艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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注意 

長くなったので前後で分けています

こちらは後編です。先に『前編』を読んでください。


幕間 残されたモノ 後

 

 

「これが、あの時にあった全て、砲撃で死ぬはずだった鈴谷を、熊野が自分の命を使って助けてくれたんだ」

 

 鈴谷が語り終えた後、石壁は暫し黙り込んでしまった。鈴谷の言葉に嘘は感じられなかった。まるで熊野本人が語っているかのような感情の籠った説明が、石壁の心に重くのしかかる。

 

「……訳がわからない、熊野は何を行ったんだ。それに、何故自分が気絶している間の事を知ってるんだ?」

「……一つ目についてだけど……ねえ提督は『艦娘の近代化改修』って、聞いたことない?」

「……なんだそれ、装備の更新とは……違うのか?」

 

 通常、近代化改修とは時代遅れになった戦力を改修によって文字通り『近代化』させることで再戦力化するために行われるものだ。分かりやすい例で言えば、アイオワ級戦艦に巡航ミサイルを積み込める様にして80年代まで使っていたのがこれに相当する。

 

「これは本来禁止されてるから知らなくてもしょうがないんだけど……艦娘の近代化改修は……『他の艦娘』を生贄にする一種の儀式なんだよ」

「なっ!?」

「艦娘という存在そのものを使って、他の艦娘の能力を跳ね上げるんだ。火力・装甲・対空能力……様々な能力を上昇させるんだけど、それによって得られる能力と失われる戦力が釣り合わないから、名目上は禁止されてるんだ。『近代化改修』っていう呼び名は、その実態を知られない様にするためのダミーなんだよ」

 

 近代化改修とは艦娘という存在の暗部。艦娘の研究過程で生まれた外法の術だ。生きた艦娘を別の艦娘の餌とする生贄の儀式なのである。少しでも力を求めた上層部の開発者たちによって仕込まれたその機能は、禁止されていてもオミットされていないという事からも、必要とあらば公然と破られる建前上のモノでしかない事を雄弁に語っている。

 

「激戦が続く南方海域では、回復が追い付かずに戦場に出ざるを得ない時があるからね。そんな状況で轟沈寸前まで追い込まれた艦娘が、姉妹や仲間へ希望を託す為に使われているんだ……能力は上昇するし傷も治るからね……艦娘の近代化改修は、極限状態の最後の手段なんだ」

「つまり、鈴谷を助けるために、熊野は……」

 

 鈴谷は愛する姉妹の命そのものを託されたのだ。その重みを、その思いを感じた石壁は言葉をつづけられなかった。

 

「そういう事……それから、二つ目のなんで意識のない間に、熊野がやったことをしっているかだけどさ……知りたい……?ここから先は、多分石壁提督は知らない方が幸せだと思うよ……?」

 

 鈴谷はうっすらと笑みを浮かべて、石壁にそう問う。言外に、聞けばもう後には引けないと鈴谷は言っているのだ。

 

「……」

 

 石壁は唾を飲み込んだ。既に現時点で、石壁の常識という世界にはヒビが入ってる。艦娘という存在そのものの深淵を、石壁はのぞこうとしているのだ。

 

「……教えてくれ。熊野が何を託したのか。僕が何を託されたのか……知らなくちゃいけない……逃げるわけには、いかないんだ」

「……わかったよ」

 

 鈴谷は、石壁の解答に満足げにほほ笑んだ。

 

「近代化改修はさ、厳密には自分の命を使うんじゃないんだ」

 

 石壁は、遂に己から深淵をのぞき込む。

 

「近代化改修に使われるのは『艦娘の魂』そのもの、熊野は自分を自分足らしめる根源である魂をそっくりそのまま鈴谷の魂に『流し込んだ』んだよ……つまり、熊野はもう自分で転生すら出来ない。鈴谷の魂の一部として、未来永劫鈴谷の転生に引きずられるだけになったんだ」

「……え?」

 

 人は死した後に輪廻の輪を通ってこの世にまた現れる。ぐるりぐるりと無限に回り続けるその月日は気の遠くなる程続く。解脱に至るか、魂そのものが擦り切れて消滅するその時まで続くのだ。

 

 その永劫に等しい期間を、熊野は鈴谷に捧げたのだ。それが如何ほどの覚悟であるのか、石壁には想像すらできない。

 

「提督はさ、艦娘が時々『鎮守府に存在しない艦娘の名前を呼ぶ』事があるって聞いたことない?あれは、艦娘が自分の魂に含まれる『別の艦娘の魂』に反応しているんだ。前世で己に魂すら捧げてくれた、愛おしい姉妹や仲間の魂を、ね」

 

 艦娘が死ねば深海棲艦に、深海棲艦が死ねば艦娘になる。深海棲艦にも艦娘にもなれない死に方をすれば輪廻の輪に戻って別の生を受けるか……もう一度艦娘として『建造』される。こうやって、『艦娘の魂』はぐるぐると輪廻の輪を回り続ける。今までの生で受け取った魂を引き連れて。

 

「提督は本当にすごいね、鈴谷の中に熊野が『居る』事に一目で気が付いたんだから。大体の提督は、何かが変わったことまでは気付けたとしても、誰かが中に居るかまでは気が付けない。艦娘も、提督には基本的に話さないから、このことを知っている提督は……多分殆ど誰も居ないと思うよ。本当に艦娘の事を大切に大切にしているんだね、石壁提督は」

