陥落した鎮守府から逃げ出した石壁一行は深夜にバラバラに山奥へと逃げていった。
石壁は肩を支えてくれる鳳翔の体温を感じながら、余りに早すぎるフラグの回収に現実逃避気味にそもそもどうしてこんな事になったのか、と今回の左遷の発端を思い出していた。
そう、あれは士官学校の卒業を控えたある日のことであった。
***
さて、回想に入る前に、そもそも石壁と伊能が元々どの様な関係であったかをさらりと触れておこう。
石壁提督と伊能提督が出会ったのは士官学校時代の話だ。元々、性質・性格ともに正反対な二人に接点はほどんどなかった。
だが、二人は性格だけではなく、能力まで正反対であったことが原因となって、教官の指示でバディを組まされることとなる。
石壁は能力的適性が防衛戦に恐ろしいほど偏っており、陣地防衛等の名目での演習では教官も舌を巻くほど鉄壁の防衛能力を発揮した。
だが、これが攻撃的な作戦となると、途端に破綻する。対空戦闘ではイージス艦もかくやと言わんほどの意味不明な防空戦闘ができるのに、砲撃戦になるとどうしたものかあさっての方向にしか弾が飛ばない。
敵を防ぐための動きでは水が流れる様に陣地を組み替えられるのに、侵攻作戦では部隊がふんづまりとなって攻勢が頓挫する。
いくら注意しても、どれだけ頑張っても、攻撃に関してダメダメなのが石壁という男なのだ。
一方で、伊能は本当にその正反対。
攻撃的な作戦では一気呵成に正しく電撃的な作戦を実行し、一度攻勢にでれば濁流が防壁を押し流すように敵を切り崩す。
早く、鋭く、一撃必殺。そういう艦隊行動をさせれば伊能の右に出るものはいない。
だが、一度受け身に回ったが最後、あまりに前傾姿勢な戦闘姿勢は、簡単に押しつぶされてしまう。
成績を評価するとある一点では異常なほど高得点を叩き出すのに、もう一点では落第点というあまりにピーキーすぎる二人であった。
だが、得分野の能力は一級品以上のモノに他ならず、それを失うのは惜しいと考えた士官学校の教員が、モノは試しと二人を組ませてみたところ、状況が一変する。
性格も、性質も、能力さえも正反対のふたりであったのだが、なんの因果か二人はびっくりするほどかっちりとうまい具合にはまり込んだのだ。
元々インドア派で引きこもり気質の石壁は、伊能という人間ダイナマイトにひきこもり部屋を爆破された様なもので、あらゆる場所にひきだされ、伊能のあらゆる尻拭いに奔走させられたのだ。其の過程でいままで日の目をみなかった裏方としての才能を開花させ落第を回避するというウルトラCをなしとげたのである。
また、コミュ障気味でぼそぼそとしたしゃべり方しかできなかったのが、そんなしゃべり方では伊能にまったく話が通じないことに気がついてからははっきりシャキシャキとモノを言うようになり、伊能への絶えない罵声と、上官への言い訳と、伊能のやらかしの尻拭いを続けるうちに、いつのまにやら見違えるほど口が回るようになり、精神的にも相当タフネスな人間になったのである。
伊能もまた、毎度毎度問題を起こしては石壁に耳にタコが出来てそれが潰れるほどボロクソに罵られてようやく反省したらしく、以前に比べて見違えるほど問題行動を起こさなくなった。もともと武人らしい性格で、竹を割った様な明朗快活な性質と相まって、問題さえ起こさなければ普通に伊能の評価は改善した。石壁の尽力あってこその評価ではあったが、落第を回避することに成功したのである。
そして石壁はなんだかんだ言っても面倒見がよく義理人情に厚い所があるため、影に日向にバディとなった伊能を補助し、時に地に頭をこすりつけて伊能を庇い、伊能の為に相当尽力していた。
そんな石壁に伊能は心底感じ入り、戦闘中は一匹狼の様に誰の指示にも従わなかった伊能が、石壁の指示だけは忠実に守るようになったことで、もう一度二人の評価は一変する。
鉄壁の護りをもつ石壁が防いで、敵が崩れた瞬間に石壁の指示で伊能が敵陣に切り込む。たったこれだけで石壁と伊能のコンビは士官学校はトップクラスの戦果を叩き出したのだ。
