艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第一部の最終話です。最後までお楽しみ頂けると幸いです。


第二十四話 戦いが終わって

 要塞線の決戦から数日が経過したショートランド泊地、その練兵場に大勢の妖精や艦娘が集まっていた。

 

 数日前に石壁が立っていた壇上には、今はあきつ丸が立っている。彼女はその場の全員を見渡してから、杯を手に声を張り上げた。

 

 

「では、不詳あきつ丸。療養中の提督の代わりに音頭をとらせていただくであります。この戦いで逝ったすべての戦士たちに盃を捧げましょう、献杯(けんぱい)!!!」

 

「「「「「献杯!!!」」」」」

 

 あきつ丸の号令とともに、広場に集まったすべての者達が一斉に盃を捧げ、中身をあおった。

 

 広場には、大小様々な棺が並べられている。中身は死んでいった妖精や艦娘、敵の深海棲艦の遺体である。皆、艦娘として再生させたり、近代化回収の素材として使うことも出来ないレベルで損傷した遺体ばかりだ。

 

 死なば敵も味方も皆仏、戦場から回収された遺体は皆ここに並んで弔われている。同じ釜の飯を食った仲間達が今は物言わぬ躯と化しているのだ。

 

 悲しくないわけがない。苦しくないわけがない。それでも皆唇を噛み締め、キッと前を睨んでいる。

 

 妖精は皆七生報国を誓って戦い抜いて力尽き、なんの因果か二度目の生を受けた英霊である。この世に生を受けたその瞬間から、こうしてまた別れがやってくるのは覚悟の上なのだ。

 

 彼らは皆靖国に集い、また輪廻の輪を辿って、いつかこの世に帰ってくるのだ。

 

 残された者たちは、いつかまた相まみえる時の為に、託された思いに恥じぬように戦い抜こうと決意を新たにしていた。

 

 ***

 

 一方その頃、窓のある医務室にて、石壁と伊能が話し合っていた。

 

「よう、随分と男振りが上がったんじゃないか?石壁」

「ははは」

 

 ベッドで上半身を起こしている石壁と、ベッドの隣の椅子にこしかける伊能が会話をしていた。

 

 石壁の体には多くの傷跡が残った。内臓を始めとした多くの臓器の治療に重きを置いた施術の結果、命こそ取り留めたものの……全身に走る傷跡の多くは消えることなく石壁の体に刻まれたままだ。

 

 今の石壁の体をみて、頼りない小男なんて言える奴はいないだろう。それほどまでに石壁の体の傷は多く、見る者が気圧される程に凄惨だ。

 

 石壁自身も、初陣を乗り越えて以前と顔つきが若干変わった。精悍になったというべきか、達観したというべきか、以前にあった何かがなくなって、新しい何かが代わりに収まった様な顔をしている。

 

 伊能は友のそんな顔をみながら口を開いた。

 

「その目、やはり治らんか」

「まぁ、視神経ごとザックリえぐり取られちゃったからね……命と一緒に片目が残っただけでも御の字だよ」

 

 石壁の左目は完全に潰れてしまい、今は治療用の包帯がまかれている。艦娘用の高速修復材でも、石壁の目までは直せなかった。

 

 石壁の治療はうまくいった。南方棲戦鬼の遺体から摘出された臓器は石壁の体に良くなじみ、分量を調整された高速修復材のお陰で、消えかけた石壁の命はなんとか現世に留められた。

 

 だが、人の身に収まった深海棲艦の臓器と艦娘用の高速修復材が、今後どのような悪影響を石壁にもたらすのかは全くわからなかった。

 

 しばし沈黙が部屋を包む。あの地獄の様な戦場と現在の穏やかな部屋のギャップが、石壁に現実感を失わせる。彼にとってあの大規模会戦が本当の意味での初陣だったのだ。胸中に筆舌に尽くし難い感情が沸き立つのを感じていた。

 

「……大勢、死んだね」

「……ああ」

 

 石壁はポツリとそうつぶやいた。石壁の部下が、石壁の指揮の元、最後の最後まで戦い続けて死んだのだ。気のいい妖精たちや艦娘達、つい先日まで居たはずの者達が、石壁の仲間が、もう居ないのだ。

 

 石壁の命令に従って、戦死したのだ。

 

「……これだけは、言っておくぞ」

 

 伊能は、ぼうっとする石壁に声をかける。

 

「俺を含めた生き残った者達は、全員貴様のおかげで生き残ったのだ。仮に貴様が居なければ、俺達はあの鎮守府が陥落した瞬間に皆殺しにされていた。仮に生き残ったとしても、今日まで戦い抜いて奴らを撃退なんぞ出来る訳がなかった。貴様は客観的に見て100人中100人が匙を投げるような死地の中、最後まで諦めず皆を導き続けたのだ。貴様は到達率が1%にも満たない最善の結果の一つを叩き出したのだ」

「……」

 

 沈黙する石壁に、伊能はそういってから立ち上がった。

 

「それだけは、忘れないでくれよ」

 

 伊能は石壁に背をむけると、部屋を出ていった。

 