 

 最後の一文には、鈴谷の筆舌に尽くしがたい感情が籠っていた。鈴谷の笑みの種類が変わる。仄暗い水底の様な、絡みつく様な重さを感じさせる笑み。艦娘という存在そのものの深淵を感じさせる笑みだった。

 

「今生だけの話だけど、鈴谷の中には確かに熊野がいて、その記憶も一部引き継いでいる。熊野の最後の思いは、鈴谷の中に蓄積されている。これが、熊野の最後を、鈴谷が知っている理由。提督が、鈴谷に熊野を感じる理由」

「……」

 

 石壁は完全に言葉を失っていた。己の常識が壊れていく。世界の裏側の真実が、どこまでも重く、石壁にのしかかった。その様子を見つめながら、再び鈴谷が口を開く。

 

「あのさ、熊野は石壁提督のことが大好きだったんだ。自分の提督として、仲間として、もしかしたら男性としても好きだったかもしれない」

 

 そういいながら鈴谷は石壁に近づく。

 

「鈴谷もさ、石壁提督の事は大好きだよ。提督として、仲間として、もしかしたら少しくらいは男性として……けどさ」

 

 鈴谷の顔が、悲しげに歪む。

 

「もうどこからどこまでの好意が、『鈴谷』の好意なのか、『熊野』の好意なのか……今の私にはわからないんだ……」

「……え?」

 

 魂を弄ぶ様な外法に、リスクが無いはずがないのだ。

 

「私はだれ?『鈴谷』?『熊野』?今の私はどちらでもあってどちらでもないんだ……」

 

 鈴谷の瞳が潤んでいく。零れ落ちそうな涙が、彼女の目に溜まっていく。

 

「混ぜ合わせたコーヒーとミルクがもう分離出来ないように、混ざってしまった魂はもう不可分なんだよ」

 

 鈴谷が瀕死になっても己の魂を熊野に託さなかったのは、託された側の心労を慮って敢えて『託さない』という選択をしたから。

 

 熊野は鈴谷が託さないという選択をとったということを理解した上でなお、己のエゴを通して鈴谷を助けた。己の魂を使うことで、鈴谷がそれを望まないと知っていてなお、己の願いを優先したのだ。

 

「艦娘は、だれでも最後にはこの矛盾を飲み込んで前に進める。そういう生き物だから、歪むアイデンティティを『そういうものだから』って飲み込んで前に進める。熊野がやったことは間違っていない。でも……でも……」

 

 ボロボロと鈴谷は泣き出す。

 

「でも……やっぱり悲しいよ……苦しいよ……提督」

 

 艦娘はヒトであって人間でない。兵器であって物でない。

 

「鈴谷はどうすればいいの……?どうすればよかったの……?最初からこの苦しみを熊野に託せばよかったの……?この悲しみをこうしてうけていればいいの……?」

 

 心なんて無ければよかったのに。愛なんて知らなければ苦しまなかったのに。鈴谷は、艦娘という種そのものの矛盾に苦しんでいた。

 

「熊野が愛おしい、熊野が憎い、助けてくれて嬉しい、残された事が苦しい」

 

 熊野の愛とエゴが、鈴谷の心を相反する想いで引き裂く。荒れ狂う感情と歪むアイデンティティの狭間で、彼女は今も苦しんでいるのだ。

 

「私は誰?私は鈴谷、ならこの感情はだれのもの?鈴谷の?熊野の?わからない!わからないんだよ!!」

 

 半狂乱で泣きながら顔を覆う鈴谷をみて、石壁が動く。今にも壊れてしまいそうな鈴谷を、石壁は抱きしめた。

 

「……あ」

「……」

 

 ぎゅうっと、無言で石壁は鈴谷を抱きしめた。君は此処にいるのだと、君の存在は幻想ではないのだと、今此処にいる『鈴谷』の存在を肯定する為に、石壁は鈴谷を抱きしめる。

 

「てい……とく……」

「大丈夫……」

 

 石壁が鈴谷の頭をなでる。

 

「大丈夫だから、僕は此処にいる。『鈴谷』は此処にいる……大丈夫、大丈夫だよ」

 

 壊れそうな彼女の心を包み込むように、石壁はただ、頭をなでてあげる。彼女に必要なのは、壊れそうな心を休ませる事。

 

「う……うう……」

 

 石壁は己が鳳翔にそうやって救われた様に、鈴谷の傷ついた心を休ませる為に、ただ彼女を抱き締めて、彼女の心を包み込む。

 

「うわああああああ……熊野……熊野ぉ……ひどい……ひどいよぉ……」

 

 鈴谷は、石壁の胸元に顔を埋めて、泣いた。

 

 石壁は鈴谷が泣き止むまで、ずっと彼女の頭を撫でてあげていた。

 

 鈴谷が己の足で立ち上がるまで、もう少しだけ時間が必要であった。だが、それでも最後には必ず立ち上がることができるのが、彼女たち艦娘という種族であり、鈴谷という少女である。

 

 石壁は鈴谷と熊野の二人を感じながら、ずっと彼女を抱きしめていた。 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告に補足考察『居ない艦娘の名前を呼ぶ病』を追加致しました

もし気になられた方はご一読ください。

なお、読まなくとも一切本編には一切影響はございません。




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