艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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幕間 託したモノ、託されたモノ

 石壁が医務室で目を覚ましてから数日後の事である。

 

「……」

 

 石壁は一人、執務室で報告書に目を通している。

 

「……」

 

 報告書にはこう記載してあった。

 

「……この人も、か」

 

『戦没者一覧』と。

 

「……」

 

 数日前に石壁の心を荒く削ったそのリストを、もう一度しっかりと見つめなおす。

 

「……」

 

 一人一人、靖国へと還った仲間達の名前を、噛みしめて飲み込むように、目でおっていく。

 

 親しく話した事のある者。言葉を交わしたことも無い者。様々な者がいるが、皆等しく石壁の命令の下で命をかけて戦ってくれた者達であった。

 

 皆、石壁にとってかけがえのない仲間たちであった。愛おしい部下たちであった。

 

 それが皆、死んだ。死んだのだ。石壁の指揮の下で、二度目の死を迎えたのだ。

 

 ここに乗っている者達の命の上に、石壁は立っている。彼らは石壁のために命を賭けた。それを是とするほどに、石壁の事を慕っていたのだ。

 

 石壁の命は最早石壁だけのものではない。石壁の肩には、今生きている者達の命が乗っている。石壁の進んできた道は、石壁の為に死んでいった者達の命で塗装されている。

 

 石壁に後戻りする道はない。逃げ出せる道はない。例えこれから進む道が、大勢の者達の命によって拓かれる死の荒野だと知っていても……己の命を救ってくれた彼らの想いに応える為に進み続けるしか無いのだ。

 

「……」

 

 一通り目を通した後に、石壁は席をたった。

 

***

 

「……」

 

 石壁は畜舎にやってきた。かつて多くの騎馬と戦車によって溢れていたこの場所が、今は閑散として人気もほぼない。

 

 騎兵隊の損耗率は、実に87%にも及んだ。生き残ったのは、十人に一人程でしかなかったのである。彼らは最後の最後まで、最前線で戦い続けたのだ。馬を失い、落馬し、機銃掃射で蜂の巣にされてもなお、敵の喉笛に食らいつかんと奮戦した。仲間の盾にならんと敵に飛びかかり、あの死闘の中で最後まで戦い抜いたのだ。あの戦いの勝利は、彼らの文字通りの決死の戦いなくしてありえなかった。

 

「……」

 

 戦えば死者がでる。銃で撃たれれば人は死ぬ。軍艦に騎兵が挑めばどうなるのか、当たり前の事実が、当たり前に眼前にあった。わかっていたこと、知っていたこと。騎兵隊に突撃を命じた瞬間、これは決定した当然の事態であったのだ。石壁も、騎兵隊も、皆そのことを承知の上であの戦いに挑んだのだ。

 

「……」

 

 しかし、それでもなお、石壁の身中に去来する喪失感は、拭えなかった。

 

 

「あ、司令長官どの」

 

 石壁がしばし佇んでいると、それに気が付いた陸軍妖精が駆け寄ってきて敬礼をする。

 

「貴方も騎兵隊の?」

「は!自分も騎兵隊所属の陸軍妖精であります!……と、いっても、あの戦いで騎兵隊は壊滅して、自分も相棒を失って最早騎兵でもなんでもないのでありますが……」

 

 騎兵妖精は、苦笑しながら頭をかく。

 

「……伽藍と致しましたなあ」

「……そうだね」

 

 石壁と陸軍妖精がそういいながら畜舎を見回す。騎兵妖精は何か言葉に出来ない想いをなんとか吐き出そうとする様に、口を開いた。

 

「……司令長官殿。自分はあの戦いの時、騎兵隊長殿のすぐ後ろについて戦っておりました」

「……」

 

 ポツリポツリと紡がれる言葉を、石壁は黙って聞く。

 

「騎兵隊長殿は……誰よりも前にでて、誰よりも早く敵陣に切り込み、誰よりも勇敢に戦って……最期は深海棲艦に叩き殺されたであります……」

 

 知っている。戦闘詳報を何度も何度も読み返した石壁は知っている。

 

「騎兵隊の他の皆も……一人、また一人と、散っていったであります。自分も……機銃掃射を受けて相棒が事切れた後は、友軍が来るまで必死になって軍刀を振り回して戦ったであります」

 

 知っている。騎兵隊がどれだけ奮戦したのかを、石壁は知っている。

 

「我武者羅に戦っているうちに、気がつけば周囲には自分しか生き残っておりませんでした……無論、他にも生き残っている者も居りますが……殆ど皆黄泉路へと旅立ったであります」