 一人残された石壁は、何をするわけでもなく窓の外に目をやった。

 

 暮れなずむ世界の中に、石壁が独り残されていた。

 

 

 ***

 

 

 石壁と伊能が二人で話す間、鳳翔は気を使ってじっと病室の外で待っていた。

 

 やがて、伊能が部屋を出てくると、鳳翔は石壁の様子を尋ねた。

 

「提督のご様子は、どうでしたか?」

 

 鳳翔の問いに、伊能が答える。

 

「……だいぶ参ってるな。まぁ、初陣があれじゃ……仕方はないんだがな」

 

 伊能は、チラリと背後の病室に目をやってから、鳳翔に目線を戻した。

 

「だが、俺はアイツに言うべきことは全て伝えた。石壁はなんだかんだ言っても俺の言ったことが事実だと理解しているだろう。あとは無理やりにでも飲み込んで、自分で消化していくしかない……そして」

 

 そう言って、鳳翔の目をまっすぐ覗き込む。

 

「その立ち上がる為の手助けは、俺には出来ない。あいつが立ち上がったら俺達はいくらでもあいつを支えられるが……あいつの一番脆くて弱い部分を包み込んで立ち上がるまで支えてやれるのは、恐らく世界でアンタしかいない」

 

 伊能は鳳翔を真っ直ぐ見つめながらそう言って、病室の前から立ち去る。

 

「どうかアイツを、頼む」

 

 伊能は一度も振り返らずに、廊下の角へと消えた。

 

「……」

 

 鳳翔は石壁の病室の戸に手をかけて、扉をあけた。

 

 室内は傾いてきた日に照らされて幻想的に黄昏ている。

 

 その部屋の中央には、片目を失った石壁が窓の方を向いてベッドに座っていた。

 

「提督、御加減はいかがですか?」

「……」

 

 無言であちらを向く石壁の隣、先ほど伊能が腰掛けていた椅子に、鳳翔はそっと座った。

 

 

「……」

「……」

 

 静寂が室内を支配する。聞こえるのは互いの呼吸音と、時折飛び立つ鳥の羽音ぐらいだ。

 

 そうやってしばし無言でいると、石壁が口を開いた。

 

「……ねぇ、鳳翔さん」

「……はい」

 

 石壁は、あまり生気の感じられない声で話し始めた。

 

「僕は、僕の指揮が間違っていたとは思っていない。僕は僕にやれるだけ精一杯のことをやって、皆もそれに精一杯応えてくれた。それだけは間違いが無い筈なんだ」

 

 石壁の言葉は正しい。だが、その声に感情が乗っていない。石壁は続ける。

 

「僕は最善に近い形で皆を守れたんだと……そう、理解しているんだ……でも……」

「……」

 

 石壁が鳳翔の方を向いた。彼の眼は真っ赤に血走っており、全力で噛み締めているのだろう口から、鈍い歯ぎしりの音が響いた。

 

 悲哀と憤怒と悔しさが、激情という一点で纏められている。やり場のない感情が満ち満ちたその顔は、石壁の今の状態そのものだった。

 

「でも、どれだけ理屈でそうだとわかっていても……心の中で死んでいった皆の顔がちらついて、叫びだしそうになるんだ……もっとうまくやれたんじゃいないか……もっとたくさん救えたんじゃないかってさ……!!」

 

 石壁は湧き上がる激情をコントロール出来ずに、目を見開き、血がにじむほど両手を握りしめて叫ぶ。

 

「傲慢だってわかってるさ!!僕のちっぽけな手で救えるものに限界があるなんて理解してるさ!!でも……でも……」

 

 そこまで言って、石壁は先程までとは一転した幽鬼のように呆然とした表情を見せた。

 

 握りしめられていた拳が開かれ、脱力した両手がベッドの上に落ちた。

 

「それでも……納得できないんだ……」

(……この人は)

 

 伊能の言っていた意味が鳳翔にもわかった。今の石壁の独白は、石壁の中の最も脆く弱い部分で、本来誰にも見せずに秘められるべきものだ。泊地の総司令長官として、一人の軍人として、最も唾棄すべき弱さの発露だ。本来なら如何に軍人らしくない石壁とて、誰にもこの弱さを見せはしない。しかし……

 

(こんなにも優しくて、強いのに……こんなにも脆くて、弱い……本当に、何処までも不器用な人……)

 

 しかし石壁は鳳翔に、この世でたった一人『鳳翔にだけ』は、その弱い部分を見せている。

 

 以前の酒に酔った時とは違う。石壁は今自分自身の意思で、鳳翔に己の最も脆い部分を見せているのだ。

 

 戦災孤児となり、家族も、友も、親戚も、故郷でさえ……何もかもを一度喪った石壁という男にとって。鳳翔という女は自分の誰にも見せられなかった弱さを見せられる、本当の意味で唯一無二の存在となったのだ。

 

 その意味を理解して、鳳翔は女として心の中から湧き上がる仄暗い喜悦を感じざるを得なかった。

 

(だからこそ……私は……)

 

 鳳翔は何も言わずに、石壁を抱きしめた。

 

「……あ」

「……提督」

 

