艦これ戦記 -ソロモンの石壁-   作:鉄血☆宰相
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天衣無縫:詩歌などが、技巧をこらしたあともなく、いかにも自然で、しかも完全で美しいこと。また、天真爛漫(らんまん)の意。






第五話 天衣無縫の龍

 石壁が医務室で寝込んでいた頃、ラバウル基地の大浴場では大勢の艦娘がインクを洗い流していた。

 

「「「「…………」」」」

 

 普段であれば憩いの場である筈の風呂であるにも関わらず、痛いほどの沈黙と緊張が場を支配している。

 

((((き、気まずい……))))

 

 先ほど全力で殴り合ったせいもあって、どう対応して良いのか全員わからなくなっていたのだ。

 

(飛龍、なんとかしてくださいよ)

(無茶言わないでよ蒼龍、アンタだって煽ったんだからなんとかしてよ)

 

 事の発端である飛龍と蒼龍が互いに責任を押し付けあい。

 

(やっちゃった……どうしよう鳳翔さん)

(やってしまったものはもうどうしようもないですよ……鈴谷さん)

 

 石壁側は石壁側で、やらかし具合に凹んで何も言えなくなっていた。

 

((((ど、どうしようこれ))))

 

 その場の全員の想いが一つになった時、一人の艦娘が動いた。

 

「……やっぱこのままじゃいけねえな」

「天龍ちゃん?」

 

 その艦娘の名は天龍、さっきと同じように、誰も動けない中で一人彼女だけが動いた。ズカズカと体を洗っているある艦娘へと近寄っていく。

 

「おい!飛龍!蒼龍!」

 

「な、なによ!?」

「ま、まだやるき!?」

 

 名前を呼ばれた二人がビクリと反応する。

 

「……さっきは言いすぎた!ごめんなさい!」

 

 ガバッと、天龍は勢いよく頭を下げた。

 

「へ?」

「あ、あれ?」

 

 てっきりまた噛みつかれるのかと思った飛龍達は、その行動に面食らう。

 

「お前たちにもきっと怒る理由があったんだろ?だけど俺はそれを考えずに噛みつき過ぎた、本当にごめん」

 

 腰を曲げて深く深く頭を下げる天龍。その誠実で潔い姿に、総勢百人近い周囲の艦娘の目線が飛龍達へと集中した。

 

 飛龍達は慌てる。構図だけなら完全に天龍をいじめているみたいだったからだ。

 

「ちょ、なんか私達がいじめてるみたいじゃない!?頭あげてよ!?」

「許します!許しますから!お願いします勘弁して下さい!頭を上げて下さい!」

 

 謝られている側が謝っている側に許しを乞うという珍妙な姿に、誰かがプッと吹き出す。するといままで張り詰めっぱなしだった空気が緩んで、自然と笑い声が浴場に響きだした。

 

「私達も言いすぎて悪かったわよ!大人気なく突っかかったことは謝るから頭を上げて!」

「おあいこってことでもうやめましょう!?ね!?頭を上げて下さい!」

「……じゃあこれで手打ちって事でいいか?」

 

 天龍が頭をあげて、両手を出すと、飛龍と蒼龍はそれぞれ目の前の手を掴んだ。

 

「うん、これで手打ちね」

「ええ、それでお願いします」

 

 飛龍も蒼龍も、天龍の直球すぎる行動に毒気を抜かれて、苦笑しながら握手を交わしたのであった。

 

「あのさ……さっきはごめんね」

「こちらこそやり過ぎたわ」

 

「髪引っ張ってごめんなさい」

「ほっぺたつねっちゃって悪かったね」

 

「さっきはいいパンチだったな」

「そっちこそボディーブローが効いたぜ」

 

「いいおっぱいね」

「そっちは良い尻ね」

 

 天龍たちのやり取りを見ていた者達が、三々五々隣り合った艦娘や殴り合った者同士、謝りあい、認めあい、わだかまりを解消し始めたのであった。

 

 ラバウル基地では長く続く戦いへの精神的疲弊や、大本営への不満が充満しており、いつ爆発しても可笑しくなかった。その鬱憤が、今回石壁の艦隊との諍いで表面化し、殴り合いという形では合ったがある程度発散されたのだ。

 

 そうして鬱屈とした感情が吐き出された事で、己の行動を客観視出来るようになった結果。彼女達は極めて自然に、自身の行動の非を詫びることができたのである。

 

 艦娘はなんだかんだで人が良い善性のモノばかりだ。余計なしがらみさえ取っ払ってしまえばこうなるのは当たり前だったのだ。裸の付き合いって素晴らしいな。

 