 

 この畜舎の現状が、戦いの激しさを如実に示していた。

 

「こんな事は言うべきではないと、理解はしているのでありますが……それでも、皆と一緒に逝けなかった事を悔いる気持ちがあるのであります」

 

 死ねなかった。生き残ってしまった。時として仲間を失った兵士は、この様な気持ちを抱く。別に彼らは死にたい訳ではない。ただ単に、命を賭しても惜しくない仲間達だけを先に逝かせてしまったという後悔の念が、彼らにそういう想いを抱かせるのだろう。

 

「……僕には」

 

 しばし黙っていた石壁が、口を開く。

 

「僕には、貴方の気持ちがわかるなんて言えないし、言うべきではないというのもわかる」

 

 彼の心は彼だけのものだ。彼の苦しみも彼だけのものだ。彼が失った絆の重さは、他の誰にもわからないものだ。

 

「けど、これだけは言わせて欲しい」

 

 しかしそれでも……

 

「僕は貴方が生きていてくれる事が、ただただ、嬉しい。身勝手な想いと罵ってくれて構わない。こんな言葉しか吐けない僕を恨んでくれても構わない。それでも、命の尽きるその瞬間まで、僕は貴方に生きていて欲しい。生きて、生きて、生きて、最後の最後まで、自分の命を諦めないで欲しい」

 

 彼の為に祈ること。願うこと。それは石壁にも出来るのだ。

 

「……」

 

 騎兵妖精は、石壁の言葉を聞いて俯いた。石壁の言葉は綺麗事だった。使い古された励ましの言葉だった。

 

 だが、どこまでも真っ直ぐで、純朴で、嘘がなかった。人が当たり前に抱く優しい想いが形になった言葉だった。

 

 だからこそ、騎兵妖精の心の奥底まで届く。彼は心を揺さぶられて、熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 騎兵妖精は、震える小さな声でそう言うと、腕で乱暴に顔をこすった。

 

「そうだ!総司令長官どの!貴方に会わせたいモノがいるのであります!少々お待ちください!」

 

 陸軍妖精は努めて明るい声でそういうと、別の部屋に駆け出した。

 

「……会わせたいモノ?」

 

***

 

 数分後、そこに一頭の馬をつれた陸軍妖精が戻ってきた。その馬を見た石壁は、目を見開いて叫んだ。

 

「ああ!君は、騎兵隊長の栗毛!生きていたのか!」

 

 その馬は騎兵隊長の愛馬であった栗毛。しなやかな筋肉をもつ極上の駿馬がそこにいた。

 

 栗毛は石壁を見つけると、近寄ってきて顔を優しくなめてくる。

 

「そうか、そうか……生きていたのか、栗毛」

 

 石壁は、死んだと思っていた栗毛の頭を優しく撫でる。ここに来てから硬かった石壁の顔が緩んだ。

 

「騎兵隊長は馬上から引きずり落とされたのでありますが、栗毛は奇跡的に無事でありました」

 

 石壁と栗毛の姿をみていた騎兵妖精が、笑みを浮かべて続ける。

 

「総司令官……いえ、石壁殿、どうか栗毛を連れて行ってくださいませんか」

「え?」

 

 騎兵妖精の言葉に、石壁が驚いてそちらをむく。

 

「馬を失った騎兵は最早騎兵足り得なない様に……騎手を失った馬もまた、最早騎兵足りえません。騎兵は長い時間をかけて、人馬の心を一つにしてようやく形となる兵科。騎兵として栗毛の騎手たりえるのは隊長だけです。ですが、貴方ならば、栗毛も喜んで足になってくれることでしょう。だからどうか……連れて行ってあげてください。先に逝った隊長の分まで、『石壁殿』の進む道を見せてやってほしいんです」

 

 騎兵妖精は、一人の人間として石壁に頼んでいる。石壁が一人の人間として彼に願いをぶつけた様に。彼も一人の人間として、自分と同じく『生き残ってしまった戦友』の無事を願い、石壁に想いをぶつけているのだ。

 

「……わかった。僕が責任をもって、栗毛を連れて行くよ」

「……頼みます」

 

 石壁は、一人の人間として思いを託された。一人の男として、彼の願いを受け止めたのだ。

 

 これ以後、栗毛は石壁の愛馬として生きていく事となる。石壁達がどうなるのかはまだ誰にもわからない。だが、後世に現存する石壁の写真の多くが、栗毛に跨る石壁の姿を写しているという事だけは、ここに示しておく。

 

 

 

 

 


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