 目の前の愛する人の苦しみを取り除きたい。この世でたった一人、“自分にだけ”弱さをさらけ出したこの人の全てを包み込んで癒やしてあげたい。鳳翔は石壁の頭を自身の胸元で掻き抱くようにして、ぎゅっとやさしく抱きしめた。

 

「鳳……翔……?」

「いまは、周りに誰もおりません。貴方は今は提督でも、泊地の総司令官でもありません。つまり貴方は今、一人の人間、石壁堅持なんです……だから……」

 

 ぎゅっと、無意識の内に石壁が鳳翔の体を掻き抱く。

 

「だから……泣いてもいいんですよ……」

「……あ」

 

 いままでずっと、無意識の内に押さえ込んできたものが、鳳翔の言葉で溢れ出してくる。

 

「ああ……ああ……」

 

 ボロボロと、残った右目から透明なしずくが流れ出してくる。

 

「うああああああああああああああ……!!!!!!」

 

 石壁は泊地の総司令官となって以降初めて、自分の意思で全てをぶちまけて泣いた。

 

「くそ!!くそ!!皆が、死んじゃったんだ!!!一緒に笑い合って!!!ご飯を食べて!!!辛くても苦しくても泣き言一つ言わずについてきてくれた皆が!!!僕のせいだ!!!僕のせいで、僕が……僕が……あああああああああああああああ!!!!!!」

 

 支離滅裂な感情の奔流が、石壁の中から溢れ出す。ただ平穏に生きることすら難しいこの時代の中で、石壁は襲い来る理不尽を耐えて、耐えて、耐え抜いてこうして生きてきた。

 

 そのたまりに溜まった心の澱が、涙とともに押し流されていく。

 

 艱難辛苦は石壁という名の玉石を磨き、確かに美しく輝かせた。

 

 だが、濁流のなかで角が削られて丸くなるように、石壁の心は摩耗していたのだ。仮に鳳翔が居なければ、石壁の精神はヤスリをかけたようにジワジワと削り取られ、最後には心が壊れていただろう。

 

 子供の様に泣きじゃくる石壁を、鳳翔は何も言わずにただ抱きしめ続けた。

 

 やがて、泣きつかれて石壁が寝入っても、鳳翔はずっと石壁を抱きしめていた。

 

 ***

 

「私は、酷い女ね」

 

 鳳翔は胸の中で寝入る石壁の頭を撫でながら、自嘲気味にそういった。

 

「提督は……こんなにも苦しんで、悲しんで、哀れんでいるのに」

 

 鳳翔もまた、石壁と同じ悲しみは抱いているのは間違いない、しかし

 

「私は、こうやって私にだけ自分をさらけ出す提督の姿を見て、悲しむ以上に嬉しくおもってしまった……なんて、薄情で、浅はかな女なのでしょうか」

 

 誰にでも優しく、いつも微笑んでいる鳳翔とて、艦娘であるまえに一人の人間、一人の女。愛し、愛されたい欲求は抑えがたいものだ。

 

「……でも」

 

 その上、鳳翔と石壁の間の練度はすでに限界まで上昇しているのだ。練度とは即ち絆の深さであり……愛の強さでもある。

 

「もう、この感情は止めようがないんです」

 

 極まった艦娘の愛は、鋼より堅く、鉛より重く、燃え盛る業火よりも尚、熱い……

 

「愛しています。お慕いしています。貴方に先に死ぬなと言われて、とても嬉しかった。だから……」

 

 未だかつて、ケッコンカッコカリという補助器具をもってしてすら、魂が連結すると同義である練度(レベル)の限界まで至った者は数えるほどしか居ない。だからこそ

 

「地獄の果てまでも。輪廻の輪を巡っても。どこまでもずっと……ずっと貴方の側から離れません」

 

 その補助すらなく限界まで至った二人は最早、死ですら分かつことは出来ない。

 

 魂を連結させるとは即ち、未来永劫にわたる輪廻の輪を共に進む事を意味する。彼らは既に魂からして比翼の鳥であり、連理の枝なのだ。別たれることは、もうない。

 

 本来のケッコンカッコカリは、指輪によって魂を限定的に繋げるものだ。それは自力で魂の連結まで至れる程の人間が殆ど居ないが故に、指輪を補助器具にしているのと同時に……指輪という限定的な設置点で魂を繋げる事で、万が一の場合は指輪を破壊して魂の結節点を破断させる安全弁でもあるのだ。

 

 それこそが『結魂(仮)(ケッコンカッコカリ)』の本質。一人の女に魂まで捧げてしまっては、その女が死んだ段階で提督の魂は黄泉路まで連れていかれてしまう。万が一の場合に提督そのものを喪失しないために、この方法がとられているのだ。

 

 つまり、カッコカリではない結魂をした石壁と鳳翔は文字通りの一蓮托生なのだ。どちらか一方が死ぬ時が、もう一人が死ぬ時になるのである。

 

「不束か物ですが。何時までも、何処までも、よろしくお願い致します」

 

 鳳翔は安らかに眠る石壁を、いつまでも優しく、抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一部のエピローグもこのまま投下いたします。




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