「あのさ、天龍達はあの要塞でどんな戦いをしてきたの?」

「そうですね、さっきはあなた達が何をしてきたのか知らずにあんなことをいってしまいましたし、折角ですし教えてくれますか?」

「ん?なんだ?俺達の武勇伝が聞きたいのか?しかたねーなー」

 

 飛龍と蒼龍の問いに、天龍は上機嫌で話し始める。

 

「じゃあとことん教えてやるぜ!俺達と石壁提督が戦ってきた話をな!」

 

 大浴場に、天龍の声が響いた。

 

 ***

 

「初日に鎮守府陥落ってハードモードすぎない!?」

「要塞に立てこもってゲリラ戦!?」

「暗殺した死体から艦娘建造ってどこの部族よ!?」

 

 それから天龍達が語った要塞での日々に、皆が引き込まれていく。

 

 ***

 

 

「妖精さんの砲兵隊が主力って……」

「120ミリ砲だけでそこまで?」

「要塞での攻防戦っていつの時代の戦争よそれ、日露戦争?」

 

 大勢の艦娘が、驚いて、笑って、語り合う。

 

 ***

 

「そこで提督はこういったんだ、『望むと望まざるとにかかわらず、やらなきゃいけない時ってものがある。それが今、この瞬間なんだ!』ってな!それを言うや否や斜面を全速力で駆け出して南方棲戦鬼にガチンコを挑んだ提督のカッコよさは半端じゃなかったぜ!」

「そ、そんな命知らずな事をしたのあの人!?そりゃあんなボロボロになるわよ!」

「それで!?それでどうなったんですか!?」

 

 数十分が経過してなお、風呂場では天龍の語りが続いていた。

 

 風呂の人は減るどころか、途中から風呂に入りに来た人も天龍の語りに引き込まれてどんどん風呂場の人口密度が上がっていく。

 

「そこからはもう古の猛将もかくやの殴り合いだぜ。ただまあ普通なら勝てるわけがない戦いだ、当然石壁提督の艤装がどんどんボロボロになっていって……ついに南方棲戦鬼が石壁提督に止めを刺そうとしたその瞬間に……」

「「その瞬間に……?」」

 

「そこの鳳翔さんがさっそうと登場して石壁提督と南方棲戦鬼の間に割り込んだのさ!!」

「「「「えええええええ!?」」」」 

 

 全員の視線が鳳翔に集中する。

 

「あの化物の前に一人で!?」

「提督も提督だけど、この鳳翔さんも相当命知らずですね!?」

「鳳翔さんすごーい!」

 

 大勢の艦娘の視線が集中した鳳翔は苦笑する。

 

「あの時は、もうなんというか無我夢中でして」

 

 鳳翔が讃えられるのをみて石壁艦隊の面々が胸をはる。

 

「すごいんだぜ鳳翔さんは、なにせあの南方棲戦鬼を接近戦で投げ飛ばしたんだからな!すげー勢いで頭から岩盤に南方棲戦鬼を叩きつけたのを見た時は絶対鳳翔さんにだけは喧嘩売っちゃいけねーって思ったぜ!」

「叩きつけられた岩盤が砕け散って、頭から血をながしてたもんね〜南方棲戦鬼」

「ヒエッ……」

「飛龍……さっきはそうならなくてよかったね」

 

 さっきの乱闘時にぶん投げられた飛龍が自身の無事に感謝する。

 

「それからどうなったの!?」

「続きを教えて!」

「おう!それからなー」

 

 それからも天龍の語りは続いた、それはいつまでも終わること無く、雨が止み、地が固まってきたことをその場の者達に感じさせたのであった。

 

 余談だが、このあと風呂場に居た全員がのぼせて石壁の居る医務室に運び込まれることになる。南雲との対談が終わって一息ついていた二人の前に大勢の素っ裸の艦娘が運び込まれて色々と大変な事になったのだが、別にどうということはないので割愛する。

 

 なお、伝言ゲームで天龍が100人以上の艦娘を医務室送りにしたと聞いた石壁の胃はまた死んだ。

 

 

 ***

 

 

 風呂場の熱気が最高潮になっていた頃、潮目を感じた石壁の青葉が、ネタを感じて風呂場に取材にやってきたラバウル基地の青葉に声をかける。

 

「で、青葉に話ってなんですか?ショートランド泊地の青葉さん?」

 

 ラバウル基地の青葉が天龍達の語りをさらさらと防水仕様のメモに速記しながらそう問うと、ショートランド泊地の青葉が応じる。

 