世の中には1+1が4にも10にもなるコンビが存在するが、石壁と伊能はまさしくもってそんな存在だったのである。
しかし、そこまで至ったのは士官学校卒業直前であり、評価自体は向上していたが、それはあくまでコンビでの評価であったため、士官学校での評価自体は下から数えたほうがはやかった。
その上、石壁というストッパーの存在によって素行が改善したとはいえ、伊能の本質は一切変わっていないということを教官達は見落としていた。
そんな実際の能力と性格が、周りの評価と一致していなかった事が、今回の致命的な事態を巻き起こしたのである。
***
それは士官学校の卒業を控えたある春の日であった。
士官学校の自室の二段ベッドの上段と下段に石壁と伊能がそれぞれ寝っ転がって話し込んでいると、伊能が石壁にある質問を投げかけた。
「なんで俺たちが主席と戦わなきゃならんのだ、しかも二対一で」
数日後のとある演習において、現訓練校主席の演習相手を務める事になった石壁と伊能、伊能は二体一という演習に納得いかんという風に石壁に尋ねる。
石壁は自分たちへの上官の評価を客観視しつつ、回答した。
「あー、多分当て馬にするつもりだろうねぇ……」
「当て馬……?」
ピクリ、と伊能が反応する。その剣呑な空気に二段ベットの上にいる石壁は気づかない。
「そ、今度の演習、なにやらおえらいさんも来るらしいし、あの主席をうまいこと使って旨い汁を吸いたがる連中がいるんでしょ、そいつらにとっては二体一で主席が勝利するのが一番望ましい、だから書類上の学校の評価がイマイチよろしくない僕らをあてて主席を引き立てるつもりなんだろうね」
段々と伊能の額に青筋が浮かび、頬の筋肉が痙攣を始める。危険な兆候だ。伊能獅子雄のイノシシメーターがぐんぐん上昇している。
「つまり我々は大勢の前で無様に負けることを期待されているのだな?」
「そういうこと」
あーやだやだ、なんでそんな面倒なことになったのやら……と、石壁がグチグチ言ってゴロンと寝返りをうつと、ぬッと石壁の面前至近距離に、下から登ってきた伊能の顔が現れた。その顔には青筋の浮かぶ獰猛な笑みが張り付いており、元がいいだけに中々に迫力がある。
「うおぉぁ!?」
「石壁、ちょっと耳をかせ」
びっくりして跳ね起きた石壁に対して、獰猛な笑みのまま伊能が言う。此処に至って石壁は伊能の押してはならないイノシシスイッチがいつの間にか入っていた事に気付いた。長年の経験から、こうなった伊能が止まらないことを知っている石壁は素直に耳を貸すしかなかった。
***
「……と、いうわけだ」
「はあ!?本気か!?いや、正気か!?」
その荒唐無稽な話に石壁は仰天する。だが、もうやる気満々の伊能を見て、これはもう彼の中では確定事項なのだとよくわかる。
「もし失敗したら、海軍で村八分にされる事になるかもしれないぞ!?」
「その時はお前も陸軍で拾ってやる。大丈夫、お前の大好きな鳳翔さんも一緒につれてってやるから」
「べべべべべべべ別に鳳翔さんがどうとかまったたっtがっったっっったくかかっかかかかあkなねんええねねねねね」
「本当にわかりやすい男だな貴様は!」
爆笑する伊能。からかわれた石壁は怒り心頭だ。ちなみに、伊能は元々陸軍出身で、海軍には出向という形をとっている。
閑話休題
「で……?本当にやるのか?」
「愚問だ!」
ふん、と胸をはる伊能。石壁はため息を吐いた。
「それにな、お前もなんだかんだいって、今回の一件にそれなり以上に腹が立っているんだろう?」
「……う」
図星であった。石壁だって男だ。大勢の人間の前で無様に負けることを期待されて、腹が立たないわけがない。
「ああ、もう、わかったよ!やればいいんだろやれば!!そのかわり、本当に駄目だった時は責任取れよ!!」
「それでこそ俺が見込んだ男だ!!鳳翔さんの方も任せておけ」
「鳳翔さんは関係ないって言ってんだろ!」
