艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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注意

ちょっと長くなったので分割

こちらが前編です


幕間 残されたモノ 前

 

 

 

 石壁は畜舎で栗毛と一旦分かれて部屋をでた。腰には騎兵隊長が使っていた軍刀が吊られている。栗毛と共に先程の妖精から託されたのである。

 

 彼は騎兵妖精から予備の軍刀を預かっていたため、その軍刀も一緒に、石壁へと譲り渡したのである。

 

 軍刀にもいくつか種類があり、大まかに分類すると三タイプに分かれる。一つ目が儀礼用に近い華奢なタイプ、二つ目が実用性を重視して軍で新造された頑強なタイプ、三つ目が古刀を軍刀に改造したタイプだ。騎兵隊長の愛刀は無骨で装飾の殆どない実践重視の二番目の軍刀であったらしい。頑強で質実剛健としたその姿は騎兵隊長の在り方そのものであるように感じられた。

 

 石壁は腰に吊られた軍刀と、託された願いの重さを感じながら墓地へと向かう。

 

「……」

 

 散って逝った輩(ともがら)と、打ち取った敵の死体を弔ったその場所は、掃き清められ花なども供えられているが、閑散としており寒々しい空気に満ちていた。

 

「……」

 

 石壁は膝をつき黙禱する。己の指揮のもと散って逝った仲間の為にただ祈る。それしかできない自身の非力さを呪いながら、それでも前を向くために、石壁は祈った。

 

 すると、不意に後ろに誰かが立った。

 

「提督じゃん、どうしたの?墓参り?」

「……ッ!……鈴谷」

 

 その声は間違いなく鈴谷のものであった。

 

 石壁は硬直した。何故なら、彼女の姉妹艦である熊野がこの戦いで『戦没』したから。あれだけ仲のよかった姉妹を、己の命令で死なせてしまったのだ。どのような顔をして彼女と顔を合わせればいいのか、石壁にはわからなかった。

 

「……」

 

 石壁の心臓が締め上げられる。だが、その事から目を背けてはいけない。己の罪業をしっかりと見つめねばならない。

 

 石壁はそう覚悟を決めて、鈴谷に向き直った。

 

「……その、さ、鈴……谷……?」

 

 だが、鈴谷に向き直った石壁は、今度は別の意味で硬直した。

 

「……なに?」

「……君は……鈴谷……なのか?」

 

 石壁の視覚情報は、目の前にいる艦娘が間違いなく鈴谷であると言っている。

 

「あったりまえじゃん、鈴谷が鈴谷以外の何にみえるの?」

「いや……でも……えっ……?」

 

 だが、石壁の感覚は目の前の鈴谷から『鈴谷以外の何か』を感じ取る。提督と艦娘の繋がりである魂の繋がりが、その正体を探り出そうとする。

 

「……あっ」

 

 それが『誰』であるか理解した瞬間、石壁は驚愕に目を見開いた。

 

「……熊……野?」

 

 石壁が呻くようにそう呟いた瞬間、鈴谷はーー笑った。

 

「ふ~ん?分かるんだ提督、すごいじゃん」

 

 嬉しそうに、蠱惑的に笑う。熊野を感じさせる鈴谷が、距離を詰めてくる。

 

 人間は不明を恐怖する。根源的な恐怖とは『理解不能』というものから湧き出てくる。石壁は目の前の鈴谷から言い知れぬモノを感じて、後ずさりしそうになる。

 

 しかし、石壁は精神力でその恐怖をねじ伏せると、一歩も引かずに真っ直ぐ『鈴谷』へと向き直った。

 

「……熊野はこの戦いで戦没した筈だ。僕の元には、そう報告が届いている」

「……たしかに熊野は『戦没』したよ?でもね熊野は生きている。今ここに、鈴谷の所に確かに熊野は存在するよ」

 

 矛盾しきった鈴谷の主張は、ともすれば彼女が狂ってしまったかの様に受け取れる。だが、鈴谷の中ではその主張は一切矛盾していない。同時に石壁自身もまた、鈴谷から『熊野』を感じ取っている。これはいったいどういう事なのであろうか。

 

「何が……何があったんだ鈴谷……」

「ん~……じゃあ教えてあげる」

 

 そういいながら、鈴谷が語りだした。

 

「あの戦いの中で、何があったのかを」

 

 

 ***

 

 

