ここは軽巡洋艦の艦娘寮、天龍型の部屋である。部屋の主である天龍と龍田が向かい合って駄弁っている。
「そういえば、前に比べてなんか石壁提督あんまり元気ねぇな」
「まあ、あの戦いからまだ一週間程しかたってないし、色々と思うところがあるんでしょうねえ」
龍田は掌を頬にあてて、考え込む。
「特に、仲が良かった熊野さんがああなったのだから、気を落とすのも無理ないわ」
近代化改修によって鈴谷の糧となった熊野、厳密に言えば熊野は死んでは居ないが、もう語り合う事は出来ないというのは、表面的に見れば死んでいるのと相違はない。
「……あ、そうだ」
「どうしたの?天龍ちゃん」
天龍がハッとしたように顔をあげる。
「いや、ちょっと良いこと思いついたから、執務室に行ってくる」
「ついていったほうがいいかしら?」
龍田がそう問うと、天龍は断る。
「いいや、俺一人で行ってくるよ、すぐおわるからさ」
そういって天龍は立ち上がると、戸棚を漁ってあるものを取りだし、胸元につっこんだ。
「それじゃ、いってくる」
「いってらっしゃーい」
ヒラヒラと手を振って天龍を送り出した後、龍田はボソッと呟いた。
「……大丈夫かしら」
***
石壁が執務室で作業をしていると、扉がノックされた。
「提督ーいま大丈夫かー?」
「天龍?大丈夫だよ」
石壁が許可をすると、扉をあけて天龍が入ってくる。
「うっす、顔色は悪くねえな、しっかり休養出来てるみたいで良いこった」
シュビっと手を顔の横まであげる天龍。海軍式敬礼とヤンキーの軽いノリの挨拶の中間みたいな手の動きであった。
「心配かけてごめん、でももう大丈夫だよ。ああ、そういえばあの時は鉄火場に引きずり込んでわるかったね」
石壁と天龍が最後に会話したのは、あの南方棲戦鬼との殴り合いの直前、大量の航空機を機銃で迎え撃ったあの時であった。
「いやあ、俺もあの時は流石に死ぬかとおもったぜ……もうちょっとやそっとの航空機なんか怖くもないくらいだ」
天龍が若干遠い目をする。
「あはは……で、どうかしたの?」
「あ、そうそう」
石壁が苦笑しながらそうきくと、天龍はブレザーの胸元に手を突っ込んで胸ポケットをさぐりだす。そのせいで天龍の世界レベルの装甲がばるるんと震えて、思わず石壁の目が釘付けになる。
「!?」
「んんー?たしかこの辺に……っとあった!」
石壁が慌てて後ろをむくと、その間に天龍は目的のブツを探し出したようであった。
「おう提督あったぞっ……て、なに明後日の方むいてんだ?こっち見ろよ」
「あ、ああ」
石壁が振り向くと、若干胸元の服が乱れた天龍がいた。思わず顔を赤くする石壁。
「どうした?やっぱまだ調子が悪いのか?」
「だ、大丈夫だよ。で、どうしたの?」
「おう。そうだコレコレ」
そういいながら、天龍が眼帯を差し出す。それは天龍が今つけているのと同じ眼帯であった。
「……これ、天龍の眼帯?」
「おう、提督も俺と同じ左目がやられちまっただろ?そのガーゼみたいな眼帯じゃ様にならないし、俺の眼帯の予備をやるよ!」
ニッと笑いながら眼帯を差し出す天龍。
「……たしかに。どうせ眼帯をつけるならこういうちゃんとした眼帯の方がカッコイイかな」
「だろ!?提督ならわかってくれると思ったんだ!ほら、ツケてみろよ!」
満面の笑みで差し出されたそれを、石壁は受け取ってガーゼの眼帯と付け替える。
「どう?」
「おー、似合う似合う、いいじゃねーか提督!」
ビシッと親指をたてる天龍に、石壁も笑みになる。
「はは、ありがとう天龍。大事にするよ」
