石壁たちが要塞で死闘を繰り広げていた丁度その日、ラバウル基地から旧ブイン基地の近くまで赤城を中心とした空母機動部隊がやってきていた。彼女達は深海棲艦達の大規模な動員を察知し、その動向を探るべく派遣された偵察部隊であった。
「このあたりでいいでしょう、偵察部隊を発艦させてください」
「「はい!」」
旗艦である赤城の指示に従って、蒼龍と飛龍が艦載機を発艦する。
空母艦娘の特徴である弓の艤装から、順次偵察隊が発射されていく。射られた矢が艦載機へと変貌し、上昇していく。やがて全機が予定通り発艦すると、艦載機の搭乗員妖精から無線が入る。
『彩雲1番機より蒼龍へ、感度良好、これより偵察行動に移る。どうぞ』
「蒼龍より彩雲1番機へ、了解しました、偵察へうつってください。どうぞ」
『烈風1番機より飛龍へ、これより彩雲の直掩に移る、どうぞ』
「飛龍より烈風一番機へ、了解、直掩へうつれ、どうぞ」
蒼龍の彩雲を飛龍の烈風が護衛し、隊列を組んで飛行していく。
「しかし、旧ショートランド泊地周辺で大規模な深海棲艦の行動が確認されてるとの事ですけど、いったいなんなのかしらね、飛龍」
「わからないけど、どうせウチになだれ込むんでしょう……嫌になるわ……」
蒼龍と飛龍は航空隊の管制を行いながら、軽く会話を行う。
「飛龍、蒼龍、油断しないで、ここはもう敵地です、死にたくなければ気を引き締めてください」
赤城の指示に、飛龍と蒼龍もきを引き締める。
「「はい!」」
***
発艦後数十分が経過し、偵察隊がショートランド島の西から東へと飛んでいく最中の事であった。
『……おい、なんだあれ』
隊列の先頭の烈風の隊員が、声を上げた。
『どうした』
後方の烈風がそうきいた瞬間、かなり前方の陸上で無数の爆発が発生した。
『無数の深海棲艦が、謎の武装勢力と戦闘中!繰り返す、深海棲艦が、謎の武装勢力と戦闘中!』
前方の烈風の言葉に、偵察隊は困惑した。
『馬鹿な、いったいどこの部隊だ!』
『今現在ここには人類側の戦力は全くない筈だぞ!』
『深海棲艦の仲間割れか!?』
混乱する偵察隊を、隊長が窘める。
『落ち着け!それを調べるのが我々の仕事だ!これより戦闘空域に突入し強行偵察を開始する!総員戦闘態勢!』
隊長の指示にしたがって偵察隊は一丸となって戦場の上空へと飛行する。
そして、更なる驚愕が、部隊を襲った。
『……なんだ、この要塞は!?』
そこには山の斜面を利用した巨大な要塞線があった。しかも、その要塞は現在も稼働中であり、押し寄せる無数の深海棲艦を、砲撃によって押しとどめていた。
『要塞で深海棲艦を迎え撃っているだと!?』
『馬鹿な、こんな要塞はなかったはずだ!』
『ありえん、我々は夢でもみているのか……』
巨大な要塞、無数の深海棲艦、少数ではあるが艦娘も確認ができる。間違いなくここでは今も組織的抵抗が行われている。しかも、提督を中心とした艦娘達によって。
『誰かがまだここで戦っているというのか……』
偵察隊の隊長はそうぼそりと呟いた後、彩雲隊へと声をかける。
『彩雲隊!写真の撮影は完了したか!』
『は、はい!』
『よし、我々はこの信じがたい真実を可及的速やかにラバウル基地へ届けねばならない!総員帰投せよ!』
『『『『了解!!』』』』
隊長妖精の指示の元、偵察隊は一糸乱れぬ動きで赤城たちの元へと帰投したのであった。
***
ラバウル基地。それは史実の太平洋戦争において強大な航空戦力と陸上戦力を有した基地として、終戦に至るまで陥落すること無く残存し続けた日本軍の南方地方における要衝である。名高きラバウル航空隊が根拠地としたのもこの基地であり、多くの作戦において基幹となった太平洋戦争史上でも有数の基地の一つである。
この世界のラバウル基地は、南方における対深海棲艦戦略の最も重要な基地の一つとなっており、大勢の空母艦娘を有した強力な鎮守府である。
昼間は鍛え抜かれた空母機動部隊による綿密な偵察と、圧倒的な空母艦載機の雷爆撃で敵艦隊を押し返し、夜間はこれまた繰り返される戦闘で鍛え抜かれた水雷戦隊が厳戒態勢をしくという攻守ともに優れた布陣をしいている。最終的に二つの防御陣を突破された場合は、沿岸部で大勢の戦艦艦娘が敵を迎え撃つという戦略をとっているのだ。
南方海域における戦闘能力の高さは、人類でも指折りのものであった。
「提督!!大変です!!!」
そんな基地の司令長官の部屋に、大淀が飛び込んできたところから、物語は動き出す。
