臓器を、石壁に!?」

 

 伊能は医務官妖精の正気を疑った。

 

「短時間で調べられる限り調べたところ、石壁提督に適合するドナー足りえる者はコイツしかおりません!!探せばほかにもいるかもしれませんが、事は一刻一秒を争うのです!!もう時間はありません!!ご決断を!!伊能提督!!」

 

 伊能は石壁の為なら己の腹を掻っ捌いて臓器を提供する位やってのける男だが、今それをしたところで何の意味も無いのだ。頼れるのは、目の前の医務官妖精と、石壁が打ち取った南方棲戦鬼の遺体だけなのだ。

 

 伊能は、無力感に唇をかみしめながら、命令を出した。

 

「……わかった、責任は全て俺が持つ。だから頼む……石壁を助けてくれ」

「……はい!!野郎ども!!オペの準備だ!!臓器移植の後に高速修復剤を投与する!!意地でも石壁提督を助けるぞ!!」

 

「「「了解!!!」」」

 

 石壁の手術は、翌朝まで続いた。

 





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