「おう、そういってくれると俺も嬉しいぜ。それじゃあまたな提督!」
そういうと、手を振りながら天龍はでていった。
「……」
一人残った石壁は、天龍の胸元で温められていた眼帯の温かさを感じて、顔を赤らめていた。
「……なんか眼帯から良い匂いがして集中できないんだけど」
石壁はしばし悶々とした時間を過ごしたのであった。
***
「あらー?天龍ちゃんご機嫌ね?」
「お、龍田か。いやー実はなー」
そういって眼帯を石壁に渡した事を話す天龍。
「……ふーん」
一通り話をきいた龍田は、心底愉しそうな顔でクスクスと笑い出した。
「な、なんだよ龍田その顔」
「別にー?ただねー」
龍田はニコッと笑う。
「今日から石壁提督と天龍ちゃんはペアルックなんだなーって考えたら大胆だなって思ったの」
「は?」
天龍の目が点になる。
「折角だし、お揃いのブレザーもプレゼントしましょうか〜?三人で同じ格好も愉しそうだし〜」
にやにやとした龍田の提案に、ようやく天龍は自分が何をやったのか思い至る。
「あ、え、な?」
「明日から提督の事なんてよぼうかしらー?天龍ちゃんみたいに石壁ちゃん?それとも石壁お義兄様なんてのも愉しいかもねー?」
その言葉に天龍の顔が真っ赤になる。
「な、ば、そんなあ、アレはそのそんなんじゃ!?」
「皆の反応が愉しみねーうふふー♪」
こうして、泊地の夜はふけていった。
***
天龍が部屋からでていった後、新たに部屋をノックする音が響く。
「どうぞー」
石壁がそういうと、扉を開けて青葉が入ってくる。
「どもども、青葉です!」
ビシッっと海軍式敬礼をしながら入ってきた彼女は石壁の顔をみておやっ?という顔をする。
「あれあれぇ?提督、その眼帯天龍さんのじゃないですかぁ?」
「ああ、流石に青葉は目ざといな……似合う?」
石壁が若干照れたようにそういうと、青葉は元気よく頷く。
「はい!提督の顔結構傷だらけで威圧感がありますから、天龍さんより正直似合ってますよ!」
「それ絶対天龍には言わないでね」
「わかってますよぉ、で、それどうしたんですか?」
青葉が興味深そうにそう問うと、石壁が答える。
「いや、ただのガーゼの眼帯よりこっちの方がかっこいいだろって、天龍がくれたんだ」
「あー、なるほど、彼女らしいですねえ」
天龍の直球で好感の持てる性格は鎮守府に知れ渡っており、『良かれと思ってそうした』といわれれば、大体納得されてしまう。
「残念ですねえ、なにかこう色っぽい理由とか無いんですか?」
「ははは、ないんじゃないかな?」
色っぽい理由はなかったが、色気はある行動を見てしまった石壁は若干目を逸らしながら言う。
「ふーん?」
青葉は石壁のその行動をみながらちょっと怪しいなぁと思ったが、突っついた所で仕方ないかと話を本来のモノに戻す。
「まあいいです、それより提督、ちょっと提督の写真を色々撮りたいんですがいいですか?」
「へ?なんで?」
石壁の問に、青葉がにっこりと笑う。
「提督はペンは剣より強いって言葉をしっていますか?」
「ああ、うん、よく言われる言い回しだよね」
古今東西あらゆる文筆家が言ってきた言葉である。石壁だって聞いたことくらいある言葉だ。
「ねぇねぇ提督」
青葉がいたずら心たっぷりの笑みを見せる。
「いままでの仕返しも兼ねて、大本営の連中に一泡吹かせてやりませんか?ペンの強さをおみせしますよ!」
***
「あーいいですよーいーですよー!目線もうちょっとあっちへ、そうそういいですよーいーですよー!」
