艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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第二部 プロローグ 遠い未来にて

 ここは石壁達が戦っている時代からみて、ずっと未来のとある学校の教室である。

 

 教卓に立つ若い男性教諭が教鞭をとっており、生徒たちは熱心にノートを取っていた。

 

 どうやら、歴史の授業の様である。

 

「さて、前回はショートランド泊地で石壁堅持提督が南方棲戦鬼を討伐した、という所だけ伝えて授業が終了したので、ここからはその歴史的意義や時代背景に触れていこう」

 

 そういいながら教諭は、パワーポイントを操作して画面に文字を浮かび上がらせていく。

 

「石壁提督が南方の泊地に送られたという事実は、こまかく分析すると当時の世相が非常によく見えてくるんだ。そこの君、そもそも何故石壁提督は南方の泊地にやってきたかわかるかい?」

 

 教諭の問いに丸刈りの男子生徒が元気よく答える。

 

「はい!南方で苦しむ海軍の仲間達を助けるためだと思います!」

 

「ぶっぶー、20点。映画の見すぎです」

 

「はうあ!?」

 

「彼の解答からわかる様に、一般的には『最初から石壁提督は南方の海軍や国家を救うために行動していた』という風に見られがちだけど、最近の研究では『派閥抗争に巻き込まれた結果無理やり送り込まれた』というのが通説です。当時の彼を知る人物の手記にこんな一説があります」

 

 画面に文章が浮かぶ。

 

『石壁提督は泊地就任のおり情けなくも泣きわめき大層嘆き悲しんだ。折にふれては本土に帰りたいコンビニに行きたい等々本土に未練たらたらぶうぶうと文句を垂れ、とてもではないが泊地の総司令長官として相応しい人物ではなく、彼に凡そ大望と呼べる志は存在しなかった。

 

 善良な小市民的価値観をもつ極めて朴訥とした彼にとって、泊地への左遷なぞ正しく驚天動地の事態であって、彼自身も付き従う我等もが何故この様な難事に挑まねばならぬのであろうかと当初は明日への不安を隠す事が出来なかった。

 

 彼は窮地に追い込まれて初めてその才能を開花させ、目の前の難事を打払うべく奮闘したものの、それは人として至極真っ当な生存本能と同胞への愛着故の奮起であって、古の英雄譚の様な、義憤にかられた勇士の志からの戦いではなかった。彼は徹頭徹尾自身の仲間たちの為に戦っていただけなのだ。

                    とある兵士の手記より抜粋』

 

「石壁提督は外から見れば南方棲戦鬼を討伐したことによって、当該地域の泊地や国家を救った英雄だけど、内から見れば彼は降りかかる火の粉を必死になって払っていただけなんだ。彼は派閥闘争に巻き込まれて無理やり南方の泊地へ『島流し』された被害者だったんだよ」

 

 教諭はそこまで言った後に、別の女生徒へ声をかける。

 

「君はこの派閥闘争に巻き込まれたという点から、当時のどんな様相が想像できる?」

 

「えっと……政治腐敗?が進んでいたのかな?」

 

「その通り。時代背景を含めて説明すると、当時の大日本帝国は深海棲艦との戦いを通して軍政下にあった。それによって軍部……特に海軍が異常なほど肥大化していたんだ。これは国家どころか人類世界存亡の危機であった当時においては必要な措置であったのは間違いない。だが、長期化する戦況の中で海軍上層部は大本営を完全に掌握し、内閣・議会・裁判所と癒着し、大本営をトップにして立法府と行政府と司法府を完全にコントロールしていたんだ……三権の上に軍部が存在するなんて君たちには想像できない話だろうけど、怖い話だと思うよね?」

 

 その言葉に、生徒たちがうんうんと頷く。

 

「これは専門的な話だけど、社会学においては国家を機械に例える事がある。その場合軍隊と警察は『暴力装置』と定義される。これは『国家によって統制された暴力』によって治安を維持する事を目的とした装置だね。内向きの暴力装置として治安維持をするのが警察、外むきの暴力装置として、国外の攻撃から国内を守るのが軍隊だね。この定義からいうと、当時の軍隊は国家の統制から外れている為暴力装置としての機能を損なっていた。これが腐敗の温床になったんだよ。これを見てほしい」

 

 画面に当時の国家予算の円グラフが表示される。その大半が軍事予算に費やされている。

 

「軍隊はその本質的に兎に角拡大・増強をしようとする特性がある。それ自体は自然なことだ。だれだって強い軍隊がたくさんほしいものだからね。だから国家がその上について軍隊を管理しないと軍隊は無尽蔵に膨らんでいくんだ。このグラフをみるとそのことがよーくわかるでしょう?」

 

 ちなみに、我々の世界の史実大日本帝国も実際に軍備(主に軍艦)に金を注ぎ込み過ぎて国家財政が破綻しかけた事がある。ワシントン海軍軍縮条約前後の軍事費を調べると国家予算に占める軍事費が5割超から3割以下へ低減した事からも笑えないぐらい海軍が金食い虫だった事実が見えてくる。

 

「こんな事態に陥った最大の原因が、大日本帝国憲法だ。この憲法は明治の発布以降一度も改定していない……いや、改定を許されなかったといった方が正しいかな。不耗の大典と化したこの憲法は発布から当時100年以上たっていたにも関わらず、一度も改定されていなかった。その結果、天皇大権を代行者として軍部が振り回すという悪夢のような状態が出来上がってしまったんだ」

 

 大日本帝国憲法は国家の頂上部に天皇が来るように設計されている。天皇大権という形で軍事をはじめ様々な事を決める権限が天皇には存在する。だが、実際に天皇がその大権を振るった事はほぼなく、政治にしろ軍事にしろ、基本的に全て誰かが代行するのが基本であった。憲法によって定められた、三権と軍部の上に存在しそれらを統制する『地位』が天皇であるにもかかわらず、実質的にその機能を有しておらず、統制ができなかったのだ。

 

 つまり、大日本帝国の実情と、それを運営する基盤となる憲法の間に、致命的な齟齬があったのである。

 

「この石壁提督が南方へ左遷された時が、大日本帝国という国家の歪みが最大化した時期だったといえるね。際限なく膨らむ軍部、広がる本土と外地の格差、長引く戦争による疲弊……大日本帝国は客観的にみてもう限界まで火種を抱えていたんだよ」

 

教諭はそういいながら画面を切り替える。

 

「時代が流血を求めるとき、自然と英雄は生まれる。石壁提督が英雄になったのはある意味で偶然であり、言い換えれば必然だったといえるかもしれないね。彼は南方棲戦鬼を討伐したこのころから、こう呼ばれるようになったんだ」

 

 教諭は一息おいて、言葉をつづけた。

 

 

「ソロモンの石壁、とね」

 

 

 

 





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