艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相

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第四話 大日本帝国の陰影

 医務室に運ばれた石壁の胃痙攣が収まった頃、南雲が石壁の見舞いにやってきた。

 

「落ち着いたかね?」

「……はい」

 

 医務室のベッドに寝ている石壁の側、南雲が椅子に腰掛けて話しかける。

 

「さて、この状況で君に伝えるのは酷ではあるが……『我々』は君に協力することが出来ない」

「……それはやはり、あの喧嘩が」

 

 石壁は先ほどの食堂の姿を思い返す。

 

「ああいや、それはさほど大きな理由ではない。喧嘩の理由を聞けばこちらの艦娘が突っかかったのが元々の原因であるらしいからな」

「……ではなぜ?」

 

 南雲は石壁の問いに、深く深くため息を吐く。

 

「君も嫌になるほど感じたと思うが、我々『南方の泊地』の人間や艦娘は本土の……もっと厳密に言えば大本営に近しい提督へ非常に強い憤りを感じている。控えめに言っても憎悪していると言っても差し支えないほどに、だ」

 

 石壁はラバウル基地へ辿り着いた時の艦娘達の殺意を思い出す。

 

「……確かに、あの視線に篭った怨念は相当のものでした……ですが何故、それほどまでに本土の提督を恨むのですか?」

 

 石壁の問に、南雲はしばし黙り込む。

 

「……君はつい最近まで本土の士官学校に居たと言ったね」

「はい」

 

 石壁が頷くと、南雲は続けた。

 

「では聞いたことはないか?『ブラック鎮守府』という単語を」

「『ブラック鎮守府』ですか?ええ、聞いたことはありますが」

 

 ブラック鎮守府、それはブラック企業の様に艦娘の命を顧みない非道な扱いが常態化した鎮守府を差す単語だ。

 

 休み無い遠征と出撃、疲労を度外視した艦娘の酷使、多数の轟沈を出してもなお変わらない酷い鎮守府は、軽蔑の感情を込めてこう呼ばれている。

 

「確か、戦線が南方へ拡大するうちに大本営の監視が及ばない鎮守府が増えていき、そういった鎮守府では人道に反する戦略が行われていた……と聞いています。多くの艦娘が使い捨てられて、死んでいったとか」

「……では、そういった鎮守府がどうして生まれたか、君は知っているか?」

「どうして……?いや、それは……必要以上に戦果を求めて……では?」

 

 石壁が困惑したようにそう言うと、南雲は拳を握りしめた。

 

「ああそうだ。必要以上に戦果を求めた結果、彼女たちは死んでいった。だが、それは彼女たちや、彼女達の提督がそう望んだからではないんだ」

「え?」

 

 南雲は憎悪の感情を滲ませながら、石壁に告げる。

 

「南方の泊地の多くが『ブラック鎮守府』となったのは、大本営が原因なんだ」

 

 石壁は、大日本帝国の暗部へと足を踏み入れたのだ。

 

「本土奪還作戦移行、大日本帝国は大勢の艦娘を活かして大規模な反攻作戦を繰り返し、破竹の勢いで海を取り戻していった。一丸となって、南方へと支配領域を拡大していった」

 

 滅亡寸前まで追い込まれたことで一枚岩となった大日本帝国の勢いは凄まじく、戦場はあっというまに東南アジアへと移った。

 

「だが、南方の資源地帯を確保したあたりで歯車が狂い出した。我々南方諸島の泊地が設営されて、一応人類側へと制海権が移った頃から、何かがおかしくなったんだ」

「……」

「はじめは小さなものだった。南方から本土へと資源を輸送しろ。輸送船を護衛しろ。そういった当たり前の命令だった。荒廃した本土を救うために、飢えに苦しむ民のために、物資を集め、本土へ輸送しろ。そういう命令だった」

 

 本土まで追い込まれた大日本帝国は、国土を焦土にかえながら必死に抵抗した。その結果取り返した国土は荒れ果てており、作物はなかなか育たず、工場も破壊されていた。故に大本営は大量の資源を求めた。食料を、鉱物を、希少資源を。何もかも足りない資源を、南方へと求めたのだ。

 

「だが、時間が経つにつれ、どんどん要求がエスカレートしていった。もっと多くの資源を、もっと多くの物資を、もっと送れ。もっと探せ。そういう命令が増えていった」

 

 工場が増える。街が再建される。経済が動き、人が増える。

 

 人はだれだって一度上げた生活レベルを落としたくはないものだ。例えそれがどれだけ当然の結果だとしても、生活レベルが落ちれば不平不満を抱くのが人という生き物だ。

 