***
「は?旧ショートランド泊地付近にて大規模な戦闘を確認?深海棲艦が仲間割れでも始めたのか?」
ありえない報告にラバウル基地の司令長官は偵察隊が暑さで頭をやられてしまったのかと本気で思った。
30台後半の男で、短く刈り上げた髪と精悍な顔つきは、歴戦の提督らしい威厳と能力を備えている。
彼の名は南雲義一(なぐもぎいち)中将、人類の最前線を守り続けている歴戦の提督であり、このラバウル基地の総司令官であった。
「……こちらを確認ください」
「……なんだこれは!!」
写真には、山岳部にておびただしい数の深海棲艦が要塞相手に砲撃線を繰り広げる写真が映し出されていた。まだあの島で組織的な抵抗が行われていることの証左であった。
「馬鹿な!!!あの泊地は2ヶ月前に陥落し、大本営の連中は皆撤退したはずだぞ!!!ま、まさかあれからずっと、あの島で戦い続けていた者達がいたのか!?」
ガタンと立ち上がった南雲は驚愕に目を見開いて写真を凝視する。
「この写真はいつ取られたものだ?」
「半日前、ショートランド上空のものです、ついさっき戻ってきた偵察隊によって撮影されました」
その言葉に南雲が少し考え込む。
「それではもう戦闘自体は終わっているはずだ……しかし、こんな要塞まで秘密裏に作っていたとは……大本営の連中め、そこまで秘密主義を貫くか……!」
身勝手な大本営のやり口に不快感を示す。
「すぐに本土に問い合わせるぞ。一体何者なんだ、こいつらは」
「そうですね……また、大本営の身勝手なやり方の尻拭いをするのは真っ平ですものね」
心底げんなりとしながら二人は会話を続ける。
「取り敢えずは、この者達については大本営に問い合わせておいてくれ、秘書艦の加賀には定期的な偵察隊を組織してあの要塞を監視するように伝えるように」
「了解しました」
大淀が部屋を出ていくと、南雲はぼそりと呟いた。
「一体、何が起こっているというのだ……」
その問いに答えられるものは、誰もいなかった。
***
南雲が石壁たちの存在に気が付いたのと時を同じくして、ラバウル基地からショートランド泊地を挟んでだいたい点対称の位置にある
「まさか……南方棲戦鬼が討たれるなんて……」
鉄底海峡の指揮艦である飛行場姫は、信じられない報告を聞いていた。
「南方棲戦鬼様は、あの要塞の司令官と戦い、真正面から打ち破られました」
その報告をしているのは、南方棲戦鬼の指揮下にあった戦艦タ級の一人であった。ほとんど全員要塞で皆殺しにされた主力艦隊であったが、ごくごく少数が鉄底海峡に帰還することに成功していたのだ。
「その司令官の名は『イシカベ』……あの男は、南方棲戦鬼様の大艦隊を要塞で真っ向からすり潰したのです」
「あの艦隊を要塞で打ち破ったというの?『イシカベ』という男は」
飛行場姫は、思わずといった風にポツリと呟く。
「傑物……いえ、『英雄』という奴かしら……」
「……ええ、あの能力の高さは、そう表現するのが妥当かと」
飛行場姫は、椅子に座りこんだまま、しばし考え込む。
「……いずれにせよ、しばらくは失われた戦力の回復が急務、対策は打つけど、要塞へは手出し無用よ」
「……飛行場姫様、その」
飛行場姫の言葉を聞いたタ級が何か言いたげにしているのをみて、彼女は声をかける。
「時が来れば貴方にも働いてもらうから、しばらく待ってなさい。大丈夫よ、私を誰だと思っているの?」
飛行場姫は不敵な笑みを浮かべる。
「『常勝不敗』といわれた、私の事が信じられないかしら?」
それは人類側と深海棲艦の両方から彼女を指す際に言われる言葉、鉄底海峡の司令艦である彼女の座右の銘であり、彼女が体現してきた戦い方を象徴する言葉でもあった。
「……いえ、あなたの戦略はいつも完璧です、失礼しました」
そういって、タ級は部屋を出ていった。
「イシカベ……南方棲戦鬼を打ち破った要塞の司令官……時代遅れの『英雄』ね……怖い、怖いわ……」
一人になった飛行場姫がぼそりと呟く。
「怖いから、全力でかからないといけないわね」
飛行場姫は、性格の悪そうな笑みを浮かべる
「鉄底海峡の闇に、貴方はどこまで抗えるかしら?英雄さん?」
彼女の声に答えるものは、誰もいない。
***
南方棲戦鬼との決戦によって、石壁の存在が泊地の外にまで把握された。これによって石壁を中心として世界がぐるぐると動き始めた。
時代が変わろうとしていることを、この時点ではまだ誰も知らなかった。