 これは要塞で南方棲戦鬼の艦隊と伊能指揮下の石壁艦隊がぶつかり合っていた時の話だ。鈴谷と熊野は鎮守府最精鋭の艦娘であったため突撃隊に参加しており、戦艦タ級と接近戦を繰り広げていた。

 

「はああああああああああああ!!!」

「ガッ!?」

 

 鈴谷が回し蹴りをタ級の顔面に叩き込むと、艦娘の脚力で脳みそを揺さぶられたタ級は前後不覚に陥る。その隙を逃すことなくあっという間に踏み込んだ鈴谷は、タ級を蹴り倒して踏みつけ、首に20cm連装砲を確実に打ち込んで止めを刺した。

 

「はぁっ……!!はぁっ……!!」

 

 タ級を仕留めた鈴谷だが、大規模な乱戦の中で既にかなりの疲労状態にある。先程至近に着弾した砲撃によって負傷もしており、額の擦過傷からはおびただしい血が流れている。

 

(いけない……視界が歪みだした……)

 

 失血と疲労から、タ級を踏みつけた状態で一瞬だけ体が硬直した鈴谷に、熊野が大声で呼びかける。

 

「鈴谷!」

「!!」

 

 熊野の声を聞いた鈴谷が慌てて後方に飛びのくと、一瞬前まで自身が踏みつけていた場所に砲弾が叩き込まれて爆散する。

 

「こいつらは味方もろともに殺しに来ますわよ!!油断なさらないで!!」

「わかってるよ熊野……あぶな!?」

 

 眼前の爆炎を突っ切って別のタ級がとびかかってくる。戦艦の剛腕を咄嗟によけた鈴谷だったが、拳を避けたその先に、タ級の砲塔が突き出されていた。初めから、避けられることを予想して砲撃の準備をしておいたのだ。

 

「……あ」

 

 タ級は残虐に笑うと、躊躇いなく砲を発射した。

 

「死ね!」

 

 直撃、轟音と共に鈴谷が吹き飛ぶ。

 

「鈴谷ああああああ!!」

 

 熊野は目を見開いて叫び、咄嗟に吹き飛んできた鈴谷を受け止める。

 

「あ……あれ……?く……ま……の……?」

「……!」

 

 鈴谷の様相は酷い物であった。咄嗟に砲弾から身を守った片腕がはじけ飛び、全身の装甲を砲弾の破片がズタズタに食い破って血塗れとなっている。たとえ重巡洋艦の装甲と言え、ゼロ距離で戦艦の砲撃を食らえばこうなるのは当たり前であった。

 

「次はおまえだ!!」

 

 そういってタ級が熊野と鈴谷に砲を向ける。

 

(……ッ!!まずい!!)

 

 鈴谷を抱えた状態の熊野では、咄嗟にその砲撃をかわす事など出来るわけがない。万事窮すかと思われたその瞬間……

 

「ガヒュッ!?」

 

 タ級の喉から軍刀がつきだした。

 

『阿呆!!戦場で呆ける奴があるか!!早くそいつを連れて引け!!』

「ここはあきつ丸達に任せるでありますよ!!二人そろって死ぬ前に戦線を離脱するであります!!急げ!!」

 

 伊能の座上するあきつ丸がタ級の首をそのまま切り落として止めをさすと、片腕でその死体を盾にして他の砲撃を防ぎ、突撃していく。

 

『そのまま真っ直ぐ切り込めあきつ丸!!』

「はい!抜刀隊前へ!!吶喊!!」

「隊長へ続けえええ!!」

「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」

 

 その突撃力に勇気づけられた友軍が深海棲艦にとびかかり戦場は更なる混迷を深めていく。

 

「熊野殿!!早くこちらへ!!」

「っ!!はい!」

 

 要塞内部への隠し扉を開けて陸軍妖精が熊野の退路を開くと、そこに熊野は逃げ込んだ。

 

 ***

 

「自分が担架を呼んでまいります!暫しお待ちください!!」

 

 背後で扉が絞められた瞬間、熊野は鈴谷に声をかける。

 

「鈴谷!!鈴谷!!しっかりしてくださいまし!!」

 

 熊野の必死の呼びかけに、鈴谷が薄く目を開く。かすれる様な呼吸の後に、鈴谷が声を出した。

 

「熊野……ごめん、鈴谷……どじ……ふん……じゃった……」 

 

 力なく笑う鈴谷、その命の灯火は尽きる寸前であった。

 

「良いんですのよ鈴谷、次に、次に挽回すればいいんですの。ほら、すぐに担架がきますわ。ドックへ行けばすぐに……」

 