「大本営は、当初は国民を慰撫するために資源を国民へと回した。だが、途中からそれは己の地位を保身するための賄賂へと姿を変えていったのだ。国民の生活のレベルを必要以上に高めつつ、それを維持するための負担を、我々南方の泊地へと押し付けたのだ」

 

 南方から輸送される資源に頼って拡大を始めた資本主義経済という魔物が、南方へと牙を向いたのだ。その性質上、資本主義経済は時間とともにどこまでも拡大を続けていく。破綻を起こして経済が弾ける瞬間まで、無尽蔵に膨らんでいくのだ。

 

「大量の命令を、それでも我々はなんとかこなそうと努力した。国民の為、苦しむ皆の為と、提督も艦娘も一丸となって戦い続けた。艦娘達は疲労が抜ける間もなく出撃と遠征を繰り返し、本土へ資源をピストン輸送し、押し寄せる深海棲艦を叩き返し、無茶な命令に応え続けた……そして、破綻した」

 

 南雲の目が淀む。煮えくり返る憎悪が、石壁には感じられた。

 

「南方棲戦鬼の艦隊が、当時最前線であったブイン基地へと押し寄せたのだ。数十名の提督と、それに付き従う大勢の艦娘が皆殺しにされ海に沈んだ。当然南方の泊地で協力して援軍を送ろうとした……だが、既に限界まで酷使されていた我々は、ほんの少しの援軍さえ満足に編成することが出来なかった……大本営に助けを求めた我々に、奴ら、なんて返したと思う?」

 

 南雲の奥歯がギシリと音を立てる。

 

「『援軍は出せない、自力で泊地を防衛せよ』それだけだ」

 

「……」

 

 石壁は、言葉が出なかった。

 

「それから我々は、ブイン基地が滅ぼされるまでの僅かな間に、なんとか防衛戦力を抽出してここラバウル基地へと結集した。それによってようやく、押し寄せる深海棲艦の津波を食い止めることに成功したのだ……だが、代償は余りに重く、大勢の提督と艦娘が犠牲となった……」

 

 最前線の泊地であったブイン基地の喪失によって反攻作戦を支えてきた歴戦の提督達が失われ、南方の泊地はその後受け身に回るのでいっぱいになったのである。

 

「我々が物資の本土への輸送どころか、泊地を護るので手一杯になった結果。当然ながら本土では物資の不足が起こり、大本営は国民から突き上げを食らった。物資はどうした、輸送はどうなった、と。そして大本営は、あろうことかその責任を、汚名を、すべて……すべて我々に押し付けたのだ!!」

 

 南雲は血を吐く様に言葉を続けた。

 

「南方の『ブラック鎮守府』による無計画な艦娘の酷使によって、作戦が破綻し輸送網が途切れたのだと、祖国のために犠牲になった者達を、祖国を苦しめた原因であるとして、奴らは、奴らはブイン基地の英雄達を、犯罪者へと塗り替えたのだ!!」

 

 歴史の中で白が黒に、黒が白に塗り替わるというのはよくあることだ。時の権力者が都合の良い様に事実を捻じ曲げた事例など、枚挙に暇がないのは周知の事実であろう。

 

 また、本来味方である筈の者達を貶めて、己達への風評を相対的に改善するというのも、よく行われている。

 

 史実において、大日本帝国時代の軍隊が悪しきものであるされているのは知っていると思うが、『悪しき軍隊』として描かれる大半が『帝国陸軍』であり、一方で『海軍善玉論』が根強いのは、陸軍が海軍のスケープゴートになってしまっているという側面が大きい。

 

 確かに帝国陸軍には多くの問題があった。だが、その根っこは海軍に予算を取られすぎてそのしわ寄せが陸軍に寄っていたという点も大きいのだ。海軍も擁護できないやらかしを無数にやっているにも関わらず、いつも悪役は陸軍だ。現実にこういう点で、背景を無視して一面だけで判断されている実例がある。

 

 大日本帝国は歴史的にみて相当酷い内ゲバ国家であった。外が安定すると途端に内側に敵を求めだすその度し難い性質は、本質的に村社会をそのまま拡大した国民性に由来する日本人の悪癖であった。

 

 陸軍が殆ど力を失い、海軍が肥大化したこの世界の大日本帝国では、この内ゲバが陸海軍間から、海軍内部の派閥構造へと変質したのだ。本土と外地で海軍が二つに割れているのである。

 

「以後も、我々は本土から過剰な物資の供出を求められ、常に限界ギリギリの所で鎮守府を運営している……その苦労に対する返礼として、本土の者達からは『泊地の運営すらできない無能』の烙印を押され、理不尽な罵倒を受けている。そんな状況で、本土に対して好意的な提督がいると君は思うか?」