「なんだ?彼女は連れて行かなくていいのか?それならこちらは楽でいいが?」
「……グッ!?」
「冗談だ、わかってるから心配するな!」
石壁はどう頑張っても、こういう話題で伊能には勝てないらしかった。
***
数日後、遂に演習の日がやってくる。横須賀の大規模演習場には大勢のお偉方が集まっており、石壁は、これから自分たちがやらかすことがどんな事態を巻き起こすのか想像できなくて胃が痛くなった。
そして、ついに演習相手の男がやってくる。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
石壁がそう言いながら手を差し出すと、向こうも握り返してくる。彼は今季の主席で、士官学校史上最高の天才とも言われる上官達の希望の星だ。
彼の名は七露 蛍(ななつゆ けい)、成績優秀、容姿端麗、文武両道を地で行く完璧超人で、本当に性格も良いあたりたちが悪い。
別の士官学校に在籍しているため、普段石壁は七露と接する機会がほとんど無いが、少し話しただけでも彼がいいひとであるとわかるため、石壁は彼のこと自体は嫌いではなかった。だが、あまりに自分と対照的すぎて気後れしてしまう所があった。
「七露、今日は貴様をあっと驚かせてやるから、楽しみにしておけよ!」
「ちょ、伊能!?」
気後れとか空気を読むとかいう単語を母親の胎内に置き忘れてきたらしい伊能は、こんな状況でも微塵も揺るがない。その大胆不敵である意味無礼な言い草に、七露の取り巻きが胡乱な気配を放つが、伊能は全く気にしない。
余談だが、貴様という単語は本来同輩以下の人間に対する言葉なので、同期に対して使う分には別に無礼ではない。上官に使ったら鉄拳制裁だが。
「ははは、それは楽しみだ!それじゃあ後で」
七露も、それくらいなら微塵も気にしない度量の大きい男らしく。むしろ楽しそうに自身の艦隊へと戻っていった。
***
控室にて、石壁は今回の演習の援軍と顔を合わせていた。
「今日はよろしくお願いしますね、石壁提督」
そういって微笑むのは、黒髪にロングヘアーで、ミニスカートらしき着物を着た、儚げでとても美しい女性だ。
彼女の名は扶桑、日本が独自に開発した超弩級戦艦である、扶桑型戦艦の一番艦の艦娘だ。
特徴的な艦橋がとても目立つ艦艇で、度重なる改修につぐ改修から天に突き出す違法建築の如きその様相から、遠目からでも一発でわかるほどであったという。
余談だが、何故か外国人から大好評な戦艦だったりする。作者も一番好きな艦は扶桑だったりする。
「新城は別件でこれないから残念がってたわよ、『健闘を祈る』ってさ」
そう気安い口調で話しかけてきたのは、扶桑とよく似たショートヘアの女性だ。
彼女は山城、扶桑型戦艦の二番艦であり、扶桑の妹にあたる。見た目は扶桑の髪を短くして、目つきを少しキツメにしたら大体山城になる。
「はは、真面目なアイツらしい」
新城とは、扶桑と山城の提督である男で、今日二人を快く貸してくれた石壁の数少ない親友だ。
「ちょっと石壁?あんたガチガチじゃないの、大丈夫?しっかりしなさいよ」
そういいながら、山城が石壁の顔を覗き込む。
艦娘は呼び出す提督ごとに性格にそれなり以上に差異がでるが、新城提督の山城は他の提督の山城に比べるとかなり気安いと言うか、思ったことをはっきり言うスッパリした性格をしている。
「はは、これからの事を思うと胃が、ね」
「心配しなくても不幸は全部私が持っていってあげるから、あんたはきっといいことあるわよ」
「相変わらず後ろ向きに前向きだね、山城は」
「まあ、実際私は不幸だしね、その分周りが幸福になるならトントンよ。ほら、元気出しなさい」
山城はそう笑いながら、石壁の背中をバシバシ叩く。どうやら山城は石壁の事を甥っ子かなにかだと思っているふしがある様だ。
その暖かな励ましに石壁の体から硬さがぬける。
そうして、旧交を温めているうちに、遂に演習がはじまったのであった。