「いえいえ、良いネタを探しに来た同業者に、お話がありましてね。ちょーっとお耳を拝借」

 

 石壁の青葉がいつもの天真爛漫とした笑みのまま、となりの青葉の耳元に囁く。

 

「……石壁提督の存在は、大本営にとって喉元に突きつけられた短剣なんですよ」

 

 ピタリ、と一瞬だけラバウルの青葉の速記が止まる。

 

「……へえ?」

 

 その反応に、石壁の青葉は笑みを一切崩さず続けた。

 

「その短剣、そのままアイツラの喉元に押し込んでやりたくありませんか……?私達の牙(ぺん)を使って……」

 

「……なるほど、なるほど」

 

 ラバウルの青葉は、手元のメモ、事前に集まっている不自然な情報、今の言葉、そういったモノを組み合わせて、脳内に石壁がどういう存在なのかを瞬時に組み上げていく。

 

「……いいですね、いいですねそれ」

 

 ラバウルの青葉が天真爛漫とした笑みを浮かべる。

 

「乗りましょう、その話。既に絵図は描いているんでしょう?」

「ええ、この作戦は速度が命、今この瞬間に貴方達『青葉』の力を借りられるなら、見事にやってのけてみせますよ」

 

 二人共笑みを一切崩さない、傍目から見れば朗らかに会話をしている様にしか見えない。雑然とした今の風呂場で、それに気を止めるものは誰もいない。

 

「作戦名は、『群狼作戦』……大勢の狼による一斉攻撃で、一切の容赦なく敵の喉笛を食い破ります」

 

 石壁の青葉は自身の提督の作戦より何倍もカッコいい作戦名を告げる。

 

「ペンは剣より強く、時として『権』すら押しのけるというのを見せてやりましょう」

「ええ、ええ、やってやりましょう」

 

 その言葉と共に、二人は手を握りあった。

 

(よし。これで万が一、石壁提督が関係修復に失敗してもなんとかなるでしょう……まあ、あの人たらしな提督が仲直りに失敗するとは思えませんけど)

 

 青葉は石壁の事を心から信頼しているが、それとは別として後の布石を討ったのである。

 

(青葉、提督のためにがんばっちゃいます)

 

 着々と、青葉の作戦は動き出していた。

 

 

~おまけ~

 

 医務室で隣り合って寝込んでいた飛龍達が天井を見つめながら会話する。

 

「……なんかさ、飛龍、蒼龍、天龍って字面だけだと同型艦みたいね」

「……そういえばそうですね」

「……龍田もいれてやってくれ」

「……天龍ちゃん、字面だと私はあわなんじゃない?」

 

 ガンガンズキズキと痛む頭をごまかすように、なんとなく会話をする一同。そんな折に、飛龍が何気なく問いかける。

 

「ところで、さっき南方棲戦鬼と石壁提督が殴り合ったって言ってたけど、誰に座上して殴り合ったの?」

「え?戦艦s「わあああああ!!わあああああ!!!扶桑さん!戦艦の扶桑さんですぅ!!」」

 

 飛龍の問いに天龍が危うくとんでもない爆弾を起爆させたが、青葉がインターセプトしてごまかす。

 

「ああ……そうなの、扶桑さんか……そうなんだ……」

「頭いたいです……そうなの扶桑さんなんだ……」

「んあ……?あれ?そうだっけ?」

「ええ、そんな気がするわ……」

 

 青葉の大声に頭痛が悪化した一同は、頭痛薬の効果で回らない頭で扶桑扶桑とうわ言の様に呟いている。それが部屋中に広まった事で、なんだかよくわからない内に石壁は扶桑に座上して南方棲戦鬼と殴り合った、とラバウル基地の面々には認識されたのであった。

 

(うっ……叫んだから頭いたいよう……後で石壁司令官に相談して情報統制の話しないと……)

 

 こうして、最悪の事態は青葉のファインプレーで防がれたのであった。

 

 




天衣無縫:「天衣」は天人・天女の着物。「無縫」は着物に縫い目のないこと。
→馬鹿には見えない服にも当然縫い目がない
 →もしかして天女って素っ裸だったんじゃ?(発想の飛躍)



【読者の皆様へご報告】12/9 15:00頃
作者の体調があまりよろしくないため、数日間投稿を停止します。


12/13追記
体調は戻ってきたのですが、頭が回らずここから数話分の話の調整に失敗しております。私事との兼ね合いもあり、再開は来週になりそうです。お待ち頂いている皆様にお詫びを申し上げます。

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