「……いるわけが、ないですよね」

 

 石壁は南雲の言葉に同意するしか無い。そんな扱いを受ければ、あの視線に篭った殺意にも納得しかなかった。

 

「これが南方の泊地の現状なのだ。君からの要請はあくまで要請であって命令ではない。故に南方の泊地で君に協力しようとする者は基本的に居ないと思ってくれたほうがいい。だれが好き好んで本土の提督を手伝おうとするものか」

「……」

 

 石壁は言葉もなく俯いた。南雲の話を聞いて、支援が絶望的である理由が嫌になる程理解できた。

 

 しかし、そこまで張り詰めていた南雲の空気が、ふっと緩む。

 

「……だが、私個人としては、君に協力したいと思っている」

「……え?」

 

 石壁が驚いて顔を上げる。

 

「さっきも言ったよう、南方の泊地の本土の提督に対する心象は最悪の一言だ。私がいくら協力しようと訴えたところで黙殺されるのがオチだし、下手をすればこのラバウル基地が孤立しかねんから全面的な協力もできない……ここまではいいな?」

「はい」

 

「だから、君が他の本土の提督とは違うのだと、少しずつ周囲に知らせていこうと思う。ゆっくりにはなるが、君への心象を回復させ、同時に君を助けるのが南方の泊地全体のためになるのだと理解してもらう。時間はかかるが、これが一番確実だ」

 

 南雲の言葉を石壁は信じられない思いで聞いていた。絶対に協力してもらえないだろうと思っていたのに、南雲の言葉は実質的には協力の確約であったのだから、その驚きは大きかった。

 

「なぜ、協力してくれるのですか?」

「そうだな……君に同情したという心情的な点が一つ……君の泊地があれば私達の泊地がより安全になるという打算的な点が一つ……そして……」

 

 南雲はふっと悲しそうな、やるせない様な顔をした。

 

「ブイン基地の……私の友の仇である南方棲戦鬼を、君が討ってくれたから……かな」

「……!」

 

 南雲は石壁に頭を下げる。自信の半分程の年齢の青年に、南雲は頭を下げた。

 

「ありがとう、石壁提督……友の仇を討ってくれて、本当にありがとう。目の前に居たのに助けることが出来なかった私の無念を晴らしてくれて、ありがとう」

「……なるほど、それで」

 

 南雲の礼は、極めて個人的な感傷からくる感謝だった。それだけでは泊地を動かすには足りないが、南雲個人を動かすには、大きすぎる要因であったのだ。

 

「これは私の極めて個人的な感謝だ。だから私個人の出来る範囲で、君に協力する。これが私のできる精一杯だ。すまんな」

「……いえ、大きすぎるほどの協力です。こちらこそ、ありがとうございます。南雲提督」

 

 石壁がそう礼を言うと、南雲が手をだす。

 

「ではこれで我々は盟友だ。精一杯協力するから、どうか生き残ってくれ、石壁提督」

「はい、頑張ります、南雲提督」

 

 石壁ががっしりと南雲の手を取る。ここに、ラバウル基地との協力体制が限定的にではあるが結ばれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

「所で医務官から聞いたのだが、君のレントゲン写真がなんかえらいことになっているって驚愕してたのだが」

「ああ、南方棲戦鬼と殴り合ったときに臓器が軒並み全部やられてしまいまして」

「ふんふんなるほど……は?殴り合った?」

「それで急遽ドナーを探したところ南方棲戦鬼の死体の臓器を移植することになったんですよ」

「え?ちょ、え?いやまって、聞き捨てならない情報しか出てこないんだが」

「いやー、まさか移植後の臓器が異常成長して体の中で変形するなんて思いませんでしたよアッハッハッハ」

「アッハッハッハじゃない!さっきはそんなの言ってなかっただろ!?」

「言っても信じてもらえないと思って黙ってました。盟友ならさっき言えなかったやばい情報も全部伝えてもいいですよね」

「まってくれ!まだあるのか!?」

「うちの泊地、敵から鹵獲した戦艦棲鬼がいるんですよ。なんか僕とラインが繋がってて艦娘と同じ状態なんですけど」

「ファッ!?」

「南方棲戦鬼討伐するときに彼女の艤装に乗り込んで殴り合ったんです。死ぬかと思いました」

「まってくれ!どこから突っ込めばいいんだ!?全体的に情報がヤバすぎて手に余るぞ!?」

「そうだと思ったから黙ってたんですよ。うまいこと誤魔化しの方よろしくお願いしますね、盟友」

「おお、ブッダよ、寝ているのですか……」

 

 こうして、南雲は知らない方が幸せだった情報を沢山手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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