 その言葉を、鈴谷は熊野の口に指をあてて止める。

 

「ごめん……ね……もう……まにあわ……ない……」

 

 鈴谷がほほ笑む。

 

「あ……とは……よろ……し……」

 

 その瞬間、鈴谷の体から力が抜けた。ずるりと手が落ちて、意識を失う。

 

「……鈴谷!!」

 

 艦娘は魂で繋がった姉妹である。故に熊野には分かってしまう。もう、鈴谷の命はもたないのだと。

 

「……」

 

 数秒の間、熊野は俯いて沈黙した。

 

「……死なせません」

 

 熊野の声が響く。

 

「絶対……絶対に……」

 

 決意の滲んだ、絡みつく様な重い声で熊野が言葉を紡ぐ。

 

「鈴谷を死なせませんわ」

 

 その瞬間、熊野の体が光りだす。

 

「例え何を犠牲にしたとしても」

 

 熊野の体が、不可思議な何かに変換されていく。

 

「……ねえ鈴谷、この泊地にやってきた日の事を覚えてますか?二人そろって電撃で黒焦げにされて、海どころか空さえ見えない穴倉の中で目が覚めて、なんて泊地にやってきたんだろうか、と眩暈が致しましたわね」

 

 熊野は『自己』を構成する何かが抜け落ちていくのを感じながら、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「でも、そんな地獄の中でも諦めずに前をむいている泊地の人々の姿をみて……なんて強い人々なんだろうか、なんて魅力的な泊地なのだろうか……と、あっという間にここに魅せられてしまいました……絶望に抗い生き抜く『人』の美しさは……深海棲艦であったわたくし達にとって余りに眩しく……余りに温かく……余りにも……甘美に過ぎるものでした……」

 

 人は『比べる』事で物事の価値を測るものだ。不幸を知る者は幸福が如何に尊いものかをよく知り、病弱な者は健康の有難みをよく知る……そして、孤独の辛さ、寒さを知る者は……人の温かみに深く深く感じ入るのだ。

 

「石壁提督の人間性は、『深海棲艦であったモノ』を深く深く引き寄せますわ。戦争という狂気の中で英雄という役目を負ってなお、人間性という正気を保ち続ける彼の在り方は……絶望と狂気によって冷え切ったわたくし達の心を捕らえて逃さない……あの方は本当に、天性の人たらしですわ……」

 

 石壁の質が悪いのは、その事に一切の自覚が無い事だろう。石壁は謂わば防蛾灯だ。戦場を深く知るモノ程、強く惹かれて焼き尽くされる。その事がわかっていてなお、離れられない。余りに石壁の在り方は、温かすぎるのだ。

 

「私はこの泊地も、提督も、大好きですわ……ここから離れたくない。死にたくない。もっと彼らと一緒に居たい……艦娘であるわたくしが、そう思って命が惜しくなる位に……でも……」

 

 熊野は、鈴谷の顔にそっと手を当てる。

 

「貴女の事も……同じくらい愛おしく思っておりますの……魂を分けた姉妹である貴女が、どうか幸せであって欲しい……その思いにも偽りはございませんの……だからわたくしは、己のエゴを押し通しますわ」

 

 鈴谷の顔を優しくなでる熊野。

 

「わたくし、提督と約束しましたの、次は『三人で』お茶を飲みましょうって……だから、”二人で一緒に”頑張りましょう?一抜けなんて、許せませんもの」

 

  クスクスと笑いながら、愛おしい鈴谷の顔を見つめながら、鈴谷は言葉を紡いだ。

 

「わたくしはわたくしの"夢"を叶えたい。貴方の命を救いたい。提督と離れたくない。貴女と離れ離れになりたくない……これはエゴ、全てわたくしの自分勝手。ごめんなさい鈴谷……どうか、わたくしのエゴを乗り越えて幸せになってくださいまし……」

 

 自分がこれから行う所業が、どれだけ鈴谷と石壁を苦しめるのか。どれだけ悲しませるのか。それを理解した上で、それでも熊野は己のエゴを押し通す覚悟を決めたのだ。

 

「わたくしの命の在り方は、鈴谷と提督の幸せの為にある事だと決めましたの」

 

 熊野と鈴谷を光が包む。

 

「……どうか貴女の道行に幸多からん事を」

 

 閃光が世界を包んだあと、そこには鈴谷だけが残されていた。

 

 五体満足で、無傷の鈴谷だけが。

 

 

 ***

 




このまま後編も投稿致します


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