石壁はそれから青葉に言われるままに基地のあっちこっちで写真を取られていた。途中から栗毛の畜舎までやってきて跨ってみたり、草原で馬に乗ってたたずんでみたりと写真集でも作るのかと言わんばかりの撮りまくりであった。
「あのさ……青葉?」
「はいはいー?」
パシャパシャとたっくさん写真を取られ続ける石壁はいい加減疲れだしていた。
「そんなに大量の写真……どうするの?記事に使うにしても多すぎない?」
「いやですねー、こういう宣伝材料は取れる時にとっておかないと意味がないんですよ、記者の写真のストックは軍隊の砲弾の備蓄ですから」
「なるほど……?」
石壁は栗毛に跨って青葉に言われるままにあっちいったりこっち向いたりしながら写真を提供し続けた。
「ブルルゥ……」
「よしよしありがとうね栗毛」
石壁の言うままにあっちいったりこっちいったり優しく移動してくれた栗毛の頭を撫でる。
「うーん、やっぱり馬に乗ると絵になりますね、大戦前の軍人の写真みたいです」
青葉はニコニコしながら取れた写真を確認している。
「ははは、大戦前ね。ならいっそカイゼル髭でも生やそうか?」
「いやー、似合わないでしょうそれは」
「だよなー」
あははとわらいながら和やかに会話をする二人であった。
「いやあ、これだけ写真があれば大丈夫でしょう。ありがとうございます!提督!」
とった写真を確認している上機嫌の青葉を見ていると、石壁はなんだか笑顔になってしまう。
「ならよかったよ……さて、僕はもう戻らないと」
「お手をお貸ししますよ。司令官、ひっくり返らない様に気を付けてくださいね」
石壁が栗毛の背中から降りようとすると、青葉が手を貸して降りるのを手伝う。
「ありがとう青葉」
「いえいえ、これぐらいお安いものですよ!」
青葉に手を借りて栗毛から降りた石壁は、畜舎へとむけて歩き出す。
「じゃあ僕は栗毛を畜舎に連れて行くから、例の件、よろしくね」
「はい!青葉におまかせ!」
ビシッと敬礼した青葉に背をむけて、石壁は畜舎へと向かうのだった。
「しかし、新聞で仕返しか、うまくいくのかな……?」
ぼそり、と石壁は呟きながら歩いて行った。
***
「……ふんふんふん♪」
自室へと戻った青葉は、タイプライターをカタカタと叩いて記事を作る。
「ふふふ、ようやく……ようやく青葉の本領が発揮できますね」
青葉はタイプライターを叩き続ける。
「青葉が、『仕返し』なんて生温い報復をすると思いますか?司令官」
青葉は艦娘でありながら、記者としての能力を持つ、変わった艦である。
「ええ、ええ、もちろん嘘はついておりませんとも司令官……青葉は徹頭徹尾、司令官の為に記事を書いてますよ」
誰に言うでもなく、独り言を続けている青葉の顔には、笑みが浮かんでいる。
「……ペンは剣よりも強し……情報を制する者が世界を制する……ふふ、ふ……」
そこにいたのは一匹の狼、獣が牙を向くような笑みを浮かべた青葉が、己の牙(ペン)を走らせ続ける。
「飛び掛かるなら一足飛びに首筋に喰らい付かないと、狙った獲物はしとめられませんから」
カタタンッ!と記事が完成する。『ソロモンの狼』が今、渾身の一撃を繰り出そうとしていた。
「青葉は司令官の味方ですからね。たとえ貴方に恨まれても、最後の最後まで、貴方のペン(剣)となりますから」
そういってから、青葉は先ほど取った写真へと笑みを向ける。その瞬間だけ、いつもの朗らかな笑みへと戻る。
「ふふっ♪青葉、司令官の為に頑張っちゃいます♪」
他の誰にもできない、彼女だけの戦いが始まる。
次が最後の幕間の予定です